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太郎には親がいないことがわかった。兄と二人きりで暮らしているらしい。 去るのが名残惜しそうな太郎であったが、 「帰らなくちゃ。兄ちゃんが、心配してるかも、なんだ!」 と、嬉しそうに話したことから察するに、兄をとてもよく慕っているのだろう。 新之助は、よく『め組』というところにお世話になっているそうだ。 「困ったことがあったらいつでもくるといい。」と、新之助は太郎に申し付けた。 太郎は、雪ノ丞から魚を貰って、お礼を言った。 「また来いよ。」と言う雪ノ丞に、太郎は大仰に頷いて、満面の笑顔を見せて走り去った。 その背中を見ながら、雪ノ丞はとしみじみ語る。 「兄ちゃんか・・・・。いいもんだなあ。」 「きっと心配してるだろう。」 太郎とその兄の関係がとても羨ましい。 雪ノ丞はポツリとつぶやく。 「呼ばれてみたいもんだ。」 弟から『兄ちゃん』と呼ばれるのは、どんな気持ちになれるのだろう。 どんな捻くれた弟でも愛らしく思うだろう。可愛らしい弟ならば、なお結構だ。 可愛らしい弟といえば、ここに適役が・・・。 「、兄ちゃんって、呼んで?」 「いやですよ。」 速攻で拒否する六助は、面白みが足りない。 「つまんないなあ・・・。新之助さん、兄ちゃんって、呼んでくれます?」 雪ノ丞は新之助を見上げた。 新之助は少し考えると、迷いながら言った。 「・・・兄ちゃん?」 言葉に出してみるのも、内に秘めてみるのも、どちらも大きな違和感がある。 新之助も雪ノ丞も、感触の悪さに眉をひそめる。 「・・・雰囲気でないなぁ・・・。『弟よ。』って言われた方が余計しっくりくるね。」 新之助は何か思いつき、悪戯をするかのように言う。 「ではこれならどうだ?『妹よ。』」 新之助は、語尾を強調した。 そう。新之助は雪ノ丞が女であることを知っている。 しかし、雪ノ丞は、新之助がそれを知るとは思いもよらない。 雪ノ丞は、顔をしかめると、新之助に言ってのけた。 「『忌もうとヨ・・・』うわっ。キモチ悪ぅ。怪談みたい。死んだら末代まで祟るよ?枕元どころか枕ん中に潜んでやるからね。」 「そこまでイヤか。」 新之助は真剣な眼差しで考える。 六助が以前言っていたように、『姫様』ではどうか。 だが、見た目が男の格好をしているし、おしとやかな風でもないし、それもどうかと思い直す。 やはり、男まさりな『妹』といったところだろうか。 だが、『妹』とするには、少々立派すぎて、可愛げがないかもしれない。 雪ノ丞は、うんうんと唸る新之助にツッコミを入れる。 「もう新之助さん、しゃべらない方がいいや。冗談通じなさすぎだよ。」 ピシリ、と胸の内にあった劣等感に指差されたような気がして、新之助は少しむっとした。 いかにも『世間知らず』と思われるのは、好きではなかった。 しかし、それだけではこれほど衝撃を受けなかっただろう。 というのも、どこか「妹」のようにも思える真実があったのである。 本当に、妹のように感じたというのに、それを拒否されて気に入らなかった。 それは、当人が決して気付くことのない、血の成せる技であった。 太郎は、家に帰ると、頃合を見計らい魚を焼いて、今か今かと、兄の帰りを待った。 一週間前の出会いから今日まであったいろんなことを話したい。 兄にもあの人のことを知ってもらいたかった。 そして、感じたことを全部話して、兄と共有したいと思った。 きっと、喜んでくれる、そう思った。 「兄ちゃん、おかえりっ!あのなっ!これ見て!!」 「おお、ただいま〜。なんだ?いい匂いがするな。」 「お魚だよ。兄ちゃんの分もあるよ?」 たしかに魚の焼けたイイ匂いがする。 