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「、いるか〜!?」 「あぁっ!遅いですよ!!・・・待ちくたびれましたよ。」 「すまんすまん。」 場所は、上野に決まった。 雪ノ丞は、寛永寺で100度参り、でもしていれば、見つかるのではないか、という。 町を徘徊した方が、いいのではないか、と提案したのだが、 それでは、隠れていられる場所が少なくて、見つかってしまうかもしれない、という。 後をつけるのにも、不利だ。 それに粂婆さんが言っていたのは、このあたりの地区である。 あてもなく探し回るよりもよほど効率がよいと、雪ノ丞は考えていた。 は、雪ノ丞の着替えを手伝っている。 「、絶対、私に当てるなよ?」 「・・・・・・。」 「私は、的じゃないからな。」 「わかってますよ。」 「弓、引かないほうがいいんじゃないか?できるだけ努めてくれ。」 「姫様、私を信じてくださいよ。」 「信じちゃいるけど、犯人がかわいそうだと思ってな。」 「・・・・・・。」 「弓は痛いからなぁ・・・。」 「なんなんですかっ!?」 「命をとるときは、こう、痛くないようにだね・・・、スパっと。」 痛みに悶えながら、死ぬ場面は見たくない。 武士の切腹シーンでは、よく、介錯人が痛みを取り除く。 下手なやつほど、痛いんだ。 弓の場合がどうなのかは、私は知らない。 私は不安だったのだ。 の腕を信じていないわけではない。むしろ、腕だけなら、任せても心配する必要はない。 しかし、なにかが起きた時、が動揺してしまうことは、いつもの稽古でわかっている。 は、命のやりとりを、実際に手にした経験がないのだ。 一度見てみたいが、に人を殺させるのは、忍びない。 命は一つしかない。死んだら生き返ることはない。死と隣り合わせの世界に我々は居る。 気をつけなければ、と雪ノ丞は、いつも以上に気合を入れた。 雪ノ丞が着替えを終えて、と戻ってきた。 雪ノ丞は、町娘姿である。 「やはり女子は華やかな衣がよく似合う。」 開口一番、新之助は、率直な感想を言った。 新之助は、雪ノ丞が女であることを、隼人から聞いて知っている。 しかし、雪ノ丞とは、知られているとは思いもよらない。 「おなご・・・?」 雪ノ丞は、不審な目で新之助を睨んだ。 その姿は、まさに町娘で、可愛らしい。 プーっと吹き笑いしたは、 「というか、孫にも衣装ですよね。」 と表現した。 ハリセンが飛ぶ。 とにかく、と雪ノ丞は、姿勢を正した。 「お茶汲み奉公人を目指してみました。」 「お茶汲み奉公人が、なぜ夜出歩くんだ?」 「舞台は夜。旦那様のお薬が効かず、お百度参りを致します。」 完璧だ・・・、と雪ノ丞は、悦に入っている。 しかし、はそれの隙をつく。 「ねぇ姫様。旦那様の薬が効かなかったら、まず医者を呼びに行くんじゃないですか?」 の意見に、その通りだ・・・、と新之助は思う。 細くなった目に、とぐろを巻いている雪ノ丞。 目に不思議印を浮かべている。 「変だなぁ・・・。」 「変ですねぇ・・・。」 「ま、気にするな。きっとお医者さんが留守なんだ。」 「そうか。お医者さんの手にも負えない重症患者だったんですね。」 開き直っている雪ノ丞と、答えを見つけて喜んでいるを見て、 そういう問題じゃないだろう・・・、と新之助はひそかに思った。 雪ノ丞とと新之助の一行は、上野寛永寺へと辿り着いた。 幾つもの束を纏めた百度参り用という奇怪で特殊な線香に火をつけ、息を吹きかけると、煙がうっすらと立ち昇る。 お気をつけて、という心配そうなの囁きを皮切りに、提灯の火を消した。 雪ノ丞はそれをしっかりと持って、闇夜の中をパタパタと一度目のお参りに向かった。 しんと静まり返った石畳は、草履の音を一層に際立たせた。 白いはちまきに蝋燭という格好を提案する賢い者がいなくて良かった、と雪ノ丞は本気で思った。 ひそひそと語り継がれる妖怪奇談に出てくるような鬼婆を想像し、雪ノ丞は背筋が凍えるような気がしたが、それはあえて無視する。 境内という聖域で吐き出される空気が、己の五感を敏感にさせていた。 は、木の上へと移動した。 上から人の出入りを観察しようというわけだ。 雪ノ丞は目を細めたが、寒くないかと言うだけで、反対はしなかった。 手には弓を持っているし、なにかあってもそこから狙える、という自信がにはあった。 は記録にこそ残っていないが、弓の名手である。 雪ノ丞はに、好きにしろと言った。しかし、そこには、滅多に見る事のない緊張感があった。 それが伝染してしまったのか、の手は少し震えている。 しばらくたって気付いたことであるが、夜の空気が思っていたよりも少しばかり冷たかった。 は、出発時に手渡された厚手の羽織を着ていたことに感謝した。 それを想いながら深呼吸をすると、体の芯が温まったような気がした。 新之助は、古ぼけた建物の物陰に隠れている。 新之助は、顔を見上げると、ふとと目が合った。 表情はわからなかったが、目が笑っているような気がした。 自分との位置を確認して冷たい壁によりかかり、耐久戦になりそうだと息を漏らす。 め組に居ないこの状況をどんな言い訳でごまかそうかと考えた。 辰五郎の、困ったような、それでいて面白そうに興味を示すだろう瞳を思い出して苦笑する。 壁際に容赦なく生えている長く育った草達が、噂し合うように、サワサワと揺らめいている。 準備万端、いつでも来い、である。 |
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