白の死神







翌日、テーブルの上には
『休みます』
といつ書かれたかしれないの手書きの文が置いてあった。
昨日残した仕事はほとんど処理されてあって、恋次は開いた口が塞がらない。
「たまにはいいだろう」
朽木隊長はそういった。
「そうっすけど、いや、そうなんですけど、やっぱ尋常じゃないっすよ」
具体的な言葉が見つからなかった。
「何なんすか、て」
「何がいいたい」
「いや、ちょっと普通じゃないっていうか。何者?っていうか」
「能力の高さを疑っている、と?」
「疑いようがないすけど、そういうことなんすかね。隊長と親しいのは知ってましたけど、それだけじゃなさげ、のような。今更優秀だなんて、これまで思ったこともなくて」
「親しいだけなら側には置かぬ」
「そうですけどー。羊の皮かぶった虎とは、なんか、思いたくねえっていうか。あ、いや、誤解しないでくださいよ。あいつののほほんさは必要だと思ってますし」
「あれは知識もあるが洞察力も鋭い。そうとは知らぬうちに助けられていることもあるが、悟らせぬ」
「何すかねー。落ちつかねえ。けど、秘密主義でも嘘だけはつかないんすよね」
恋次がそういうと白哉が返答に困ったような顔をした。
あー、そうなんだ・・嘘つくんだ・・。妙に納得した恋次。
おそらく、親しい白哉には嘘をつくのかもしれない。
喧嘩売ったり、罵倒したり、日常茶飯事なわけだし。
「ま、まあ、一種の愛情表現ってやつでっ」
くだらぬ。と即答されるはずが、白哉は何か考え事をし始めた。
もしかしたら、俺も実は知らないところで嘘をつかれているのかもしれない。
だとしても、何故か、嫌な気分にならないのはなぜだろうと思った。
悪意のない嘘か。
きっと、どうでもいいことなのだろう。
今更、信用が地に落ちるわけでもない。
「それより、が残魄刀を持ったらどうなるんすかね・・」
恋次は呟いてた。
名も無き残魄刀の浅打が、部屋の隅に捨てられたように置かれている。
重いから、という理由で、帯刀令がでても、それに触れることはなかった。
白哉はそれに関して何か言ったこともないし、に内勤を申し渡しただけだった。
「仮定の話は好かぬ」
白打も鬼道も、実は人並みはずれた基本的能力を持っているといつだったか耳にしたことがある。
これまでの地味な功績を考えれば、席官候補として名があがっておかしくない。
席順は力の強さを示すもの。だが、に力がないとは思えない。
というより、が残魄刀を持っていないこと自体が不自然な気がしてくる。
それに人脈もあるし、人望もある。隊長格が幾人も目をかけている事実を思えば・・。
「その気になれば、3席も夢じゃなかったり・・」
「どうだかな。夢ならばよいが」
さらりと白哉は言い、恋次は開いた口が塞がらない。
「それだけの器だ。どこも欲しがる」
気に入らぬ、と積み上げたのはの応援要請書。
「もしかして、もしかして、応援とは名ばかりで、実は引き抜き・・」
「あるだろう」
落ち込みそう・・。
隊長のお気に入りが、何もできねえくせにへらへら笑ってんじゃねえよ。
とそう言ったこともある。
あのときたしか、何もできないので、と微笑を返された。
あーあ、自己嫌悪。
「そういや、父親が自称博士だとか」
恋次の問いに、思い出したように白哉は言う。
一族はその多くが各部署をたらいまわしにされ、あげく、死神学者として名を残す。と言っていたな」
「学者っすかあ。学者ねえ・・」
もその可能性がないわけではない。
名を残す。それすなわち、死を意味すると、白哉は知っていた。




