世界で一番信用できない  4


すずめの泣く音がして、朝がきた。

さわやかな鳥の声、外がいつもに増してまぶしく光っている。
それに気づいたのは6時前で、眠いとようやく気づいた頃だった。
なんでこうなったのかというと、原因は拾ってしまった一枚の数学プリントである。
いつも授業をまともに聞いていないので、これがいつ出された課題なのかすらわからない。
明日までの課題だとしたら、やっておかなくちゃならないわけか、という義務感に襲われた。
それでなくとも勝手に持って帰ってきてしまったのは事実なのでしかたない。
数学は、解けさえすれば楽しい分野である。しかし解けないのだから、困るのだ。
数学が好きだった始めの頃のように、私は没頭していて、朝が来るまで気づかなかった。
片手に参考書の重みを感じながら、解答をつむぎだす。少しずつ少しずつ、導き出す。
一枚しかないくせに、中身は凝縮されていて、難解だった。
その作業は丸々一晩かかったが、なんとか終わってホッとする。
これから布団に入ったら、絶対に起きれるわけがない。
横になりたい気持ちをしっかりこらえて、制服に着替えることにした。
安心感と疲労感からヘロヘロになりながらも学校へと向かった。



車にはねられそうな試練をのりこえて、学校についたはいいが、無常にもまだ開門前だった。
門によりかかり、座ったとたんに、どっと疲労の波が押し寄せる。
うとうとしだす自分にきづいて、その度に目を凝視させる。
犬の散歩をしている人にジロジロ見られ、意識が戻る。

ふと不安になったのか、鞄を開けて、プリントが手元にあるのを確認し、あ〜よかった、とひとりつぶやきシローごっこをしていると、用務員のおじさんがやってきて、おや早いんだね、と開門してくれた。
だがまだ校舎を開ける時間ではないらしい。それを聞いてさらに疲労感は増した。
外はまだ寒いし、お茶でも持ってきてあげようと、近くの自動販売機からジュースを買ってきてくれたが、当然中身はコールドだった。
あぁまったくもって親切なおじさんだねぇ・・・じんわり冷える・・・と涙しそうになったときに、男子生徒が現れた。

今日も早いね感心感心、いえいえいつもごくろうさまです、とまるでいつものことのように会話を交わす。
いつもこんなに朝早いんですかっ、とツッコム気力ももはや無く、私はとにかく寒かった。
なんとか、おはようございます、と声に出すと、その男子生徒は返事をしてくれた。
「あっこちらこそ、おはようございます。」
「どこかで見かけた顔ですね・・・。」
すでに視界はぼやけていて、結局だれだかわからない。
どこでもいそうなタイプですからね、と笑っていたが、私にはよくわからない。
きっと不思議そうな表情を浮かべているだろう男子生徒は、本当に親切な人だった。
「それより、君、顔色悪いですね。どこか具合でも悪いんですか?」
「なんていうか・・・眠いんです。」
「えっ?」
「・・・・・。クーーーー。」
「うわっ。こんなところで寝ないでくださいっ!・・・・おじさんどうしましょう・・・。」
「そうだねぇ・・。校舎が開くまで部室のほうに寝かせておいたらどうじゃな?」
すでに半眠りに入っていた私をやんわり起こし、男子生徒におぶさられ、部室へと連行された。
その移動の間は、おぶってくれた背中が暖かくて気持ちがよかった。
ガチャリと開いた時には、すでに別の世界へ遠のいていた。



大石は、朝から困ったな、を連発していた。
まずは寝床の確保である。
女の子を背負っていたので、降ろしますよと声をかけたが返事は無い。
すでに眠っているようだ。
「困ったなぁ。」
ゆっくりと腰をおろし、ベンチに彼女を座らせる。
そして壊れ物を扱うようにそっと横に寝かせた。
寝息を少したてている彼女の表情はとても気持ちよさそうだ。
よく見ればスカートがちょっとはだけていた。
うわっと目をつぶり、左手を目の付近に沿えて、ドキドキしながらそろりそろりと直していく。
たいしたことではないが、純情な青年には酷な労働であったらしい。
真っ暗な視界の中、青年は大変な拾い物しちゃったな、とつぶやいた。
ときおり身を震わせる彼女は少し寒いのかもしれないと思って、ガクランを脱いで彼女をすっぽりと包んであげた。
あたたかさに触れたのか、ん・・・と吐息をもらす彼女に
「オブラート!」
とわけのわからない昂揚感を得て、大石はすっかり満足した。


