白の死神 |
勝手きままでない、隊長、とは。 元隊長の藍染惣右介と東仙要を除けば、七番、十番、十三番、の3つがイメージ的な条件からヒットする。左から、狗村左陣、日番谷冬獅郎、浮竹十四郎の隊である。 中でも、浮竹氏の場合、介抱してあげたいとか、甘えたいとか、可愛がられたいとか、優しそう、というさまざまな理由から、家庭的な女子の入隊希望者が多数いる。 人気順で言うと、次に日番谷氏が挙げられた。 面倒を見たくなるとか、弟にしてみたいとか、可愛げがあるといった理由から、ミーハー気質の腐女子による入隊希望が多く、背丈の低さは武器でもある。 両名に比べてしまうと、狗村氏はかなり地味にみえるが、硬派で正統派なために、エリートの入隊希望数は断トツだ。時折、ワンコ好きという理由で配属を希望する女子もいるので注意が必要だそうだが、深くは触れない。 まあ、とにかく、この3人は優しいといえる。 厳しさ、でランクすると、1に山本元柳斎、2に涅マユリ、3に朽木白哉、という評判が長いこと続いている。 最近は隊長のいない隊が、次に入隊希望者が少ないそうだ。 次はどんな新人さんが来るのかなあ、と花太郎は夢をはせていたが、は新人との付き合いがまるで無いことに気づく。 「なんでだろ・・・。なんでだろ・・・」 それは当然、『朽木の〜』という立ち位置がそうさせている。 「新人教育やってみたいなあ」 も、夢を見ることにしたが、一瞬で我に返った。 新人教育なんて、夢のまた夢。今は自分のことで手一杯な現状だ。 昨日まであれほど体は軽かったものが、今日になって一転するように重くなり、その落差についていけない。 今、もし遊び半分でも白哉と戦うことになれば、きっと死ねる。必ず死ねる。 力不足もいいところで、はっきり言って、実力がない。 改めて、 「あ〜、席官じゃなくてよかたあ〜」 心底そう思ったは息を吐く。 そうして、危機感が迫ってくる。 「まあ、焦っても?・・明日からちょろちょろ修行しなくちゃなあ」 明日から、というのがミソである。 少ない霊力を扱おうとするのは、実は相当なことだと誰かは知っていた。 「針・・?針だと?」 どう考えても、そんな芸当できやしない。 思い切り力なく気力もなしで指を振ってみても、自然と出てくる最低放出量というものがある。 コップ一杯の水を沸騰させることができても、水滴一粒のみを沸騰させることは無理というものだ。 しかし、ならやってのけるのだろう、と考える白哉は、次のように呟いた。 「まあ、・・あまり役に立たぬのだが」 「朽木隊長!湯のみ壊さないでくださいよ」 明日あたり自由に動けるようになれば、その喜びから、またおかしな修行をし始めるのではないかと白哉は考えていた。 ルキアの件を考えているかと思えば、ほとんど考えていなかったらしい。 白哉は、直接本人に怪しい飲み物を飲む気があるか尋ねるつもりでいる。 せっせと畳にこぼれた茶を拭く恋次は、翌日の休みを約束されたが、残業したらという条件付きに涙にくれた。 月を見ながら、ふと、は思う。 今頃、藍染はどうしているんだろうと。 彼は、どうせ長くない、との寿命を言い当てた。 けれど、生き延びた。 本当は、死ぬ気だった。けれど、寸前で死ねないと思ったのは、白哉がいたからだ。緋真の存在があったからだ。 花太郎も、かいがいしく面倒みてくれるし、心配をしてくれる。 慕ってくれる人もいるし、小言を言ったりくだらない話をしてくれる人もいる。 話し相手には困らない。酒飲み相手にも困らない。 満足している。 そう。満足している。とても。 は言い聞かせた。 市丸はきっと思っただろう。 ――おもしろそうやから それだけの理由で旅に立った、とは感じる。 行く前に、手合わせしておきたかったなあ、と今更ながらちょっとだけ後悔している。 ――力を望むか 今この瞬間に、そう問われたら、きっとおそらく、真剣に悩むだろう。 強くなりたいと、誰もが思う。 けれどそれ以上に望むものがある。 自分に、勝ちたい。 歩いては止まり、後ろを向いては振り返る。躓けば立ち上がり、ずっとそうやって生きてきた。 これからもきっとそれは続く。 だけど。 やはり隊長クラスは違うなあ、とは思った。 自分に勝ちたい、などと考えることもないだろう。 ずっとその先にある道を見据えているのだ、きっと。 白哉もそうだ。 自分に負けるという不安なんて、あるはずがない。 もしそんなものがあったなら、とっくのとうに死に果てているはずだ。 