世界で一番信用できない  5


朝練が終わった不二と菊丸は、教室に入るとまずを探した。
は机に突っ伏していた。
両手をクロスしてガクランの襟元を掴み、背中を丸くして、暖かさをかみしめながら睡眠している。
「やっぱり寝てたね。」
不二と菊丸は、が起きているか寝ているか賭けたが、どちらも同じ意見でそれは賭けにはならなかった。
「あ〜、あれが俺のだったらいいのに〜。」
「フフッ。」
不二と菊丸は席につくと時間割どおりにノートと教科書を用意した。



教室には徐々に人が混雑しはじめ、の机がガタッと揺れた。
その拍子には目が覚めた。
よく寝た・・・・。
スッキリした気分だった。
は自分の両手がしっかり黒い上着を掴んでいる事実に気が付いた。
私のではない・・・。
体を起こすと、前の席の人から声をかけられた。
「や、おはよう。よく寝た?」
「あ、たぶんよく寝た。おはよう。」
よく寝ていたらしい。
時計を見ると、始業時刻を指している。もうすぐ朝のHRの時間だ。
朝、誰かに会ったような。
コレだれのだろう。
校門で会った人のかな。
そう、用務員さんに会って、その人に会って・・・・。
背負ってもらって・・・・背中気持ちよくて・・・ああっ、寝ちゃったんだ!!
見知らぬ人の背中で寝てしまったことを思い出して、はとてつもなく赤面した。


両肘を机にたてて、顔を隠すように両手で覆う。
あまりの恥ずかしさに悲鳴をあげたい。
ありったけの自虐的な言葉で自分をののしる。
言葉がみつからなくなり、ようやくおちついたのか、前が見えるように両手を口元のほうへとずらす。
目の前はいつもと変わらない教室の光景。
校門で会った男性。具合でも悪いんですかというセリフ。
どんな顔をしていたかはわからないけれど聞き覚えのない声で。
狼狽していた心には、その人が同じクラスではないことが救いだった。
一安心して回想にふける。
こんなところで寝ないでくださいとうろたえる言葉にとうとう一息吹き出した。
そんな己の自身のやりとりは21面相にも劣らない。
冷静になろうとしたとき、視線を感じた。
どこからなのか探っていると、交差したのは二人の人物。
よりによって不二と菊丸だった。
自分の怪しげな様子を見られていた。
とっさに視線をはずしたけれど、二人の唖然とした表情が目に付いて離れない。
窓から見える風景を見ながら唸っていたとき、先生が教室に入ってきた。
凝視されているようにも感じていた視線は無くなり、オーバーすぎる、そんなはずあるわけない、と自分を諭してほっとした。


羽織っていた上着を脱ぎ、座席の椅子に丁寧にかける。
その時後ろの人から顔赤いよ、とダメだしされた。
逆ギレしながら、メモ用紙を一枚くれるように脅迫する。
探してくれているというのにその時間は長く感じた。
鞄の中からペンを取り出すと、昨日の努力の結晶、諸悪の根源、一枚のプリントを見つけてしまった。


朝のHRが終わると、は静かに席を立って、不二の席に移動した。
そしてプリントを差し出した。
「これ昨日の落し物。」
ぶっきらぼうに渡すと、不二は不思議そうな顔でそれを受け取り、
「?・・・・・・・え、これ僕の?もしかして昨日の?」
「そうだと思う。」
「白紙だったはずなんだけど?」
「解いたから。」
「もしかして・・・。」
「正解の自信はないけど。それじゃ。」
照れているんだが、恥ずかしいんだか、さきほど不二と菊丸に目があった時の表情を思いだすと、視線を合わせることができない。不二は何か話しかけようとしていたが、手短に説明を押し付けてさっさと私は自分の席に戻る。


その日、は久しぶりに授業に集中した。
集中しすぎていたのかあっというまに午前は終了した。
昼休みのチャイムがなり、急いで上着を抱えて教室を出た。
そして校舎の片隅にある用務員室へ駆け込んだ。
「おじさん。校門で会った人誰だかわかりませんか?」
いつも朝早いらしいので、この人なら誰だか知っているはずだと思った。
「あぁ〜、君は今日、校門で会った子だね〜?」
「早く来すぎちゃってすいません。」
「運がよかったね〜。もうお礼は言ったのかな?」
「まだなんですよ。それで、あの人のこと知ってます?」
「テニス部の人だよ。あの子はほんと、いつも早くてねぇ・・・。たしか大石君とかいってたっけなぁ。」
「どうもです!」
長くなりそうな話を断ち切りその場を去った。


