白の死神







朝早くから、も白哉ももくもくと仕事をこなしていた。
恋次は微妙な空気の変化を察知していた。
昨日の今日で、もちろん恋次もふてくされているわけだが、会話が、ない。
不満があるわけではないが、いや、少しだけ不満はある。
業務のスピードが早すぎて、追いつかない。
朽木隊長はともかく、がこれほど完璧にこなすのは初めてだった。
普段は、集中力のバラつきが多くて、いかに適当かがわかる。
あんまりまともすぎて、気味が悪い。
しかも、恋次がほとんど仕事せず状態なのを見越して、はその分サポートしている。
男として少し情けない気もしてくる。
昼飯も食べずに黙々とする室内は、どうも暗い気がした。
一週間分の遅れを取り戻すかのような勢いに、恋次は押されっ放しである。
ふと、朽木隊長が席を立った。
恋次は大きく息を吐いた。
「なあ、
「・・うん?」
「疲れねえ?」
「疲れた?」
「いや、に聞いてんの」
「休んでいいよ。判子押すだけにしとく」
「やったぜ。ってそうじゃなくてだなあ」
は机の上で書面に向かったまま、先を進めている。
「私、多少不機嫌だけど、白哉それ以上に怒ってるみたいだね」
「不機嫌MAXだよなあ。ちょっと無茶じゃね?」
「無茶というか無謀?」
「気持ちわからねえでもねえけどよ」
「わかんない。でも愚痴らない方がいいよ。やつあたりされる」
「・・・リョーカイ。んだけど、おまえ、ルキアにぬけがけすんなよ」
「ルキアにぬけがけ?」
「や、だから昨日さ・・」
戻ってきた朽木隊長は、さらなる書類の山を抱えてきた。
の手はよどみなく動いている。
「次はこれだ」
は顔を上げ書類をじっとみつめると、計算違いをしたのか、やけになったのか、
「はい。今日中に」
とそう言った。
できるわけねえ、と恋次は声に出すのがはばかられ、適当な紙に文句を書きに見せる。
はチラ、とみて、再び手を動かす。
「いけます」
言い切った!
恋次は動揺している。
やるときはやるだろうと思ってはいたが、これはさすがに・・・。俺は無理。
それなのに、夕刻間近になって、作業が終わる兆しが見えてくる。
嘘だろ、オイ。
積み重ねれば、身長の高さくらいまでありそうだった。
この二人、甘くみてたかも・・・。

そして・・
「朽木隊長はいらっしゃいますか」
「入れ」
顔を見せたのは、吉良イヅルだった。
吉良イヅルは書類畳の隙間をぬい、朽木隊長に書状を渡す。

「はい」
「三番隊の応援要請だ。受けるか」
は左手で残る書類をざっと指で流し数えた。
「行けます」
「許可する」
は吉良と共に消えた。
三番隊は市丸ギンが抜け、吉良イズルが処分待ちの状態である。
猫の手も借りたいだろう。
残り300枚程度か。一人でやるとなると、気が遠くなりそうだ。
とりあえず、自分の分は済ませることにしてとりかかった。
は1時間ほどで戻ってきた。
「様子はどうだ」
「手間がかかります」
「そうか」
淡白な会話だった。は作業の続きをはじめ、それは1時間ほどで終了した。
「夕食のお時間ですが、私はお先に失礼します」
恋次はを見上げる。
それを見たは、無表情で『この山に判子、この山に署名』と念を押す。
の仕事はもう完了したらしい。
「明日、ここにある書類と赤棚の整理を任す。頭に入れておけ」
「わかりました」
まるで別人だ、と恋次は感じた。
負けちゃいられねぇー、と男気を強くした。


翌日、恋次が来たときにはすでにがいた。
は基盤を作っていて、それに合わせるだけだった。
おかげで、そう大変な作業ではなさそうな気がした。量はあるけど。
遅れてきた朽木隊長はいまだ不機嫌なままで、のハイペースは昨日と同じだった。
昼ごろに台風の目がきた。
13番隊の浮竹隊長だった。
「おっす。朽木の計算機貸してほしいんだけど」
「書面を通してくれ」
「つれないな。目がかすんで、目がかすんで・・」
「養老院にでもいくがいい」
「わかーたって。じゃ、何か書くからさ」
『かして 浮竹』
「な?」
それでいのか、と思われるほど適当な書面に拇印をおさせて、朽木隊長は言う。

