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「お久しぶりですな。雪ノ丞殿。」 白米を垂れ流していた頃、雪ノ丞は道場の冷たい床で、男と向かい合っていた。 「・・・それで今度はなんです?あなたほどの者が来るからには、よほど深刻な話ですか?」 男は、難しい顔をしている。 しばらくして、重い口を開いた。 「最近この界隈で起きている殺傷事件を知っておりますかな?」 「殺傷事件って、辻斬り騒ぎのこと?」 「知っておかれましたか・・・。その事件ですが、皆、女子なのです。」 「よくは知らないけれど。女だけ、とはね・・・。」 「はい。下手人は、女子だけを襲うてるものと思われます。」 「だとすれば、よほど女子に恨みがあるのか・・・。わかった。近隣の者には、こちらでお知らせしておきます。それから、道場主辺りにも、見回りの話をしておこう。」 「かたじけない。」 「して、切り口は?」 「下から袈裟懸けに。傷は浅いのですが、どれも急所をかすめているため、即死のようです。」 「手練、ということですか?」 「おそらくは・・・。」 「では、単独行動は避けるよう通達しなければ。」 「おっしゃるとおりです。」 「それだけではない。見回り組に、深入りもしないように、警告した方がいい。」 「しかし、それでは・・・。」 捕まえることがますます難しくなる、と言おうとする男を雪ノ丞は遮る。 「いいか。後をつけ、見失った時には、すぐさま逃げろ。バレていると考えていい。この場合、多勢であっても、安心はできない。」 「はっ。」 「すまないが、今日は客人が来ているので、これでお帰り願えるか?」 「これは失礼致した。では・・・・、また、何かありましたら、伺います。」 雪ノ丞は、深々と礼をした男を見送りもせず、ただ座ったまま考え事をしていた。 表戸が閉まる音と入れ替わり立ち替わりに、と新之助が入ってくる。 雪ノ丞はほんの少しばかり険しい顔をしていた。 身近な者にしかわからないような、わずかな違いである。 は、客人が出入りする表戸の方角をちらと見て言った。 「帰られたようですね。」 その台詞には、なにかあったのですか、という響きが含まれている。 雪ノ丞は、それに気付くと、破顔しそうになる表情を押し隠した。 「そこに直れ。」 と扇子で二人を座らせるように促す。 その視線は冷たく、鋭くも厳しい。 と新之助の背に緊張が走る。 条件反射のような二人の反応に、雪ノ丞は肩をすくめた。 「ああ、。私はまだ、この身を人身御供にはできそうにないよ。」 「ごもっともです。」 「明日からしばらくは、10歩離れてリンゴ付きです。」 「はい。」 巻き藁ではなく、林檎を的にした、練習方法である。 難易度が高く、失敗する可能性もかなりあるが、失敗した場合は林檎を食べれない。 林檎を食べれないとなると、その日は、何も食べれない、ということになる。 まさに、私生活に密着した練習である。 は目を伏せると、実体験に基づいた過酷さに、心の底から深いため息をついた。 「・・・といいたいところですが、今からお仕事行ってこようと思う。」 「・・・はあ?・・・はい。」 わけがわからなかったが、はとりあえず頷いた。 そして、顔を上げると目を見開いた。 というのも、思いもしなかった悪戯な笑顔がそこにあったからである。 と、ここへきて、ようやく雪ノ丞が座るように指示した意図が見えてくる。 お説教ではないとすると・・・。 そして先ほどまで懸念していた客人の用件がムクムクと気になりだした。 「というわけで、今日からしばらく豪華にいこう。鰻買っといて。」 「季節じゃないですよ。それより、どのような御用だったのですか?」 「だから仕事の話。ここ最近出没している悪人を捕らえるんだってさ。」 「悪人・・・ですか?」 「場合に寄っては切ってもいいって。新之助殿もやりませんか?辻斬り退治。」 「辻斬り?」 「あ〜も〜、こんな楽珍な仕事はないわ〜。おとりになればいいだけよ〜。」 「何言ってるんですか。切られたらどうするんですか!ダメだったらダメです!」 「ダメ?いいと思ったのに。・・・猫探しより簡単なのに。他の方法考えるしかないか。」 「その話、詳しく聞かせてもらえるか?」 今まで静かに成り行きを見守っていた新之助も加わって、雪ノ丞は圧されかけた。 師の威厳はどこへやら。君達、私が師匠だっていうこと忘れてるだろう・・・。 情けなさを感じたが、二対一、という多数決が悪いんだと持ち直す。 それに、師匠といったって形だけで、元々友人だしなと納得させる。 せめて自分の楽しみを奪われることがありませんように、とこっそりと祈った。 客人が持ちかけてきた、ことの内容はこうだ。 女子を狙った辻斬りが、最近横行している。 そこで、道場主に声をかけ、近隣にも注意を促してくれ、というものだ。 雪ノ丞の考えたいい方法とは、女装した雪ノ丞がおとりになる、ということである。 しかし、雪ノ丞のような小柄な身体では、いまいち、危険のような気がしてならない。 当然のように、は反対している。 大柄な女役ではおかしいだろうというと、雪ノ丞との視線が新之助と交わった。 当たり前だが、即座に却下である。 それは最悪だとまで言われた新之助の胸中は複雑なような気もする。 せめて事実関係を明らかにしたらどうだ、と新之助はいう。 雪ノ丞はやる気満々だ。それに、情報源は確かだからわざわざ確認する必要はなかった。 話はどんどん進み、結局、鎖帷子(くさりかたびら)を下に着用する条件で、決着した。 「俺も同行しよう。何かあったら大変だ。」 「まぁっ!新之助様ったら心配してくれるのですねっ!お雪は嬉しゅうございます。」 「気持ち悪いですよぉ・・・。」 「そうか?なんなら、おまえ、おとりになる?」 「ヤですよっ!」 「え〜・・・、いいと思ったのに・・・。ねぇ?新之助殿?」 は、頬をふくらませて抗議している。 |
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