適当に切り上げ、様子を見にきた白哉が目にしたのは墓場の光景だった。
は自宅の裏庭で、倒れていた。
白装束の下にある氷のような肌に、絶句する。
「ばかな!」
どういうことなのだ。
呼吸が止まっていた。
こんなことがあっていいはずがない、と我知らず叫んでいた。
「何も言わず、勝手に逝くなどと!」
赦さぬ、という言葉が喉まできて、出なかった。
未来永劫赦さぬなどと、どうしたら言える。
この身にそれを言う資格など、どこにある。
「これは私が見過ごした罪なのか・・私への罰なのか・・」
横たわるの遺体に、どうしようもなく重い頭を乗せた。
いつだったか、死ぬために生まれたのではないかとが言ったことがある。
格好のいい死に方というのを研究してみようかな、と笑っていた。
それは全くの冗談ではなく、十一番隊という前線の戦闘部隊に自ら望んで行った。
何をしだすか、気が気でなかった。
無理はしないという約束をかろうじて守りながら、見えない道を探っていた。
六番隊に引き抜くことを条件に、ある程度の自由を認めた。
「許容できぬ」
軽々しく死を口にするに腹が立った。
幾度も揉めかけたことがある。
その度には折れ、いつしか拘束する立場となった。
日常の飄々とした態度に、抱えた苦しみを忘れかける。
今頃になって、それがの気遣いだったと知る。
支えているようで、いつも支えられていた。それに甘えていた。
「今頃になってっ・・!」
愛している。
どうしようもないほどに愛しているのだ。
この苦しみは、決して消えない、が存在した証。
「逃がしはしないっ!」
信じたくない思いがそうしたのか、捕まえていた手から、脈が、触れた。
それはとても弱くて、とても微弱で、見逃してしまうほどに。
、戻ってこい!」
白哉は待った。
願い、祈り、あるものすべてを捧げるつもりだった。
そしてそれは、とても信じられぬほど恐ろしい遅脈で、脈動していた。


「とても薄く、とても強力な結界に、守られています」
治療を受け付けません、と卯の花は言った。
「脈拍も呼吸も、体温も自然に上昇しています。このまま、何もしないでさしあげるのが最良でしょう」
「そう、か」
卯の花には、白哉が以上に顔色が悪いように見えた。
「命に別状は無いと言っていいかと思います。それと、驚いたのですが、・・以前診察した際、いえ、さんに口止めされていたことですが、3分の1以上が侵食されその速度も増すばかりで、お気づきでしたでしょうが相当酷い状態にありました。当時を考えますと、いえ、以前以上に魂魄の状態が明らかに良いのです」
白哉は眉を細めた。
一族は平均的に命が短い。寿命とは言い表せられない、魂魄が腐る病だった。
生まれたときから、自分に制限を持たせて生きる。そうして、苦しんで苦しんだ末に、死ぬ定め。
衰退の一路を辿るしかないはずのが、なぜ回復したか。
答えはひとつしかない。何かがあった。それはおそらく、本人がその何かを見つけたからなのだろう。
さんが服用しているのは、十二番隊、技術開発局局長、涅氏がさんと共同開発なさったものとかで、ひそかに流行しているようです。なんでも噂では若返りの薬だとか。私としては保証はできないのですが、これを見てしまっては・・」
「実験台にしたということか・・」
無茶をする。
は誰かを犠牲にして何かを得る、という方法を嫌っていた。
それでも、そうしたということは、本当に時間がなかったからなのだろう。
いつのまに覚悟を決めたのか、悟らせもしなかった。
「・・苦しんだろう」
枷を外して誇りを持ち破滅を選ぶ者。後世に希望を託し、一日でも多くの延命を選ぶ者。
二通りの死に方を、はそのどちらを選ぶこともできないと嘆いていた。
間違っていただろうか。
我侭に付き合わせ、後者を選びざるをえなかったは、死期を迎えそれに抗った。
白哉は力のこもっていないの手をとり、その温度を確かめるように額にあてた。
――生きていて、本当に良かった
それは愛する者に対する仕草だと、卯の花は思う。
優しさだけでない、怒りや哀しさ、憤りが凝縮されている。
(きっと・・・否定しないわね・・・。彼女は彼にとって特別な人だから)
卯の花は医療に携わる者として、気持ちを入れ替える。
「その薬のことですが、一人心当たりがいます。どこまで知っているかわかりませんが、聞きたいですか」
「ああ、聞かせてくれ」
卯の花は隣室に行き、部下に手配する。
白哉は手を置き、その人物が来訪を待った。


