バレンタイン



「起きろ」
はひきずられるようにして、階下に降りていった。

国一、晴、光。彩り鮮やかに全員が揃っている。
起きぬけのは、寝ぼけナマコで食事をとり、味も満足にわからない。
「今日も一日頑張ってね」
と声がかけられ、は「ふぁい」とあやふやな声を出した。
着替えやあれこれしていると、朝の五分は短く感じる。
ようやく玄関で革靴をはいていると、おばさまがを呼び止めた。
「あ、さん。これ持っていってね。」
「なに?」
渡されたのは紙袋。
「必要になると思うから。」
そういった彩菜さんは、理解不能な人物である。
特に深入りすることもなく、はそれを鞄に仕舞った。

国光は先に行ってしまった。

、おはよう。」
河村である。
通称、イイ人タカさん。
いつも誰かに謝ってばかりだが、親しみやすい人である。
中学生にしては濃ゆい印象の反面、面歯がゆい表情に愛嬌がある。
とタカさんは、話をしながら学校へ向かった。
笑いながら、下駄箱に手をかける。
「・・・え?」
靴箱を開けると、なにかの包みが数個入っていた。
そのうちのひとつが所在無げにポロリと落ちる。
「・・・あ。」
そしてタカさんも、なにかを見つけたらしい。
は足元に落ちたそれを拾う。
タカさんも中から取り出す。
「・・・そっか。今日バレンタインだったね。」
「あー・・・なるほど。誰だろ・・・書いてないや。中身なにかな。」
包みは綺麗に包装されていて、リボンがかけられギフトに相応しい装いをしている。
「チョコレートだよ。」
「なんでわかるの?」
「うん、それがさ。バレンタインはチョコレート、ってだいたい相場がきまってるんだよ。」
「そりゃ親切だね・・・。」
タカさんは、笑いながら言う。
も貰ってるんだ。」
「でも、見たこともない人からってのはちょっと・・・。」
「いいじゃないか。気持ち貰っておけば。」
「まぁ・・・それもそうね。今度、タカさんになにか持ってくるね。」
タカさんは、照れたように頬をポリっとかくと、遠慮がちだが頷いた。
やはりタカさんはいい人だ。
靴を履き替えて、二人はそれぞれの目的地に向かう。
タカさんは、日直だそうで、まっすぐ職員室に行った。
万年日直のような気が・・・
・・・気のせいだろう
は、教室へ向かった。




廊下を歩いていると、周助の背中を見つけた。
は、駆けていって声をかける。
「おおっ、周助おはよー。」
「おはよう、。」
「周助も貰ったんだね。」
「僕も?・・・てことは」
「タカさんもなにか貰ってた。」
「バレンタインだからね。」
「バレンタインってそういうもんなんだ・・・。」
親しい人でもない人にも渡すとは、大変だ、とは思う。

「おっはよーさーん。」
元気よく教室に入ると、皆が振り返った。
「おはよう!!」
いつにもまして・・、大盛り上がりだ。
イベントがもたらす光景は世界共通で、皆、浮き足立っている。
、おはよう!これっ!」
と差し出されたのはリボンのかけられた小さな包み。

周助は、硬直したように目が点になっている。
滅多にみられるものではないが、は見逃した。
「ありがとう。」
にっこり笑って、は受け取る。
「あっ!ずりぃぞおまえっ!俺もっ!」
「ありがとう。」
は、やや驚きながらも嬉しそうに受け取る。
「俺も持ってきてんだ!」
「うわー・・・、ありがとう。」
そして、俺も俺も、どうもどうも、と続く。
のファンクラブ会長宮島が、かなり面倒臭そうに、人の波を取り仕切っている。
「なんだか悪いなぁ・・。」
は、クラスメートからのプレゼントに、恥かしげに答えた。
「ほら、私何も持ってきてないから。」
「いーんだって!」
「なにかあげたいけど・・・。」
「いいっていいって。こう数が多いと大変だろ?」
「そうだけど。来年は必ず持ってくるわ。」
「なら楽しみにしてるぜ。」
周助は、呆然としていた口を開いた。
「驚いたな。みんな、度胸あるね。あの人ごみの中を買いに行ったの?」
あの人ごみというのは、バレンタイン戦線でごったがえすフロアーのことである。
女の人ばかりで、そこに男がいれば明らかに目立つだろう。
好奇な目で見られるだろうし、あの中を堂々と買い物するには度胸がいる。
「まーな。ちっとは恥かしかったけどよ。俺たち今年は日本流じゃないからさ。考え様だな。」
中には、姉や妹に買ってきてもらってという人もいた。
「不二、おまえはやんないの?」
チクリ、と不二の胸が痛む。
周助は、大きそうな包みをとりだして、そこからカードをぬくと、に渡そうとした。
「・・・・絶対いらない・・・・。」
「やっぱりダメだよね。・・・・。来月まで待っててよ。」
「来月?」
「バレンタインデーのお返しの日。ホワイトデーっていうんだ。」
「じゃあ、私もその日にお返ししよう。」
無理すんなよ、チロルで構わないから、という外野の声。
じゃあチロルでとが意味もわからず言うと、周助は僕には別のにしてと頼んでいた。