川で釣りでもしてきたのだろうか、と兄は思う。 そうして太郎が持ってきた皿を覗くと、普段よりも大きめの魚が大胆にのっていた。 それを見て、兄は、喜ぶどころか、青筋をたてた。 「どうしたんだ?・・・これは?おまえ・・・、まさか!盗んできたのかっ!?」 「違うよ・・・。」 半分あたってるけど、半分あたってない。 結果的には盗んでいない。 「・・・じゃぁ、一体これはどうしたんだ。」 兄は知らず口調が厳しくなる。 これほど大ぶりな魚は、体の小さい太郎にはまだ釣れない、そう睨んだ兄である。 さあ、言ってみろ、と体の大きい兄は太郎に迫った。 「兄ちゃん、嬉しくないの・・・・?」 悲しそうに言う太郎は、泣き出しそうで、兄は慌てて離れると、言い繕う。 「・・・そんなことないけどな。」 太郎は、ほんとに・・・?と小さな声で呟くと、さきほどの質問に答えた。 「これ、もらったんだ。ほんとに。だから、心配いらないよ?」 冷静に冷静に、脅かさないよう優しく兄は言った。 「誰にだい?」 「おいら、友達できたんだ。そいつから、もらった。」 兄は、太郎の言葉に怒リ出した。 「なんだとう!?おまえ、そいつからほどこされたのか!?前にもいっただろう!?いいか!そういうことは、二度とするな!いいな!!!」 「兄ちゃん・・・・・・。」 「わかったら返事をしろっ!」 「・・う、うん・・・。」 兄は肩で息をすると、それを落ち着かせてから静かに言った。 「これは、明日、返してこい。」 「で、でも、もう焼いちゃったよ・・・?」 「・・・・・・ちっ。じゃぁ、明日、きっちり、俺が言っといてやる。」 太郎は、なぜ兄がそんなに怒るのか、わからなかった。 しかし、兄には兄のれっきとした理由というものがある。 兄は、自分が稼いだお金で、しっかりと太郎を養ってきた。 それを赤の他人に邪魔されては、いい気分はしないものだ。 それに、太郎が餌付けされているような感じで、嬉しくないのである。 「それからな。おまえ、親分のところには、絶対顔見せるなよ?絶対だからなっ!」 「・・・わかってるよ・・・。」 兄は、世間様から大見得を張って、自慢できるような仕事をしていない。 すり・ゆすり・たかり。捕まったら島送りは間違いなさそうな親分の元で、小銭を稼いでいた。 そういった仕事をしているからか、「あのくそガキが」と表現されるように、太郎もまた兄と同じような目で見られることが多い。それは兄にとって負い目だった。太郎は何もしていないのに、兄が何かをやらかせば、それは太郎にもついて回る。 『あの子とは遊んではいけません』 そんな掟に従って、太郎は友達を無くしていった。 太郎は自然と友達ができない環境にあった。だから今回こうして嬉しそうに「友達ができたんだ」と報告した太郎のことを、喜ぶべきなのかもしれない。だが、そうはできなかった。兄はふがいない自分を責めるばかりだった。 この兄弟は似た者同士だ。 自分のことを犠牲にしてでも相手のことを考え、そして何もできない自分を責める。 とても優しい兄弟である。 兄といってもまだ15やそこらの子供であり、日雇いの真っ当な仕事を探す資格もないしアテもない身であるからして、それしか兄弟二人で食べていく道はなかった。 仕方ないと割り切れれば、楽だったろう。けれど、割り切れなかった。 兄は、絶対に太郎を親分の近くにやろうとはしなかった。 近づけさせたくなくて、何度も何度も根気強く注意をした。 金を見せびらかしたら、付いて行ってしまうような太郎が心配でならなかった。 兄は、太郎に、同じ道を歩んで欲しくなかったのである。 |
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