世界で一番信用できない  2


不二は教室に行こうとしたのだが、中から悩み相談らしい話し声が聞こえて立ち止まった。
大事な話をしている最中に教室に入るわけにもいかないし、どうしようか思案していたときにさんが出てきてしまったのだ。
要するに、話しを最後まで聞かずにウロチョロしていたので、出てくる気配に気づかなかったのである。
鉢合わせしてしまった不二は、聞くつもりはなかったのだけど、と、少しバツが悪い顔をした。
だけれど、当人達には気づかれなかったようで、ほっとする。
すごい勢いで出てきたさんは、やっぱり急いでいたみたいだ。
もう一人の女の子にせかされて、どこかへと走って行った。

プリント類のファイルをすべて集めた不二は、手伝ってくれた女の子にお礼を言った。
「ありがとう。君は、さんの友達?」
少しでも話せたらいいな、と思っていたは、不二に声をかけられ頬がかすかに紅潮した。
不二と一緒にいられる時間は、しかもあの憧れの不二君と、こうして会話できる時がくるなんて、思ってもみない事である。

「うん、そうなの。むか〜〜〜しからの友達!」
と不二が同じクラスだというのは知ってはいた。
少し考えれば気が付きそうなものだが、意外な盲点、いや、接点にはようやく気づいた。
ありがとう、いいヤツねあんたって、とはこの場を提供してくれた友に感謝する。
「へぇ〜、幼馴染なんだ。」
「あ、それ違うんだよね。」
むか〜しむかしというフレーズに、皆が幼馴染を連想してしまうのはしかたのないことだろう。
はこの話をするのが好きだった。
特別な関係のような気がして、妙に教えたくなってしまう。
「―――?」
事情が飲み込めるはずもない不二はやんわりと首をかしげた。
「小学生の頃、塾が一緒だったんだ。その時から仲良かったし、つるんでたんだ。」
「珍しいね、そういうの。」
熱くなって説明する女の子に、不二はさんとだいぶ仲が良いみたいだ、と推測する。
「でしょ〜。家も近いし、勝手知ったるやり放題な仲って感じ。」
「フフフ。」
なんだかいい雰囲気である。

はなんとか話を長引かせたいと考えていた。
モテモテなこの人は周りにいつも人が居るし、これから二度と話す機会ないかもしれないし。
共通の話題といったらのことくらいしかない。
と不二の接点は、だけなのだから。
少し後ろめたいと思う気持ちが脳裏をよぎったが、使わせていただこうと、の事を口にする。
「もうあいつったら真面目すぎてさ〜。」

「そうなの?」
欠点をバクロしたいわけではなく、頑張り屋だとかお人好しだとか褒めるつもりであった。
人の悪口を言ってしまったら自分の好感度が下がるのはわかりきっている。
ところが褒めるまえに、”真面目”というキーワードが不二にとって意外らしかった。
「違うの?」
「授業中とかかなりよく寝てるけど・・・?」
「・・・ほんと?」
このあいだは寝言言ってチョーク投げられてた、というのは不二はさすがに言わなかった。
「フフフ。」
含み笑いの不二に、は全く気づかない。

それより、不二が持つのイメージは、とは違っているような気がする。
ってなんでそれで頭いいんだろう・・・。」
うらやましいが、それ以前に腹立つのだとは言いたかったが、またしても頭いいというキーワードは不二にとって意外らしい。
「頭いいの?」
「え?だって成績いいでしょ?」

20点だ、と自分からおおやけにしていたことがあったのも不二は言えなかった。
「プックックックッ!」
不二は、たまらなくなって、笑ってしまう。しかし、それをなんとか堪える。
「えっ?なに!?なんでそんな笑ってるの?バカだとか思ってたの?」
頭がいい人は、世の中にいっぱいいるだろうが、が比較する対象はしか、いない。
は自分よりも頭がいい。出来るヤツなのだ。外見も申し分ない。そのうえピカイチの運動能力。
何もかも、自分より上である。
帰宅部のにとって、は妬ましく思えるところがあっても誇れる親友なのである。
は周りから正当な評価をもらっていない、とは不満げに思った。



