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しばらくして、新之助の元にすっと男が現れた。隼人である。 「上様・・・、なる人物。水戸藩の武家生まれの六男でございます。」 「水戸藩・・・?」 雪ノ丞が、水戸藩、ではなかったのか。 とすると、の関係から、雪ノ丞が水戸藩だと噂されたのか、と新之助は思った。 隼人は、尚も報告を続ける。 「はい。しかも、水戸藩主綱条様の直属の家臣、家かと。」 「綱条殿の・・・?」 は、身分の高い親を持っているというわけだ。 息子が、単なる小さな町道場に通っているとなると、これは、喜ばれまい。 通うだけでなく、もはや住みついているのだから、これはおかしい。 もしや、は、勘当されたのではないだろうか。 身分など、あってもないものだ、と言っていた。 たしかにその通りかもしれない。 だが、身分からは逃れることはできない、と新之助は自分に置き換え考えた。 「はい。ですが、雪ノ丞の身辺については、わからずじまいです。」 「・・・そうか。」 俺ならまず爺を説得する。 それでダメなら、周りを固める。 果たして、はどう説得したのだろうか。 それとも、雪ノ丞は、の親をも認めさせる腕前、ということか? だとしたら、雪ノ丞は、の家に出入りしているだろう。 その辺を探らせてみるか・・・。 隼人は、すまなそうな表情をして言った。 「申し訳ありません。」 「いや、いいんだ。それより、いいところにきた。彼女についてくれ。」 「はい。して、あの女子は・・・?」 「はは。雪ノ丞だよ。」 「あれが?またなんで女子の格好を・・・。いや、もともと女子ですが。何かあるのですか?」 「彼女を狙う者がいるはずだ。」 「はっ?そのような気配は全くありませんが・・・。」 隼人は、疑問を浮かべる表情をしながら、隠れていられそうな場所を探すために、雪ノ丞から目を離して辺りを見渡した。 壁際の、気味悪いほど元気良く生い茂た草が、姿を消してくれそうだ。 隼人は、の居場所を確認すると、持ち場へ静かに移動しようとした。 その時、雪ノ丞に黒い影が忍び寄っていた。 隼人にも全くわからないほど、気配を完全に殺していた。 微かな風の変化を察知して、雪ノ丞は、身構えた。 いやな予感がしたのである。 特になにかある、と思ったのではなかったが、自然と第六感が働いていた。 すると、どこからか、すらっとした長身の男が正面に現れた。 切れ長の目を持ち、やや長めの黒髪を風で揺らしながら、黒い衣をなびかせている。 おまっ、小鉄っ・・・!! 驚きで、声にならない雪ノ丞。 「お久しぶりですね・・・。」 「こんなとこで何してんだっ!」 「(とんだご挨拶ですね)・・・。あなたが危険を侵すというから(わざわざ来たのですよ)。」 「危険て・・・・」 「辻斬り(退治)のことですよ。全く(のやりそうな事ですよね。)」 「どっから(そのネタ)仕入れてきたんだ?」 「(あなたのことなら)なんでもお見通しです。」 だいぶお互いに言葉を端折りながら会話している。 「(だったら)辻斬りはどこだ?(知ってるんだろ?)」 「まだ、やる気なんですか?(そんなに危ないところへ行きたいんですか?)、しかたないですね・・・(では、少し怪我してもらいますよ)。」 小鉄は、胸元から尺鈷(武器)を出すと、いきなり雪ノ丞に飛びかかった。 キィーン、と甲高い音が、境内を包む。 小刀のぶつかり合いだ。 六助も隼人も新之助も、鉄の共鳴する音によって、ようやく敵が現れたのに気づいた。 雪ノ丞と小鉄の会話はまだ続いている。 「変態の浪人なんて忘れてください。あとは私がやっておきますよ。」 「私の金づるだっ!」 雪ノ丞は、渾身の力で、小鉄の尺鈷を振り払うと、間合いを取った。 新之助は、姿の見えない雪ノ丞の所へと急いだ。 隼人は、いつでも加勢できる準備を整えた。 砂利の擦れる音と混じって、弓の弦がきしむ音が聞こえた。 雪ノ丞は、目標に立ちふさがるように、両手を大きく広げた。 驚いたは、うわっ、と弦をはじいた。 弓は、あさっての方向に飛んでいく。 突如現れた敵は、舌打ちをすると逃げ去っていく。 「姫様っ!!何なさるんですかっ!!」 青い悲鳴をあげるは、木から飛び降りると、尋常でない速度で雪ノ丞に駆け参じた。 雪ノ丞の身体のあちこちを触って、傷がないかどうか、調べる。 ほっとしたとき、は、雪ノ丞からゲンコツをくらった。 「弓引くなっつったろっ!?」 新之助は、雪ノ丞との元に歩み寄る。 敵の姿は既に消え去っている。 追っ手を阻むかのように、桜の花びらが暗闇の中をふわりと舞っていた。 緊張感が途切れると、力つきたかのように、地面に落ちる。 隼人は、気配を察知できなかったことが、不思議でならなかった。 そして、雪ノ丞がの狙撃を阻止したかのように見えた。 突然の襲撃を受けて、何故庇うのか。 新之助は、雪ノ丞に訊ねた。 「一体、今のは何だったんだ?」 「や、あれ、私の知り合い・・・・・。」 雪ノ丞は、恥ずかしそうに、頭をポリポリとかいている。 も新之助も、陰に潜んでいる隼人も、呆然とした。 「単なる挨拶・・・っていうか。」 「ならなんで逃げるんです?」 「みんなして、すごい剣幕だから・・・?」 も新之助も隼人も、心当たりのある真実に、頭を垂れた。 「帰ろ・・・。やる気なくした・・・。」 雪ノ丞は、農家の老人のように背中を丸めている。 思いもかけない知り合いの出現に、どっと疲れが出たようだ。 「辻斬りは、いいんですか?」 「もういいんだ。無駄だから。」 「・・・・・。」 雪ノ丞の言っている意味は、誰もわからなかった。 小首をかしげるばかりである。 新之助は何か言いかけたが、 「ちくしょー!酒飲んで寝るぞっ!!」 という雪ノ丞の声にかき消された。 雪ノ丞様がこんな状態の時は、口出ししない方が懸命です。 と、は、新之助にこっそりと耳打ちしていた。 もう一人、隼人は、草むらの陰で、懸命に頷いていた。 翌日、汚らしい浪人の死体が揚がった。 辻斬りの犯人である。 |
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