■ 佐為が帰ってきた 7


「二人共、ずいぶん集中力あるんですね。」
終わりを見計らったかのように、は静かに声をかけた。
「あ、いつからそこにいらしたんですか?」
は、テーブルの近くに立っていて、碁盤を見つめている。
「少し前からですよ。」
近づいても、二人はこちらには気づかなくて、それほど集中して対局していたのだ。
ヒカルは、こちらを見ると、何か思いついたように、隣の席を叩く。
「佐為っ!ここ座って!」
「なんですか?」
ヒカルの席の隣に腰を降ろすと、ヒカルは、満開の笑顔を佐為に向けた。
「なんだかとても嬉しそうですね。勝ったんですか?」
「えへへー。負けちゃった。」
「そうですか・・・。」
負けたのにとても嬉しそうな笑顔を見せるヒカル。
にはそれがなぜだかわからないが、特に聞くこともないだろうと思った。
それより気になることがあった。
「二人共、今日は学校休みだったんですか?」
「え?」
今日は平日で、二人が来たのは昼過ぎである。
社会人なら、平日は休みでないだろう。
「学生かなにかだと思ってたんですが、違うんですか?」
「あ、僕達、大学とかには行っていないんです。」
「じゃぁ、お二人もフリーターかなにかで?」
「俺ら、棋士だよ。棋士。」
「・・・きし?」
「囲碁やって、金稼いでんの。」
「僕達は、プロ棋士なんです。」
「囲碁にプロなんてあるんですか・・・・。」
「あるある。」
「そろそろ、出ませんか?結構、長居してると思うんで。」
「そうですね。」



店を出ると、唐突にヒカルが佐為の家に行きたいと言い出した。
「佐為がどんなとこに住んでんのか、見てみたい。」
塔矢も口には出さないが、可能ならば見てみたいな、と思っていた
どんなところに住んでいて、どんな感じのする場所なのか、そしてどんなものが好きなのか
佐為の人柄に興味があったからである
佐為を知りたい、と二人は同じ事を思っていた
「うちに来ますか?」
と佐為から願ってもない言葉が降り注ぐ
「いいのですか?」
「友人がいるかもしれませんけど。」
「行く行く〜!」


佐為は、3LDKのマンションに住んでいた。
ヒカルは、どうりで歩いても見つからないはずだ、と思った。
真っ白いダイニングで、観葉植物が太陽を吸って息づいている。
「フリーターでこんなとこ住めんの?」
「一人では無理ですけど。二人ならなんとか住めますよ。」
塔矢は、佐為が電話帳で見つかったのは奇跡に近い、と思った。
もし、電話口に誰も出なかったら、見つからなかっただろう、と思う。
というよりも、見つかったのがおかしいと思う。
塔矢の中で、佐為は『故人』というようなイメージを植え付けていたから、実に申し訳なく思い、心の中で謝ってみる。
こうして実体を感じると、違和感というものがでてくるはずなのだが、根が素直な塔矢は(進藤の理解不能な行動に振り回されもしたし、今は碁界で揉まれている状況もあり、人間不信に陥っていたりもするが、それはこの際棚に置いておく)、要するに、新しい佐為像を吸収しはじめていた。
協調性がなくとも、適応能力は進藤並に卓越している塔矢であった。
進藤も塔矢も、こういったところが人並以上の才に長けていた。
「その方はいらっしゃらないんですか?」
は、いるはずだったんですけどと呟き、電話台に目を留めた。
「今日は、帰ってこないみたいですね。」
電話の上に一枚の紙があり、『男から電話。名前忘れた。今日泊まり。ララバイ。』と書かれていた。
相手の名前くらいメモしてくれればいいのに、とは一人ごちて、紙を剥がすとゴミ箱に捨てた。
「ねぇねぇ、おまえの部屋、どこ?」
「一番奥ですよ。」
ヒカルは、目指す奥の部屋へ小走りする。
少しでも早く佐為の部屋が見たかったからだ。
そこを開けると、少し甘い香りがした。佐為の香り。
真っ白な部屋で、とてもシンプルなコントラストが目に入りこんでくる。
「佐為らしいや。」
ヒカルは小さく笑った。
塔矢は部屋を見回した。
本や、雑誌が、部屋の隅に積まれている。
「家具ないんですね。」
ダイニングには、テレビの向かいに、膝丈のテーブルがポツンと置いてある。
食器類は、キッチンに無造作に置かれていた。
「拾ってこようと思ってるんですが、なかなか落ちてなくて。」
「買えばいいじゃん。」
「高いですから・・・。それに、あまり必要なさそうですし。」




