白の死神 |
「だからってさ。何もこんな」 「尽くす」 立ち上がれなくなったの世話をやく白哉。 世話をやかせるな、とか言って不機嫌そうに文句を言うかと思ったのに。 掃除、洗濯、炊事、見事にこなす庶民派宗主。 これのどこが四大貴族の一位なのですか。 「やりすぎじゃない?」 「既成事実を作るのに必死でな」 「それ違うからっ」 は恥ずかしいと思うのに、白哉はひとつも動じない。 風呂にまで入れられてこざっぱりした体の背を、白哉の胸に預けた。 自分でできるというにもかかわらず、ざっと無視して、今に至る。 口元に放り込まれる食事を、時間をかけて飲み下す。 どれも味気なかったが、体のためだとわかっている。 疲れたのと満足したのとで、もういい、というと白哉は膳をどかして、の体を寝かせた。 掛け布団をかけられ、はい、おやすみ、と言われた気分だった。 「ねえ。白哉」 ちゃっかり添い寝をし始める白哉に、は言った。 「熱でもあるの?」 しばらくして白哉は言う。 「がな」 「え?」 白哉はの額に手を置いた。 白哉の手はひやりとしていて、気持ちがよかった。 そういわれるとそんな感じもする。 「慣れないことしたからかな・・」 知恵熱だといいんだけど、とは思う。 どこかおかしい、とは感じていた。 熱は一向に下がらなかった。 熱さましも効果はない。 そして眠い。起きたばかりなのに、うとうとと眠い。 まるで、霊力をずっと使い続けているような心地がする。 でも、おなかが空かない。 変、だった。 布団から抜け出したは、外の空気に触れて、寒い、と感じなかった。 愕然とした。体力も霊力も、全く回復していない。 「どうした?」 一晩中付き添っていた白哉が、入り込んでくる新しい風に目を覚ました。 縁側で外の風景を見ていたが振り返った。 「ねえ、白哉。側にいてね」 白哉はゆっくりと近づいて、腰を降ろすとの肩を抱いた。 「不安なのか?」 「・・うん」 「私もだ」 「・・うん」 もしかしたら、とは思う。 白哉に何て言えばいいのかわからなかった。 魂魄が燃焼しはじめている。頭ではなく体が、そう感じた。 燃え尽きたら、きっと消滅する。 指先が光っている。 は、白哉の胸にすがりついた。 「ねえ。白哉。ありがとう」 そう言っては、眠ってしまった。 風に揺れる髪を、白哉は撫でる。 の体が徐々に光を帯び、包まれていった。 透きとおるその奥に、魂魄の存在があった。 霊子が散るように消えていく。 白哉は耐えた。 信じて待った。 暖かさが伝わってくるその存在は、見えないが確かに腕の中にあった。 目の前にはただ、白い世界があった。 無重力空間に徐々に重みが舞い降りる。無数の霊子が螺旋を描き、浮き上がる輪郭。 いつだったか、夢に見たことがある。触れれば消えてしまうその花びら。 壊してしまぬよう恐る恐る頬に触れると、ふわり、と波紋が広がっていく。 その波はゆっくりとゆっくりと穏やかに静まっていく。 やがて一滴の新しい水滴がなめらかに滑り落ち、愛しい者の帰還に口付けた。 結局それは何だったのかわからないまま。 白哉に聞いても、極秘、と嬉しそうに言うだけで教えてくれない。 体質は相変わらずなのだけれど、全盛期よりも体の調子がいい。 使える霊力の実質量も増えていて、残魄刀も扱えそうな勢いだった。 「残魄刀ってどうやってだすの?」 そう聞いたら本気で叱られ、小言は永遠と続くように思われた。 もう何日も行っていない六番隊の本営に、しぶしぶながら白哉は行った。 すぐに戻るとそういい残したが、まったく期待はしていない。 なにしろ人に付き合い休み続け、何日分もの仕事を溜め込んでいる。 頭をかかえる恋次の姿が浮かぶ。きっと、小言を言われているだろう。 そうして邪険に払うことができずに苦悶するに違いない。 は自分の家に戻り、半分以上枯れてしまった菜園を眺めた。 問題は山積みで、ひとつひとつ片付けていくしかない。 は座り込み、ひとつひとつ丁寧に、ダメになってしまった根をとり葉をとった。 新しい命を象徴するかのように、いつ蒔いたか記憶にない芽が、青々と開いていた。 涼しかった。 爽やかな香りときめ細やかな旨味。 過ごした時間の艶やかさと、失われた過去の寂しさを撫でながら、桃源に酔う。 