白の死神


14




朽木白哉が外に行ったので、は鼻歌を歌いながら、書類を拾った。
会話の蚊帳の外にいた恋次が、いいにくそうに話しかけた。
「おまえの家族の話、聞くの初だな」
「そうだっけ」
「そうなんだよ!」
「母さまのことはよく知らないんだよね。記憶にないし。父さまは死神博士」
「そのくらいは俺も知ってる」
「知ってるんじゃん」
「それ以上のこと聞いてんだよ!」
は首を傾げた。
「それ以上のことと言われても・・。あん、もしかして私にめっちゃ可愛い妹がいないかとか?」
「い、いるのか?」
「いませんよーだ。私以上に可愛い死神なんてさあ」
「いるだろ!超、いまくりだろ!見渡せば沢山!」
「そりゃあルキアちゃんは可愛いケドー?」
いらやしく笑うと、恋次はうがあっと頭を抱えた。
「綺麗になるよ、ルキアちゃんはきっと。元があれだしね、きっとすごい美人になるよ〜」
、朽木隊長の奥さん、知ってんのか?」
「うん」
「どんな人?」
「どんな人って、仏間覗いてみればいいじゃん」
「見た目じゃなくて、もっとこう、他のこと。性格とか」
「・・・素直な人・・、かな。気持ちに正直な人だった」
「素直で・・正直・・・」
は、恋次がルキアと比較しているのを見て言った。
「恋次。ルキアちゃんはルキアちゃんだよ。いくら似てても、別の個性を持ってる」
「素直・・とはかけ離れてますけどね」
「でも昔はそうだったんでしょ?」
「・・・っ・・まあ・・」
恋次は思い出したことがあるのか、やや赤くなっている。
「素直だよ・・。たぶん、昔も今もね」
似すぎていた。
特に、白哉を前にすると、本当によく似ていた。
控えめになって、言いたいことを全て言えなくなって、視線はその後姿を追うところまで。
違っているのは、白哉のあのわかりにくい優しさの形を理解しているかいないかくらいのもの。
いずれルキアはそこに到達するはずで、そうなったときの彼女がどうするのかと少しだけ不安に思う。
緋真になろうとしているんじゃないか、とちらとそんな考えが頭をよぎる。
「恋に目覚めたら、華開くよ。絶対に、綺麗になる」
芯の強い姉妹だから。
求めるものがある者は、強くなる。
「白哉、育て方ちょっと間違えたかもね〜。無意識にプレッシャーかけたら、気負っちゃうのに」
「あれで育てたつもりなんすかね。もっとこう、やり方ってもんがあっていいんじゃないすか!?」
「不器用なんだし、しょうがないんじゃ?」
ねえ、とはふと現れた気配に語りかけた直後、襖が開いて恋次が飛びずさった。
「驚かせないでくださいっすよ、朽木隊長っ!」
「・・・役目は進んでいるのか?」
「ぜーんぜーん」
うはは、とは紙をびらびら揺らめかせながら答える。
ひったくるようにそれを奪い取った恋次が、硬直した形で机に向かう。
白哉は外で何があったのか、遠くを見るような眼差しをしていて、は首を傾げる。
「桜の花が、・・・まだ蕾だが、枝先に載っていた」
静かなその物言いは、とても穏やかだった。
「え、この時期に?季節はずれじゃない?」
「そう、だな」
白哉は深く目を瞑り、そうしてから、今日のところは切り上げると言った。
「えっ、まだ全然進んでないっすよ!?」
「ならば、進めておけ」
そういって、華麗に消えた。
そこには、の姿も残されていなかった。


