白の死神 |
が起きたとき、両手首を縛り上げられていた。 力が入らなくて、ふらついた。 よろよろと歩くは、ルキアに縄を解いてもらおうと思ったが、白哉に固く言い渡されていて断られた。 仕方なしに、適当に料理を口に運んでもらった。 「大丈夫ですか、殿」 「全然大丈夫じゃない。気持ち悪いわ、胸が痛いわ、頭が回るで・・」 「っ、ふ、布団お貸ししますから、横になっていた方がっっ」 「いーのいーの。縄ほどけば治るから。つーか、いつ帰ってくるのか、彼の人は」 は、ルキアの布団の横に寝転がった。 「せめて手前で縛ってくれればいいものを・・」 はうつぶせの形で額を畳に横たえさせながら言った。 「とても心配されておりましたよ」 「まあね。気持ちはわかるけどさ。こっちも命がけの仕事のためにやってんだから、黙って見てろっていうのよ。甲斐性無し」 「甲斐性、無し・・ですか」 「そうよ。言っちゃ悪いけどね。でも言う。好きなものも嫌いなフリするし、人が何かしようとするといっつも止めるの。戦闘好きだ〜!声を大にしていいたい。でも許可してくれない。自分は好きなようにやってるくせに!超自分勝手!わがまま!えこひいき!何たる不公平。フェアじゃな〜い!少しは信用してくれたっていいでしょうが!うわ〜ん、現世行きたい〜。出張したいぃ〜。旅行いきたい〜。温泉〜。どこでもいいから〜。ね〜、ね〜、ねえ〜」 駄々っ子のようなそれを見て、ルキアが少し笑う。 「お兄様は全部却下されるんですね」 「そうよお〜、おまえみたいなのは役に立たんだろう、っていう顔して見下すの。昨日もそう、昨日もそう。いくらやっても無駄ですぴょん、みたいな顔してさ〜。ツンとすましちゃって、おまえはどこのお坊ちゃんだと、あー、ぐるぐるしてきた。吐く。吐くよこれ」 はすっくと立ち上がり、青い顔して庭に飛び出した。 吐きそうで吐けない。 ルキアの目の前で、微妙なラインを行き来する。 は、外の風を吸って、いくらか落ち着いた。 興奮すると良くないらしい。 は壁伝いに屋根に上ろうとしたが、失敗した。 力が足りず、背中から空中落下する。 「ごふっ・・」 「殿・・」 ルキアがどうすればよいかわからない、哀しい瞳を向けていた。 「天罰かなあ・・」 朽木の敷地内で白哉の悪口を言ったせいだろうかとは考える。 「お兄様」 ルキアの驚く声には顔を上げた。 白哉が腕を組んだまま、目を細めて廊下を歩いてくるが、頭と足が逆の上下だ。 「今度は何事だ」 「白哉のオバカ〜!遅いよ〜!・・うっ・・気持ち悪い・・」 「・・まったく・・。走り回るな、傷に響く」 白哉は大きな溜息をつき、を拾うと抱え込み、直行した風呂場に投げ込んだ。 ごぼごぼごぼと沈むそれを引き上げて、咳き込むの紐をようやく解いた。 「・・・・・乱暴・・者っ!」 「多少は懲りたらどうなのだ。従わぬなら動けぬようにしてもよいのだぞ」 「鬼。冷たいよ」 水風呂から上がると、体が震えた。 「・・さむい・・」 「まさか」 「寒いったら寒い」 「湯だぞ?」 「どこが!」 湯船の水を掬った白哉は、考えるようにして、破道を唱えた。 湯気が立ち、明らかに熱そうなそれに手を入れてみれば、ぬるま湯だった。 「ぬるい・・」 は、白哉と顔を見合わせた。 はもう一度、湯船に入り、痺れる手足で破道を唱えた。 白哉にしてみたら熱すぎるそれは、にとって丁度良いくらいだった。 平熱の違いだろうかと思ったが、そんなわけであるはずないのは明白である。 全身くまなく心地よく痺れていたそれは、徐々に、するどい痛みに変わった。 意識とは関係なく、霊圧がゆらりと浮いて、押さえ込もうとすると胸が痛んだ。 白哉がそれを遮断して事無きを得たが、戻りかけた力をまた失った。 白哉のくどくどと続く説教を聞きながら、は薬湯の意味を考えていた。 父が飲んでいたそれは、おそらく、やはり代替品にすぎないようだった。 強制的な意識の切断のよって、魂魄と霊圧の関係を遮断し、その間に体を休めることで、瞬発的な負荷に耐えられる量を増やす。 操れる絶対量を増やせばいい、と考えるところなど、似たもの同士だとは思う。 「白哉。手を貸して。幾つか揃えて欲しいものがあるんだけど」 お金がないときの、朽木頼み。 白哉は目を細めた。 「話を聞いていなかったのか。実験の手助けなど私はしないぞ」 「安全だよ。こればかりは本当に、本当。一番安全で一番効果的なんだと思う。とてつもなくまずくても、我慢するから。助けて」 ね、と首を傾けると、白哉は大きな溜息をついた。 一族のみに伝わるその薬湯の処方は、手間と時間、さらにお金のかかるものだった。 けれども、副作用が全く無い。 だからこそ、門外不出の秘伝書に記されているのかもしれない。 強すぎる薬は体の他の部分を壊してしまう。 それを考えると、最良の方法とは、愛情のこもったやり方で、毎日少しずつ効果を得るというものなのだろう。 もしかしたら、宗家以外は、代替品で済ませていたのかと思う。本物はあまりに高価すぎて手が届かないから。 だとすると、その歴史はとても哀しい。 自宅に戻りあらかたの材料を並べ、不足したものを白哉が調達してくる間に、は身に着けた殺気石造りの紐を解いて、霊気の流れが正常に戻るまで、幾ばくかの軽い吐き気や刺す痛みに耐えた。 落ち着くと、また考え事ができるようになった。 「集まった?」 「いや。気の乱れを感知し戻ってきた」 「心配性。もういちど行ってきて」 解かれた紐を見た白哉はぶつぶつと文句を呟きながら、出かけ直した。 体は重くて仕方なかった。 白哉が置いていった果物にかじりつき、は薬草園の手入れをする。 3日も面倒を忘れたそれらは、また半分ダメになっていた。 枯れた葉と草を抜き、水をやる。 売り物にはなりそうもないな、とはなんとか無事に残った草々を見て思う。 それは、まるで自分を見ているかのようでもあり、複雑な気分になる。 白哉は桜に重ねているらしいけれど、そんなに美しいはずがないとは思う。 雑草がはびこり、気を抜けば腐る。 あくまでも手入れが必要なそれは、白哉がいつもそうするように、安心して黙って眺めることができないのだ。 |
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