そういう人たちが、羨ましい。 憧れを抱くのは、自分を卑下しているからではなかった。 劣っているとは思わない。 だけど。 誰よりも美しくなりたいとは思う。これは、夢の先にある夢だった。 生きながらえることよりも、もっと重要なことで、現実的ではない夢。そして、決して適わない夢だった。 藍染が神になりたがったのと同じで、私は美しくなりたい。 どこまで高みに上れるか、競争をしてもいい。けれど、おそらく負けるだろう。 想いの大きさで勝負できたなら、きっといい勝負になる。 迷いを振り切るように月を見上げた。 自分が汚い存在だと思える瞬間があろうとなかろうと、どうでもいいことのように思えた。 花太郎がこすった目の前に、人の形をした花があった。 それは咲きかけた蕾のように、ほのかに爽やかな香りを漂わし、しなやかに流れる体躯が風を運び、優美であった。 伽羅の香りだ、と花太郎は思う。 突然、それは目の前から掻き消えた。 「あれ?」 花太郎は何度も目をこする。 「花太郎?どうしたの、ぼっとして」 が屋根からぶら下がるように顔を見せていて、花太郎は驚いた。 「わっ!わわっ、さん?」 「なあに?」 「落ちたら危ないです」 「あぶなくはないと思うけど・・」 「危ないですよう〜」 が着物の裾をたなびかせながら飛び降りるのを、花太郎はゆっくりと目で追った。 「やっぱり・・、さっきのさんですよね」 「さっきのって?」 「ええと〜、その庭にいたと思うんですけど〜」 「ああ、うん。でも、だいぶ前のことだけど」 「そうなんですか?」 「うん、結構長いことぼんやりしてた。声かけてもこっち見ないし」 「変ですねえ〜」 「変なの〜」 はふと思い当たることがあった。 「ああ、もしかして、私の気にあてられたのかも」 「そうだったんですか〜」 「手が痺れてたりとかしない?」 花太郎は、自分の両手をまじまじと見て言った。 「・・・大丈夫です〜」 「ならいっか」 「踊って、ましたよね。人っぽくなかった感じです〜」 「ああ。あれね、神の子、って書いて、巫女って読むんだけど。神子の舞。たいそうな名前だよねえ」 「そうなんですか〜。わかりました〜。たぶん見とれてたんだと思います〜」 「見とれてた?」 「はい〜」 「そうなんだ」 は小さく笑った。 神子の舞は、大貴族の宴で行われる一演のひとつで、家当主の唯一といえる役目である。 といっても、参加するしないは自由なので、やらないことがほとんどだ。 というか、気分がのらないとできないので、めったにやれない。 舞いは宴の中では酒のつまみという価値観もあり、見入る人もほとんどなかった。 「お酒、抜けた?」 「はい〜。すっきりです〜」 満面の笑みを見せる花太郎は、頭痛ひとつ起こしていないようだった。 は花太郎が寝入る寸前に、悪酔い止め薬を口に放り込んでいた。 「月がとても綺麗ですねえ〜」 「そうだねえ〜。飲みなおそうか〜」 「ダメですよう〜。体に悪いですう〜」 「ちょっとなら〜」 「ちょっとだけですよ〜」 はだいぶ、花太郎のペースにはまりつつあった。 「さんは。もお。飲んだらだめなんです〜」 「花太郎はいいの〜?」 「ぼくは。いいんですう〜」 「ずるいの、花太郎〜」 「ずるいんですう〜」 「ひらきなおった〜」 「いいんですう〜」 「のみすぎだよ〜」 「このお酒は。とてもおいして。沢山のめるですう〜」 「だめだってばあ〜。私のぶんは〜?」 「それじゃあちょっとだけです〜」 「ちょっとだけ〜」 「乾杯しましょう〜」 そういって、二人は樽ひとつ、空っぽにした。 数時間かけて、ちょっとずつちょっとずつ減っていったそれらはすべてお腹に収まっている。 満腹だった。 げっぷをすると、口から輪っか状のもやが出てきたような気がした。 周りがアルコールの霧で、中が真空。そんなことを思うだけでも、相当重症である。 快気祝いに卯ノ花から貰った新蔵酒の空き樽を眺め、はそれを庭先に蹴り転がす。 冷えてきた空気を照らそうと、蒼火墜を軽く落としたら、酒の影響かうまくコントロールできずに小さな隕石が落ちてくる。 ドゴーンと元気よく落ちたそれを見て、ちょっとやりすぎたと思ったが、花太郎が感嘆して喜ぶので、も大いに笑い狂う。 ぱちぱちと炎が燃え上がり、すすが舞い上がる。 気分は高揚したままで、焚き火に温まりながら、次第に落ち着いていった。 今日は風が強くなくて助かったと思ったり思わなかったり。 