チャイムの鳴る音がして、皆、席に座った。

休み時間になると、ひっきりなしに訪問客が訪れた。
「もう何個目?」
「いくらなんでも・・・多すぎるね。」
だいたい40個目くらいだろうか
不二は、机の中に入りきらない、包みをどうしようか考える。
「これ全部チョコレートなんでしょ・・・。・・・食べきれそうになくなってきた・・・。」
にも、数回訪問客が訪れていて、クラスの男子から貰った20個も入れて、だいたい30個未満くらいだろうか。

近くにいた宮島がいう。
「不二、凄ぇ数になったな。」
「・・・・まさかこんなに増えるなんてね。去年は丁度このくらいだったのに・・・もっと増えるのかな。」
「追い越すだろ。どうすんだ?・・・本番はこれからだぜ。はいいとしても、不二の方は、この調子じゃまだまだ増えるぜ?」
「・・・・・・考えとくよ。」




昼、不二は、チャイムが鳴る。
しばらくしないうちに声がかかった。
「不二くん、いますか?」
「不二なら、あそこ。」
廊下側にいた男子は、もう何度も声をかけられたようで、面倒臭そうに指を差す。
女の子は教室に入ってくる。
「あの・・・これ。」
と少し恥ずかしそうな女の子。
「バレンタインだよね。お返しはできないけど、いいかな?」
「もちろんっ。受け取ってくれるだけで嬉しい。」
は不二の隣の席で、そんな会話を聞きながら、弁当箱を開ける。
「不二くん、いますか?」
そしてまた一人、恥かしそうな女の子。
「不二ならあそこ。」
廊下側の男の子は、勝手に入れ、そういって逃げるように窓際の席の方に移動する。
は弁当箱にパクついた。
「お返しはできないけど、いいかな?」
「いいんですいいんです。私が渡したかっただけだから。」
「ありがとう。」
女の子は、顔を紅潮させて立ち去った。
そしてまた・・・・。
「不二くーん。」
不二の机の上に、どんどん積み重なっていく。

不二はなかなか弁当に手をつけられない。
は食事を終えた。
それを見計らったように、今度は
さんっ!これっ!」
と見知らぬ男の子が、に声をかける。
「・・・私に?」
「はいっ。」
「ありがとう。お返しできないけど、いい?」
「はいっ。」
という感じで一年生から人気があった。
そして乱入する者あり。
「ずりー!おまえ何やってんだよっ!!」
桃城である。
桃城は、ドア付近に立ちはだかるようにして立っていた。
人差し指を突き出している桃城の後ろには、海堂がいた。
桃城と海堂の二人は、教室にズンズンと入ってくる。
トグロを巻く息を吐いて、男の子は退散した。
桃城は、不二の机の上を見て驚く。
「おわっ!・・・不二先輩、凄いっすねー。」
不二は、苦笑した。
「あっ、そうそう。先輩っ!これっ!!」
そういうと、桃城と海堂のふたりが一斉に包みを差し出す。
我より先にと揉めはじめた二人から、は包みを奪いとる。
はっと我に返ったらしい。
二人共、恥かしいところをみられた、というように照れている。
「桃ちゃんも薫ちゃんもありがとう。今日は持ってきてないけど、来月はちゃんとするね。待っててね。」
「マジっすか!やったー!」
桃城と海堂は手をとりあって嬉しそうだ。

