白の死神 |
何十枚も畳が敷かれた空洞のような部屋に、は寝かされていた。 目覚めたとき、重いと感じた。暑苦しい布団をはがし、跳ね起きた。 目の前に置かれてあった食膳は少し冷えていたが、迷うことなく手をつけた。 やたらとおなかが空いていて、一目散にかきこんだ。 「白哉か・・。このご飯の美味しさにくらべたら屁でもないわ」 「私の作った料理だが?」 瞬間的に箸を置く。 「ごちそうさま」 「残すな。命令だ」 白哉は足音をたてずに近づいてくる。 「なんなのよ。楽しんでるの?」 「ああ。おまえといると楽しい」 無表情でそう言われても、とは思う。 「白哉。いいかげんにして」 「やせたな」 布団と病人。イメージは連想を生む。 「緋真でも思い出した?」 「・・・ああ」 白哉は、私の中を通して、緋真を見る。 もう慣れたはずなのに、心がすさむ。 「帰って。今、とことん白哉の顔見たくない」 「ここは私の家だ」 「・・・じゃあ。私が、帰る」 白哉のいるここには居たくない。遠く、離れたい。 おかしくなる自分を守りたかった。 立ち上がり、くらっと眩暈がした。 「無茶をするからだ・・」 前のめりになった体を、白哉は支えた。 「・・お互い様でしょ・・。とにかく離して」 「それは無理だ。死なせるわけにはいかん」 「そう簡単に死ぬもんですか」 白哉は困ったような表情をし、そうだな、と哀しそうに言った。 「とにかく落ち着いたら帰るから。ほっといて」 目を盗んで逃げ出せば、私は助かる。 白哉は、離れていくものを絶対に追ったりはしない。 そう思っていた。 「。どうしたという。わからぬ。何が気に入らない」 「何もかもよ」 だから、信じられなかった。 は白哉の腕を解こうとしたが、逆に白哉の手で封じ込められ、両腕が動かなくなった。 強引な口付けに息ができず、は拒絶するように霊圧を放った。 弱った体から発せられる霊圧は、さほど大きくもないのに、白哉は弾かれた。 いい気味だとは思う。 畳を擦り足をとめた白哉は切れ長の瞳を開く。 「この私から逃げるなど許さぬ」 本気で怒ったと感じた。 白哉という名前の凶器がそこにあった。 殺す気でなければ逃げられない。きっと、永遠に。 私は私を守るために、散りかける霊力をかき集めた。 スッと、片手を顔の前に上げた。 ピクリと白哉の眉根が揺れた。 は印を結んだ。 「縛道の一! 」 こともなげにそれをはじく白哉は、するりと帯を取り出し、口に咥えた。 瞬歩を使う白哉を目で追うことができず、必死で組み手を交わすが霊力に押されて、両腕を後ろにとられる。 「イヤ!ほどいて!」 きつく両手首を締め上げたそれは、霊子を遮断する殺気石を特殊に加工した捕縛用の縄紐である。 それは元々は自身の装備で、霊力による負荷を避けるためのもの。幼いころから白哉に預けていたものだった。 正確には、その副作用に不快感をあらわにする白哉にとりあげられたものだ。 「こうするより他にない」 そう言ったその唇を使って、荒々しく領域に入り込み、ひとつずつ確かめるように鍵をあけていく。 朝露のような糸を交配し飲み込むと、苦笑まじりに固定した頭部を解放する。 なぜ、こんなことを、と思う。迫る霊圧に、心まで縛られそうだった。 「おまえは私のものだ」 は、頬に赤みをさしながら、恨めしそうに睨む。 覇気はなくじりじりと後退したの後ろ手が壁に触れたとき、白哉が手に掴んでたのは下帯の帯だった。 「ちょっ・・」 寒い霊気が肌をなでる。 肌を見せることが恥ずかしいと思ったことはない。だけれど、これは。 近づく白哉の瞳に、情欲の色が灯っているのに気づき、戦慄した。 これから行われることの想像は容易にかたくない。 「いや・・」 白哉の細いくせに豪腕な白い手が、首筋の線をなぞり、肩に留まる衣を払った。 ゆるやかな方物線を描いて、ピリっとした刺激に身をよじるが、どこにも逃げ場がない。 背中に回された手が髪をつかみ、息のしずらい喉仏を直接吸われて、呼吸困難に陥った。 ぐいと腰を引き寄せられ、触れられる胸元はつきだすようにあらわになり、女性の体を強調した。 手をくぐらせる布もなく、吸い付くように肌の上を滑った。 羞恥心に、痛みだけではないものがこみあげてくる。 