白の死神


13




集中しようとすると疲れる。
だから、眠たくなる。
「またあくびかよ」
恋次は、小さく溜息をついた。
「こないだまでのパワーはどこいった」
「もう無い」
「おまえ、やっぱり、役に立たない」
「そう思うなら自分でやればー・・」
はやる気なさそうに言って、背中を丸めて紙面に目を落とす。
「隊長も何か言ってやってくださいよ」
「・・寝たらどうだ」
はうつらうつらとしながらも、ううんと呟いて、机に伏せったまま時折筆を動かす。
そんな調子だから、恋次が頑張るしかなかった。もともとは、それらの仕事は恋次の仕事でもあるのだから、仕方ない。
恋次は、多くを言って自分の責任を問われても困ると、気合を入れて仕事に取り組んだ。

朽木はを見ながら思う。
今の状態はかなり良い方だといってよかった。
息をするだけで疲れると感じるようになれば、それは末期症状である。
「もうだめー。少しお昼寝」
「まじで、やる気ねえなあ」
寝て、起きて。
そんなささいな生活リズムを自分でコントロールできることは、良い状態である証だった。
制御できずに漏れ出ていた無意識的な霊圧も、今は寝ていても尚きっちりと納まっていて、逆にそれが単独行動の際に居場所を掴むのが困難になるかもしれぬと思える。
元気すぎて、不安になる。
目を離せば何をするかわからないそれを見ながら、朽木白哉は軽く溜息をついた。

「起きたなら手伝えよ」
「イヤ。気分じゃない」
「じゃあどういう気分なんだよ」
「お花見?」
「酒か」
「ううん。恋次の一発芸が見たい」
「はあ?アホか。俺はやらねえぞ」
「じゃあ、私が」
「やめてくれ!」
「遠慮しなくていいのに」
「するっつうの。こんなところでやられたら、せっかく作った書類がぱーじゃんか。紙くずにするつもりだろ」
「なんでわかるの」
「一度で懲りた!」
「恋次、つまんない。おもしろくない男、だめだよ。そんなんじゃモテないよ」
「へへっ、残念だったな。俺にも言い寄られることくらいあるっての」
「え、それほんと?」
「まあなあ」
「・・それって男でしょ」
「・・・・」
「・・・頑張れ、青年」
「余計なお世話だっ!」
とにかくこれをやれと差し出された紙を、は見つめて言う。
「お小遣い、頂戴」
「なんで俺がっ」
「貧乏っていやあねえ」
「それは、おまえだろ」
「・・安月給がどうのって言ってなかった?」
「い、言うなよ」
「ねえねえ、白哉〜」
「やめろお!」
ぷっ、とは笑った。
「騒々しいぞ」
しょんぼりとする恋次の代わりに、は愉快そうに白哉に近づいた。
は白哉の袖を両手で叩き、意外に思った。
今度は密着して、胸板を叩いてみるが、あるべきものがない。
「なんで財布持ってないの?」
「あれば湯水のように使うのだろう」
「失礼な」
は、むくれた。
「冗談だ。預けてある。しばらく手元にはない」
「え、誰に?」
白哉はそれに答えなかった。
「アテにしてたのにい。食堂チケット」
は自分の小銭入れを取り出して、ひっくり返してみた。
ジャラジャラと、本当にわずかな小銭しか入っていない。
「足りない・・平隊定食にも届かない・・。う〜ん・・・」
これじゃお酒も飲めない、とは唸った。
「白哉、ちょっと外でてきていい?」
「どこへ行く」
「集金。が、だめなら奥の手で」
「恋次を連れて行け」
「やーよ。役に立たないし」
んだとコラ、と恋次が唾を飛ばす。
「それに恋次が行くならわざわざ集金しなくたっていいんだし」
は浅打を手に取って、白哉は顔をしかめる。
「置いていけ」
「え、だって・・」
「置いていくんだ」
は溜息をつき、諦めて置いていった。