笑いをこらえながら不二は話をそらそうとしたが、成績以外になにも思いつかない。
「き、気にしないで。・・・・・・そういえば1年の時は順位表の常連だったよね。いつも載ってたから覚えてるよ。」
「そうよ。昔っから、い〜っつも私の上なのよ。ムカツくんだから。」
不二はようやく落ち着きを取り戻して話を続けた。
「でも最近は載ってないよね?」
「それよ!ちょっと聞いてよ、あの子ったら部活やりすぎて頭おかしいのよ。」
「おかしいの?」
そんな感じがするかもしれないね、とひそかに思ったのも不二は言えるはずがなかった。
「いっつも部活動で私のこと構ってくれないしさ。」
「嫉妬みたいだね。」
「それもあるけど。バカっていっても部活バカなのよきっと!毎日のように朝から晩まで部活だし!」
「僕たちだって似たようなもんだよ。」
テニス部員も、部活バカばかりが集まっているような気がしてならない。
それに悪いことではない、と思う。
向上心が、良い方向に向かっている。
「そうじゃないのよ。だってさ、せっかく顧問から大会へでないかって打診があったのに、それ断ったっていうし!その理由ってのがわけわかんないし!部長になったいきさつだってアホとしか思えないし!」
「大会って、なんで断ったの?」
「それが・・・・・。」
「言いにくいことなら言わなくていいよ。」
「ほんとかどうかわからないんだけどね。人づてに聞いた話だけどいい?」
「え?本人に聞いたんじゃないの?」
「ここ2年、まともに話ししてないから。」
「・・・・・・。」
それって仲いいというのだろうか、という不二の疑問は実際に口に出しはしなかったが、結構的を得ている。勘がいいと言われることはこういったところで発揮されていた。
一方通行かな、とちらりと思っても、懸命に説明する姿は、確かに親しいということを物語っている。
空白の2年間で、少し関係が変わったのかもしれない。
さんの2年を知らないとしてもあたりまえかな、とも不二は思う。
というのもこの教室で彼女(さんの自称親友)を見るのは初めてだったからである。
それなりに友人は多いようで、輪の中心にいつもいたが、かなり親しいというほどの人は回りにいなさそうだった。
それに、普段、一人で行動することも多く見られた。
「私もはじめて聞いた時は信じられなかったんだけど。って私のクラスじゃ結構有名だからさ。みんなを知ってるし、仲いいし、職員室で話してたってのが、なんかこう〜・・・本当っぽいんだよね。」
「気になるね。」
「でしょでしょ?それがね〜、ってば、うちの部活は弱小だから無理だと断言したらしいのよ。」
「それって敵を増やしそうだね。」
「う〜ん。前はそんなんじゃなかったんだけどな〜。」
「本人に直接きいてみたほうがいいよ。」
本当だったら注意しておいたほうがいいんじゃないかなというのは、自分が親しくない人に忠告するにはいささか余計な気がしたので不二は言わずにおいて、先を進める。
この女の子のいう、さん像に、興味が湧いたのかもしれない。
「それで、部長になったいきさつっていうのは?」
「え〜っとねぇ・・・・・・。」