着替えなくちゃいけないな・・・とロッカーを開けたとき、バタンッと大きな音がした。
しまった!何やってるんだオレは!・・・起きちゃうじゃないか!!と自分を叱咤したのだが。
自分のせいだと思っていたのに、その時冷たい風が流れてきて、気配を感じた。
「オッハ・・・」
反射的に、入り口から入ってきた人物を、外へと強制排除した。
「ヨーーーー・・・・・ン??????あれ?大石どうしたの??」
大石は唇に人差し指をあてて、菊丸に無言で訴えかける。
「なになに?静かにしろって?」
菊丸の問いに大石はコクコクとうなづく。
「赤ちゃんでもいんの?」
今度は横にフルフルしだす。
「な〜に〜?大石ってば、あっやしーーー。」
「怪しくなんかないって。今日、朝、女の子拾っちゃったんだ。」
それだけの説明ではめちゃめちゃ怪しいことこのうえない。
「わ〜かった〜。誘拐だしょっ!」
「だから違うって!」
部室の中見せろ対決をしたが、らちがあかず、大石は静かにすることを条件にようやく降参した。




そろそろと中を覗く大石と菊丸。
大石は起きてなければいいんだけどと、またもや人の良さを発揮した。
菊丸は猫とか熊だったらいいのにと、似ても似つかぬ対照的な動物の妄想を膨らませた。
「な〜んだ。うちの制服じゃぁ〜ん。」
「う、うん。大きな音たてちゃダメだよ。」
「わか〜ってる〜って。羽織ってるやつ、あれ大石の?」
「う、うん。寒そうだったし。」
「ってゆか大石、そのカッコ寒くない?着替えたら?」
「そうだね。」
「・・・・・・。」
「ここで着替えるのかい?」
「そうなるよん。」
「見られたらどうしよう?」
「寝てるんだから大丈夫だよん。」
「そ、そうだな。」
大石がまだ着替えている途中だったが、菊丸はさっさと済ませていて彼女を観察するため近づいた。
「あれ〜ぇ!!?」
菊丸はフグッと、大石に後ろから両手で口元をふさがれた。
「ングゥ・・・ワオン。」
静かにね、と大石は念を押してからやっと外した。
菊丸は大石を振り返り、
「俺、この子、知ってるよん(・・・・ビックリクリクリ〜。)」
「そっか。どこかで見たことがあると思ったら、英二の知り合いだったのか。」
「うん。あんまり話したことないけど、同じクラス。」
近くで声がするせいか、彼女はモゾモゾしだした。
「寒そー。俺のも着せちゃおーっと。」
と、菊丸は楽しそうに自分のガクランも提供した。
すると、彼女はニヒっと笑ったので、菊丸と大石は驚いた。
「起きちゃった起きちゃったぁっっ!?」
彼女はまだ、いい夢旅気分に浸っている。
「しっ、まだ寝てるみたい。」
「よっぽどねむいんだね。ってゆーか、しあわせそー。かーわいーね。」


