白の死神


16




布団を敷いて軽く寝る準備を整えていると、白哉が戻った。
「確認を」
「うん。ありがとう。でも、珍しいね。一等品買ってきそうな気がしてたけど」
「急すぎるのだ。使えそうか?」
「もちろん」
二等でも三等でも、ありがたく思う。
は重い体をひきずって、仕込みに入った。
叩き、すり潰し、練りこみなどなど、力仕事は白哉に任せた。
量や温度の調整しながら、ぼーっと眺めて座り込むと、次第に睡魔に襲われそうになる。
「寝る前に、手順だけ残せ」
「それ終わったら、帰ってもいいよ」
「帰ってほしいのか」
「・・えーと・・、ほら。恋次もルキアちゃんも使用人も心配だし、さ」
「どうとでもなる」
「・・・ごめん、疲れた」
実は意外と料理の才がある白哉に、千本桜で千切りと30分の空焚きを頼んで、は伏せた。
「終わったが」
「え・・もう?じゃあ、湯通し・・ああ、違う。何だっけ。えーと・・、3番10グラムに24番1つ・・ああ細かい、自分でやる」
ざくざくと目分量で入れるは適当そうに見えるが、慎重だった。
下準備の整った材料はぞれぞれ異なる性質を持っていて、正しい順番でまぜ合わせなければ刺激し合って燃焼反応を起こすのだった。
そんなものを口に入れていいのか。
可。死にはしない。
とろりとするまでかきまぜたそれを、氷水を張った角型の桶に向かって、振るい飛ばす。
すると、瞬間的な急速冷却によって、粒になって沈み、底面が隠れていく。
「あとは、天日干し」
「面倒なものだな」
「でしょー。だからやりたくないんだよね」
が桶を持ち上げると、白哉がその役目を引き受ける。
それをざるに流しながら、白哉は聞いた。
「期間は」
「三日くらいかな。天気が悪いともっとかかる」
「そんなにかかるのか」
「世の中便利なものはあるんだけどね。手助け借りれば半日で済むけど、またそれを借りるのがダルイというか」
「問題は何だ」
「マユリちゃん。機嫌がよければすぐ貸してくれるんだけど、小言多いし」
白哉は空になった桶を降ろして、眉を潜めた。
あー、ヤダヤダ、とは言って、丸薬を縁側に敷いた布敷物の上に広げた。
「寝るね、ちょっと疲れた」
は布団の中に潜り込み、こちらを見つめる白哉の姿を瞳に焼き映してから目を閉じた。


起きたらなぜか花太郎の姿があった。
「なんで花太郎?」
コックリと頭を落とした花太郎が、こちらを見て言った。
「あっ、おはようございます」
「お早くないよ。月出てるし」
「そうですねえ〜。暗いですねえ〜」
「で、なんで?」
「よくわからないんですけど、頼まれまして〜」
「白哉に?」
「見てるように、って卯の花隊長から」
「謎だね・・」
「謎ですぅ」
花太郎は、あっ、と言った。
「お茶でも飲みますか〜?粗茶ですけど〜」
「粗茶ならそこの棚にあるよ」
「はい〜。今いれますね〜」
コポコポと音を立てて茶を入れると、今度は
「あっ、さんが起きたことですし、治療しないとですね〜」
「治療?」
花太郎は、とあるものを見せてくれた。
『怪我人につき、触るな危険』と書置きがある。白哉の文字だ。
「見せてもらってもいいですか〜?」
「えーと、どこだっけ・・」
「それだと思いますけど〜」
花太郎は、前のめりにじっと見たのは、の手の指先だった。
「だいぶ治ってると思うけど・・、見る?」
「はい〜」
花太郎は携帯治療箱から、軟膏を取り出して、塗りたくる。
「あ。そういえば、あと、足もあるんだけど」
「はい〜、見ます〜」
はひりひりとする指先で布団をめくり、治療を受けながら不器用な手つきでお茶をすすった。
天日干しにしておいた丸薬がないところを見ると、白哉が持っていったらしい。
不器用な隊長同士、問題起きなきゃいいけど、と思ったりした。
「他にご要望はありませんか〜?」
「ん〜。花太郎、針治療できたっけ?」
「えーっと、一応できるんですけど、さんに針はちょっと怖いので〜、指圧でいいですかあ?」
「うん、お願いする。背中やって」
「それじゃあ、お布団はぎますよ〜」
はうつぶせになって、枕を外した。
のんびりマイペースの花太郎流マッサージは、効果がある。
「ああ・・、また寝そう・・・」
「寝てもいいですよ〜」
よだれをたらしかけるは、そのつどすする。
「ずいぶん、疲れ溜めましたね〜」
「やっぱりそうかな。動いてるときには気づかなかったんだけど」
「自分では気づかないものなんですよ〜」
「ついでで片付け頼まれてくれる?」
「やりますよ〜」
「向こうのテーブルに、薬草出しっぱなしだと思うんだよね。わかる範囲のやつだけでいいから、棚に戻しておいてくれるかな」
「はい〜」
指差した方角に移動した花太郎は、少し驚いたように言った。
「調合してたんですかあ〜」
「うん〜。判別つかないものはテーブルに残しといて」
「器具は洗いますかあ?」
「できれば」
「はあい」
調合台〜、と喜ぶ花太郎は、人の役に立つことが心の底から好きである。
は、カタカタとする音を聞いているうちに、また寝てしまった。

