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江戸城に戻った徳田新之助は、大岡を呼び寄せた。 「、という者を知っているか?武家出身らしいのだが。」 「いえ。存じませぬ。」 「上様、その方がいかがなされたのです?悪者ですか?」 「いや、そういうことはないだろう。」 「名前、以外に、なにか思い当たることはありませぬか?」 「影一刀流という道場に住んでいる若者だ。」 「陰一刀流・・・、それはあの雪ノ丞と申す者の道場ではござらんか?」 「ああ、知っているのか?」 「この度の辻斬り事件における、ご助力を仰ぎたいと思いまして、昨日お会いしたところです。」 「・・・なに!?」 そうか、昨日、雪ノ丞の元にきた客人とは、大岡忠相の事であったか、と吉宗は気づく。 だから、事実関係については、情報源は確かだ、といったのか。 「いえ、ですから、辻斬りと申しましても範囲が広いですから、各地の道場に出向いて、それとはなしに注意を促していただけるように、お頼み申しただけでございます。」 なぜ上様がそのような反応をなさるのか、大岡はわからなかった。 「・・・・・それにしても、なぜ忠相が自ら出向いたのだ?」 「以前にも何度かご助力いただいたことがあるのですよ。そのお礼も兼ねましてでございます。」 「ほう・・・。」 「この者、道場主の間ででは、遣い手として、かなり有名なのでございます。ですが、他の道場の門弟たちには不人気で・・・なにしろあの美貌ですから。稽古を公開することもあまりないようですし。やっかんでいるのでしょうな。遣い手としての腕は確かだと聞き及んでおりますから、敬意を表して、私自ら出向いたといっても良いでしょう。」 「それほどにか。」 「まだ目にしたことはございませんが。それとも、上様が気になるのは、容貌の方ですか?」 「・・・おい。」 「冗談でございます。ですが、私が見るに、容貌も腕の方も、立ち振る舞いは確かと、承ります。」 「そうか。」 ふっと笑う吉宗に 「あっ。信じておりませぬな。」 と意義をとなえる大岡越前守忠相。 「いや、この前、その者と一献交えたから、忠相の言うことは分かっているつもりだ。」 「おや・・・、そうでしたか。」 「上様、わしは解せませぬ。女のような男子、とはいかようなものなので?女々しいのですかな。 ・・・はっ、うえさま〜!その方はもしや、念友なのではっ。いけませぬよ!くれぐれも近づいてはなりませぬ。」 一人妄想を繰広げる有馬彦右衛門を忠相は軽く諌める 年中上様の身を案じて寿命を縮めているのだから気持ちはわからないでもない 心中察します、有馬殿 大岡も実は心の内では念友ではないかと疑っていたが、それを表に出すことはしなかった 「有馬殿。かような方ではありませぬ。あっ、そういえば上様。」 「なんだ、忠相。」 大岡は、同門の知り合いが噂していたのを思い出した 「雪ノ丞殿は、水戸出身ではないか、と聞き及んだことがあります。」 「水戸・・・?」 「おそらく、武家ではないでしょうか。」 「おまえもそう思うか?」 「ええ・・・。なんとなくですが。」 「そういえば、水戸の綱条殿はどうしているだろう。」 「水戸藩主の綱条殿、ですか?あの人はじつに素晴らしい方ですな。」 「ああ。光圀公が後継ぎにと選んだお方だからな・・・。よく気が付くお方だ。本当によく補佐してくれている。感謝せねばな。」 「最近は、お体の調子があまりよくないそうですぞ。」 「それは悪い知らせだな・・。」 「嬢は、今も病に伏せっているそうで、それを気になさっているとか。」 「そうか・・・、嬢とは、まだ一度も会ったことがないな。」 「見舞ってきてはいかがですか?」 「そうだな。同じ江戸にいるのだし、顔を出してこよう。はて・・・、嬢とは会えるであろうか・・・。」 「なんと、上様はお優しい・・・。爺は、嬉しゅうございますぞ。ええ。ええ、きっと、お嬢様も、上様のお花を見て、元気がでますに違いありませぬ。」 嬢とは、水戸藩主綱条の養女である。 徳川御三家、紀伊・尾張・水戸家は、特別の繋がりがある。会合や宴も、時折開かれる。 しかし、嬢は、幼き頃から身体が弱く、公の場に出てくることはなかった。 また、なんどか見舞いもしたのだが、なかなか会うことはかなわない。 将軍職についてからは、なおさらだ。 風邪をこじらせたとかで、移ってはいけない、と逆に遠のかれてしまう。 なにしろ、女子の床まで、行くわけにはいかないだろう。 