白の死神


34




マスコットキャラが、本当の意味で定着し始めている。
「板についてきたなあ」
「でしょう〜?」
ははちまきをして、小さいサイズの扇子を振り、仕事をする京楽の応援をしている。
「ガンバレガンバレ、きょーうらっくっ」
煽っているようにしか思えないが、それはそれで可愛いらしい。
「七緒ちゃん、気が利くなあ。だけどもよく借りてきて来られたもんだ」
「ちょうどお昼寝中だったの」
「朽木くんがかい?」
「ううん、私が」
「ならいいんだけど〜・・」
朽木が寝ている間に持ってきたとなれば、盗難でもあって、大問題である。
「無理して昼寝してたのバレててね〜。暇で仕方ないなら気分を変えてこいってさ」
ちゃん、ほんとに仕事しなくなったのかい」
「ほんとにって何〜。昔から私がやらなきゃいけない仕事なんてこれっぽっちもないよ」
「強いな。見習いたいねえ」
「最近、眠くなくなってきてるんだよね。だから時間の使い方にすごく迷う」
は扇子を閉じ、ピシっと紙面上のある部分を差して、考えなくて済む様なヒントを与える。
京楽は飲み込んで、筆を進める。
「いい傾向なんじゃない〜」
「まあそうなんだけど。それはそれでストレスってものが」
「溜めないようにしないとなあ〜、お互いに」
は手足全体を使って、扇子を広げる。閉めるのは簡単だが、開けるのは難しかった。
「俺からしてみると、酒を断つのが一番つらそうだ」
「私は鍛錬〜。動けるのに使えるのに、使っちゃダメってのが何とも」
「うずうずしてるわけだ」
「ガンバ京楽。いいね、このフレーズ」
はテーブルから降りて、扇子を大きくはためかせる。
そよ風にしかならないが、それくらいがちょうどいい塩梅である。
京楽は、扇子ひとつ持ち上げること自体苦労していそうな格好のやる気注入係りのマスコットに背中を押されるように筆を進める。
押し付けるような強制的ものでもなく、自然とその気にさせられてしまう雰囲気に、京楽は抗わない。
ぬいぐるみの外見を持たない以前は、一緒にのんべんだらりとして、気分を入れ変えさせられた。
人を扱うのが酷く上手く、気づけば仕事をすることになっていて、そういう雰囲気から来る結果に七緒は漠然と頼っている。
もそれを心得ているのか、与えられたお仕事を自分のペースで懸命にやり、ゆるやかなその期待を裏切れない京楽である。
やはり、朽木はいいな、と京楽は思いつつ、少しの間レンタルしてきたそれを充分に楽しんだ。

かなりの時間が経っているのに、内勤も大切な仕事のひとつと言って卯ノ花はいまだに許可を出してくれない。
体の調子は全開なのに、魂魄の状態がいかんとかで、霊力使用禁止の日々が続くと気分はどんより曇り空だ。
「お酒だけは解禁しておきましょう。ですが必ずご自分の身は省みてください。控えめに。よろしいですか」
自分の発言だけでは信用してもらえなさそうなので白哉に連絡をしてもらい、は乱菊から見舞いにもらった酒を取りに行った。
床下に安置保存していたそれは、どんと重みのある天の雫。
雨の降らない瀞霊廷の至福の刻。
あまりに久々すぎる酒の味には顔をしかめて、その濃さに慣れるのも大変だった。
回りが早すぎる気がして、は早々に蓋を閉め、忘れないうちに薬草畑の手入れをする。
毎日朝早くに様子を見に来てくれていた花太郎は、やればできる子、の代名詞で、最初こそいくらか枯らしたものの、ひとつずつ本と照らし合わせるに従って、扱いを覚え慣れていった。
数日前ルキアが現世に下り、花太郎も別件で後を追ったことで、薬草畑の手入れは自分だけである。
「あ」
雑草と間違えて引っこ抜いたその切れた根っこをは眺め見る。
珍しい間違いを酒のせいにして、は土に戻して埋め直す。
こんなとき花太郎がいたら治療してやれるのにと思いつつ、存外に自分が花太郎を頼っていることを知る。
「計画性がないからなあ、私は」
肥料を大目に撒き、朽木の使用人が顔を出した。
荷物が届いているなら持ってこいよとは思ったが、言っても無駄なので諦める。
いろんな理由を考えこじつけ、を朽木の家に向かわせ当主の相手をさせることも、使用人の仕事のひとつであったりする。
は土を払い、手を清めてから、呑み途中の酒を持参して行った。
ぬいぐるみはただいま、卯ノ花に没収されている。あれは、体力の回復を促しても、魂魄の状態回復に力を貸さないらしい。
おかげで頭を使うと眠くなる日々が戻ってきた。
朽木白哉の部屋にその荷物は置かれていた。
箱が3つ。1つはルキア用で、もう2つは自分用だった。
はそれを持って、離れに行って開けた。
「傘・・、ハンカチ・・、・・リボン?」
レース仕立てのようなそれを見て、は何の小道具だろうと思う。
もうひとつの箱を開けるべきか否か。当然、開けた。
「こ、これはっ・・・」
温泉の素。ぬいぐるみ用洗剤。それだけで、石田からだとわかった。
同じ箱に、花の香りがする小さな袋と、白いシートに包まれたもの。
広げてみれば、ワンピースの形をしたお洋服。
「うっそ、ほんと!?」
のその服を掻きこむように抱いた。
見た目がどうこうより、気持ちが嬉しい。やばいくらいに嬉しくて仕方なかった。
死神業にはふさわしくないその柔らかい色が、死神とは別の個人と認めてくれているような気がして、嬉しかった。
袖を通すのがもったいなく感じられた。見ているだけで、いい、とは思う。
見ているだけで、元気と、勇気が、湧いて来る。
向こうではそれほど日も経っていないだろう。
何にも勝る贈り物だと、心の底から感謝した。
現世から送られたものに対して、白哉は何も言わなかった。
ただ、それを見て現世にいきたいかと一言聞く。
あんまり行きたい気はしなかった。
「不思議だけど、全然」
「・・そうか」
大切なものを取り戻したような気がしていた。
それはきっと、自分自身。
なぜまだ生きているのかとか、生きているといえるのかとか、魂魄がどうの死神がどうのと、関係なく自分の存在を信じられる。
素直になって受け止めてみれば、それが一番自然なことだと思えた。
そんな自分が愛した人のことも、家族のことも、手の内に戻ってきたような心地がした。
「誓いが必要なら、いくらでも誓える。だけどそれだけじゃ何だか物足りない」
不思議そうな顔をする白哉に、は微笑む。
「朽木白哉を貰い受けたいと思います。は髪の毛一本まで差し上げましょう。晩の間は、私のことだけ考えて、私のことだけを見てください」
「成約する。すでに囚われの身だ。申しつくるべくもない」
実際に何かが変わるわけではないけれど、気持ちの問題。
朽木白哉は、一本だけだ、といって杯を満たしてくれた。
あたりまえのような日常、いつもとかわらない光景、ありのままの気持ち。それらが乱されるまで二人の時間は続くのだろうと思う。
は白哉の体にもたれ、まわされる腕の力と暖かさに包まれながら、しばしの眠りについて、目を覚ます。




