世界で一番信用できない  7


不二と菊丸は、に頼まれたとおり、に伝えるため教室をでた。
しかし、さんがどこのクラスなのか聞いてはいなかった。
菊丸は、さんが誰なのか知ってもいなかった。
誰かに尋ねようと近づくと、キャーと騒がれたりして、頬を紅潮させ全速力で逃げ出す子もいて、聞くに聞けなかったりした。
教室を渡り歩いていると、見知った顔に出会う。
情報収集家の乾に人を探していると伝えると、すぐに知らないなと答えられた。
認知度は僕達に比べて高くないようだ。
それでもがさがさと引っ張り出された学年名簿で、名前をみつけることができた。
菊丸は、俺伝えてくる、と飛び出すように教室を出て行った。
僕を置いて。


残された不二に乾がいう。
「今日の英二は、いつもの数倍元気だな。」
「そうだね。」
「さっきの人、どうかしたの?」
「ああ、あれ?クラスの同級生から、頼まれ事押し付けられちゃってね。」
「へぇ〜、・・・不二に。誰?」
さん。」
「へぇ〜、さんて、あの優等生の?」
「乾、知ってたの?」
「ああ、少しはね。有名人だし。」
「・・・ふ〜ん・・・。」
「・・・そういえば、不二。今日って暑かったっけ?」
乾は不二が手に持っている上着を見て言った。
脱いでいるイコール暑い、の方程式だ。
「ああ・・これ?そうでもないよ。」
「・・・不二って華奢だね・・・・。ライン細いからかな。」
そういう格好してると特に、と乾は付け加えた。
「目立つ?・・・・やだなぁ・・・結構気にしてるのに。」
「シルエットが綺麗なんだよ。色気かな・・・絵になるね。嫌味じゃないよ。」
「乾、セクハラおやじみたいだよ。」
着とこうかな、と不二はその場を去りながら上着を羽織った。


「あれ?」
何かに気づいて、教室を出ようとした時、ピタリと歩を止める。
ふんわりと僅かに甘い香りが上着から漂う。
香水じゃないよね・・・。
失礼ながら勝手に思わせてもらうと、さんは香水をつけるタイプには見えない。
それに僕は、あの独特のきつい刺激臭が嫌いだ。
僕はこの時、はじめて女の子の香りというものを知った。
羽織った上着が、片方に重みがあるのに気づく。
「なんだろ。」
ポケットの中には、一個の飴玉と小さめの白い紙が一枚たたんで入っていた。
それを開くと”ありがとうございます。お礼の一品入れときます”と書かれていた。
不二は、一旦、乾のところに戻った。
「乾、これ採点してほしいんだけど。」
答えつきの乾問題用紙をすっと渡した。




目の前の1年生はうつむいて、黙り込んだ。
相談したい内容がなんなのかはわかってはいる。
しかし、一年生にとってそれはおいそれといえる内容ではない。
いいずらそうにしている一年生に、は遠まわしに話し出すことにした。
「困ってるのよね?」
「・・・はい。」
「また・・・・ぶつかったの?」
「・・・・・・はい。」
「かなり白熱してきたわね・・・。」
「・・・・・・・・・はい。」
それからゆっくりと俯いていた顔をあげて一年生の女の子はいう。
「・・・・・・・、部長。」
「ん?」
正面に向かい、目を見て話しだそうとするこの一年生は勇気がある子だと思った。
「頼れるの・・・部長だけなんです。」
「・・・・・・・・。」
子猫のようなすがる目をした後輩に、どんな言葉を返したらいいのかわからない。
わかってるよ、というのも変だし。ありがとう、というのも奢っているようで嫌な感じだ。
「部長・・・・大変ですね。」
かえって同情されてしまった。
苦笑しながら私は言う。
「一番大変なのは、一年生だと思うわよ。」
「先輩が・・・部長じゃなきゃよかったのに。・・・あっ、そうじゃなくて。」
どういう意味だかわからないが。