白哉に抱えられたは、飛び出してきた方角を見て言った。
「恋次の叫び声が聞こえるよ」
「そう、だな」
歩法を使って風を切る白哉はどこか寂しげで、は聞く。
「どうしたの?」
「・・なんとなくな」
は白哉の体に頬を寄せた。
抱き寄せる腕の力が強くなって、少し安心する。
白哉が見つけて連れてきてくれたその桜は、とても寂しい光景といえた。
裸木の枝先に、たったひとつだけの蕾は、心細げに見えた。
「これ見て、不安になっちゃったわけだ、白哉くんは」
はかすかに困ったように、微笑んだ。
仲間も、未来も約束されていないそれを見て、重ねたのだろう。
「優しいね、白哉は、でもわざわざ見せに来なくても良かったんじゃない?現実をつきつけられてるっていうかさあ・・」
「花はいずれ散る。だが人は違う」
「人だってそうでしょ」
「違う。精神の話だ。魂は永久に続くが、花に感情はない」
「花にも、心はあるよ。咲きたいって思うから、咲くの。寂しいって思われると、それが伝わって枯れちゃうよ」
「蕾は、花の命の一部でしかない。そう言っていたはずだが」
「それはそうだけど、それとこれとは違うじゃない」
「規則を無視して蕾をつけた。このまま咲くか、散ってしまうか、どちらにしてもまた別の機会を見定める」
「励ましてるのか、落ち込ませたいのか・・」
「どちらでもない。ただ、美しいと見るだけだ」
「懸想、入ってない?」
「当然。姿を通して見るものは別にある」
「ええ・・っと・・」
真摯な瞳を向けられて、は目を逸らしたが、捉えられ口付けされた。
「もう幾年も見てきたが、その度に変化し別の表情になる。見るだけでは飽き足らず手に入れようとしたが、形なきものを手にするのはひどく難しい」
不安になる、と言った。
「確かめに、来たの?」
「そうなる、か」
「可愛いね、白哉。ちょっと昔に戻ったみたい」
「嬉しいのか?」
「うん、嬉しくて、幸せ」
白哉があまり見せない表情を見せるのが、とても幸せだとは思う。
笑っていても怒っていても、それを知ることができるだけで、嬉しいと心は叫ぶ。
拗ねる白哉を巧みに説得して仕事場に戻ってみれば、恋次が果てていた。
少しだけ手伝ったが、もそのうち寝てしまう。
起きたときには、恋次と白哉の連携プレーでほぼすべてが仕上がりかけていた。
「遅っせえーよ。つーか、超いいタイミングで起きてくんなよ」
「え?」
「半日以上寝てたぞ。寝言も何もなし。物音にもピクリとも反応しないで、ちょっと怖えぞ」
「あれ?」
ちょっとした違和感があった。
何かが抜け落ちたような感覚があった。
「どうした」
「ええと・・」
は首を捻る。
は手の指を動かしてみる。
体が、非常に軽かった。
「気持ち悪い」
気持ち悪いくらいに、軽すぎる。
「気分が優れないのか?」
「ううん。その反対」
霊圧を身に纏ってみれば、その気は尋常でないくらい軽く穏やかで、やけに暖かく、しかも想像よりも放出量まで多かった。
「っだー、やめろ!」
「あ、ごめん」
霊圧で巻かれた風に、書類は空中を舞う。
浮き上がったマフラーが、ふさりと沈んで落ち着くと、白哉が不機嫌そうにこちらを見ていた。
「何をしている」
「どうしよう、白哉」
思い当たるのは、唯一薬湯だけれど、こんなに効果があるとも思えなかった。
「反応が良すぎて、コントロールがしずらいの」
「どういうことだ?」
「薬が効きすぎたのかな。しばらく飲んでなかったし」
は指先で唇をなぞるように触れながら考えた。
「ちょっと早退」
そう言って去ろうとすれば、白哉に手首を押さえられた。
「調べ物、するだけだよ」
は困ったように微笑んで、いってきます、と手を振って去った。


まず昨日行った店を訪れて、薬湯の処方の内容を尋ねた。
驚いたことに、小さなメモ帳が残されていて、それは父の手書きだという。
カウンターに座ったは、それをじっくりと眺めた。
いくつかの材料が、比較的入手しやすいものに書き換えられ、それに合わせた処方に直されていた。
材料だけで見てみると、自分の知る記憶に濃く残ったあのまずくてしかたない薬湯よりも、効きめは薄いはずだった。
「ここにあるとおりの量と、手順で、行ったんですね?」
「ええ。忘れかけていたこともあって、やや時間をかけすぎましたが」
店主は目の前で再現してくれた。
「ああ、そういえば。これを飲まれるときは、必ず何か口にしておいた方が良いようなことを言っていた気がします」
「食事、ということですか?」
「ええ。あまり食欲のないときにもいらっしゃることがあって、不思議に思いお尋ねしたのです」
「そんなときにはどんなものを?」
「油物は控えるよう気をつけてはおりましたが、特別、様からの指定はなかったように思います」
何かお食べになりませんか、と誘われたは、わざわざ作ってもらった薬湯を無碍にしたくなくて、軽いものを注文した。
考えられる要素に、材料の相乗効果というものが頭に浮かんだ。
相性が良かったのだろう。
店を出てから、もしかしたら、それを飲むのは時期尚早なのかもしれないと思うに至る。
成年に達していた父の病状は、決して良いものではなかったはずだ。
私にそれを一度も飲ませたことがない、というのが、その証であるような気さえする。
体に悪いものは含まれていないことは承知していても、明日になったら自分にどんな変化があるのか、それを思うと多少怖くなった。

薬草畑の手入れをしていると、少しずつ眠くなっていくのに気が付いた。
体は少しも疲れていないのに、頭だけが重くなっていく。
予想もしていなかった。
抵抗のしようもなかった。
深く深く潜り込むのではなく、唐突にプチンと途切れた意識。
眠る、という感覚がまるでなく、無理やり、時間を止められたかのようだった。
それはまさに昨日と同じ現象だった。