花太郎は、うとうととしだしていた。 炎といえば、情熱、だろうか。火といえば、暖かく、力の強さが感じ伝わる。 誰かが言った。意志の強さが、力の強さだと。 は今日、多くの連想をした。 ささいな日常から学ぶことも多いと本当に思う。 「おやすみ、花太郎」 「・・もうのめません〜・・」 花太郎は手のひらを力なく上げて答え、は笑った。 薬草棚から酔い止め薬を取り出した。 「花太郎、これだけ飲んで。そしたら寝てもいいから」 「みかんの匂いがしますう・・」 「よく気づいたね」 「ジューシイですう」 「そういえば、みかんでお手玉するって誰かが言ってた」 花太郎はむくりと顔をあげ、覇気のない瞳を向けた。 「やったことないですか〜?」 「ないですよ〜」 「3つできるですけど、お風呂に入れるですう」 「みかん風呂かあ」 「香りがいいんですよう・・」 「ゆずなら隣の家に生えてたっけ」 「そういうときは揺らすんですう」 「あはは。意外といたずらっ子だったんだ」 「さんはやらないですか〜?」 「ん〜、投げてもらうことが多かったかな」 正確には、投げつけられる。 当たると痛くて、よけると勿体無くて、悩んだ覚えがある。 キャッチするようになってからは、近所のガキんちょ共に相手にされなくなったような気がする。 あれが貴族の子供だというのだから、同じように死神になった人もいるのかなと思ったりした。 太陽の暖かさとはまた違う、火の暖かさに包まれるように、は縁側に横になった。 火の気配を遮られた花太郎は、ちゃっかり布団の上を占領する。 は、懐かしい唄を歌った。 それは遠い昔に聞いた子守唄で、途中までしか覚えていない。 ひとつ新しいことを覚えると、ひとつの古いことを忘れていく。 火の光と月の光は、どちらが暖かくどちらが神聖だろう、とは思う。 どちらも同じくらいに、意志の力を放っている。 パチパチと炭火の力が強まって、火の勢いが小さくなった。 そうすると、少し寂しくなった。 「体を冷やすな」 「おかえりなさい」 「・・・中に入ってはどうだ」 は、その中に視線を向ける。布団の上で丸まる花太郎。 目視した白哉は縁側から上がりこんだ。 「寝かせておいて。昨日つききりだったし」 白哉は押し入れから毛布を取り出してきて、膝元に掛けてくれた。 「ずいぶんと、飲み暮れたようだが、いつから飲んでいた」 白哉は、床に転がる瓶と杯を拾い、一箇所にまとめていく。 「ん〜・・覚えてない」 「体調は」 「上々。心配しなくていいのに」 「かけさせなければよいのではないのか」 「殊勝な発言だね」 「誰がそうさせている」 疲れたような白哉の声色を感じ取ったは、困らせたくないと思った。 「今日は、大変だったんだね」 「まったく。次から次へと、なぜこうも出てくるのだか」 「お仕事?」 「・・気にするな。課せられた責務だ。それより、床板の上は冷える」 焚き火はいつのまにか止んでいて、白哉の手のひらの温度の方が暖かかった。 「泊まっていける?」 が尋ねると、白哉はやや驚いた様子で答えた。 「いや・・ああ、いや。しばらくここにいる」 白哉は障子を閉め、の毛布をかけなおす。 「少し、眠ったら?」 「そうだな・・」 そう言っておいて、は白哉の膝の上に寝かされた。 「これじゃ私が寝ちゃうよ」 「眠れるようなら、それでいい」 「や。眠くはないんだけどね・・」 白哉は、何度も柔らかく髪を撫でる。 それは、そうしたい、というよりは、手癖のようなものに思える。 寄ってきた猫に対して、撫でてしまうのと同じで・・。 猫・・? 一瞬だけ、ミルクが大好きな四楓院夜一が思い浮かんだ。 白哉と夜一は、大貴族の間柄もあって、わりと親しい。 は、妄想を解くように、体の向きを変えて丸まった。 息が届くところに白哉がいて、他に望むものはないと思う。 「ん〜、ごめん」 「何を謝る」 「なんとなく」 心底望むものは他にあるけれども、白哉の存在も小さな願い事のうちの一つだ。 今が幸せだから、それでいい、とは思った。 「ありがと。抜けてきてくれて」 はしみじみと嘆息したが、思いのほか白哉は強い意志を持っていた。 「他の男と過ごさせるつもりは毛頭ない」 え、とは白哉を見上げた。 「花太郎、悪くないよ。治療してくれたし、ていうか仕事だし、昨日も・・」 「理解していても、気に入らぬものはある」 「・・そう・・ね」 「特に・・、いやいい」 「気になる」 「・・ただ、好きなように抱けぬのが惜しい」 白哉は考えるように言って、はぎょっとした。 