「それにしても、ほんっと不二先輩、多いっすね。俺なんてまだ10個くらいっすよ。」
不二は、苦笑しながらいう。
「きっと来年になったらもっと増えるよ。」
「俺たち、今年先輩に貰えるかなって話してたんすけど、たぶんイベント自体知らないんじゃないかってこいつ言うし。ダチに聞いたら、女からとかそういう決まりないって知って。なら俺たちも、ってこいつと相談したんすよ。」
「二人共、なかなかやるね。」
不二は、感心したように言う。
だけど、先を越されたような気がしてあまり面白くはない。
けれど、それを表面に出しはしなかった。

「おっと、海堂。」
桃城は海堂を肘で突付く。
海道は、すっと小さな紙袋を差し出した。
「これも先輩にっス。」
「・・・これは?」
紙袋の中には、5個ほど包みが入っている。
「ここ来る前に頼まれたんっス。面と向かって渡せる自信ないってぼそぼそ言ってたから。」
「・・・ッス。先輩は人気あるんです。」
「・・・お返しはできそうにないけど・・・ありがとうって伝えておいてね。」
「了、解っ!」
二人は手を振って、教室を出て行った。

「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・ついに50個達成だね。でもそれどうするの?」
が数を数えている間に、不二はようやく食事を済ませた。
「いつまでもここに置いておくわけにはいかないし・・・ロッカーに仕舞いに行ってくるよ。」
不二は、机の上に置かれた幾つもの包みを抱えて、廊下にでた。
も、周助の机の上にまだ残っている包みをとって、後に続いた。
廊下にあるロッカーを開けて、それを仕舞う。

廊下にいたらしい菊丸英二が、二人に気付く。
「不二ー!ー!おっはよーさーん。・・・おぉっ!いっぱいダ。」
「そういう英二こそ、貰ってるんじゃないの?」
「あったりーまえー。今、30個くらいかにゃん。」
「じゃあ、と同じくらいだ。」
「えぇっ!?にゃんで?マジマジー?」
「クラスのみんながくれたの。」
ふんふん、と英二は頷く。
ふと、英二がじっとを見る。
っ。俺には俺には?」
「あー・・・用意してない。」
貰えるもんだとばかり思っていた英二はしゅんとする。
だが、英二はメゲナイ。
「俺、の欲しー欲しー欲しー。」
は、だんだんと申し訳なくなった。
「ごめん、気付かなくって。英二、来月でもいい?」
「やたー!でもなんで来月?」
「丁度お返しの日があるそうだから。」
「あ、そか。ホワイトデーかぁ。」
「英二は、こういうイベント好きだからね。」
「へへーん。次はホワイトデー。」

菊丸くーん、と声をかけられた英二は、
行ってくる、と手を上げて、元気よく教室に走っていった。




あの・・・、と後方から声をかけられて、と不二は振り向いた。
片手を後ろにした女の子が恥かしそうにモジモジしている。
周助にバレンタインか、とは思う。
・・・こういうとき、周助って絵になるよね
なかなか言いださない女の子を周助は待つ。
普段の周助は、なかなかに聞き上手である。
言うつもりでないことまでペラっと・・・危ない危ない
お邪魔しないように、そそくさと失礼しようとすると、
シクシクと泣いている女の子が、凄い勢いで走って通リ過ぎた。

閃光のような風で、の髪がふわりと舞った。

周助が、差し出された包みを差して言う。
「貰っていいかな?」
しびれをきらしたようだ。
コクリと頷いた女の子の手から、多少強引に受け取ると、それをロッカーに仕舞った。
今の今まで告白しようと思っていた女の子は、あっさりとタイミングを逃した。
?」
周助は、女の子が走ってきた方角を見ているに声をかけた。
、気にすることないよ。」
「ん・・・何だったんだろ。」
「わからないけど。ほら、次の授業日本史だけど、大丈夫?」
はハっとする。課題がっ。
不二はクスリと笑う。
「前の時間に渡したよね。、早く写さないと。」
「そーゆーのは早く言おうよう、周助ー。」
ほらほら、と不二はを教室の中に入るように促す。

「あの・・・」
まだいた女の子が、何か話したそうに声をかける。
「あ、お返しは返せないんだけど、いいかな?」
「あ、はい。・・・あの、不二先輩って先輩と付き合ってらっしゃるんですか?」
あんまりといえばあんまりな成り行きに、女の子は緊張もどこへやらと飛んでいってしまった。
不二は、いきなりしゃべりはじめた女の子に少し驚く。
「あ、ご、ごめんなさい。変なこと聞いてしまって・・・。」
不二は
「ご想像にお任せするよ。」
とだけ言った。