八番隊隊長、京楽春水のところに行こうと思ったが、思っただけでそれはやめた。
飯酒女と三拍子揃った貴重な人材だけれど、神酒をもらった手前もあって、ちょっと行きにくい。
行けば必ず何か恵みがあるはずだが、度を越えた量になるのも嫌だったし、からかわれるのが目に見えていたからそれを避けた。
次に思い浮かんだのは、人情に厚い七番隊隊長狗村氏。
ご飯もらいに行こうかなと思ったけれど、あまり世話になっていないし、と控えた。
一番隊隊長、山本元柳斎重國は、即却下だ。
行けば必ず、対価を支払わせられるか、恩着せがましく言ってくる。
ここはやっぱり、十三番隊の浮竹隊長だなと思う。
ここのところ、貸しが多いので、これを機に支払ってもらうつもりで行った。
ところが。
――面会謝絶
「うわー。寝込んだフリだ。浮竹さいあく〜」
気配を消すのを忘れていたから仕方ないといえば仕方ない。
は扉の前で霊圧を消し、少しばかりの刹那、殺気を放って脅かした。
これで部屋から出てこなければ、多少は療養にもなるだろうとは思う。

次に向かったのは、十一番隊隊長、更木剣八のところ。
やちるちゃんを誘うと、こっちの身が危うくなりそうなので、慎重に様子を見ながら言った。
「剣八くん。食堂チケット一枚分でいいから恵んでください」
「ああ?朽木に言えよ」
「言ったけど、財布自体持ってなかった」
「めんどくせーな。だいたいあの食堂は、顔パスじゃねえか。チケットなんざ持ち合わせてねえよ」
「それ、隊長クラスだけだから。チケットなくても、小銭で足りるし」
「しゃーねえなあ。そんなに欲しけりゃ俺を倒して持っていきゃいい」
「そういうわけにもいかないよ」
「本気でこねーなら、相手にしねえ。そういうもんだろうが」
「剣八くんのケチ」
「ああん?」
「だいたい、飯食ってない人間に、戦える力があると思って」
「そりゃそうだ。なら、飯を食ってくりゃあ、やりあえんだな」
「病人のハンデつきで楽しめると思うなら、受けてもいいけど」
「・・・・。つまらねーじゃねーか」
「いつもそう言ってるのに」
「ひでえ話だ」
「それで、飯代、くれるのくれないの」
剣八は、自分の体を叩いて、袖を振った。
何もでてこない。
「やちる。俺の財布、知らねえか」
「剣ちゃんのお財布〜?あるけど、空っぽだよ」
「なんでだよ」
「剣ちゃん、お昼に全部使ったんだよ〜」
「そうだったか?」
「そうだよ〜」
「絶対だな、絶対?」
やちるの所持金はいくらかと思えば、のそれより少なかった。
無いところには無い。
それがわかって、は諦めた。