そうして目覚めたときは、朝日が昇りかけていた。
「おはようございます」
「花太郎・・。まだいてくれたの?」
花太郎は目をこすって、まだまだ大丈夫です、と言う。
「具合はどうですか?」
「うん。まだ体は重いけど、心配いらないから」
「そうそう、夜に、朽木隊長がお見えになりましたよ」
「白哉が?」
「また来るそうです」
「そう・・。何も持ってこなかった?」
「お土産ですか?無かったですよ〜。そうですよね・・、手土産っていりますよね・・」
考え込む花太郎に、は言った。
「花太郎はいいの。片付けも治療も、充分してくれたし」
「あっ、治療〜。しますね〜」
「え、いいって」
傷は、もう治りかけていた。
「遠慮なさらず〜」
気持ちだけ受け取ろうとしたが、は手足に専用の薬をべたべたに塗りたくられた。
ある意味、達成感に浸る花太郎は、見ていて面白いとは思う。
マニキュアをしたときのように、空気で乾かすと、は布団から抜け出した。
「動いちゃだめですよう」
「ん〜、でも、薬草畑の手入れしないと・・」
「えっ、あるんですかあるんですか!?お手伝いしますぅう!」
おってつーだいっ、と鼻歌を歌う花太郎は、本当に医者の卵の鑑(かがみ)だと思う。
花太郎は働き者で、知識もそれなりに持っていて、留守にするときは今度から頼もうかとも思ったりした。

「そろそろ出勤の時間じゃない?」
「そうですねえ〜」
「花太郎、行かないの?」
「あ、僕は、さん付きがお仕事ですから〜。って、なんで。なにげにさらりと装束羽織ってるんですか」
「だって、仕事いかないと?」
「行くんですか?今日くらいは休んでも」
「休み続けてるし。付いてくるんでしょう?」
「あ〜、そうなりますねえ〜」
は足袋を履いて、足の指を動かして感覚を確かめ見ていると、影に覆われて顔を上げた。
白哉だった。
「どこへ行く?」
「あ、いいタイミング。これから仕事に・・」
行くところ、と言おうとしたら、遮られた。
「布団に戻れ」
「ええっと・・」
「それからこれを。多少手間取ったがな」
白哉が取り出した袋の中身は、乾燥した丸薬である。
「ありがと。うるさかったでしょ」
「危惧いらぬ。余計なことだ」
「花太郎、湯を沸かし直してくれる?」
花太郎は平伏していた。
「花太郎〜」
「は、はひっ。ゆ、湯ですねっ」
花太郎はダッシュして消えた。
白哉は、縁側に座って尋ねた。
「具合はどうだ」
「やだなあ。二人ともそんなに心配しなくても。今から仕事行こうかなって思うくらいいいのに」
「休んでおけ」
「休みすぎで給料が心配なんですが」
「大事はとっておくことだ」
大事をとって休め、と、給料の一大事はあとにとっておけ、と両方言われたは複雑だ。
白哉の冗談は難しすぎる。
「お湯、が、できましたです・・」
しずしずと伺う花太郎に、は仕事を与えた。
「粉状にして、量を量って、薬包紙に包んで欲しいの。遮光用で。わかる?」
「あ、はい。二枚重ねですね。さっき仕舞ったときに見つけた気が」
は、一包みあたりの定量を言い、丸薬を渡した。
「ひとつは今飲むから、薬湯で持ってきて」
棚を開け閉めする音が続いて、花太郎は言う。