放課後になり、人の出入りが激しくなってきた。
お歳暮のように皆に配リ回る女の子もいれば、渡すチャンスを伺っている女の子もいる。
どれも、行動を起こしているのは、女の子ばかりだ。

周助はさらに増えた荷物を袋に詰めている。
はこの光景を不思議に思う。
なぜチョコレートなのか。たしかにチョコレートを贈ることも稀にある。
だが、チョコレートが50個も100個もあると、嬉しさもそうでなくなる。辛いだけだ。
周助がそれを嫌がらずに貰うのは、周助だからであって、たいていの男の子ならゲンナリするだろう。
やはりアイテム系の方がよいのに、とは思う。
バレンタインパーティーではValentine Exchangeというプレゼント交換が行われる。
中に何が入っているのかわからなくて、ときにはとんでもないものが入っていたりして、それが楽しい。
何もプレゼントがない場合には"Happy Valentine, Sweety!"そう言って頬にキスすればよいわけだが、おばさまから止められている。
は、挨拶だけでも・・・、Hugしたい・・・、とムズムズした。
・・・・・・家に帰るまで我慢しよう、は頑張った。

。お待たせ。」
周助は、大きな布製の手提袋を下げている。
隙はまだ幾らかあるが、包みが一杯入っている。
「・・・結構、かさばるもんだね・・・。」
周助は、結構重いよ、と苦笑しながら言う。
「けど、入って良かった。一時はどうなるかと思ったよ。」
あれから数はさらに増え、60個ほどになっていたが、それぞれが小さい包みだったことが幸いした。
も、包みの入った小さめの紙袋を2個持っている。
「私も、こんなに貰えるとは思わなかった。」
は、笑った。


教室をでると、廊下の向こうで大石と乾が話をしていた。
は、声をかける。
「何してるの?」
大石と乾は、こちらを見ると、酷く驚いたような表情をした。
大石は、信じられないというような目で不二に問う。
「それ全部、不二が貰ったのかい?」
不二はクスリと笑う。
「まさか。も貰ったんだよ。」
大石は、納得したようだが、今度は乾が尋ねる。
も?」
「うん。クラスメートがみんなしてチョコレートくれたの。」
「何個?」
「ええっと・・・30個くらい。」
「ふむ・・・・不二は?」
「数えてないからわからないけど・・・60個かな。」
「なるほど。・・・つまり今年のトップは不二だ。」
不二は驚いたように言う。
「他の人は?」
「菊丸が54個で2位。他は40とか30で並んでるな。今のところだけど。」
「去年よりだいぶ増えたね。」
「1.6倍ってとこ。」
大石は、に言う。
は誰かに渡したかい?」
「ううん。私こんなイベントだと知らなくて。でも、そのかわり、みんなには来月渡す。」
「来月か・・。にいいこと教えてあげるよ。」
大石は、面白そうに言う。
「なに?」
は、身を乗り出して、興味津々だ。
大石は、小さい子に教えるように、屈みながら言う。
「ホワイトデーは5倍返しなんだ。お得だと思わないかい?」
は、新しいことを知った子供のように、目がキラキラと輝く
日本のバレンタインも捨てたもんじゃないわ、とは興奮し、その勢いで大石に抱きついた。
「Happy Valentine, Sweety!」
は、背伸びして、大石の頬にキスをする。
大石は、ワワ、と顔中を真っ赤にして、唇が触れた頬に手を充てる。
「わ、バレンタイン貰っちゃった・・・。あ、でもあんまり期待しないでくれよ?」



の初キッスは大石・・と。」
乾はどこからかメモ帳をとりだして、記録している。
すかさず、真っ赤な顔のままの大石がツッコム。
「乾っ!誤解を招くいい方するなよっ!」

