ウェディング 7




目の錯覚だろうか

ゴシゴシと目をこすってみても、何も変わらない

それよりこんな時、どんな声を掛ければいいのだろう
考えるよりも先に、手塚さんがこちらに気づいた

「起きたか。」
「ああ・・・うん。」
「・・・どうした?」
じっと見ていたからか、怪訝な顔で質問された
「えっと・・・その格好・・・?」
メイドさんごっこにありがちな、 白いコットン地にフリルたっぷりでふんわりとしたレースがふんだんに装飾されている
カメラ小僧ご用達の喫茶店などで採用されそうなほどキュートなエプロンである
ボンボンをつけたりしたら、そのまま外出したっておかしくないだろう
いや、おかしいか

「文句あるか?」
開き直りともとれる発言だが、強気に押された私は頭を振った
「え、いや、ないデス。ハイ。」
すると、手塚さんは少し眉をひそめた

・・・似合うかも、といったら、どんな顔をするのだろう
買ったら高そうだな

そんなことを考えていたら、手塚さんは母の物だと釈明した
きっとお似合いの彼女がいるに違いないとまで思っていた私は、妙に焦り気味な手塚さんに笑えたが、本人はいたって本気らしい
それに、いまどきの男性が『母』と呼ぶだろうか
この人、ボンだ!
金持ち家の息子だろうことは、疑う余地がない
そういえば逃げた新郎も、金持ちだったっけ、と想いを馳せる
朝はワッフルだ、とか言ってたなぁ

バカバカしい
未練がましい自分を叱咤する
なるべく考えないように、彼の姿を頭から追い払う

「なにか手伝おうか?」
特にやる事もない
というより、ナニをしたらいいのかわからない
ただここに突っ立っているのは、苦痛のような気がした
それを見計らったかのように手塚さんは言った
「座ってろ。」
「・・・。」
視線がリビングの奥に促される
指示された方向には2席だけれど広めのリビングテーブルとソファがある
リビングは、カーテンが全開になっていて、入ってくる日差しが少し眩しい
だけど、柔らかい光だった





無性に喉が渇いた
オレンジジュースが飲みたい、とは言えない
人の家の冷蔵庫を勝手に開けるのは気がひける
水道水で十分だ
「コップ借りるよ。」
近くの逆さに置かれていたコップを手に取り、翻す

台所の蛇口をひねると、勢いよく水が出た
あわてて栓を閉めると、手元がビショ濡れになった
もう一度ゆっくりと水を溜める
一口飲むと、手にかかった水滴が腕を伝って床に落ちた
一瞬ぞくっとするが、ひんやりとした名残が気持ちいい
もう一方の手で、痕を拭う
喉を通り、冷たい水が、体に浸透していくのをすぅっと感じる
それから時間をかけて喉を潤した

食欲が湧く、というわけではない
けれど、何か胃に入れておかなきゃ、とは思う
だが、受け付けない
「手塚さん、ごめん。食事、いらない。」
「わかった」
すると、手塚さんは火を止めた



ソファーに座る私と、ダイニングテーブルに座っている手塚さん
近いけれど遠い距離
微妙な空間
なんとなく落ち着かなくて、ソファからずり落ち、床に座る
両手をソファーの座席に置くと、ちょうどいい高さによりかかれた
暖かい日差しが、自分を笑っているかのように感じた
太陽が眩しくて顔を上げられず、目を背く
今はそれと同じように、現実から目を逸らしたい

ふと、足元に、カメラが落ちていたのに気づいた
私はそれを何気なく拾った
サイトテーブルの上に、置きなおすのも、なんだか忍びなくて、私はソファーに座りなおすと、片手でそれを弄(もてあそ)ぶ
三枚ほど、残っている。
そうだ、手塚さんのエプロン姿、撮っちゃおうかな・・・。
私は、手塚にカメラを向けた。
レンズ越しの手塚は、ややこちらを睨んだ気がする。
すでにエプロンを外していて、私はシャターチャンスを逃した。
手塚は、私の名を呼ぶと、席を立ってこちらへ向かってくる。
カメラから目を外すと、手塚は、私の手から、カメラを奪った。
手塚は、それをテーブルの上に置くと、私の隣に静かに座った。
ソファが体の重さで、ふわりと沈む。
横から見る手塚は、とてもラインが綺麗だと思う。
額、鼻、口、となぞるように私は見た。
伸ばしかけた手を、気づかれないよう引っ込める。

「迷惑かけたね。」
「・・・いや。」
「ここ、一人で住んでんの?」
「・・・ああ。」

見渡してみると、無機質な部屋だな、と改めて感じた
隅に置かれた観葉植物が、主張していた
白い壁に囲まれたそれは、この風景によく溶け込んでいた
葉が露に濡れたようにしっとりと輝いている
光合成でもしているかのように、生き生きとしていた
自然の摂理に、感動した
整然としていて、棚を開けたって、落ちてくることはないだろう
あまり生活感がないように思えた
だけど、手塚さんらしくて、違和感がない
物があふれていないこの白い部屋は、新居を思い起こさせる


思い出したくないのに、思い出してしまう
教会に新郎は来なかった
それが何よりの証拠なのに
今ごろ他の女といちゃついているのだろうか
昨日の電話で、来ていい、と言ってはいたけど
もしかしたら本当に自分が行くと思ったかもしれない
だから一緒に居た女は帰したかもしれない
・・・バカじゃないの、期待なんかして
母親と父親はどうしているだろうか
あのあと、大変だっただろうか
新郎の両親に頭を下げたんじゃないだろうか
なにぶん、ふつつかな娘ですので、なんて
何にも悪くないのに
来なかったのはあっちだ、畜生
忘れよう・・・

なのに、涙が出た
一筋の涙が、頬を伝った
自分の涙の冷たさに驚いて、袖で拭う
これは何の涙なんだろうか
前のめりになり、染みた袖をじっと見ていると、腕に重さを感じて体の重心が移動した
視界が、手塚の固張った胸元に押し当てられて、遮られる
引き寄せられた、と気づくには、時間はほとんどかからなかった
は手塚に包まれたまま、じっとしていた
涙も吸い取ってもらう
悪戯心から、頭をクリクリと押し付けてみる
が、手塚はピクリともしやしない
この男は、なんだって、こう・・・優しいのだろう・・・

は視界ゼロの暗闇から、光を捕えて、決心した。
「・・・あとで電話貸してよ。」

終わらせよう
自分の気持ちに
この中途半端な迷路から

手塚は、笑顔を浮かべるでもなく、の頭をポンポンとなでるように柔らかく叩いた





あとがき

私だったら、エプロンつけてる時点で、すかさず襲ってると思います
ところで・・・・何か言えよ、手塚!
って思ったんですが、どうですかね・・。




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