ふと、白哉がの手を取った。
「ああ、これ?綺麗になったよね。花太郎が治してくれた」
指先をちらちらと見返すは、そこから焦げ跡が一様に消えているのを眺める。
「一日たつと治るもんだね〜。見てよ、破道の一」
針のようなわずかな閃光が、白哉の肩上を走り、落ち葉を貫通した。
「ね。調子もいい」
「狙い目はいいが」
「わかってるって」
むやみやたらに使うな、といいたげな白哉の表情は沈黙する。
「戻って。仕事、あるんでしょ?」
「見届けてからだ」
白哉が何を見届けるのかというと、これから出てくる地獄のような香りの飲み物、薬湯のことである。
はやるせなさそうに深く息を吐く。
「あの・・さん・・」
花太郎が、湯のみを置いた盆を持って、近づいた。
「ほんとにこれを・・??」
丸薬を潰したときには、多少ツンとする刺激かなと思っていただけなのに、湯とまぜたら強烈に膨れ上がったのである。
おそるおそる差し出す花太郎は、が泣きそうな表情で受け取るのを見届けた。
その湯のみを見る人の表情は、暗くなる。
湯気を浴びたは、その臭気に目がくらみかけた。
「あいかわらず人が飲んでもいいもんじゃないと思うんだよね・・これは・・」
一口飲み、二口飲み、匂いよりも激しいまずさを感じては、新しく記憶に刻み込まれる。
半分飲んで、溜息がでる。
まだあるのか、と。
これはこれで、ある意味意識が飛ぶんじゃないかと思ったり思わなかったり。
休憩していると、その湯のみに白哉が手をつけた。
「あ・・・」
とてつもないチャレンジャーだとは思う。
一旦躊躇はしたが、平然と飲み込む白哉に、尊敬する。
「飲めぬこともない・・が、キツイな」
「薄めりゃいいって問題でもないしね」
「それだけの効用はあるのだろう」
珍しく白哉が励ましているような気がして、はそれをなんとか飲み干した。
「花太郎、水・・」
「は、はいっ」
花太郎が急ぎ足で飛び立つと、
「口直しなら承る」
と白哉は、そう言って、軽く清めてくれた。

「何だ?」
うん・・、とは少しばかり考え事をした。
花太郎が水を持ってきて、は顔を上げる。
「花太郎、もう1包み持ってきてくれる?包みのままで」
「え、あ、はい」
花太郎は、素直によく動き回る。
それを見ていた白哉は、教育のたまものだろうかと思ったりする。
は花太郎から包みを受け取ると、指に挟んでそれをどうするべきかと悩むように眺め見ながら、白哉を呼んだ。
「これ、白哉に預けようと思うんだけど」
「構わぬが、飲ませろということか?」
「私にじゃなくて、ルキアちゃんに」
「・・・・?どういうことだ」
「魂魄自体の負担を和らげる点では、多少は効果あると思う。こんなまずいものできれば飲ませたくはないんだけど」
申し訳なさそうには言った。
「副作用のない安全な魂魄系の薬は、これしか思い当たらないから。白哉の判断でルキアちゃんに与えて」
「受け取ろう」
「一度に全部は飲ませないで。目的も違うし、体質のこともあるから、2回分ってことで」
「承知した」
小分けしましょうかと申し出る花太郎に、白哉は頼んだ。

白哉の出勤を見送った二人は、ゴロ寝して会話する。
「ルキアさんは、お飲みになるでしょうか」
「どうかなあ」
白哉がルキアちゃんを早く治したいと思っているかどうかも疑問である。
「私みたいに、休めてラッキーなんて思える子なら、楽なのにね」
「ラッキーなんですか?」
「当然でしょ〜。ただでさえ、死神はほとんど休日もらえないんだし」
「僕は月に2回お休みが〜」
「いいねえ〜」
さんは何回なんですか?」
「休日はゼロだけど、サボリが多々」
「羨ましいですう」
「でも休むとやること無いんだよねえ」
「そうですねえ」
そんな二人は、お酒を飲みながら会話を楽しむ。
休日の過ごし方から、休日でない日の過ごし方、いろいろ話す。
花太郎の口からは、自分の隊のいいところわるいところと、ぼろぼろ暴露話が舞い散っている。
それを聞いたは、卯の花の素が垣間見えるような気がした。
どこの隊長も、勝手気まま、なものらしい。










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