白の死神


18




同じ空間と時間を共有する。
それはとても幸せなことだが、いつもそうであるとは限らない。
意識すると落ち着かなくて、制御できない自分を持て余す。

「は、はいぃっ?」
白哉は不機嫌そうに目を細めていて。
「え、と、お使い?行く行く。行くよ」
この緊張から解きほぐされるのならどこでも行くとは思う。
真っ白な紙は、仕事が手に付かないことを物語っていた。
「残念だが、そうではなく」
すっと手の先を畳に置いた白哉。
たったそれだけの動きに反応する
「あまり緊張されると私までそうなるだろう」
白哉は軽くため息をつき、懐から薬包を二包み取り出した。
「飲ませ忘れていた」
「あ・・」
「今のうち飲むといい」
「え、いや・・これルキアちゃんのだし」
「優先すべきはのはずだ。あとでとりにいけば済む」
「よ、夜飲む。明日飲む。一日忘れてもどうってことないし」
「飲めぬなら手伝ってもよいのだが」
「・・自分で飲みます・・」
は肩を落として、湯のみをとった。
手のひらにおさまるそれを持って、何度も深呼吸をする。
時間をかけて飲むか、一気に飲むか、日によって違うが勢いが必要なのは同じだった。
「あまりにまずそうな顔をされると和らげたくなるな」
「だってほんとにまずい・・、え」
「ご苦労。外の風に当たって来るといい」
「う、うん。行ってくる」
そばにいると、触れたくなる。
意識すると舞い上がり、他のことを考えられなくなってしまう。
二人とも、障子が閉まったあと、小さな息をついて軽く頭を抱えた。
顔が熱い。
まだ二人の体には、香りという余韻が残されていた。



幸福感とは矛盾する緊張に浸るより、すっきりしたいとは思った。
殿?」
こう呼ぶのは、ルキアのほかにもう一人だけ。
「砕蜂さん」
四楓院夜一至上主義の砕蜂は、彼の親しき人に対して敬意を払う。
「お体の具合はいかがですか」
「ええ。とてもいいですんが」
「何かお困りなことでも?」
「いろいろと・・。はっきりとは申せないのが心苦しいといいますか・・」
「そういえば十三番隊に面白い読み物が入荷したとか」
「本当ですか?」
「具体的にどう面白いのかまではわかりませんが、そういう評判の読み物だそうですよ。おかげで隊長が篭りきりだとか。真偽は定かではありませんが、書物の存在は確認済みですから、伺ってみてはどうでしょう」
「ええ、そうします。いつも新しい話をありがとう、砕蜂さん」
「いえ。この程度、どうということは」
人との交流をある程度制限されていることをおぼろげながら知っている砕蜂は、たまにこうして会うといろいろな流行の話題を提供してくれる。
そんなさりげない気遣いがとても嬉しかった。


