白の死神


11




「朝までいてもらわなければ手がだせぬであろう」
「出さなくていいから」
互いの想いの大きさに、違いがありすぎる、と白哉は不満だった。
一呼吸ついたからといって去る真似はしたくないし、去ってもらいたくもない。共に居たいだけなのだ。
白哉は律儀である。
「拗ねないで。私もやることあるんだし」
「何をするのだ」
「・・・」
「その間は何だ」
「洗濯、掃除。まあいろいろと。ほら。水遣りもしないといけないし」
ね、と焦りながらいつでもできるような内容を答えるに、白哉は軽く眩暈をおこす。

進歩がない。
二人の関係も公にしていないために、知る人といえば使用人くらいのものだった。
その使用人というのがまた曲者でニヤニヤとするものだから、は隠れたくてしようがなかった。
それにいつ、ルキア含め他の人に目撃されるかもわからないのだ。
そういう朝が嫌で、は帰りたがる。
「触れられたくないのであればそう言えばいい」
白哉はわかっちゃいない、とは思う。
ベタベタ甘えるのが嫌いなわけでもないし、人前でそうするのが嫌だというわけでもない。
どちらかといったら、白哉の方がそういうことを苦手とするタイプだ。
私だって、多少苦手感はあっても、寄り添うのは好きだ。
けれど白哉は露骨すぎる。
周囲に人がいるときと、二人のときとは、全然違う。
白哉はそれを特権と呼ぶだろうし、他の人に見せない顔があるのは嬉しいけれど、毎回そうだとこちらが疲れる。
尽くすといって、何から何までやってくれるし、させてくれない。
「わかった」
はそれだけ言って、白哉が呼び止める暇も与えず帰ってしまった。

怒らせたか。
白哉は盛大なため息をついた。
その夜、白哉はなかなか寝付けなかった。
嫌われたか、誤解されたか、そもそも何に誤解する。
月の力が弱まると、不安に囚われそうになり、白哉は身じろぐ。

かすかに障子の開く音がした。
?」
暗闇に乗じたの気配に、白哉は跳ね起きる。
霊圧を完全に消しているために位置がつかめないが、確かに部屋にいると感じた。
野性の本能と呼ぶべきだろうか。
「帰ったのではなかったのか」
はすぐ近くにいる。手を伸ばせばすぐそこにいるくらいに近い。
「帰ったけど。まだ起きてたの?」
「どうして」
「私の方が聞きたいよ。せっかく、たまには夜這いもいいかなって思ったのに」
拍子抜けしたように、脱力する白哉。
「まあそれは冗談なんだけど」
「冗談なのか?」
どこかの誰かさんが眠れてないんじゃないかと思ってとは答えずに、聞いてみた。
「ねえ、白哉。私といて疲れない?」
唐突な質問に白哉は目を丸くする。
「何を言い出す」
「ため息といい、その脱力といい、顔色といい」
暗かったからよくわからなかったけれど、そんな気がした。
こい、と手招きする白哉。
少し怒っているような気がしたので、私は警戒した。
「何もしない。いいから」
結局、引っ張られ、白哉は私を軽く抱きしめる。
その姿勢がつらかった私は、腰を落として側に寄った。
ほんの少し月明かりが出て、その横顔を見ていたら、やっぱり白哉は綺麗だなあ、と思ってしまった。
「冷たいな」
白哉はそういって、冷え切った手を握ってさすりはじめた。
「だって、送ってくれないから。月も消えちゃって」
前が見えなくなって、壁にぶつかりかけた。
「すまなかった」
そういって、手馴れたようにの足先を布団に押し込めた。
いつからだっけ、白哉が過保護になったのは、とは思う。
ついぞ思い出せない。忘れてしまった。