わかっている、とでもいうようには答える。
「出直してください」
「だそうだ」
「そんなぁ〜」
「夕刻まで手が空きません」
「急ぎなんだよ〜。悪いっ、そのうち埋め合わせするしっ」
は軽くため息をついた。
「・・見てきます」
「許可する」
は3時間ほど帰ってこなかった。
「つれて帰ってこい」
恋次は、をつれて帰る命令をうけて、13番隊の巣に向かった。
しかし姿はなく、11番隊の方に行っている、と言われそちらに向かった。
は茶を飲む更木の隣で、算盤を弾いていた。
「つれてかえれ、って言われて」
更木はギロリと睨む。
「ああーん?」とか言うので「あー。朽木隊長命令なんですー」とちょっと控えめに強調した。
は、ちょっと待って、と手を止めると、
「恋次、ちょっとこれ持って。この欄足し算して」
別の算盤を差し出す。
「かえってこいって言われてんのに」
「少しだから」
「しゃーねーなー」
外野では、早くやれよ、と茶をすする雑音がした。
の算盤は小気味よいほどの調子を奏でている。
あまり慣れてない恋次は、いつものように間違わないことだけに専念する。
5分ほどして、の手が止まった。
「終わったのか?」
「いや」
は再度動き始めた。
「よし。できたぞ」
オッケーだ、と恋次は言ったが、の手はまだ動いている。
返事がないので恋次はもう一度言った。
「できたんだって」
ほい、はそれだけいって、少ししてから算盤を置くと紙に数字を書き込んだ。
「いくら?」
恋次が答えを言うと、は考えこんでしまった。
は恋次に渡した表をしばし眺めてから言った。
「剣八くん。間違えました」
ギロリと、更木剣八はを睨みつけると、
「しゃーねーなぁ〜」と言い、壁の方角に向かって茶をすする。
は首を回した。
「ん〜、9時には来れると思うケド」
「かまわねえよ」
どこか優しげな声である。
恋次も元11番隊所属だったというのに、更木のどこか柔らかい空気を感じたのは、初めてだった。
は挨拶もせず、部屋を出た。
代わりに恋次が退出の挨拶をして追いかけると、は肩を回しながら、おかしいなあと呟いていた。
「つうか、9時までかかるのかよ」
「いや、帰る前にちょっと4番隊に寄っていいかな」
「時間かかるなら却下だぜ」
「すぐ終わるよ」

4番隊の宿舎は人がまばらだったが、誰もかもを知っているようだった。
はその度に手で挨拶をする。
「あー!さんっ」
妙に声は元気で、顔は元気なさそうな面だった。
「花太郎。あ、ちょうどいいや」
ピクリ、と耳が動いた。
「ぼくでお役に立てることでしたらー」
「朽木の辞書が急ぎです」
「あー、はいー」
「急ぎだから、急いで」
「はいー。ちょっとおまちくださいねー」
間延びした声だった。
朽木の。朽木の計算機。朽木の辞書。いろいろあるんだな、と恋次は思う。
走る背中を、二人はゆっくり追いかけた。
妙な人物、花太郎はすぐに戻ってきて、書状らしきものを差し出した。
「はいー。これですー」
「ありがとう」
受け取ったが懐にしまうのを見届けて、花太郎は嬉しそうに微笑む。
「よろしくおねがいしますー。体に気をつけてですー」
4番中央に辿りつくまでもなく、帰路につく二人だった。

6番隊に戻ったとき、朽木隊長はちらと見ただけで何も言わなかった。
と恋次は、分類作業を続行する。
夕日がでてきて、隊長は新しい仕事を出した。
。今日の分だ」
「はい」
はそれを受取ると、さらっと中を確認し、机に置く。
隊長は腰をあげ、どこかへ行ってしまった。
「な〜、。11番隊の9時までに、間に合わねえんじゃねえ?」
「ギリギリかも」
隊長は戻ってこない。
夕方過ぎて、分類整理がやっと終わる。
「は〜、ぐったりだな。地味な仕事って、地味に疲れるんだよな。あと2時間くらいか」
は、たすきをかけた。なにやら本気モード突入だ。
えっ、じゃあ今までのは?
そう思ったけれど、単に気合いを入れただけらしい。
ハイペースはマイペースだった。
はぁ〜よくやるわ、こいつ。恋次は力が抜けた。
いつもののんきぶりが懐かしいと、素直に関心した。
作業が半分くらいまできて、帰ったと思った朽木隊長が戻ってきた。
恋次は焦った。
「追加だ。明日の昼までに仕上げろ」
枚数は少なかった。
いつもは任せにしている内容である。
「はい」
は中身を見てから何事もなく引き受ける。
まあ昼までなら余裕があるか、そう感じた。
するり、とはたすきを外した。
時間か。
9時まで予定のものは終了したらしい。
かたん、とは疲れたのか机に頭を突っ伏す。
「白哉、現世行きたいんですけど」
「却下」
は覇気なく、そう・・そうよね、とわかっていたように諦める。
いつもの怠惰っぷりがようやく顔をだしたかと恋次は思う。
朽木隊長はそれを見咎めたように眉をしかめ、恋次は悪い予感がした。
「これに目をとおしておけ」
恋次は肩を落とす。
もうだめっぽいの代わりに、恋次はそれを受け取る。
数字を見るよりはこっちの方がいいかもしれない。しかし、自然とため息がこぼれる。
今日は徹夜かなぁ、と恋次は気が遠くなる思いだった。
「おい、
小難しい字でかかれた物語のようなものを、はチラとだけ見て、恋次に押し返した。
やっぱりこれは俺がやれと。恋次は再度ため息をつく。
そういや11番隊の方はどうするんだよと探ってみる。
「おなかすいた」
「ああ、俺も」
「ちょっと行ってくる」
すぐ帰ってくるのか、どうも不安だ。
が出ていってから、少しして朽木隊長も帰宅した。
一人になった恋次は、作業がはかどらず、全く進まなかった。
これだけじゃないしなあ、と気が滅入る。
帰ってこねえ・・、とうつらうつらし始めた。
が戻ってきたとき、すでに恋次は落ちていた。
は目元をほぐし、恋次が握っていたものをゆっくりと引っ張った。