十三番隊隊舎に行こうとしたら、八の看板を目にすることとなった。
「う〜ん・・・」
入るべきか入らざるべきか迷っていたら、ふと、屋根上で寝返りを打った京楽と目が合った。
は、引き返すのを諦めて、長い石畳を歩いた。
京楽は体を起こして、が近づくのを待つ。
「どうしたんだい〜、ちゃ〜ん」
「上がってもいいですかー?」
「もちろ〜ん」
パリ、と瓦の上に到着するを、京楽は笑顔で迎える。
「お酒飲む〜?あんまりないんだけどね〜」
「今日は手合わせお願いしにきたんです」
「珍しいねえ。どういう風の吹き回しで。って、ちゃん、もう具合、ほんとにいいの?」
「うん」
死にかけたころからすれば、超余裕。
「体動かしたいなって思・・」
「体を動かすってこういうことじゃあないの?」
ぴっとりと体を密着させる京楽は、の腰を抱き、は顔を赤くした。
「違うからっ」
「じゃあ、これは何?」
扇子を胸元に忍ばせて、マーキングを仰ぎ見る京楽は「いい眺めだね」と呟く。
「関係ないからっっ」
慌てては胸元を閉め隠した。
ほんとにめざとい人だと思う。
「ほほ〜っ、とうとうやっちゃった、と」
「んなっ」
「隠さなくてもいいでしょ〜ん。念願叶って良かったじゃあない」
「念願って・・」
「どちらかというと、朽木くんの?」
「京楽〜?」
「そんな見つめないで。照れちゃうから」
「どうでもいいから、放して〜」
「おっといけない。冗談が過ぎたね。本格的にやらないと」
扇子を仕舞ったその手が、するすると腿をたぐり、
「ギャー。やめー」
と非難してじたばたすると、
「違うの?」
と不機嫌そうに京楽は言って手を止める。
「違うわ、ボケ!」
京楽は、を降ろすと、肩を落とした。
「熟れたのかと思ったら、違ってた・・」
「熟れたって何!しかも、ショックうけるの、私だし!」
「まあまあ、ちゃん。そんなに頬染めて愛くるしい顔されちゃうと、手をださないわけにはいかないじゃない」
「エロオヤジ」
「そうなんだけどね。だけど、ちゃん、本当に隙だらけなもんだから」
「だから来たのっ」
「襲われに?」
「相手をしてもらいにっ」
「いい響きだねえ〜」
「ちゃうわ」
悦楽にひたるのを阻害されて、京楽は軽く息を吐く。
「はいはい。教わりにきたのね。でも、人選、間違えたみたい?」
「痛感」
「色香漂わせた女を前に、手加減できない俺なんだっけ」
「帰る」
「帰さない」
京楽の重みのある言葉を皮切りに、は飛び退って距離をとった。
コワっとは思った。
「あう〜、まじで来なきゃよかった〜」
「そんなさみしいこと言わないで。つもりがなかったにしろ、会えて俺は嬉しいんだからさあ。それに据え膳食わぬは男の恥って言うじゃない?」
「据えてないから」
「こっちから行くよ。しかも本気で」
「来ないでっ」
ちりっ、と京楽の足元で砂が舞い、それを合図に開始された。
一手先二手先を読む時間など全くなかった。
捕まえようとする手足から必死で避ける。
それでも、京楽のそれらは傷つけようとする意図がなく、霊圧も使わない。
だからなんとか逃げられる。
逃げられなければ、家の名折れだ。
京楽は更木がいいそうなことを口走る。
「ちょこ、まか、と・・」
焦る京楽。こっちだって、焦っている。
は、捕食動物に狙われている心地だった。
「どうしたら、捕まって、くれるの、かなっ」
「絶対、捕まらんっ」
「絶対?ほんとか、なっ」
唐突に、力任せの技が繰り出されて、は脂汗を浮かべた。
「無理、しなくても、いいんだよっ」
じりじりと京楽の力に押されるは、歯を食いしばって堪えた。
「・・・京楽の・・、アホンダラっ」
「言うねえ」
京楽が息を吸い、はそれに反応した。
緩急のつけた組み手に変わったそれを避けるには、守りだけでなく攻撃が必要だった。
「五分五分?・・・じゃなさそうだね」
は打ち合った腕を、しきりに振って、痺れをとる。
京楽は紳士的にそれが落ち着くのを待たなかった。
京楽が仕留めると決めた一打は流され、カウンターが到着する。
自分の力を利用された反動で、したたかに背中を打ちつけた京楽は、
「あいたたた・・・」
と顔をしかめて背中をさする。
「痛いじゃないか。ちゃん」
は、距離をとった先で、深呼吸を繰り返していた。
「やめやめ。今日は捕まりそうにないし、そう楽しそうにされちゃうとね」
京楽は、両手をあげる。
は、胸にてを置いて言う。
「心臓に悪いよ」
「いつもながら順応が早いよね。けど、俺も驚いた。いつのまに力つけたんだい?」
「変わってないと思うよ」
「またまた〜、謙遜しちゃって」
「どうでもいいけど悪い冗談はやめてよね。バーストするよ?」
「死ぬときは一緒、って?いい話だなあ」
「歴史にも残らない」
「浮竹あたりが伝記作ってくれそうなものじゃな〜い?」
ま、それは置いといて真剣な話、と京楽は真面目に言って。
「スピードが上がっても、力が不安定。前のと違うんでないかい」
「わかんないよ、そんなの」
「早い話、朽木くんとどうなってるのさあ」
「脈絡ないんだけど」
「関係大有り。めでたいはめでたいけどさ〜、相思相愛の末のカップルだし?」
「関係あんの?」
「いろいろ面倒だよねえ。ちょっとばかりさあ」
うんうん、と京楽は真面目な話を放棄したように、別の話に摩り替えて意味ありげに力強く頷く。
は、ちゃっかり近づいていた京楽に蹴り入れた。
ノンノン、と京楽は首を振る。
、前に言ってたでしょ〜。想いの強さは力の強さ。それを基準とすると、今のは迷ってるってことになるじゃない」
「気の迷いを起こしてんのは、そっちじゃん」
「・・・う〜ん。それじゃ、お互い様?」
「一緒にしないの」
はため息をつく。
「だったら何でこう簡単に隙ができるわけなんだい?」
気が散った瞬間に、京楽に後ろを取られて、腰が浮かんだ。
「は〜な〜し〜て〜」
京楽は耳元で囁く。
「夜道に気をつけないと」
「ひ〜きょ〜もの〜」
「信用されてんのも、複雑だよなあ。って少しだけ朽木くんの気持ちわかっちゃったよ」
「何の話してんの〜」
「や〜、だからね〜。ついこないだまでのお話?結ばれる前の。あ、今俺すごく詩的じゃなかった?」
「京楽ってさあ。結構でばがめだよね・・」
「目の届くところでいちゃつくからそうなるのさ〜」
「独り身だからって文句言うな」
「俺には七緒ちゃんという子がねえ」
「がんばれ」
「がんばってるのになあ」
とにかく、と京楽はを降ろして言った。
「よくあることだけど、人間、丸くなると隙ができるから。気をつけないとね、特にとかとか」
「別に、京楽を信用するとかしないとかに、白哉のことは一切関係ないんだからね」
京楽は目を丸くして、そして愉快げに笑った。
むっとしては続ける。
「それにそれにっ。自分の実力に人なんか関係ないんだからねっ」
「おみそれしました」
ぶつくされるに、京楽は一杯の杯を渡して仲直りした。
喉に流し込んで空になったそれを、は捨てるようにぽいっと付き返す。
「エロオヤジさあ。ほんと、改めた方がいいよ」
「エロオヤジだけど、京楽ね」
「七緒ちゃんも、これじゃ苦労するわ」
「どっちが苦労性かねえ」
「七緒ちゃんでしょ」
「まあ、そうだねえ」
「飲んだし帰るね」
気分転換にもなったことだし、とは立ち上がる。
朽木白哉によろしく、と言われたが、今日のことは絶対言えそうにないとは思った。