一番最後に手土産を持って向かいたいと思っていた松本乱菊のところに来てしまった。
本当は十二番隊の涅親子のところに行ってこそり残り物に預かろうと思っていたのだが。
体が自動的に拒否反応を示していたのか、わけもなく足は酒友の乱菊のところに進みたがる。
「あぅ・・どうしようかなあ・・」
いつも世話をかけているので、頼みにくい。
でも、頼むんだけど。
開き直って扉を開いてみれば、十番隊の執務室では、日番谷冬獅郎隊長と松本乱菊副隊長が揃って仲良くいちゃついていた。
「お邪魔しました?」
「待て、!松本をなんとかしろ!」
「なんとかと言われても・・」
松本はお得意の胸を武器に、日番谷に抱きつこうとしている。
「役得じゃないんですかね?」
「バカ言ってないで、引き剥がしに協力しろ!」
「だって、かわいいんだも〜ん」
隙あらば胸を傘に抱きつこうとする松本から、日番谷は必死に貞操を守っているの図だった。
「乱菊ちゃん、乱菊ちゃん。日番谷隊長、貧乳が好きなんだってさ」
「言ってねえ!」
「じゃあ、巨乳・・?」
「違え!」
エスカレートしていきそうな乱菊を、は苦笑しながら止める。
「乱菊ちゃん、そろそろやめといたほうが」
はあい、と乱菊は満足したように手を離した。
「仕事中だってのに・・」
日番谷は、大きく溜息をつき、に会話を振る。
「ところで、。何か用があって来たんじゃないのか」
「あー、そうでしたそうでした」
が言いかけたところに、乱菊が寂しそうに言う。
「隊長ぉん、ちょっと冷たいですよお?」
「・・そうか?」
日番谷は乱菊の胸を見上げて聞き、乱菊がその胸を震わせると、日番谷は無視するようにそっぽを向く。
あ、そうだ、と乱菊は思い出したように言う。
、もう体の具合いいの?長いこと休んだって聞いたけど」
日番谷は乱菊の言葉のあとを継ぐ。
「病み上がりだったのか?」
座れ座れと促す日番谷は心配そうな表情で、乱菊は「優しい」と感情表現を新たにする。
「松本、おまえは黙ってろ」
言葉に甘えて来客椅子に座ったは、微笑んで言う。
「もう大丈夫なんですけどね。こうして、出勤してますし」
「朽木と険悪になったってのは聞いてるからな。だいぶこき使われたんじゃないのか」
「ご心配なく。もとからよく働きませんし、給料以上に期待されてもというくらい、過労には縁がありません」
「安そうだな・・」
「そりゃもう。そんなわけで、お金借りにきたんですけど」
「ああ、酒代?」
「病み上がりで酒なんか飲むなよ、まじで」
「や。酒代の方じゃなくて、飯代に困ってまして」
「は?飯?」
「帰ってもろくなものないし作るのもハードなんで、食堂で済ませようかと思ってるんですけど、先立つものなくて」
「・・・バカか、
「・・・はい?」
「もうとっくに昼すぎてるだろ!」
「ええまあ、だから夜兼用というか」
「そういうことはもっと早く言え。松本。外にでてくる」
外に出てくる、と日番谷は乱菊に伝えると、乱菊はにウィンクをした。
「お土産まってますぅ」
は、日番谷に引っ張られるように歩きながら、そんなに急がなくても、と思う。
「死神が空腹ってのはよほどのことだろうが」
「あ、いえ。そこまで空腹ってわけじゃ」
「病み上がりでその発言は説得力がない。どっちにしろ、まともなもん食ってないだろ。普段から」
「あははー。きついですね」
「平隊員の生活は、ある程度想像がつく」
「お見事。爪の垢煎じて飲ませたいですね」
「あれは見てるもんも立ってるところも、違うだろ」
「ですかね」
「そうなんだよ」
薬をつけても治るものじゃない、と日番谷は決め付けていた。