ここのところ、同じような内容の相談が連続している。
なにかの連鎖反応だろうか。
一年生と二年生は敵対している状況だ。
裏で嫌味事を言われている。
しかし、それはお互い様だったりする。
二年生は、生意気だと主張する。
一年生は、たったひとつしか違わないのに、それだけで偉そう、と主張する。

「ほかの三年生は、話しずらくて・・・・。・・・すみません。」
最上級生というのは、それだけで近寄りがたいものがある。
自分もそんな経験があった。
駆け出しの一年生は、ほとんど初心者ということもあって、三年生を見るとむちゃくちゃ上手いと感じる。
手に届かない崇高な存在なのだ。
自分から声をかけることができなくて、向こうから気に掛けてくれると舞い上がってしまう。
その不確かな存在を自分に置き換えてみると、随分貧弱にみえてくる。

自分たちが一年だった頃を思い出して言う。
「私達が一年生の時は、誰にも何も教えて貰えなかったのよ。」
「そうなんですか?」
「うん。まるで、今みたいにね。」
敵対するというのはなかったけれど。
それでもやはり、こっそりと学年内の教室では、ささやかれていた。
だから今の一年生の気持ちも、二年生の気持ちもわかる。
どちらかが悪いというわけではないが、その当時は何も気づかないのだ。

「でも、先輩は教えてくれるじゃないですか。わかるまで。」
「そう?まだ基本しか教えてないんだけどね。・・・もし、私が部長じゃなかったとしたら、きっと1年生に教えることなんてなかったと思うけどな。」
「・・・そんな!部長だからってだけで私達に教えてくださってるんですか!?今更・・・見捨てるんですか!?私っ・・・、先輩がそんな人だとは思いませんでした!!」
「落ち着いて。」
「落ち着けません!・・・それってなんか悔しいです。」
「最後まで聞きなさい。」
「・・・・・・はい・・・。」
「私達が一年生の時は、誰にも何も教えて貰えなかったって言ったよね。」
「・・・はい。」
「それが何故か、わかる?」
「・・・・・・いいえ。全然考えてみたこともありませんでした。」
「あのね。教えてもらうだけじゃ何も身につかないのよ。」
「・・・・・・・・・そうなんですか?」
「テクニックは、教えて貰うモノじゃなくて、盗むモノなの。」
「いいたいことはなんとなくわかりましたけど・・・・、でもやっぱり教えて貰いたいです。」
「そっか・・・。でもね、多分、私が一番一年生に酷なことしてるのよね。」
「そ、そんなことないです!悪いのはニ年生です!!」
「そんなに嫌い?」
「先輩は二年生好きかもしれませんけど、私達はみんな嫌な感じです。」
「う〜ん・・・・。」
困った顔をすると、一年生はまるで励ますかのように言った。
「でも、まだ平気です!はやく上手くなってガツンと言わせてやりますから!!」
平気もなにも、平気じゃないから、こうしてきているんじゃないのか、と私は思う。
「ガツン・・・ね。」
「はい。ガツン・・・です。」
早くも、諦めムードをかもし出す一年生に、は苦笑して、よしよしと頭をなでた。
「今日は帰っていいよ。」
「え?まだ部活の時間ありますよ?」
「そうだけど・・・。一緒に遅れていくと、面倒なことになるかもしれないしね。」
特に二年生がね、とが付け足すと、一年生はあっさりと、そうします、と引き下がった。
帰りの廊下を歩きながら一年生は、やっぱり部長は優しいな、と思い返していた。
部活中は厳しいけど、終わるととたんに笑顔になる。その落差が結構好きだ。
それに、愚痴を聞いてもらったおかげで、幾分スッキリした気がしていた。
惚れ直した、といったら変だけれど、憧れの存在、の部長の株はまた上がった。
評価はあがる一方だった。

一方、当のは、体がぐったりして肩にずっしり重い荷物を背負っているかのようだ。
肩こりが気になって少し揉み、ぐるぐる肩を回して深呼吸すると、突然小さなくしゃみがでた。
名残のような、うめき声を発しながら、部活へと向かっていった。




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