七緒はほんの少し首を斜めに傾けて、伺うように尋ねる。
「さきほど、さんにお会いしましたけど」
「話せたかい?」
「ええ。お少し。それでお聞きしたいのですが、おからかいになられたのですか?」
「・・気になるかい?」
「ええ。少し暗い顔をされてましたから」
七緒は言って、と会った場所の方角をちらと振り返った。
「暗い顔、ね。・・・七緒ちゃん、まだのスカウト諦めてなかったりしたりする?」
「もちろんです」
「気持ちはわかるんけどねえ。七緒ちゃん、のどこをそんなに気に入ってるのか聞いてもいいかい?」
「それは、京楽隊長の方がよくご存知のはずです」
「・・俺がかい?・・・・う〜ん、俺ねえ・・・」
京楽は、考え込む。
「おわかりになりませんか。京楽隊長はさんを前にすると少し違いますよ」
「・・・・なんだかなあ〜」
七緒ちゃんがのどこを好いているか聞いたのに、京楽がのどこが好きなのかという質問になっていた。
その流れでいうと、京楽はが好きだ、という話になってしまう。
気に入っているのは確かだけれど、と京楽は思う。
「おからかいになられるのは、誤解を招くのでやめておかれたほうがよろしいかと」
「七緒ちゃ〜ん。ちょっと厳しいねえ〜」
「違っていたらすみません」
「からかったつもりはないんだけどねえ」
「素でしたか」
「もしかして、どこかで見ていた?」
「何をです」
「・・・いんやあ、なんでもないよ。それより今日はね、随分久しぶりにと手合わせしてみたんだけどもさ」
京楽は体を起こして言った。
「京楽隊長がですか?どうでした?」
七緒は興味深げに身を乗り出して聞いてくる。
「何年ぶりかなあ。本人としては、体がなまってるんじゃないかって思ってるみたいだったんだけどね」
「そうですよね。朽木隊長の補佐ばかりですから、表に出ることもありませんから、当然ですよね」
七緒は、に『理と智』つまり知の才能を信じ込んでいる。
もちろんそれは、代表的な能力の一つとしてあげられるのだが。
戦闘能力がないわけでは、ない。

「いいもんを持ってると思うよ。かなり本気だったんだけどね」
「京楽隊長がですか!?それ本当ですか?」
「おいおい。俺が嘘言ってどうするの」
七緒は、目を輝かせていた。
「まあ、条件付きではあるけど。キレはいい、反応もいい。あとは」
「残魄刀だけですね」
「七緒ちゃ〜ん・・。はそれを持てないんだって言ったろう?」
「そうでした。あとは朽木隊長だけですね」
「・・・は?」
「朽木隊長の厳命で持ち歩けない、のであれば! 許可さえでる隊に移れば席官も夢ではないではありませんか!」
「七緒ちゃん・・。それはそうだけど・・。短命の一族って話はしたよね、たしか・・」
「ですから、なおさらなんです!人生短ければ燃え尽きないと!」
「・・それ、俺以外に言ってはだめだよ・・」
まあいいか、と京楽は思う。
都合よく解釈してくれる人が多いほど、はそのことを深刻に考えずに済むのだ。
いずれにせよ、常に死と隣り合わせる人の恐怖は、誰にも共有できはしないし、理解もできない。
そんな中で正常な心を保ちつつ成長してこれたのが、奇跡に近い。
いや、死神はもとから正常ではないか、と京楽は自嘲した。
人の命を預かる管制塔―ソウルソサエティの行方はどこに向かおうとしているのかと、思いを馳せる。
死神代行という言葉はあるが、死神に近い人がいるならば、こそ限りなく人に近い死神だと思う。
京楽は酒を杯に並々に注ぎ、光を反射して白肌色をするやや膨らんだ表面に指をつけ、掬うように指先を舐めた。