朽木白哉は夢を見た。
月夜の光を浴びて佇み、儚く散りかけた彼女と出会う。
苦しく切ない恋に蝕まれ自身を見失いかけていたあのころ、同じ時間同じ場所に彼女は居て、ひとときの安らぎを与えてくれた。
何度か足を運ぶうちに病に冒されていることを知り、助けてやりたいと何かしてやりたいと思い、あるひとつの提案をする。
欲にまみれた心が癒されていくと感じていた彼は、その提案を申し出に変えた。
彼女自身のことは、ほぼ何も知らなかった。
けれども、それでも良かった。
連れ帰った家を見上げてひるんだ彼女だったが、特別何かをさせるつもりもなく、ただ居てくれることを望んだ。
何もかもがどうでも良いと思えていたから、掟を破ることに躊躇いはなかったが、実際に破ることそれ自体が難しいものだと知る。
混乱する朽木家は他家に援軍を頼み、引っ張られてきたその人は呆然としていた。
その人こそ彼にとっての元凶であり、こんなときにもっとも会いたくない人だった。
彼は彼女を紹介し、状況を飲み込んだその人はまるで反対せずに妻となる彼女の意志を確かめた。
わずかな期待が残っていたことを知った彼は、ようやく気持ちの整理がつくような気がしたものだった。
紛糾長引く長老会議を鎮めたのは、その人による説得が大きかったと聞く。それだけの影響力を持っていた。
緋真はすぐにと打ち解けた。
人柄がそうするのか、だからといって二人の間に割って入りもせず、一定の距離を保ち後ろに控える味方だった。
朽木家での雑事が増え、隊務が疎かになりがちになると、半分以上をこなして家に戻るよう諭す。
病のこともいつから知っていたのか見破っていて、ときおり差し入れをしてくれていた。
客観的になってみれば、想像以上に頼りになる存在だったことを知り、慌てた。
婚礼の儀には出席しないだろうと思っていたが、時遅くして現れて、3曲の舞を披露していった。
心惹かれたものが何だったのか、まざまざと見せ付けられたような気がした。
緋真に対する愛は確かにあったが、けれどもそれを上回る愚かしい思慕は捨てきれなかった。
緋真は、そのときから真実を知っていた。想いを緋色に染め上げて、見守り続ける。
「緋真・・」
「はい。キタコレ。緋真じゃなくてすいませんでしたっ」
断ち切られるように目を覚ました白哉は、自分が緋真の名を呼んだことに思い当たった。
「・・・夢の中までは保証できぬ」
「はいはい。そーですね」
背中を向けるを見て、怒らせただろうかと白哉は気まずく思う。
体を起こし、誤解するなと言おうとして寸前で止めた白哉は、別の言葉が浮かんでそれを呑みこんだ。
振り向いて欲しいと思う。
・・」
「うん?」
「そなたを愛している」
誤魔化しなどではなく、本当の気持ちだった。
「はいはい。知ってますよ。だけどもうちょい上手い言い訳考えてくれないかな、この人は」
そういって、おかしそうに笑いながら流されてしまったが、多くの言葉を口に出すはほんの少し照れくさがっていた。
何もないところに、花が見えるような気がして、白哉は微笑む。
「桜の花に、梅の花だ」
「・・じゃあ、大好きな桔梗は誰なのよ」
「わからぬ」
「おかーさん、とか言ってあげようよ。せめて」
「母親か」
「案外、ルキアちゃんか」
「ルキア・・」
「白哉のことだったりしてね〜」
「・・・・・もうしばらく、見守らねばならぬ」
「うん。そうだね。それより、早くしないと置いてくよ」
「どこへ行く」
「薬草畑。そのあと隊舎でしょー。毎日変わらないね〜」
草花だけでなく、ルキアの成長が楽しみだと、は思う。
白哉は心の底から、ルキアを大切に思っている。
はやいとこ、ルキアが恋に目覚めてくれたらとは願っていた。
相手が誰であってもいい。
きっと世界は、それだけで色鮮やかになる。
は白哉に飛びついて、今の瞬間を楽しんで笑う。

きっと、何があっても変わらない。
確信だけでは足りずに私は誓う。
本当に、本当に、愛している。







うまくまとりませんデシタ




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