ここしばらくなかったことだから、正直そういった感覚を忘れていた。 「えー・・と」 心臓が大いに高鳴りはじめて、耳元まで伝わってくる。 ふいに、花太郎が寝返りを打った。 「気が乱れている」 と白哉はからかう。 「少し眠る。疲れているようだ」 白哉は毛布で蚕のようにを包み、それを確保して目を閉じた。 動けないは、とらわれたまま、諦めて目を閉じた。 力の抜けた白哉からこぼれ落ちるように、額を打ち付けて目覚めたは自分を包んでいた毛布から抜け出した。 白哉は熟睡していて、花太郎は布団の上からごろごろ転がったのか、壁際に移動していた。 は花太郎の手荷物から、針を取り出す。 針治療なんてしたことはないのだけれど、されたことはあるのでそれを思い出していた。 疲労を溜め込む体質なのは、に限ったことではなくて、むしろ精神的には白哉の方が数倍すさまじいといえる。 多少打つ位置を間違えても、万一気が逆行してたとしても、白哉なら死ぬことはない。 それに、体術で学んだ戦闘に関係するツボだけは熟知していた。 は怪しげに微笑んだ。 背中に回ったは、悟られないよう万全に気を使って、この辺かなと思われるところに軽く針を刺す。 そうやって目印をつけて、いざ、と両手を挙げた。 ふ、と違和感を感じたのか、白哉の頭がかすかに動いた。 は、気取られる前に両手に溜めた鬼道を放つ。 焦ったからか、少しずれた。けれど急所にヒットしたわけでもないので、安堵する。 「・・・なん・・だ?」 白哉が振り向き、は両手をさっと後ろに隠した。 「・・何を隠した」 はそ知らぬふりで鼻歌を歌い、後ろ手をひらひらさせながら残った霊気を散らす。 「少し痛みを感じた気がしたのだが・・・」 白哉は背中を気にした。そこにはまだ針が刺さっていて、は冷や汗をかく。 「ほら〜、そろそろ起きる時間かな〜、と思ったんだけど〜」 はその背中に蹴りを入れ、障子を開けた白哉が空が白ずむ時刻に気をとられている隙に目印を解く。 花太郎がのっそりと体を起こした。 「おはようございますう〜」 「おはよう」 「おはよ〜」 目をこする花太郎は、だいぶ白哉の存在に慣れていた。 「さん、お加減のほどはもうよろしいんですか?」 「え、ああ、うん。いいよ、もう」 は、障子の隙間から破道を送り、庭先に咲いていた一輪の花を持って戻ってくる。 「花太郎にあげる」 「いいんですかあ?」 「今日は食べる気しなくて」 「食べものなんですか」 「油で焼くか揚げるかすれば、消化を助けるよ」 「なんだかもったいないですけど〜」 花太郎は、指先でくるくると花を回して喜ぶ。 調子がいい、と白哉はの小技を見て思う。 「操作も以前に増したようだな」 「そういえば、外れる気は全然しなかった」 指先を不思議そうに眺めたは針を拾って、花太郎の手荷物の中をまさぐる。 「何してるんですか〜?」 「落し物、仕舞っておいた」 「ありがとうございますう」 花太郎が場を辞してから、白哉は静かに聞いた。 「さきほど何をしたのか説明してもらおうか」 「えっ」 「体が熱い」 「え、嘘っ。そういうの花太郎がいるうちに言ってよ。あ〜、どうしよどうしよ」 「何をした」 「特に思い当たるふしは・・」 「ないと?」 白哉は顔を覆うように、嘆息する。 「だ、大丈夫?」 「ではないな。説明がつかぬなら、意志とは関係なく体が求めるこの状態の責任をどうとる」 「・・・え、嘘。ほんとにそんなことになってるの?」 「他人事ではない。の気が混じり起きたのは理解済みだ」 白哉は、紅潮した頬で、恨めしそうに言う。 「そんなつもりはなかったんですー、よ〜?」 ツボを間違えた代償は、多く支払わされることとなった。 疲労は溜まる一方だったけれども、凝り固まったものを吐き出すといった点では、精神的な面で目的を遂げている。 白哉の妙にすっきりした笑顔を向けられると、何ともいえない複雑な気分になった。 理性に塗り固められた白哉がそれを手放すことが、信じられなく思う。 凶器に似た激しさを内に秘めていると実感するたびに、帰ってくる白哉は酷く優しくて、その落差についていけず振り回されるばかりだと思うのに、嬉しくて切ないと心は叫ぶ。 結局、いつも幸せにさせられる。 それが少し悔しくて、とても嬉しいと思えていた。 |
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