そこへ
「いらんっ!」
と怒声が響いた。
奥の教室のドアがいきなりバンと開き、そこから女の子が口を手で抑えながら走って出てきて、階段へ消えていった。

どこかで聞いた声だ。
「今のは・・・。」
「やっぱり・・・。」
「手塚・・・。」
「だね・・・。」
四人は、言葉を繋げた。




「今の何〜?」
と菊丸が、怒声を聞きつけ、どこかの教室から出てきた。

「あ、俺は用事があるんだった。」
としらじらしく乾は去ろうとする。
去り際に、乾はヒントを置いていった。
「そういえば、手塚。今日の収穫はゼロだそうだよ。」

目が点になる、菊丸と
少々驚き、心配げな大石と不二。
まずは、菊丸が口開く。
「うっそ、にゃんで〜?・・・マジゼロ?」
「おかしいな・・・。何かあったのかな?」
大石も不思議に思う。
周助は憶測しながら言った。
「うーん・・・もしかして、断ってるのかな?」
「・・・なるほど。ありうるな。」
納得の行かない菊丸は、不二と大石に聞く。
「にゃんで〜?貰っとくのフツーじゃない?」
「にゃんでー?」
も、菊丸に同意だ。

不二は言う。
「手塚が一つももらえないなんて、ありえないからね。それに・・・。」
といいかけたところで、に声がかけられた。
さんっ!不二くんっ!」
振り返ると、必死そうな女の子がいた。
・・・たしか、同じクラスの子だったと思う・・・
「お願いがあるのっ!」
「なに?どうしたの?なんだか切羽詰まってるけど。」
「手塚くんにこれ渡して!お願いっ!」
女の子は、小さな包みを差し出した。
は、男子テニス部ファン一覧名簿を思い出す。
・・・たしか、手塚ファンだったような・・・
懇願するような瞳にはやられた。
「いいけど・・・。」
が迷いながらも受け取ろうとすると、周助がの手を掴んでそれを遮る。
周助は、キツイ口調で女の子を嗜める。
「自分で渡しなよ。」
が、不思議そうに周助を見る。
女の子は泣きそうに言う。
「だって、手塚くん、受け取ってくれないんだもの。」
「余計だめだよ。手塚が断っているのを知ってて、僕達が無理に押し付けるわけにはいかないよ。」
女の子はしゅんとする。
四人は玉砕してしまった女の子を見守っている。
の手を握っている周助の手に力が篭った。
女の子は項垂れながら小さな声で呟く。
「・・・一生・・懸命・・・作ったの・・・。」
「うん・・・手作りなんだね・・・。」
周助の手が、もう少し強くなる。
「どうしよう、これ・・・。」
女の子の声はますます小さくなる。
は、周助の手を握り返した。
周助は、はっとしたようにを見る。
は、笑顔で女の子に柔らかく尋ねる。
「それ、心こもってるんでしょ?」
「そうだけど・・・捨てるしかないかなぁ・・・。」
「凄く美味しいのに、捨てたりしたら勿体無いって。それにね。美味しいチョコレートなら英二が食べてくれるって相場が決まってるんだけど、知ってた?」
女の子は、え、と俯いていた頭を上げる。
は、英二を笑顔で振り返った。
「ねぇ、英二?」
大石が、早く答えろ、と英二をつねる。
「・・・っ・・・うんっ!」
英二は笑顔を見せる。
そして、ヒリヒリしているお尻をさすった。
女の子は、ありがとう、と英二に包みを渡し、お返しはいらないから、とすがすがしい顔で教室に帰っていった。

周助はの手を離すと、照れ隠した笑顔を浮かべた。
も笑顔を返す。
「一個ゲット〜。」
と嬉しそうな英二。
はぁ、と決着したことに安堵の息を漏らして、胃をなでる大石。

と周助と秀一郎は、同時して、英二がバカでよかった・・・と思う。
いや、この場合、適切な表現ではない。
英二だって、失恋チョコレートの重みはわかっている。
経験していなくとも、理解はできるだろう。
この場において、英二の明るさは、一縷の光のようなものであった。
英二が元気よく言葉を発する限り、そこは、明るさを取り戻すことができる。
それだけ英二は、ムードメーカーの役割を担っている。


不二は笑う。
「ホワイトデーに五倍返しでなくてよかったね、英二。」
英二は困ったような顔をした。
「でも、やっぱりお返しあげた方がよくなくない?」
「うーん・・・でも、思い出させるのもかわいそうだよ?」
不二と英二の会話に、大石が混ざる。
「だったら、みんなで食べたらどうかな?」
「いいねいいねー。」
も大石の意見に賛同する。