どこのクラスかわからないので、知り合いに片っ端から聞いてみようかと思っていたら、突然どこかの教室の方から自分の名前を呼ばれた。
足をとめ、教室の方を向くと、教室の窓から乗り出したが大きな声で私を呼んでいた。
に近づくと昼たべたのかと聞かれた。
「まだ買ってない。」
「ダイエット?」
「んなまさか。ダイエットが必要なのはでしょ。」
本気でそういったわけではなかったのだが、はそれなりの覚えがあったようで、大げさにショックを受ける。
うわ〜最悪〜、と苦虫を噛み潰ように本気でいやそうな顔をする。
は私の全身を上から下まで順に眺めて言った。
「運動してるヤツっていいよね〜。」
このへんが、そう、このへんも、と触ろうとするいちごに、私はとりあえず助け舟をだす。
「自分、より重いと思うけど?」
体重だけでいえばはっきりいって私は重い。
見た目がどうだか知らないが、運動部で身につく筋肉というのは結構あるのだ。
「うそっ。見えない・・・・。」
「うそかも。」
「恨んでやる。」
「好きなだけどうぞ。」
「来て、昼わけたげる。」
はこっちへ来いと導きながら、手を引っ張る。
教室の窓から手を差し伸べ、強引に私を中に入れようとするのはどうなのだろうか。
「窓からかよ。」
「だって廊下側の席なんだもん。」
たしかにそこは人垣に囲まれていて、到達するには人を乗り越えといった感じだった。
まぁいいかと、窓から入ったのだが、手荷物が邪魔だった。
「何それ?誰の?」
「ああ、これテニスの大石さんとかいう人のなんだけど、知ってる?」
「ブラボー!!触わらして〜!!」
「はぁ!?・・・・・くるな〜皺がつく〜!!」
来るな寄るな近寄るな、と小型犬と戯れるように盛り上がった。
貴重品(大石の上着)をどこで手に入れたのかという経緯を説明するのに、拾ったといういいわけはちょっと苦しかったが、大石のというだけで騒がれて、大石フィーバーを大放出しているには、さすがに、おんぶされて部室へ行き寝てしまって、コレ、パクりました、と話す気にはなれなかった。
だってテニスの大石さん、知ってるでしょ?何言ってるんだか。」
落ち着いたはさっきの質問を思い出して、知らない人なんていないだろうと質問返しをした。
「そりゃ名前くらいは知ってるけどクラスどこ?」
というと、とは呆れた顔をした。
って、彼氏いないでしょう・・・。」
「いたらいいね・・。」
しみじみという私。自分で言っててむなしくなることがある。
「好きな人いないの?」
「今はいないけど。初恋のキミ。ラブ!!」
私の初恋発言にわずかに反応し、幾分驚いた様子のは、面白そうな顔をする。
「へ〜。はじめて聞いた。今度紹介してよ。」
「無理。」
あっさりと答える私に、は嘆く。
「うわ即答だ。ダメよそんなんじゃ!その人とは連絡とってないの?会いたくない?」
「う〜ん。とりたくても生きてないから。」
「「「えっ!?」」」
近くにいた人々が皆目を丸くしてこっちを向く。
「嘘だよ。聞いてたのかよ。」
「なんだ〜。あービックリした。」
「だって、の恋話ってはじめてだから〜。」
「やっぱ気になるじゃん。」
「恋愛は乙女の基本だし。」
の好きなタイプってどんなの〜?」
言いたい放題言っているギャラリー。
その中で一人、はしょんぼりしていた。
「ごめん、変なこと聞いちゃって。」
私の耳元で小さな声でつぶやいた。
嘘だとは言ったが、それが本当のことだと気づいたのはだけだった。
「初恋は実らないのだよ。」
はおどけるようにそう言うと、はそうね、私もだ、と皆と一緒になってようやく笑った。




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