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「すまないな。」 驚かせてすまなかった、と、奢らせてすまない、が混ざっている。 財布持ってないんだ、と雪ノ丞は言った。 「構わんさ。助けてもらった礼もある。」 「助けなんて必要なかったみたいですね。余計な事をしてしまった。」 「そんなことはない。騒ぎにはしたくなかったしな。」 「なんにしても、暗くて良かったですよ。顔見られずに済みましたから、お返しもありませんし。」 ささ、どうぞ一杯、と、雪ノ丞は一献を傾ける。 「や、かたじけない。そちらもどうぞ。」 では、一杯、とお酌してもらう。 「今日は、花見に行ってきたのですけどね。新之助殿は、もう行かれましたか?」 「いや、まだですが、今年は例年にも増して、華やからしいな。」 「無礼講な飛鳥山の方も行きたいんですけどね。知り合いが飲むなとうるさくてうるさくて。」 「それでは悪酔いする性質なのか?」 図星なのだろう。 雪ノ丞は、それには答えず、話を変えた。 「・・・。向島あたりに花見に行ってきたらどうです?」 「向島のどの辺りに桜が咲いているんだ?」 「・・・・・・やだなぁ。世間知らずなんですか?親御さんに聞いてくださいよ。」 「・・・ん?」 「あっはっは。まぁいいじゃないですか、そんなこと。」 「そうか・・・・?」 それからしばらく世間話をした。 そろそろお開きにしますか、と、雪ノ丞は新之助に勘定を払わせる。 暖簾をくぐって外に出ると 「あ〜!!」 と大きな声を出して駆け寄ってくる男がいた。 「こんなところに居--――」 最後まで言い終わらないうちに、雪ノ丞の手から、扇子が勢いよく飛んだ。 額にクリティカルヒットしている。 「静かにせんか。寝ている人を起こすつもりか・・・。」 イタタ、と押さえている額はうっすらと赤い。 男は地面に落ちた扇子を拾い丁寧に渡す。その表情に恨めしさは欠片もない。 「イタイですよ〜・・・、容赦ないですね、ほんとに。・・・えっと・・・姫様。」 「誰が姫だ。・・・雪の丞。まだ覚えてないのか。猿。」 「猿って酷い・・・・。お雪様、こちらは?」 「省略すんな。こちらは、新之助殿といって、そなたがおらんのでヒモになってもらった。」 「・・・・・またそんなことして!!」 「ヒモ・・・?また・・・?」 と混乱しだす、新之助に、間髪いれず、雪ノ丞は答える。 「親御さんに聞いてくれ。」 「またそれか。」 だいぶ、新之助と雪ノ丞は、親しくなったようだ。 それを見て、通称猿は、警告するように新之助に言う。 「姫様は健康な男を惑わすのがお好きなんですよ。」 「こら。語弊のある言い方をするな。それより、おまえ、何しに来たんだ?」 「あっ、忘れとりました。大変なんです〜!!」 「静かにせんかと言うとるのに・・・。」 「道場破りがでたんです〜!!」 と、両手を振って、主張する通称猿。 「なに?」 と慌てる新之助に反して、 「それで?」 という冷静な雪ノ丞。 「それでじゃないです〜!!仮にも姫様、師範代じゃないですか!!」 「気にするな。」 「よくないです〜!!」 酒席では、世間話ばかりで、身の上話は一切しなかった。 だから、新之助は、雪ノ丞をどこかの武家の三男坊だと勘違いをしていたから、驚いた。 「なに?聞いてないぞ?師範代だったのか。」 「弱小道場ですけどね。それより、猿。飯代をくれ。」 「こんなときに何を言ってるんですか!」 「腹が減っては戦は出来ぬ、というだろう?堅苦しいことを言うな。さ、新之助殿。次は飯に付き合ってくださりませぬか?」 「道場を放っておくわけにはいかないだろう・・・。」 「いいんですよ。どうせ弟子はいないんですから。」 「!・・・そうか。」 「姫様、弟子の私を忘れては困りますよ。」 「こないだまで、用心棒だとか言ってなかったか?」 目の前の二人のやりとりは、兄弟のように仲睦まじい。 「うぅぅ・・・新之助殿も姫様に何か言ってやってくださいよぅ〜。」 「わかったよ。何もそんなに拗ねる事ないだろう?そのかわり晩飯はおまえ持ちだからな。私は道場に行くことにするから、何か食べるものを持ってきてくれ。いいな。」 「かしこまりました。でも、姫様、お一人で大丈夫ですか?」 「助っ人がここにいるじゃん。」 「俺か・・・?」 「ああ。そうですね。それでは新之助殿、姫様をよろしくお願いします。」 一礼して、猿と呼ばれた若者は、駆け去った。 「礼儀正しい若者だな。」 「・・・・こっちの名前はすぐに覚えても、私の名前は覚えられないとは・・・恨めしい。」 ぼそっと言った最後の雪ノ丞のセリフに、新之助はぷっと笑った。 雪ノ丞は、新之助を軽く睨む。が、その表情は微笑んでいた。 「だいぶ、気に入られましたね。」 「そうか?」 「ええ・・・、無頼な輩は、近づけんとするのですけど、新之助殿ならばいいみたいです。」 「そちらこそ、慕われているではないか。」 「ええ、わかっていますよ。」 笑う雪ノ丞を見て、新之助は、やはりそっちの方(念友)の気があるのかもしれない、と思った。 |
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