白の死神


15




が起きたとき、両手首を縛り上げられていた。
力が入らなくて、ふらついた。
よろよろと歩くは、ルキアに縄を解いてもらおうと思ったが、白哉に固く言い渡されていて断られた。
仕方なしに、適当に料理を口に運んでもらった。
「大丈夫ですか、殿」
「全然大丈夫じゃない。気持ち悪いわ、胸が痛いわ、頭が回るで・・」
「っ、ふ、布団お貸ししますから、横になっていた方がっっ」
「いーのいーの。縄ほどけば治るから。つーか、いつ帰ってくるのか、彼の人は」
は、ルキアの布団の横に寝転がった。
「せめて手前で縛ってくれればいいものを・・」
はうつぶせの形で額を畳に横たえさせながら言った。
「とても心配されておりましたよ」
「まあね。気持ちはわかるけどさ。こっちも命がけの仕事のためにやってんだから、黙って見てろっていうのよ。甲斐性無し」
「甲斐性、無し・・ですか」
「そうよ。言っちゃ悪いけどね。でも言う。好きなものも嫌いなフリするし、人が何かしようとするといっつも止めるの。戦闘好きだ〜!声を大にしていいたい。でも許可してくれない。自分は好きなようにやってるくせに!超自分勝手!わがまま!えこひいき!何たる不公平。フェアじゃな〜い!少しは信用してくれたっていいでしょうが!うわ〜ん、現世行きたい〜。出張したいぃ〜。旅行いきたい〜。温泉〜。どこでもいいから〜。ね〜、ね〜、ねえ〜」
駄々っ子のようなそれを見て、ルキアが少し笑う。
「お兄様は全部却下されるんですね」
「そうよお〜、おまえみたいなのは役に立たんだろう、っていう顔して見下すの。昨日もそう、昨日もそう。いくらやっても無駄ですぴょん、みたいな顔してさ〜。ツンとすましちゃって、おまえはどこのお坊ちゃんだと、あー、ぐるぐるしてきた。吐く。吐くよこれ」
はすっくと立ち上がり、青い顔して庭に飛び出した。
吐きそうで吐けない。
ルキアの目の前で、微妙なラインを行き来する。
は、外の風を吸って、いくらか落ち着いた。
興奮すると良くないらしい。
は壁伝いに屋根に上ろうとしたが、失敗した。
力が足りず、背中から空中落下する。
「ごふっ・・」
殿・・」
ルキアがどうすればよいかわからない、哀しい瞳を向けていた。
「天罰かなあ・・」
朽木の敷地内で白哉の悪口を言ったせいだろうかとは考える。

「お兄様」
ルキアの驚く声には顔を上げた。
白哉が腕を組んだまま、目を細めて廊下を歩いてくるが、頭と足が逆の上下だ。
「今度は何事だ」
「白哉のオバカ〜!遅いよ〜!・・うっ・・気持ち悪い・・」
「・・まったく・・。走り回るな、傷に響く」
白哉は大きな溜息をつき、を拾うと抱え込み、直行した風呂場に投げ込んだ。
ごぼごぼごぼと沈むそれを引き上げて、咳き込むの紐をようやく解いた。
「・・・・・乱暴・・者っ!」
「多少は懲りたらどうなのだ。従わぬなら動けぬようにしてもよいのだぞ」
「鬼。冷たいよ」
水風呂から上がると、体が震えた。
「・・さむい・・」
「まさか」
「寒いったら寒い」
「湯だぞ?」
「どこが!」
湯船の水を掬った白哉は、考えるようにして、破道を唱えた。
湯気が立ち、明らかに熱そうなそれに手を入れてみれば、ぬるま湯だった。
「ぬるい・・」
は、白哉と顔を見合わせた。
はもう一度、湯船に入り、痺れる手足で破道を唱えた。
白哉にしてみたら熱すぎるそれは、にとって丁度良いくらいだった。
平熱の違いだろうかと思ったが、そんなわけであるはずないのは明白である。

全身くまなく心地よく痺れていたそれは、徐々に、するどい痛みに変わった。
意識とは関係なく、霊圧がゆらりと浮いて、押さえ込もうとすると胸が痛んだ。
白哉がそれを遮断して事無きを得たが、戻りかけた力をまた失った。
白哉のくどくどと続く説教を聞きながら、は薬湯の意味を考えていた。
父が飲んでいたそれは、おそらく、やはり代替品にすぎないようだった。
強制的な意識の切断のよって、魂魄と霊圧の関係を遮断し、その間に体を休めることで、瞬発的な負荷に耐えられる量を増やす。
操れる絶対量を増やせばいい、と考えるところなど、似たもの同士だとは思う。
「白哉。手を貸して。幾つか揃えて欲しいものがあるんだけど」
お金がないときの、朽木頼み。
白哉は目を細めた。
「話を聞いていなかったのか。実験の手助けなど私はしないぞ」
「安全だよ。こればかりは本当に、本当。一番安全で一番効果的なんだと思う。とてつもなくまずくても、我慢するから。助けて」
ね、と首を傾けると、白哉は大きな溜息をついた。
一族のみに伝わるその薬湯の処方は、手間と時間、さらにお金のかかるものだった。
けれども、副作用が全く無い。
だからこそ、門外不出の秘伝書に記されているのかもしれない。
強すぎる薬は体の他の部分を壊してしまう。
それを考えると、最良の方法とは、愛情のこもったやり方で、毎日少しずつ効果を得るというものなのだろう。
もしかしたら、宗家以外は、代替品で済ませていたのかと思う。本物はあまりに高価すぎて手が届かないから。
だとすると、その歴史はとても哀しい。

自宅に戻りあらかたの材料を並べ、不足したものを白哉が調達してくる間に、は身に着けた殺気石造りの紐を解いて、霊気の流れが正常に戻るまで、幾ばくかの軽い吐き気や刺す痛みに耐えた。
落ち着くと、また考え事ができるようになった。
「集まった?」
「いや。気の乱れを感知し戻ってきた」
「心配性。もういちど行ってきて」
解かれた紐を見た白哉はぶつぶつと文句を呟きながら、出かけ直した。
体は重くて仕方なかった。
白哉が置いていった果物にかじりつき、は薬草園の手入れをする。
3日も面倒を忘れたそれらは、また半分ダメになっていた。
枯れた葉と草を抜き、水をやる。
売り物にはなりそうもないな、とはなんとか無事に残った草々を見て思う。
それは、まるで自分を見ているかのようでもあり、複雑な気分になる。
白哉は桜に重ねているらしいけれど、そんなに美しいはずがないとは思う。
雑草がはびこり、気を抜けば腐る。
あくまでも手入れが必要なそれは、白哉がいつもそうするように、安心して黙って眺めることができないのだ。










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