連れられたところは、老舗のような古い佇まいにあり、看板がついていなかった。
そこは完全紹介制の店で、名前を伝えると歓迎いたしますと丁寧に言われて、奥の座敷に通された。
「お高くないですか。ほんとに食堂でよかったんですけど」
「ここはどういう仕組みか、比較的上質の食材を使うわりには安価なんだ。そのくせ客の入りが多くないからよく利用してる。狗村もよく来るとか言ってたな。会ったことあるのは京楽くらいなもんだけど」
「へ〜、そうなんですか。狗村さんならよく食べそうですね」
「意外と、大食漢でもないらしいけどな。ツケでもいけるから覚えとくといい」
「便利ですね」
「ただ、あんまり溜め込みすぎると、突如給料から利子つきで直接差っぴかれるそうだ。おおかたそれでもってるようなもんらしい」
「ちょっと怖いですね」
「2、3ヶ月なら平気らしい。半年超えたら危険だそうだ。京楽の奴、1年溜めたら地獄を見そうになったって泣き入ってたっけ」
「おもしろい商売ですね」
そんな会話をしていたら、店主がでてきて挨拶をした。
様、でございますね」
「え、あ、はい」
様のお父上には、ずいぶんと懇意にさせていただいておりました」
「・・・父・・が・・ですか?」
ば、驚きを通り越して耳を疑う。
「はい。こちらは気持ちばかりの品ですが、来訪された折にご愛飲されていらしたものでございます。お体ご自愛ください」
店主が出したのは、見慣れた薬湯だった。
「お気遣いありがとうございます」
「珍しい偶然もあるもんだな」
日番谷は、不思議な縁を思う。
父や母がいる、というのはソウルソサエティではごく普通にあることではない。
「おまえ、貴族か何かだったのか?」
苦そうに薬湯をすするに、日番谷は尋ねた。
「・・ああ、はい。まあ、一応。今もそうらしいんですけどね」
「らしい、って自分のことだろ」
「没落貴族というか、ほとんどそれに近いというか。肩書きはあっても形だけで、これといった仕事もなく。実際忘れてましたね。そういえば、くらいに思い出すくらいで」
「貴族つっても、ピンからキリまであるのな」
「私一人なもんですから。兄弟がいたらまた違っていたかもしれませんけど・・って、食い扶持が増えたらますます生活苦しいですね」
日番谷は軽く笑った。
「そうだな。飯代で困ってるくらいだしな」
「安月給でも、仕事があってよかったと思える瞬間。前借りするときなんか、特に」
「借りれんのか?」
「借り倒しデス」
「倒すなよ」
「まあ、なきゃないで、なんとかなるんですけどね」
「そーゆーもんだな」
底辺の生活を経て、今に至る外育ちの日番谷には、やはりどこか、生まれ持った称号や肩書きに対する憧れや畏敬の念がある。
隊長に就任してからというもの、周囲のあまりの変人の多さにそんな気持ちはだいぶ薄れたが、底辺のエリートというは苦労を前に出すこともなく、飾らず素で対話するその態度が印象を良くしていた。


不思議な定食屋の心地よい空間で、存分に食事タイムを堪能した
「あんまり美味しくて、頂きすぎました。ごちそうさまです」
「ん。気にするな。俺は先に戻る」
は、今度父の話を聞かせてくださいと店長に伝えて、店を出た。
満腹感に満たされて、幸せだった。
油っぽい食事も、思うよりしつこくなくて、また一番初めにだされた薬湯が効いていた。
あれは、魂魄にかかるいろいろな負担を軽くするとても重要な薬で、小さいころから、父だけでなく自分もほぼ毎日飲まされていた。
作り方自体は簡単だけれど、その元となる薬材には数種の貴重なものが含まれていて、まさかそれをタダ同然で飲ませてくれるとは思わなかった。しかも、苦さはあったが、鼻に付く香りが柔らかくなっていて、濃い目のお茶のように飲みやすく工夫されていた。
次に来たら、秘訣を教えてもらおうと思う。
懐かしさに心温めながら仕事場に戻ろうとしたは、途中、恋次に出会う。
「どこ行ってたんだよ!探したんだぜ?」
「あれ、よく見つけたね」
霊圧ずっと消したままだったのに、とは思う。
「気配消すなよな。すげえ大変だったんだぞ。あちこち。あちこち」
「ありがと。もしかして、白哉、お怒り気味?」
「それなりにな。戻ったら覚悟しろよ。仕事溜まってんだからな」
「うん、やるやる。今、気分いいの。眠気吹き飛んだしね」
といいながら、戻った途端に。
「白哉!今、定食屋に行ってきたんだけどね。それがね、なんと!お父さんが通ってた店だったんだよ。すごいよ、もうビックリ!」
それでねそれでねと、は爛々と目を輝かせて、勢い良く話し込み、仕事のことなどすっかり忘れた。










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