そこに、問題の張本人がやってくる。
「おまえら、何やってるんだ?」
訝しげな顔をする国光の姿に、秀一郎と英二の目が泳ぐ。
「国光。もう帰れるの?」
「いや。まだだ。なにか袋を用意しないと。」
みなの頭に疑問符が浮かぶ。
「何入れるの?」
国光はあることに気付く。
、それ・・・。」
国光は、の手荷物に視線を向けている。
「あ、これ?クラスメートのみんながくれたの。」
は紙袋を持ち上げながら言った。
国光の思考に電球が光った。
。ちょっと来てくれ。」
は国光のあとをついていく。
皆、首を傾げながらついていった。
国光は、廊下でロッカーを開けた。
中には包みが、20個ほど入っている。
国光以外の4人とも目を見開いた。
大石は聞く。
「受け取らないんじゃなかったのかい?」
「おおかた乾から聞いたか。なら、話は早い。知らぬ間に入っていた。」
「あぁ・・なるほど・・・。」
「これ、おまえのに、入るか?」
「・・・・・・入らないことはないけど。」
は、そういえばと思い出した。
ちょっと待って、と声をだして、鞄の中を漁ってみる。
包みが邪魔をして、なかなか出せない。
は、朝、おばさまから貰った紙袋をなんとか取り出した。
国光はそれを受け取った。
「助かる。」
バサっと開いてみると、なかなかに大きい。
国光は、紙袋にロッカーの中に入れられた包みを仕舞った。
「まだあるんだ。」
そういって、国光は教室の中に入っていく。

皆がついていくと、国光は床に膝をついて机の中をまさぐった。
中から15個くらい包みが出てくる。
皆、口をあんぐりさせる。
「移動教室の間にやられたんだ。」
国光はそれらを紙袋に入れていく。
は、ふといいことを思いついて、英二を振り仰ぐ。
「英二アレ出して。みんなで食べよー!」
いち早く反応したのは、周助。
「そうしよう。」
「あ、うん。そうだね。」
「ホイホイ!」
バビューン、とかいいながら英二は国光の机の上で包みを開けていく
ガラガラ、と椅子を滑らせて席を用意する秀一郎。

「なんなんだ?」
と目を瞬かせる国光だが、そんな中、乾がやってきた。
「何、いまから食べるとこ?」
「丁度いいとこ来たね。グッドタイミング。」
「見計らってきたんじゃないの?」
「河村に会ったけど、呼べばよかったかな。」
「呼んでくる?」
「今、ちょっと忙しいみたいで。」
「後で来る?」
「遅くなると思うよ。あ、手塚、結局貰ったのか。」
「置いていかれただけだ。」
「不毛な戦いになるって言ったろ?諦めないと。」

「やったね!トリュフ!」
「うん。手が込んでるね。」
「これって難しいんじゃないのかい?」
「見た目グッドよ。」

「チョコレートか?」

「まずは座りなよ、手塚。」
「これ、超美味しいらしいの。」
「んー!おいしー!」
「結構いける。」
「ほら、手塚も。」

「俺はいらん。」

は単刀直入に聞く。
「国光、なんで受け取らなかったの?」
「欲しいとは思わないからだ。」
「甘いのがダメだからだ。」
「チョコレートが嫌いってこと?」
「違う。」

去年貰ったチョコレートを律儀に全部たいらげた国光は、うだるほどの甘さにやられたらしい。
たしかに、大量のチョコレートを目の前にしたくはないけど・・・。

。おまえ、バレンタインの意味を正確に理解しているのか?」
「え?」
「向こうとほぼ習慣は同様だろうが、日本だと慣習と言えるな。」
「辞書捲った方がいいかな?」
「やめておけ。つまりは、日本だと義務化されている風潮がある。日頃お世話になったあの人に、が大方の理由なんだが、ついでに、といって渡すものが、義理、といわれている。」
「義理人情の義理?」
「ああ。そういったならわしは、お歳暮と同意義だ。形式だけとってみても、仲の良い人には全員渡さなければならないだろうな。」
「なんだか大変だね。」
「だが、そうすると、キリがない。『ある程度』の水準を高めに設定するのも必要だろう。俺としても、気を遣わせるのは本望でない。」
「だから受け取らないのか・・・。」
「相手によってはありがたく受け取るが、それほど親しい女友達は多くはない。」
友人ならともかく、ほとんど見知らぬ人の不可解な食べ物は欲しくない、という結論に達した国光。
「国光ってほんとクールだね。」
「・・・そうか?」
「二つの意味そのまんま。」
「・・・・・・?」
「私、今、国光の顔見たくないかも。」
「俺が何かしたか?」
「ううん。単なる私のやつあたり。」
「何かあったのか?」
「特には何も。」
落ちている食べ物を拾って口にしてはいけません、という倫理。もっともである。
だがそれは、あんまりといえばあんまりな話。義理であればそれもいいけど、本命チヨコなる想いを携える女の子は、告白をする機会も得られず玉砕必死。
泣きべその女の子の顔が、チラリとよぎった。