ちょうどが何から説明しようか迷っているときに、が教室に戻ってきた。
「何の話?」
と不二がなんだか仲よさそうに話していたから、邪魔していいのかどうかわからずは教室に入るのをためらわれたが、いつまでもどこかに隠れるわけにもいかないし、と声をかけた。
「あ、おかえり。」
「おかえり、さん。」
「んーただいま。」
なんでもないように返ってきた返事にホッと安心していると、に話をフってきた。
「ねぇ、。部長になったいきさつって何?」
「はぁ?・・・・・そんなの聞いてどうするの?」
いきなりからそんなことを言われて、は面食らった。
答えを返さないは業を煮やしたのか、単刀直入に本題に入る。
「拝み倒されたって聞いたんだけど。」
「「・・・・・・。」」
一体何の話をしているのかわからない、なんでこんな話をしてるのか、なんでこんな話になっているのか。
なんでをたずねるように不二を振り仰いでみると、目が合った。
すると不二は、突然おもちゃのネジが切れたように笑いだした。

私もも唖然とした。
いつもニコニコ笑っちゃいるけれど、不二君がひどく爆笑するのを初めて見たからだ。
緩みっぱなしで歪んだような笑顔は、それでも美的感覚を失わない。
それって凄いような・・・。絵に描いたような美少年、だからなんだろうな。だからモテる。
一種のアイドル化計画が巷で進んでいるらしい。うちのクラスの推奨株は、不二と菊丸の二人。
でもどうしてここまで笑われなきゃならないんだろう。
不二はさきほど聞かされた友人が創造している山の行動とのギャップを思い描き、それから今発言された部長になったいきさつ<拝み倒された>の一言でこらえていたモノが吹き出しただけだった。
「ちょっと不二君、なんで笑ってるの!?なんでソコ笑えるの!?間違っちゃいないけど、正確には先生から頼まれただけなのよっっ!?」
「・・・ククっ。ごめ、・・・なんかさんっておもしろいな〜って思って。」
笑うにしては不二は苦しそうにしていて、手で口元を押さえ、もう片方の手は腹をかかえている。
おなか、いたい、とまでいう不二に、私はなんだかいたたまれなくなって、怒りたい衝動にかられていたが、なぜかは冷静だった。
「えっ・・・じゃぁなんでそんな大仰な言葉で伝わってるんだろ・・・?」
淡々としたの疑問に、私はしぶしぶと答えた。
「そりゃ〜、先生に頼まれたとき、イヤって言えなかったけど。」
「なんでなんで?」
身を乗り出して興味津々の表情で詰め寄る
「あ〜あ。アホくさ。」
と素直な感想を言った。
「知りたいな。僕も。」
という不二に対し、おまえもグルか!という言葉を口にすることはなかった。
って、イヤなものはイヤっていうタイプだったよね?」
「う〜ん。それは時と場合と人によるけど。」
は頬杖をついて、思いふけるように遠い目をして続けて答える。
「だって、先輩方が全員一致でどうかお願いしますやらせてください、なんてさ、職員室にいる顧問に全員揃って直談判行った日にゃぁ、こっちだって、断りきれやしないわよ。無理だってそんなの。」
「マジでっ!?」
は驚きに、恐っと付け足す。
は、あ〜あ、アホくさ、と二度目の言葉を口にし、ためいきをついた。
「すごく信頼されてるんだね。」
「どーなんだろか。」
きっとそうだよすごいじゃん、とは元気にならない励まし方をする。
ある意味、大物かもしれない。
「あ、そうだ。もひとつあるんだけど。」
と、好奇心の抜けないに、はマダアルノカヨと悪態をつきたくなった。
「それより不二君。部活ないの?」
自分の話題について話したって、面白くもなんともない。
早々と切り上げたい。
「あっ、そうだった。行かなくちゃ。」
忘れてたといわんばかりのセリフだが、急いでいる風には全然見えない。
不二君は、どんなときでも涼しげだ。
そんな不二の支度の様子を、と私はじっと見つめた。
支度を終えると、不二は普段通りの笑顔で、
「今度、僕にもその話聞かせてね。」
と、爽やかにスマイル0円を置いていった。



部活にはおくれちゃったけど面白い話が聞けて楽しかったな、と不二は満足していた。
手塚に走らされるのが待ち遠しいとすら思いながら、部活へ向かう足取りは軽かった。




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