「あああ、さんっ!」
小柄な青年は、ベットに横たわるを見つけると、白哉も目に入らずに駆けつけた。
「ちょっと、花太郎!おやめなさい」
卯の花が叱る。結界が壊れるのではないかと不安になって、首をつかもうとした。
「そう言われてもですね。これが僕・・ってなんだ。寝てるだけじゃないですかぁー」
はぁー、と安堵の息をつく花太郎。
「・・寝てるだけ?」
「びっくりさせないでくださいよ、もー」
花太郎は冷や汗をふき取り、部屋にいた人物を見て、固まる。
一度はひいた冷や汗がまた吹き出る。
「ど、どうも・・」
「花太郎、そんなことどうでもいいから、ちょっとおどきなさい」
「は、はあ・・」
を調べた卯の花が驚いたように言う。
「本当だわ・・寝てる・・、としか思えない」
「だから寝てるんですってばー」
花太郎は、ポンと手を叩く。
「あ、もしかして、聞きたいことって、この状態のさんと関係あります?」
「この状態って、あなた、知ってるの?」
「え、ええ。だって起こしたらダメだって言われてるんです」
呆れたと、頭をかかえ、卯の花は言う。
「整理して、わかるように教えてちょうだい」
「ええっと、一週間くらい前に、空きベットを探してらして。あ、怒らないでください。非常に気分が悪そうで、匿ったんです。何回か吐血してそれで慌てて治療しようと思ったんですけど断られて、寝たら治るから絶対起こすなといわれまして、しぶしぶ見てたんですが。死んだように眠るので不安になりつつ、顔色がよくなっていくので安心したのを覚えています。そのあと、すっかり回復された様子でさんは、旅をしてるみたいだ、って言ってました」
「わからないわね・・」
卯の花はもう一度、わからない、と呟く。
白哉は、一点を強調させた。
「旅・・、旅といったのだな」
「はっ、はい」
花太郎の姿勢がピンと伸びる。
えーと、そのことなんですが、と花太郎は緊張しながら卯の花に訴える。
「続けなさい」
さんの秘薬です。卯の花隊長がお尋ねになったものと同じものですが」
花太郎は続けた。
「基本的には、脳内分泌物異常を引き起こすことで、生体防衛機能を強化します。脳内麻薬の分泌が押さえられ、無痛覚となります。アドレナリンが恐怖、セロトニンが不安を生み出す脳内分泌物ということで、一時的な心身喪失状態になるんです。これをトリップといいます。単純作業の際に利用することで、それは一時的に無心となり集中力が増し、それにより作業効率が上がります。が、状況を誤ると、うつ状態になることもあるとか」
旅、はそのことと関係してると思います、と花太郎は追加した。
「あら、あなたたちそんなことをしてたのね」
「あ、あはー。すみませんー」
「気をつけなさいね。だとすれば、良薬とは言えないわ」
「あ、はいー。もちろんわかっていますー」
「でもおかしいわね。さんがそういったものを人に渡すとは思えないのだけれど」
「中毒症状がでることは聞いています。でも、おっしゃりたいのは管理が徹底されているかですよね。その点はクリアしてます。元々材料自体が激しく高いそうで量産できないと十二番隊隊長が愚痴をこぼしてらっしゃいましたから。さんはこういった時期に気まぐれにくださるんです。というかモルモットにされるんですけどー。結果的には助かるんですよね」
「あら・・そうだったの・・」
「だから大丈夫ですよ。あの薬は体に害はないそうですし、疲れる感はありますが、さんが使い方を誤るとは思えません。見た目あぶなくても、一種の生体防衛反応ですから、しばらくすれば目覚めます」
「さがっていいわ。花太郎。結局私たちにできることはなさそうだわ」
一礼して部屋を出ていく花太郎に、感謝する、と低い声が届いた。










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