「ヤダヤダ!・・つっ」 両手は縄が食い込むほどきつくしばられていて、ほどくことができない。 わずかな霊力も使うことを禁じられては、うまく力が入らない。 「いやだ・・いやあ・・」 かたくなな両足の間に割り居るように足が挟まれる。 なされるがまま、不快感はするすると下を目指し、鳥肌がたった。 下腹部に柔らかな暖かみが移り、迫る絶望感に気力をふりしぼる。 「絶対いやよ!私は緋真じゃない!」 ずっとずっと言えなかった。傷つけるのがいやで言えなかった言葉。 とうとう口にだしてしまったら、とても悲しくて、やるせなくて、俯いた。 一瞬動きの止まった白哉は、の俯いた顔を持ち上げて軽く口付けた。 「理解できるまで帰さぬ」 そういって、おもむろに自分の衣服を脱ぎ捨てる行為に、は青ざめた。 「ちょっ・・じょ、冗談やめっ・・」 嫌な予感は的中し、力まかせに貫くその所業に、身も心も絶叫した。 瞬間的な激痛に反射的に暴れに暴れ、引き離そうともがく。 だが、腰と肩に回された密着した腕はかなりの強さをもち、抑えつけられてしまう。 「・・・いっ・・・、ひっく、い、た・・」 枯れ果てたはずの涙がボロボロとでてくる。 体は捕縛にかかったときのように硬直し、麻痺したように動けなくなった。 「・・ど・・して」 声にならない。 体内の異物が脈打ち、支配下に置かれているのだと気づく。 かつては愛したがこうなることを望んだわけではない。 むしろ避けてきた。 「力を抜け。慣れてはおらぬ」 気が遠くなりそうな痛みから、呼び覚ますように肌を愛する。 揺れる視界。拳を作り、歯をくいしばった。 どんな努力も激痛の前には役に立たず、外界を感知するための感覚がぼやけていった。 体を丸めてじっとしていることで、なんとか痛みが和らぐ気がした。 痛み自体には慣れているし、鈍感にもなれる。しかしこれは痛みの種類が違っていた。 耐えられない。諦めるしかなかった。 濡れた瞳の奥は、睨む気力も失っていた。 愛憎などどうでもいいことで、ただ早く痛みが無くなってくれればと思った。 「すまぬ。知らず無理をさせた」 涙のとまらない目元から粒を掬う白哉は、申し訳なさそうに言い、脊髄をさする。 白哉が運んだ布団の上は、畳の上とは違って、冷たさも柔らかさも幾分マシだった。 「余裕がなかったのだ。堰をきるように止まらなかった。次は急がぬ」 次なんてあるのかと思っていたら、触れるだけのキスを髪に頬に落とし、それがまた涙を溢れさせた。 頭の中は混乱しっぱなしで、だけど白哉が添い寝をするように隣にいるのはわかる。 まるで時間が逆行したかのように、懐かしい空気を感じた。 「忘れるから・・忘れるから・・」 許してください。怒らせたなら謝るから。全部私が悪いと認めるから。 力なくは言い、布団に顔を押し当てた。 「数百年分の想い理解できるまで、伝わるまでもう止まらぬ」 恐怖に身を硬くしていやいやと首を振るに対し、白哉は自由を奪うどころか縛られた両手をほどき、仰向けにさせるとあざになったそれに優しく口付ける。 不覚にも見惚れてしまった。 まるで駄々をこねるのは悪いことのだと叱るように、従順な体を求める。 緋真がみるべきものをどうして私がみなければならないのか。 思いとはうらはらに、全身全霊が欲する温かさを感じ取り始めた。 警戒する敏感な肌をまるで癒すように扱う、あまりに優しい手つき。 「いやっ・・まっ・・っぅ、・・・やめっ・・」 くすぐったいようなもどかしいような感覚に浚われる。 何度も何度もこぼれおちるそれは、まるで呪印だった。 封印はとけたはずなのに、体が言うことをきいてくれない。 逆らえない。 いやでも白哉の姿が目に入る。 目を閉じても浮かんでくる。 逃げれば逃げるほど、追ってくる。視線を浴びていることを意識してしまう。 冷え切った体は次第に暖かくなり、触れた箇所が熱くなる。 「ぁぁ・・はぅ・・」 体内に残された異物が、ももを伝って零れ落ちる。 隠そうとする手を白哉は遮り、壁を取り外す。 白濁したものとそれだけではないなにかがまじりあい、芳香を奏でる。 戸惑うに、白哉は惜しげもなく昂ぶりを見せ付けた。 手をとって掬わせると、先走る。なにしろ触れられただけで体も心も乱れかかる。 