目覚めたとき、布団に寝かされていて、側に白哉の気配があった。
「軒先で倒れていた。叩いても蹴飛ばしても、反応がなく。少し焦った」
「蹴飛ばしたの?」
「それよりも。具合はどうなんだ」
意識明瞭。体調良好。悪いところなどどこにもないような気がした。
「かなりいいよ。ちょっと額が痛いような気もするケド」
さすってみれば、どこかにぶつけたように、ほんの少し腫れていた。
「また何かおかしなものを飲んだんじゃなかろうな」
「えへ。近い」
「何を飲んだ」
「あは。まあ、そう怒らないで、さ。どのくらい寝てたかな、私」
昨日が10時間、今回が5時間程度だった。
ほぼ半分か、とは思う。
考えこもうとすると、突き刺さるような視線を感じて、はフォローを入れる。
「怒らないでってば。しばらく飲まないからっ。ねっ。ね〜、ね〜、白哉くーん」
は、白哉のお怒りモードをなんとか宥めすかして、当主業のある白哉を邸宅に帰した。

結界を張り、霊圧の開放を悟られないように仕込んでから、は鬼道を試してみることにした。
やはり、想像以上の霊圧が働き、コントロールが断然難しくなっていた。
的に当てられるようになるまでに、数時間。
スピードも威力も桁が違っていた。
けれども、喜べる状態ではなかった。
霊力の実質量には限界があり、無駄を無くすことこそ実践では必要とされる。
バカでかい霊圧の開放は、身を滅ぼすのだから。
魂魄の置換を行ってから、はじめての修練でもあり、基本的な鬼道の一に慣れるだけでも大変な集中が必要だった。


はどうしたんすか?」
「休みだ」
「またっすか?」
があまりに楽しそうに修行しているので、声をかけるのをやめた白哉である。


は朽木邸で食事を掻きこんだ。
少し休憩を挟んでから、まともな施設のある朽木の修練場にて、猛威を振るう。
その修行を機に、何か新しいものが得られるような気がしていた。
立ち入り禁止札のかかった扉の前で、ルキアは思う。
「お兄様。中で一体何が?」
「とても言えないようなことだ」
「そ、それは一体・・っ」
「説明するより見た方が早いだろう」
「は、はいっ!是非っ!」
「退屈だぞ」
扉の開いた音に、集中をそがれたの指先から破道が暴発する。
吹き飛ばされたは壁に激突して、パラパラとそこが崩れた。
駆けつけようとするルキアを、白哉が制する。
「むやみに近づくな。ほとんど意識もない。巻き込まれるぞ」
霊圧をゆらりと立ち上らせているを見たルキアは、その殺気に似たオーラに身を竦めた。
ふと視線が合って、ルキアはゾクリとする。
は、侵入者の認識だけをして、また的に向かった。
ルキアは、一瞬だけ感じた濃厚な霊気の重圧が全身に駆け抜けるのを感じて、力が抜けた。
「壁際に寄っていよ」
「・・・は、はい」
は間隔を置き、何度も破道を繰り返しては放つ。
ひたすらに、基本的な訓練を一からやり直すかのようだった。
ただ、少しだけ変わっている。
片足の親指だけで立つは、非常にバランス感覚に優れていた。
「ずっと、これを繰り返されておられるのですか?」
隣に座す白哉は、書物を開き読みながら、ルキアの質問に、そうだ、と静かに答える。
時折、体勢を崩しては、床に足先を擦るは、肩で息をしていた。
いつまで経っても終わらないそれを見ながら、ルキアは畏敬の念を持つ。
「そろそろ部屋に戻れ。長居はすべきでない」
「あ・・はい」
けれど、ルキアは手に力が入らなくて、立ち上がることもままならなかった。
白哉はルキアを手助けし、外に出た。
「すみませ・・ん」
「干渉を受けたか。じきに治るが、よく休め」
場に流れるのわずかな霊圧に浸りすぎ、ルキアの体は無意識的な防御反応を持続させていたために軽く麻痺していた。
殿は、いつまで続けられるのでしょう」
「わからぬが、見たところ、いましばらくかかるだろう」

白哉の見立ては、甘かった。
のそれは三日三晩続き、楽観視しすぎていた白哉とひと悶着ふた悶着起こし、そうしてようやく眠りにつく。
「何を考えているというのだ・・」
体の調子が良いからといって、それを試すような真似は承服できない。
指先は焼け焦げ、足は血にまみれ、限界ぎりぎりのところを彷徨って、許容を超えた身体の発熱が収まるまで、布団に寝かせることもできなかったが、それでも嬉しそうな顔を浮かべて眠りこける。










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