「私からのバレンタイン。人のチョコだけど、受け取ってよ。」
「他人のものを使うな。」
「まあまあ。私、チョコ用意してないしさ。本物は別にあったんだけど、バレンタインってのはチョコでないと駄目みたいだし。」
「・・・・・・?」

は大粒のトリュフを差し出した。
「早よう、口開けて。それとも口移しの方がいい?」
「そんなに食べさせたいのか・・・いいだろう。」
「もひっと早くひっへ。」
「落とすなよ。」

友人同士のパーティでやる口移しの氷をチョコレートに変えたようなもの。
これくらい、どうってことはない。
が、周りの視線はそうは言っていない。

「・・・・・・甘そうだね。」
「事実、甘い。」

チョコレートを食べさせる思惑は成功。
しかし、周りの反応は不評。

「そうじゃなくて。」
「仲睦まじいのはいいけど。」
「素直じゃないね。」
「見てられないよ。」
「ハズかシーけど、うらやましー。」
「他の人が見たら誤解される確率濃厚。」
「どうかな。顔色変えずにするの反則だよね。」
「顔赤くされても困るけど。」
「大石の名前書き変えないと。」
「ちっ、違うよ。俺は頬だよ、頬。」
「えっ、まじまじ?」
「案外、大石もやり手だ。」
「伏兵がこんなところに。そして思わぬ展開に。」
「ならないから。」
「バッサリだな、大石。」
「バレンタインチュウいいな。いいな。」
「僕も。」
「嫌だよ、際限ないから。」
「ちぇー。」
「手塚だけ待遇違うよな。」
「まあ、それは仕方ないとしても。」
「仕方ないの?」
「ふむふむりん。」
「そうなんじゃない?」
「うん。たぶん。」
「足引っ張ってるのは、不二だろ。」
「酷いね。」
「無理も無いよ。」
「どういう意味だろね。」
「深くは聞かないで。単なるイメージの問題だから。」
「傷ついた。」
「そうは見えない。」
ファンクラブ会員ナンバーツー。」
「じゃあ、手塚に敵愾心。」
「ちょっとした憤り。」
「相手にしないからな。」
「出た。三角関係。」
「ついにコノ日が来たか。」
「何の話だ。」
「またまた手塚。とぼけちゃって。」
「だから何の話だ。」
「続きはまた明日ってことで。」
「大石も参戦するって。」
「俺も?」
「待った。俺入れて、五角だよ。」
「乾、それこそ、思わぬ伏兵だよ。」
「そうかな。まぁ、とにかく。来月のホワイトデー、勝負決行。」
「審判を下すのは我らが。」
「不二。そういうノリのいいとこ、俺は好きだよ。」
「ありがとう、乾。まったく嬉しくないけど。」
「一ヵ月後が楽しみだ。」
「話が見えてこないんだが・・・。」
「早々に手塚リタイア。これはもらったも同然だね。」
「いやいや、大石という手強いちゃっかりマンがいるし。」
「それを言ったら、河村寿司には負けるよ。」
「河村、寿司は駄目だぞ、寿司は。」
「河村いないよ。」
「デジカメ持って来よ。」
「僕、ライカ。」
「卒業アルバムに載せようか。」
「プライベートアルバムで充分だよ。」
「ねえねえ、大石。乾と不二、何の話してんの?」
「関わっちゃいけない・・・。」
「帰るか。」

途中、合流した河村は、手塚への包みを幾つか持っていて、手塚はため息をつきながらそれを受け取った。
帰り、全員の下駄箱には、包みがこっそりと入れられていた。
ちなみに、国光の下駄箱には、包みがごっそりと入れられている。
各自それを袋に仕舞い、の小さな袋は膨れ上がってもう入らない。
手塚は空きのある袋に、の紙袋ごと一つ入れ、は手ぶらで悠々と帰宅した。







あとがき

1万2000字。最高記録だ。超長くてスマソ。



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