そのとき、部室のドアノブが回り、不二が入ってきた。
ベンチの上に黒い物体と、そのすぐ前で腰を降ろして見つめている男が二人。
「何してるのさ。」
しかも、菊丸はジャージ姿なのに、大石は上半身裸の状態で、二人とも口に人差し指をあててこちらを向く。
一瞬不二は固まりかけたが、黒い物体が人らしいことに気がつき、小さい声で
「寝てるみたいだね。」
と状態を飲み込んだ。
「ねーねー不二。この人、さん。わかる?」
「え?」
顔の半分をガクランで覆っていて、はじめはよくわからなかったものの、理解をした。
「ほんとだ。でもなんでこんなところにさんがいるの?」
「ちぇ〜、俺、最初わからなかった〜。なんかねー。大石が拾ってきちゃったんだよ。」
「どこで?」
「校門のところで会ってね。挨拶したら寝ちゃってさ。校舎が開くまで外で寝かしたまま放っておけないから連れてきたんだ。」
「ふ〜ん。でもこのままここに寝かせてたら、手塚がなんていうかな?」
「え〜起こすのかわいそーだよ。」
「事情を説明すればわかってくれるよ。」
「とにかく大石、早く上、着なよ。」
「はっ!不二、助かった!」
あわててTシャツとジャージを着る大石。
その顔は、風邪引き寸前のように赤い。
不二もなんとなくガクランを脱いて、彼女に乗せた。


しだいに彼女はソワソワしだし、すっぽりとかぶっていたガクランから、空気が欲しいとでもいうようにぷはっと顔をだした。
むくっと上半身を起こすと
「おもーい・・・・。」
と言った。
半目を開きながら、視界に入ったのはなぜこんなにあるのかというガクラン。
思考回路はSTOP中なので、本能的に二つのガクランをたたんでベンチの端に置き、それを枕代わりにして、残りのガクランをかぶってまた横になろうとした。
短い間だけでも熟睡したおかげか、視聴力が復活してきたようだ。
「あ。また寝ちゃう・・・。」
見知らぬガクランと知らない人の声に、ほんの少し、我に返る。
「学校行かなきゃ・・・。」
まだ、ぼーっとしているようだ。
さん、さん起きて。ここ学校だよ。」
学校・・・そういえば校門まで行ったんだっけ。それで校舎がしまってて。
「・・・不二様の声が聞こえる。」
「「「不二様?」」」
「帰りたいのに帰れない〜・・・・。」
「「「・・・・・・。」」」
立ち上がると、掴んでいたガクランをベンチに置いて、
「ありがとうございました〜・・・・・。」
そういってフラフラと出口へ向かった。
「大丈夫かい?」
「まだ半分寝てるみたいだね。」
ドアを開けると風が身にしみ体が震える。
「うううう〜・・・。」
は、両手の袖の中に隠すようにして暖かさを確保した。
菊丸は自分のガクランを手にして彼女を追いかけ
「コレコレ着てって。」
の肩に羽織わせた。
まだ寝ぼけマナコのだったが目をこすりながら
「ありがとー・・・。」
と棒読みで返事をし、校舎が開いてますようにと祈りながら、そのまま教室へと向かった。



とちょうど入れ替わりに、越前がやってきてすれ違った。
菊丸はの後姿をじいいいっと見て突っ立っている。
「菊丸先輩。あの人誰っすか?」
越前の問いに、菊丸は自信満々にこう答えた。
「・・・・・・俺の彼女!!」
予期していない答えに越前は驚き、言葉を失いかけた。
「へー。菊丸先輩、恋人いたんすね。」
茶化しながらも実はちょっとうらやましかったりする越前だった。
しかし菊丸は自分の教室を見上げ、断言した。というか宣言スタイルだった。
「オチビ!俺、未来の旦那様!!」


「何バカなこと言ってるの?」
後ろから不二の声がきこえる。
の眠気は、目をウルウルさせていた。
「だってスッゴかわいーじゃん!」
菊丸は、あの涙目に、ドキンコしたのである。
「ふ〜ん。彼女じゃないんだ・・・。」
「越前。あの子は、不二と英二のただのクラスメートだよ。」
「まだまだだね。」
「オチビィッ!ソレゆーなー!!」
「英二、よかったね。お近づきのきっかけできて。ほら、ガクラン貸したんでしょ?」
菊丸英二は、キラキラキラーン、と目が星のように輝き、ピカチューに変身した。
「フフッ。そういえば、英二。あの上着、僕のなんだけど。」
菊丸英二は、ボボーン、とムンクの叫びを唱え、立ちすくした。

越前は不二に遊ばれている菊丸を見て、少し同情した。
「ちょっとだけだけど。」
誰にも聞こえない独り言である。





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