不規則な音、不機嫌な風を背負って、彼の人の香りがした。 「迎えにきた」 「おむかえ?」 白哉はの手にしていた酒を見て、見咎める。 「酒を嗜むのは結構だが、いいのか」 「もうっ、気分台無しー。平気ったら平気なのっ」 「そのくらいにしておくんだ」 杯をとられて、は軽くふてくされたが、飛びつき抱きついた。 白哉は様相を変えたにやや驚きながら受け止める。 「何があった」 そう聞くと、 「ちょこっとだけさみしかったから」 軽く酔ったは、感慨深げに言った。 「そう、か」 白哉は万感の思いをこめて抱きしめる。 「私のところに来ないか」 は不思議そうに顔をあげた。 「白哉?」 「生活を共にしたい」 見惚れるほど、澄んだ眼差しだった。 意味を把握して、は顔が火照る。 つい、うん、と言ってしまいそうで、恥ずかしくて、大きな胸に隠れた。 鼓動が、聞こえた。 「手の届く範囲にいなければ落ち着かぬ」 「いてあげる。心配しなくて済むように近くにいるから。だから、白哉は白哉のやるべきことをやって。ね」 「やるべきこと・・」 「見届けるまで・・絶対、死ねないから。約束、するよ」 覚えていて、とは言い、白哉の首に手を回した。 「覚えておこう」 ふわりとの体が宙に浮かんだ。 「どこ行くの?・・仕事?まだ終わってないの?」 「皆目仕上がらぬ。だがこれで、前に進める」 「見ててあげる」 月下の明かりの中で、は幸せそうに笑った。 仕事部屋に人影があった。 白哉に抱えられているを見て、恋次が言う。 「おっ、捕獲成功っすか」 散らばっている書類をちらと認め、は白哉から降りると恋次に向かった。 「おわっ。な、ちょっ!なにすんっ」 「恋次と仲直りもするのー」 はそういって、わたわたと慌てる恋次に抱きつく。 「てめえ、酒くせえ」 恋次は赤い顔で言う。 は白哉に引き剥がされ、自分の座席に座らされた。 「てめえっ、仕事しろ、仕事」 「割に合わないもーん」 つーん、とは書類から顔をそらし、茶をすする。 「ぷはーっ」 まるで酒を飲むように、茶を飲む。 「隊長っ!酔っ払いつれてくるなんて聞いてないっすよ!」 「あの、ねえ」 とは目が据わる。 「人に頼ること覚えるから、恋次、成長しないのよ」 「な、何だよ」 「あんたそれくらいできるでしょう。いつもやってたじゃない」 「そりゃあ仕方なくてだなぁ」 「へー。じゃあなんで、山積みなんでしょうかねえー。知らなかったわー、出来ない子だったなんて」 は蔑むように恋次を見る。 「見てやがれ、俺だってなあ」 馬鹿にされてはそのままではいられない恋次は、ちくしょうやってやる、と張り切る。 手中に収まっていることなど、本人露知らず。 ちら、と盗み見をすると、は茶を片手に書類を眺めていた。 そして、興味なさそうにそれを捨て、白哉の背中にもたれかかる。 「隊長!こいつっ」 「恋次」 低い音色に、恋次の思考が止まる。 「騒々しい」 ピタリと静けさが蘇った。 はどこか遠くを見ているようだった。 全く仕事する気配はない。やる気もない。 普段のに戻っただけか、と恋次は思うことにした。 うとうととしだしたは、ごそごそと這い、白哉の膝を枕にした。 白哉は深い睡眠を誘うように数度の髪を撫でつけ、筆を持ち直す。 恋次は見ていたが、声をかけるのもどうかと思ってやめた。 恋次は目を落とし、作業ペースが上がっていることに気づく。 それは緊張感のせいなのだろうかと考えながら、手を進める。 「そういや、帰らなくていいんすか。こっちは、なんとかなりそうですし」 「たまには。鬼の居ぬ楽園もいいだろう」 「そ、そうっすか」 たまに、機嫌が良い時に出る、難易度の高い冗談。 内容の深刻さに笑えないわけだが、いや、笑ったら殺されそうな予感。 それにしても、機嫌がいい。良すぎる。 それは、のせいなのだろう。 だが、わからない。 はぐうたらに寝転び、隊長を喜ばす。 逆に仕事をきりきりこなせば、隊長を怒らせる。 わかんねえ。 隊長のおきにいりってやつは、奔放で、遠慮をしらない。 だけど。悪くない。 こんな日が続けばいい、と冷えかけた茶を入れ替えた。 |
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