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巡察している、といっても、ブラブラしているだけなのだが、小さな神社に通りかかり、 お参りしていこうと境内に入ると、新之助の姿が見えた。 声をかけようとしたのだが、傍に女性がいる。 仕立ての良さそうな着物を纏っている。 三味線らしき物を包んだ袋を、抱えて持っているが、旅芸人の雰囲気とは少し違うようだ。 訳アリの逢引だろうか。 邪魔をしてはいけないな、と雪ノ丞は目をそらそうとした。 しかし、そこに男が駆け寄ってきた。 なにやら二言・三言、言葉を交わしている。 見たことのある着物の柄だ。 脳が音をたてて記憶の引き出しを開け放つ。 あれは、江戸城付近で遭遇した怪しい渡し守の男だ。 間違いない。 男は駆け出し、新之助の傍を離れた。 女は、男とは反対方向に、駆け出していった。 雪ノ丞は、すぐさまその男の後を追った。 途中何度か男の足が止まったが、平時を保ち無関心を装って、歩を進める。 距離が縮まるごとに、これ以上はまずいな、という思いが脳裏を掠める。 一度男は後ろを振り返ったが、こちらに気付いた様子はない。 怪しい男は、見慣れた街に差し掛かり、足早に小間物屋に入っていく。 それを見届けた雪ノ丞は、街角でこそこそと男が出てくるのを見張ることにした。 あからさまな尾行に感づかれただろうか。そんな失態は犯していないはずだ。 店の窓から男の後姿が垣間見える。 外の様子を探る気配のない男を見て、気付かれてはいないという確信を持った。 万一、そこから外を見渡したとしても、店の中からは死角になっているから、バレないはずだ。 しかし、違う人間に見つかった。 「・・・どうした?」 肩に手を当てられて問われたので、雪ノ丞は答える。 「怪しい人物がそこに・・・ってえぇ?新之助さん?あれ、もうそんな時間?」 振り向くと、新之助であった。 「待ち合わせ時間には、そろそろだが。」 「あっ、そう。よかった。時間、間違えたかと思った。」 「何をしているんだ?」 「いや、ね、そこに、怪しい人物が・・・。」 指を差すと、そこには肝心の怪しい人物はいなかった。 「どれだ?」 「・・・ってえぇ?いないよ。消えちゃったよ。見逃しちゃったじゃないか。どうしてくれんの、も〜!!」 「すまんすまん。おごるから、な。一杯の酒で許してくれ。」 「許す。」 どうも、雪ノ丞は、おごり、という言葉に弱いらしい。 「で、怪しいとは、何がなんだ?」 「ああ〜・・・、うん〜・・・。それは聞き込みしてからね。」 雪ノ丞は、言葉を濁しながら通りを歩きだすと、小間物屋の暖簾をくぐった。 新之助は、不思議な顔であとに続く。 「やぁ〜、手拭い探してるんだけどさ〜・・・。」 「おや、雪ノ丞さん。久しぶりだねぇ。」 顔見知りのようだ。 この店は、雪ノ丞が昔何度も利用した店である。 どちらかというと、が懇意にしており、よく連れられて来たものである。 道場に住み処(すみか)を移してからは、ここへ来る回数もだいぶ減っていた。 「あれ、そうだっけ。おかみさんの可愛い顔は忘れるに忘れられないから、久しぶりとは思えないよ。」 「あんれ、上手いこと言ってくれちゃって。それはそうと、さっき、あんたの事聞いてきた人がいたよ。」 「私の?」 れもんは、新之助と顔を見合わせる。 二人とも思いがけない内容に驚いている。 「そうさね〜。さんのことも聞いてったよ。あんたたち、何かやらかしたのかい?そっちの人は初めて見る顔だね。」 「悪いことはしてないよ。それで何て答えたのさ?」 「すんごく仲がいいって、言っといたわよ。そんだけさ。」 「そっか。こっちの手拭い探してるんだけどさ。何かいいの、見繕ってよ。」 「あいよ〜。お武家さんが、手拭いなんか何に使うのさ。似合わないねえ。」 「やだな〜。どんな偉かろうが、みんな、使うよ。こっそり大事に使ってるのさ。」 「そうかい?」 「将軍だって使ってると見たね。見たこたないけど。風呂とか?見たかないけど。」 「ふふ。それもそうやね。同じ人間なんやし。」 「そ〜そ〜。」 「これなんか、どうかしら。」 おかみが出してきたのは、真っ白く、手触りのよさそうな、手拭いだ。 「お〜いいんじゃない?どうよ。」 突然話をフラれた新之助は、なんとか話を合わせようと頷いた。 「ああ。気に入った。」 「あんたたち、本当に大丈夫かい?」 「え?心配してくれてんの?嬉しいなあ〜。でも大丈夫だよ。なんにもやましいことしてないから。どんどん褒めちゃってよ。」 「あんれま〜。」 「ま、でも、また来たときは、に言っといて。」 「あいよ〜。雪ノ丞さんも、また来ておくれよう。」 「忘れないうちに来るよ。」 勘定を払うと、雪ノ丞は、品物を手に店を出た。 隣を歩く新之助は、雪ノ丞に訊ねた。 「どうなってるんだ?」 「どうもこうも・・・。怪しい人物が身辺を調べてるってなんなんだ?私か?それともか?やっぱりだろうなあ・・・。よくわかんねえ・・・。ってか絶対ヤバイよ。そいつ。」 雪ノ丞は、腕を組みながら何か考えている。 「心当たりはないのか?怪しい人物に。」 「それだよそれ。凄いの見ちゃったんだよな〜。もしかしてバレてんのかな〜・・・。」 「何を見たんだ?」 「いや〜・・・、う〜ん・・・、ヤバすぎて、言えないや〜。」 「力になるぞ。」 「う〜ん・・・、もうちょっと確信持ったら、言うよ。」 「そうか。この近くにめ組がある。いつでも来てくれ。」 「へ〜、め組に住んでんたんだ。わかった。あっ、やべっ、今日の帷子頼んでるの忘れてた。急がなきゃ。」 「ああ。もうすぐ日が暮れる。」 二人は、走り、道場へ向かった。 雪ノ丞は、怪しい人物と何を話していたのか新之助に直接聞けばよかったのだろうが、あとをつける楽しさに、失念していた。 あとでそれを思い出した時、きっと道でも聞かれたのだろう、と勝手に思い込んでいた。 そして、この時の事を、迫りつつある事件の影響ですっかりと忘れてしまったのである。 今に繋がらないものは、雪ノ丞にとって、どうでもいいお話だった。 |
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