「ね。白哉。どうしてそんなに不安になるの?」
胸中を推し量るように、白哉は私を見る。
「そんな顔をしていたか?」
回答が欲しいわけではなかったから、は布団にもぐりこみ、白哉の手を引っ張った。
白哉はやや戸惑ったが促され、は白哉の腕枕を作って、寝る準備を万端に整える。
少し、笑った気がした。
「戻ってきたのだと、実感する」
白哉は天井を見上げていた目を軽く抑えた。
「多少疲れたか。ああ、誤解するな。そなたといるから疲れるとか、話をしていると疲れる、などというものではない」
白哉の遅いフォローに、は少し笑った。よほど誤解されたくないのだろう。
「おそらく私は、が側にいるから、疲れを知ることができるのだ。だから、眠れる」
一人のときあれほど寝付けなかったものが、今は眠気に誘われている。
「おかしいな、私は」
安堵、したからか、と白哉は思う。
こうして側にいると、不安が取り除かれる。
は欠伸をかみ殺した。
「寝ようよ。眠い」
「そうだな」
白哉なりの感謝の仕方。
好きでこうしているのだから、いらないのに。
でも、嬉しかった。
「明日。デート、しよう」
「デート?」
「散歩。しよう?」
「ああ」
相当疲れていたのか、白哉はすぐに寝入ってしまった。
寝顔を見る機会なんてそうないし、もったいないなと思いながら、つられるように眠り込んだ。

一日中、手を繋いだ。仕事中も、移動中も。困った顔しても、離さなかった。
丸一日かけ、は白哉の不安をとりのぞくように、まるで愛を語るように歩いた。
その日一番最後に、は白哉に、改めて言葉にした。
皆が活動を停止している中で、鈴虫が、鳴いていた。


六番隊員、理吉はとぼとぼと歩く恋次を見つけて、ニュースですと叫びながら、ドタドタと走り寄る。
「聞きました聞きました?朽木隊長が、手繋いで歩いてて」
「外廻りにでも聞いたか」
「なんだ、知ってるんですか」
「朝からずっとそれで困りっぱなしでよ。仕事もはかどらないし。古株が言うには、が変なのは今更だって話だし、まあ、俺もそう思うし」
はぁー、と恋次はとてつもなく長いため息をついた。
「なんだー。意外とつまんないですね」
もっと面白い話を期待していたっぽい理吉に、恋次は言う。
「今更、色恋でもねえだろ。朽木隊長、未婚じゃねえし」
「えっ、そうなんですか!?」
理吉は知らなかったらしい。
ルキアを養子にしたのは亡妻に似てたから、という話は隊内で周知だったはずだが。
「まあ、ふつう聞かないか。見た感じ、謎っぽいし、影背負ってるし」
実際は似てるどころか本当の姉妹だった、とルキアのやや嬉しそうな報告を聞いた恋次は心中複雑だった。
隊長が、義兄さん、か。絶対にそう呼べない、と恋次は思う。
あの人はあの人で、ルキアのことを考えてはいるらしい。理解しがたいけど。やっぱり複雑だった。
「今頃、どこらへんにいんのかな。に引っ張られて、川に落ちてなきゃいいんだけどよ」
せめて隊長を怒らせないでくれ、と他人事でない恋次は思う。
「世間じゃそれをデートって言うんですよ」
「いじめの間違いじゃねえ?っていうか、罰ゲームだろ。あれは。事実、朽木隊長、困りまくってたし」
全然仕事がはかどっていなかった。
邪魔するをみて、どこか覚悟していたように、諦めていた。
それでも、うるさそうに振り払ったり、邪険にしたり、ということがない。
つまり、のペースに嵌められるのを、仕方ないと思っている。
なんとなく、二人の在り方、ってやつがわかったような気がしてきた、と恋次はほどよい勘違いをしてくれている。
「あー、もー。でなんで俺まで、一人残されて、罰ゲームなんだろな」
仕方ない、か、と恋次は思う。
六番隊にきて早1ヶ月か2ヶ月か3ヶ月くらい。まだそれほど時は経っていない。
元十一番隊の肩書きは、むさい奴というイメージがあって、六番入隊当初は、品行方正、謹厳実直な隊長には似合わないとされていた。それがこれほど早く馴染めたのは、のおかげもあって、なんだか頭があがらない思いもしてくる。
早めに白哉の扱い方を覚えないとね、とは簡単そうに言ってくれる。
無理な気もするが、副隊長より副隊長らしいところに、ちょっと悔しさを覚える。
ここのところ仕事が多い気がするけど、任せられたということは、少しは認められているのかもしれないと思った。
淡い期待を見出して、仕事はこなそう、と恋次は健気に思う。

朽木と側仕えの関係を問いただすかのような話題が飛び交ったが、このときの恋次と理吉の会話は信憑性のあるものとして受け取られ、の暴挙、としてあっさり片付けられることになる。










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