は驚いているが、これが真実なのだと知ってほしかった。 飾ることも、隠すことも、必要ない。 白哉は、理性を働かせて、自戒する。 「まるで千本桜だな」 全身に残した痕が淡く光る。 欲しいものは体だけでなく、なにより心なのだと求め続けた。 唇を触れ重ね、その存在を確かめ合う。 紅潮した頬、火照る体、とろんとした瞳が白哉を煽る。 軽く触れた指に、は著しく反応する。 中は乱れ満ち、指一本はゆうに入る。 両方の唇から甘い声をだす事実に嫌悪するように、自らの手で口を塞ぐ。 落ち着きのない瞳を見つめながら、それでも愛しいと思う。 さらさらと残る感触をなめ取って、指先を絡める。 声を塞ぐことのないよう白哉は軽く縛りつけて先を見守った。 「私だけを見ていれば良い」 すがるような瞳を向けられ、ドキリとした。 あてがった入口が静かに音をたてると、は魅力的な声をあげた。 進み入る熱い塊と圧迫感は、傷つけることなく抱擁を交わす。 は喘ぎ、耳の奥に残る声を聞いていた。 鋭利で残酷だと知っていても、やさしかった。 甘くせつない刺激が、焦らすように心を揺さぶり、抵抗するどころか迎えてしまう。 未知の世界に踏み込んだ不安をかき消すような口付けが舞い降りてきて、すがるように手を伸ばした。 手に入らないものを手に入れたような錯覚。 「夢から覚めても、私はおまえを愛している。一夜の夢で終わらせたりなど、させはせぬ」 もっと、とは求めた。 愛して欲しい、と心の底から懇願した。 愛しさがあふれだすように、欲する心を包み込み、渇いた心を潤していく。 一体化した熱にとろけ、過ぎた快楽を逃がすために背がしなった。 白哉もまた、汗ばんだ体を突き上げて、より強くより深く、のめりこむように濃厚な密度で証を残した。 「」 うっとりと目を細め、白哉は腕の中でやすらかに眠るその顔を見つめていた。 肌寒さを補給するように、無意識に暖かさを求め、胸板へ手を動かす。 ふくよかな乳房の柔らかい暖かさに、昨夜の情事を実感する。 長いこと求め続けた人がすぐ側にいるということが信じがたいほど夢心地だった。 決め細やかな肌。長いまつげ。 安心しきったような、穏やかな寝息。 豊かな香りを漂わすさま。全てが愛しい。 心地よい万感にゆられながら、小さな肩に回した手を肌の上で滑らせて、温もりを与えて離さぬようにしっかりと抱きなおした。 「ん・・」 「よく眠れたか?」 「え・・ええっ?」 驚いた表情のあとすぐに、は顔をしかめた。 「痛むのか?」 手を伸ばすと、に拒まれた。 見境のない行動だったと自覚している。許されるものでもない。 何より傷つけたくなかったものを、この手で汚した罪は重い。 だがどうしても本音が知りたいという欲が、己を走らせた。 焦り、不安、自らの欲のためにどれだけ傷つけたろう。 突きつけられる現実に戻り、拒絶への恐怖が蘇る。 白哉は不安を抑えこんだ。 「あまり動くな。体に障る」 今はどれだけ憎まれようと、体を心配すべきなのだ。 魂魄への負担がどの程度なのかわからない。 へたをすると取り返しのつかないことにもなりかねない。 「あ、いや、その・・それもあるんだけどそうじゃなくて・・残っ・・てて・・」 先は言えないようで、はしおらしくなり、顔を隠すように布団を被った。 不安に対する簡易的な答えが、思わぬ形で返ってきて、白哉は微笑みを隠せなかった。 「笑うことないじゃない・・」 「すまぬ。やけにかわいらしくてな」 はじめて見る瞳だった。その瞳に一人だけを映し、その一人のためだけに、変化する。 自信がなさそうにすがり、けなげに控えめで可憐だった。いまだかつてそんな姿をオープンに見せた事がない。 いつも露見しないようにしていた壁が、今は、ない。 「あんたがそう言うなんて雨でも降るんじゃないの」 は強がった。それは不安に対する備え。自己防御し、話題をすり替えようとする癖。 一挙一動が手に取るようにわかる。こんなことは初めてだった。 「昨夜は大洪水だったが」 「・・・ううっ・・信じらんない・・」 離れようとするには、こらしめが必要だ。 「そうでもない」 そういって布団を剥ぎ取った。 「やっ、返して。さむいっ」 「いい眺めだ」 横向けに白哉は胸元を隠そうとする体をじっと見つめる。 