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「ただいま〜。」 「どうでした?」 「堅物でも、首尾よく、ちゃんと聞いてくれたよ。こっちはどうだった?」 「ええ。長屋の方には、お知らせしておきました。回覧板まわしてくれるそうです。」 雪ノ丞は、道場主に、辻斬りに関する注意と、見回りのお願いに回ってきたところである。 もまた、近隣の者に、夜、出入りをしないように注意を促した。 あぁ疲れた、と雪ノ丞は重くなった足で、奥に向かう。 二本差しを外して、正装としてわざわざ着用していた目新しい袴を脱ぎ捨てる。 これは道場主という格上の相手をする時のための手段の一つである。要はハッタリだ。 自分も一応道場主ではあるが、だからといって対等ではない。まだまだ駆け出しのひよっこだ。 雪ノ丞の名は、剣客として広まったものではない。容姿における物珍しさが第一の要因だろう。 人は外見で判断されることが多い。それゆえ安易に値踏みされるのを恐れての事である。 何しろ、弟子はたった一人だ。世間から見れば、廃れ道場でいきがっているお山の大将。 には悪いが、自分でも笑える。卑下するような自嘲的なものではない。 というのも、弟子を増やそうなどとは、本気で思っていないのだから、どうでもいいのである。 好意的な師もいるが、そうでない者達の方がよほど多い。 手合わせをとしつこく粘る声を、時間がないのでと体よく断り、用件だけを短く伝える。 反感を買えばそれだけ動きにくくなる。刺さる視線に息が詰まりそうだった。 あちこちの筋肉が悲鳴をあげているような気がする。 緊張していたわけではなくて、礼を欠かすことの無い様に細心の注意を払ったつもりだ。 慣れない事をするもんじゃないなぁ、と雪ノ丞は呟いた。 腰を降ろすと、丁度良いタイミングでお茶が出される。 間合いを図っていたかのようなの動作であった。 そんなに疲れた顔をしていただろうか。おそらく、していたのだろう。 何軒も、回った先でお茶が出された。それには全く手をつけずにいた。 ようやく、ここに来て、喉が渇いていたのに気付く。 こんな時は、酒でも飲みたいんだけどなぁ、と思っても言えない。 目の前のはそれを良しとしないだろう。 それに、悪酔いしそうな予感がする。おそらく、そうなのだろう。 果たして本当にがそこまで考えてくれたのかは微妙であるが、雪ノ丞は手を伸ばした。 一口すすると、はらわたに染み込むように、安堵感が広がった。 は雪ノ丞に出会った頃から見せている懐かしい笑顔を浮かべている。 変わらない笑顔があることに、雪ノ丞は一息つく。 一仕事終えて帰ってきた旦那のような気分だ。土産でもあれば飛び跳ねて喜ぶだろう。 こうして自分の帰りを待つ人がいるというのは、ありがたいものだ・・・。 先ほどまで疲労感に覆われていた雪ノ丞の表情は、今ではもう、穏やかだった。 「あとは、引っかかるのを待つだけか。新之助殿は、ほんとに付き合うつもりかなあ?」 「どうでしょう・・・。でも随分面白がってましたね。新之助殿は、よいお方ですね。」 「そうだろうそうだろう?少々好奇心が強いのが珠に傷だな。」 ふうむ、と唸る雪ノ丞。 「あのような方を夫婦に迎えたいと思いませんか?」 唐突に、はそんなことを言いだした。 いや、雪ノ丞と似たようなことを考えていたのかもしれない。 だいぶ、気に入ったようだ。 雪ノ丞は、男の格好をしているが、女である。 それを知る者は数少ないが、は知っている。 「それはいい話だがな。引く手あまただろうに。」 「姫様も、そこらの女子に引けをとりませんよ。」 「まあ、武術で負けることはないだろうな。」 「そういう話じゃあ、ないですよ。」 「でもなぁ、。そんなに美化しすぎるのもどうかと思うぞ?」 「その時はその時です。」 にか、とは笑った。 「だいぶ、私の口癖がうつったようだね。」 「それに、その時は、姫様がお助けくださるでしょう?」 知っているんですから、という口振りに雪ノ丞は呆れかえった。 「・・・期待はするなよ。」 「はい。期待せずにお待ちしています。」 あまりに信用されすぎている。 は、第一印象で、人を判断してしまう癖がある。 気に入った人にはとことん甘く、盲目的だ。 もし二つの顔を持つ者に出会ってしまったら、信頼していた人に裏切られたら、どうなってしまうのか不安でしかたがない。 私が浚われたという矢文が届けられたら、何も持たずに飛び出していくのが目に見える。 締め上げられても、頑なに口を割ろうとはしまい。 そのぶん、余計にいたぶられる。 ああ・・・考えたくない。 簡単に想像できて、笑えないのに、笑いたくなる。 そうならないよう、祈るしかない。 雪ノ丞は、いつものように、隙だらけのの身を案じた。 それにしても、あの新之助殿とやらは、一体どういうお人なのだろう。 お互いがお互いを図りかねていた。 ただ、二人の違うところは、 雪ノ丞は、なるようになれ、という精神を持っていることと、 新之助は、相手を事細かく調べ上げるというだけのことである。 |
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