しかし、話し相手もいないのでは、つまらなかろう、と思う。 だから、手折った花を置いていくのだが、喜んでくれているだろうか。 年が明けた冬には水仙を贈ったが、気に入ったであろうか。 もう、春であるし、今度は擬宝珠(ギボウシ)を贈ってみよう。 花といえば・・、と吉宗はふと思った。 「時に、爺、聞きたいことがあるのだが・・・。」 「なんでございましょう?」 「向島あたりに花見に行ってこいと言われたのだが。」 有馬彦右衛門と大岡忠相は目を見合わせた。 「まっ、上様。それはいけのうございます!爺は許しませぬぞ!」 「殿、・・・・それは、からかわれたのですよ。」 「それはまた何故だ?」 「わかりませぬか?」 「上様はわからなくてもよろしいのでございます!」 「なに?そんなにおもしろいことなのか?」 「いけませぬ!いけませぬ!」 「それほどに言われると余計に気になるぞ。大岡、教えてくれ。」 「はっ。向島には、紅燈街(遊郭)がありますから・・・その・・・別な花を咲かせにといった・・・。」 これでわかってくれ、と大岡は請う。 「・・・もういい。」 吉宗はうっすらと頬を赤らめたので、大岡は胸をなでおろした。 これ以上は、め組で聞いてくれ、と思う。 からかわれたのか・・・。 上様は清らかなお方だから・・・。 それにしても、雪ノ丞様が、そのような事を・・・。 あのような、ナリ、でも、やはり男なのだな、と大岡は思う。 成人男性として、興味があるのは、喜ばしいことである。 岡場所は、違法だが・・・。目をつむる大岡であった。 「隼人、あざみ。いるか?」 「「はっ・・・。」」 吉宗が軽く声を掛けると、すぐさま、お庭番の二人が現れた。 「雪ノ丞とという人物の身辺を、調べてもらいたい。」 「はっ・・・。」 「上様、・・・あの道場の師範代と弟子のことでございますか?」 「ああ。なんだ、隼人。おまえも知っているのか?」 「はっ。いえ、上様と一緒の所を見かけました・・・。」 「ん・・・そうか。」 仕事熱心だな、と吉宗は思った。 隼人は、淡々と、報告をしはじめた。 「雪ノ丞は、10年前ほどからあの道場に通っていて、見る間に上手くなっていったそうです。 12歳で目録とか。それからしばらくして、門弟としてが入門しています。 16歳で、修行と称し一人旅に出、1年かけて小野派一刀流の免許皆伝を取得しています。 雪ノ丞は、戻ると師範代を努めるようになりました。他にも門弟は多くいたらしいのですが、道場主が雪ノ丞に跡目を継がせるといいだして、混乱を招いたそうです。 本人は何度か断ったそうなのですが、話し合った結果、どうしても、という強い意向は変わらず、「存続せずとも良い、自由に使え」とのお達しがでたそうです。 そのうち道場主が身体を壊し、伏せるようになり、看病が必要で稽古ができないことで、門弟も減っていきました。 道場主が亡くなってから、に留守を任せ、近隣諸国を回り、直心影流の免許を取り、秋頃こちらに戻ってきたようです。あの・・・、上様・・・・。いえ。」 隼人は、言うべきか言わざるべきか、迷っていた。 「なんだ?」 だが、上様に、覗き込まれたら、答えないわけにはいかない。 「あの・・・、雪ノ丞と申す者は・・・・、女子です。」 驚愕の事実である。 それを物語るかのように、吉宗は目を見開いている。 「・・・!?・・・。・・・まさか。」 しかし、はじめて相まみえた時、念友かと失礼を承知で尋ねた上様であるからして 素直に現実を受け入れることができた。 逆にそうでなければおかしい、と思い始める。 (俺の直感は当たったんだな・・・) 「いえ・・、あの・・・、まさかの本当なんです。」 この目で確かめた、とも言えない隼人。 見えちゃったんです、しかたなかったんです、と心の内で、言い訳をする隼人。 その頬には、赤味が差していた。 (ツッコマれたらどうしよう・・・) (あわわ、もっと話の流れを考えておけばよかった) (俺はまさにピンチだ!) 忍びとも思えないような動揺を顕にしていた。 しかし、事実を受け入れ納得済みの上様は、静かに言った。 「・・・そうか。」 深入りしないでくれたオシャマさんな新之助に、隼人はホッと胸を撫で下ろした。 ほんのりと紅く染まった頬は、なかなか取ることができず、熱でもあるのか、と言われて更に紅潮するばかりであった。 |
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