恋次が目覚めたとき、部屋に人はいなかった。
朝日が顔を出している。
げ、まさかまだ、と思ったのだが、机の上は綺麗に片付いていて、完了済みなことに気づいた。
読み物に目を通していると、障子が開いた。
顔をあげるとそこに、なんだかしらないけれど、暗い雰囲気を背負ったがいた。
「どうしたんだよ」
「や・・別に」
「もしかして完徹?」
「それはいいんだけど、他でちょっとね・・」
脱力ぎみにはため息をついている。
「少し寝ろよ」
「まだ平気・・」
懐からだしたものを広げ、は読む。
たしか4番隊からもらってきたものだと思われた。
あまり身が入らないようだった。
すると、はいきなり言い出した。
「現世行きたい。はげしく行きたい!嗚呼、会いたいっ!」
「な、なんか変な宗教みたいだな・・・。そんなに虚と戦いてえの?」
「違う違う。石田くんよ。あの旅禍の人。マユリちゃんがクインシーって呼んでた」
「クインシー?!あのバカ野郎のくそお友達か。しっかしなんで」
「ないしょ」
「意味わかんねえ」
とにかく会いたいのだという
「まあ・・まず無理だよな」
「そうなんだよね・・もういいか」
「いいかって?」
「すっぱり諦めた。もういいや」
自己完結。
落ち込んでたんじゃねえのかよ、と恋次は突っ込む。
は何か薬のようなものを飲んでから、集中してしまった。
昼前に、朽木隊長はきて、昨日の仕事を回収した。
恋次はぼーっとしリラックスしていたが、やることのないはどこか鬱状態だった。
つかの間の休憩時間だったが、隊長に仕事はいくらでもあると太鼓判を押された。
「十番隊から酒宴の誘い、十三番隊から応援申請、十一番隊から月見茶の誘い、五番隊から応援申請」
は応援要請が絶えなかった。
「十番隊、十三番隊、断ります。十一番隊、受けます。五番隊、みてきます」
「許可する」
そうして本人の居ない間に、仕事は増える。
戻ってきたの報告はこうだった。
「五番隊ですが、状況は最悪です。隊長だけでなく副隊長の適当な工作も入り混じり、正直、あれは無理です。触れば触るほど、混乱を起こしかねません」
「判別作業に時間がかかるということか」
「それもありますが、私ではどうも」
「つまり何だ」
「六番隊の信頼性に疑いを持たれかねません。すでに今の時点で、一隊員の介入は快く思われていない状態でもあります。今回は念のため立会人をつけましたから、さほど問題にはならないでしょうが、ご迷惑をかけますこと、先に謝罪いたします」
「それはよい。それよりも・・」
考え出す白哉を、は峻烈に遮る。
「申し上げます、朽木隊長。この件、関わりなきよう。できるだけお避けください。お一人では絶対に行動なさらぬこと。恋次も無意味です。肝に銘じてください」
「承知した」

「相当深刻だなあ・・」
想像もしたくないと恋次は呟く。
は手早く、全員分の茶を入れて、自分のものを颯爽と押し込み、
「すいません。八番隊に繋ぎを入れてきます」
といって、ばたばたとは忙しく出て行った。


「しばらく休ませた方がいいんじゃないすかね、隊長」
「理由は」
「ええっと・・。なんかやな感じがするっす」
「・・・・」
「酒盛りに見向きもしないのもなんかアレだし」
隊長は考え込んだ。
俺が休みたいとは口が裂けても言えない恋次であった。
がやる気だと効率よく仕事が回ってきすぎる。あれは、きつすぎる。
今は天国だ・・とか思っていたが、朽木隊長そのものも仕事がはかどっていなかった。
が戻ってきたはいいが、の調子はずいぶんと変化していた。
昨日の疲労が抜け切ってない状態の体に今日の分の疲労が上乗せされたか、目の前にある仕事に対して乗り気でない。
それだけでなく、何か思い出せないことがあるような仕草が多々あった。
それでも進まなかった仕事が着実に減っていく。
「今日のところはここまでにしておく」
珍しく隊長が根を上げた。いや、配慮したのか。
どっちでもいいが、これ幸いと恋次は思う。

集中しているのか、話しかけても反応しない。
「おい、
恋次は、を小突いた。
は疲れた顔を上げた。
「今日はもういいってさ」
「あ・・・はい」
集中、というより、放心、に近かった。
「寝とけよー。明日しんどいぞ」
そうだね、と軽い笑みを見せたので恋次は安心した。
は茶を入れ、二人がいなくなってからゆっくりとそれに口をつけた。










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