泣きそうな表情で怒ったように目を逸らし、は服の場所を尋ねた。 仕方ない、と布団を返し探してみるが、渡す気はさらさらなかった。 ありのままの1対1である間に話さなければならないことが、まだあるのだ。 「遠い」 「風邪ひいちゃうよ」 「素直に温まればいい。きなさい」 は戸惑った様子で、白哉はもう一押しする。 「強情だな。体でいいきかせてほしいのか」 身をすくませ、小動物のようにフルフルと首を振る。 苦笑しながら抱きとめ、掛け布団を引き寄せ首元まで掛けた。 「あたたかいか?」 「えっとその・・あったかいけど・・冷たくて気持ち悪いというか・・」 手を伸ばすとヤダヤダと相変わらず反抗する。 「動くと、腕が折れる」 恥ずかしい、と胸板に顔をおしつけるその行為がまたたまらなく愛しい。 体が本当に冷えていた。逆に白哉は熱かった。仕草ひとつひとつが、新鮮で刺激的だ。 あたためるように腰をさすり、そのあとで手のひらは太ももへ向かった。 緊張しているのがありありと伝わってきて、柔らかく触れるよう努める。 痛みがなければいいが。 指を傷口にあてただけで、充満していたそれは零れ落ちる。 このまま行為に及びたい心情に駆られたが、指先を軽く出し入れするだけでの体は震え、その表情に微かに痛みに似たものが浮かぶのをとらえ、慎重になった。 「なるほど。我ながら随分なことをしたものだ」 入り口は狭いが、奥は広がっていた。 これが受け皿なのかと妙に関心する。 強いられる不合理を僅かでも埋めたいと、渇いた唇に恩恵を与えた。 「私は貪欲なまでにに餓えている」 いきなりな話の始まりに、は身構え怯えたが、構わず続けた。 「理由などなく、気づけばそう、だったのだ」 珍しそうに見る。 「満開に咲き乱れるこの姿を何度見たいと思ったことか。これほど鮮やかで綺麗な形に後残るものだったのだな」 何か言い返そうとするの唇に、まだ先があると指で触れた。 不安を感じているを、そのまま放置しておくわけにはいかない。 「緋真のことで気になっていることがあるのだろう。だから、言っておきたい」 白哉は赤裸々に告白する。 「ここに、傷をつけたことがあったろう。私がつけた傷だ。責任をとるとそう言ったが、いらぬと跳ねつけられた」 「・・そうだっけ」 「覚えてないのか。・・・婚約まで破棄された上に、罵倒されたのだぞ」 「そっちはなんとなく覚えてる、かな」 「誇りが許さぬとやっきになったこともある。そうして、おまえに近づくものすべてに嫉妬した。呆れるしかないが、そのころにはすでに、魅入られていたのだ。という存在に」 表面上は繕ってはいたが、諦めても諦めきれず、自身を呪った。 「底気味の悪い夢にうなされもした。酷く腹立たしく苛立たしい。浅はかな嫉妬で、自責の念に煩わされることなど常だった。 何時までも思い悩まされているなどとても堪らぬと、結果、逃げ道を用意した」 白哉は、冷笑を浮かべている。 「緋真は知っていた。愚かなことだと知っていながら、妹を探すことだけに懸命だった。病が進行してもなお、止められぬほど、一心に。その願い、かなえてやりたいとそう思った。そのから先は、も知るところだろう」 は慰める言葉もなく、適当に苦労話に返事をする。 「大変ね」 「おまえが言うな」 は白哉に背を向けた。 白哉は、が深刻に考えてるのではないかと、ふと思った。 「昔のことだ。床を共にしたことはない」 おいかぶさるように、白哉はを抱きしめる。 どこへも消えぬように、存在を確かめる。 「緋真は梅のような人だったが、は桜そのもの。そう思っている」 「ごめんなさい・・」 「なぜ謝る」 一気に不安に陥った白哉は、少々怒りながら、の顔を覗き込んだ。 は声もなく泣いていた。 「緋真は白哉を慕っていた・・。だから、だからっ・・」 だから、言えなかった。 緋真の苦しみを知ればなおさら。 想いは墓場に持っていくつもりだった。 「もういいんだ」 「・・ごめ・・」 「もう謝るな。止まぬなら、千本桜を咲かせるぞ」 ごめんね。こんなバカ、あなたにはもったいない。 |
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