佐為はお茶を淹れて、二人を迎えた。
鮮やかな緑色で、緑茶のいい香りがする。
渋すぎず、苦すぎず、さっぱりしていた。



「遅くなってしまいましたね・・・。」
外はだいぶ暗くなり、窓越しに冷たくなった空気がじわりと足元に届いた。
がカーテンを閉めていると、ヒカルはこんなことを言う。
「俺、泊まってく。」
「何を言うんだ、進藤。」
「お願い。今日、俺、泊めて。」
と我侭を言うヒカルを、塔矢は諌める。
「何考えてるんだ。明日は大手合いの日だろう。」
「俺、どうしても、もっと話したいんだ。」
「また来ればいいだろう?」
「いやだ。俺、帰らない。ここ泊まる。」
「無茶をいうな。」
ヒカルは、また、泣きそうな顔をする。
「そんなに泊まっていきたいんですか?」
「うん。」
「晩御飯、出ませんよ?」
「うんっ。」
「自腹切ってくださいね。」
「うんっ!ホントにいいのっ!?」
「佐為さん・・・。本当にいいんですか?」
塔矢は非常に困った顔をしている。
「塔矢もどうぞ。明日はオフですし。」
「ぃやった〜!」
両手を天井にまでのばすような喜びを高らかに上げるヒカル。
そういえば未成年だったか・・・。はきちんと忠告した。
「居場所は連絡しておくんですよ?」
うんうん、と目を輝かせるヒカルは、とても嬉しそうで、見ているこちらも嬉しくなる。
「塔矢、おまえも今のうち電話しとけよっ!」
と、本人の意向も聞かず、塔矢もお泊り決定である。
「僕の方は、一人暮らしみたいなもんだから・・・。」
「あぁ〜、そっか。いいなぁ、俺も一人暮らししてみてぇ〜。」
「ヒカルは、向いてないんじゃないですか?」
「あ、わかるっ?洗濯とか掃除とか、面倒だもんなぁ〜。」

親しげに、ヒカル、と呼ぶ佐為を見て、塔矢は進藤が羨ましいと思った。
自分の事も、アキラ、と呼んでほしいと心のどこかで思っていたが、それには気付かなかった。
うやむやな気持ちのまま、月明かりが増していく。




「佐為ってどんな人でした?」
「佐為は佐為だよー。おまえ、そのまんま。」
「でも、私としては、納得できないんですが。」
あだ名としてそう呼ばれるのは悪い気はしないが、やはり慣れない。
「これ以上ないってくらい、すごい似てるんだ。顔も、仕草も、雰囲気も。全部。」
「そんなに似てるんですか・・・。」
ヒカルに力説されると、うり二つ、というイメージが浮かび上がった。
「別人だとしても、俺、おまえが、佐為の生まれ変わりなんだと思う。」
「どういうことです?」
「きっと、転生かなんかなんかしちゃったんだと思う。」
「でも佐為が消えたときには、私はもうこの世界に居ましたよ?」
「俺にもよくはわかんないけど、他人の空似じゃないってことだけは確か。俺の直感。」
「・・・・う〜ん・・・。」
「魂が共存してんのかも。」
「・・・・うう〜ん・・。難しいですね〜。」
「あんま、深く考えんなよ。こいつみたいになるぞ。」
ヒカルは、隣で寝ている塔矢の眉間を指差している。
悪い夢でも見ているのか、ずいぶんと苦しそうだ。
「それは嫌ですね。」
「だろっ?」
塔矢を起こさないよう、小さな声で、二人は笑った。
塔矢は我知らず、緊張していたし、普通の会話をするのにも一局やり終えたといったような疲労感に、うとうとと眠ってしまっていた。
また、定時定刻に寝起きをする塔矢には、徹夜は無理、と断言しておきたい。
ヒカルは手身近にあったインスタントカメラで、シャッターチャンスとばかりに激写していた。






・・・・まだ続く


ヒカル、だだっこ(笑)
佐為と一緒にいるときだけは、そうなるみたい(多分)
いつになったら、ヒカルは別人だと悟るのでしょうか・・・。
ベサメムチョッ!アキラン!(←謎)




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