七緒ちゃんには、扱いが上手で羨ましい限りだといわれた。
そんなことはないのに。
いいようにあしらわれて、遊ばれただけなんです。
言ってみても、励まされるだけなのでやめた。
けれど、頭の中で整理できたような気がする。

京楽が言っていたのは、つまるところ、
朽木白哉と関係を持ったことで、迷いが生まれているんじゃないかということ。
その存在を大事にするあまり、自分を見失っていないかということ。
望むもののために足を踏み出すことを、躊躇しているんじゃないかということ。
そこまで具体的に言っていたわけではないが、本人にはそう思えた。
自分を知る前に、朽木白哉に守られているという現実を、受け止めなければならない。

ザっと素早く通り過ぎた人影を見た日番谷は不審に呟いた。
「なんだあ?・・あいつ・・」
「どうかしましたか?」
すっとぼけたような松本乱菊の声が、さっきから癇に障る。
「松本。今、おまえの飲み友達が、すげえ暗い顔して横切ったぞ」
「黒猫ですか?」
「おい。そんなのと友達なのかよ」
「隊長〜。現世に帰られた方が聞いたら、きっと爪たてますよ」
「げっ」
「ふぎゃあ〜」
松本は、その自慢の胸の前で猫の手を演じて見せる。
「化け猫か、おまえは」
「失礼ですよぉん」
「授乳中なんだろ、もう聞いた」
「隊長。先を越してきましたね」
「でないと疲れるからな」
日番谷は、の暗い表情について考えていた。
暗く見えただけか、本当に暗いのか。目を回してるだけとか。吐きそうだったりとか。
実は体調がまだ完全に治っていないんじゃないかとか。
前に見たときは、相当酷い状態っぽかったからなあ、と思い出す。
細かい表情までは読み取れなかったので、気になる気になる。
「隊長〜。考え事してると電柱に頭ぶつけますよ」
「電柱・・それは現世の話だろうが」
「なんでないんですかね〜。埋め込み式?」
「聞くな。知らんもんは知らん」
「看板欲しくありません?」
「侵入者が入ったときにバレバレだろうが」
「それもそうですね。でも直進してきてくれた方が助かりません?」
「曲がったらどうする」
「そうもそうかあ。けど、侵入なんてする人めったにいないですよね〜」
「つい最近、来たわけだが」
「例外ですよう〜。あと100年は来ませんね」
「謀反起こしたやつらは来ないと?」
「・・・来ちゃいますね」
「とっとと戻るぞ。バカバカしい」
日番谷は、松本と話しながら、と松本が親しい理由がわかったような気がしていた。

たとえばもし。
松本が他の隊に異動なんてことになって、雛森か吉良が自分の隊に、なんてことになったらどうなるんだろうと思ったりする。
たとえばもし。
松本が隊長に昇格してが副隊長に指名されたら、どうなるんだろうと思う。
たとえばもし。
知り合い・古い付き合い・友人・親友・近親者同士で隊を組んだら。

実質的に近しい者と組んでいるのは、十二番隊の涅親子。十一番隊の更木兄妹。
あと・・、微妙だが、六番隊の朽木教。
って何なんだ、と日番谷は思う。
多くの隊から重宝がられている。
困ったときの死神頼み、みたいな位置づけにいて、地獄蝶みたいな役割を持っているらしい、と最近知った。
そんなを飼っているのが、朽木白哉。四大貴族の長であり、エリート中のエリートだ。
完璧主義の朽木は、人と馴れ合うのを嫌う。また、馴れ合いだけでなく、会話自体を嫌っていると思っていた。
しかしそれは正しくない。
朽木にはという親友がいた。
あんなやつに友人がいていいのかと思ったこともある。
最低限の付き合いだけをして、役目を果たすだけの存在だと思っていた。
そして、は、朽木の、という名称で知られるように、主従の関係で成り立っているのだと思っていた。
ところがは、ロボットのような朽木とは正反対に人懐こい性格をしていた。
を知る松本は、まるで正反対だから自分にないものを見つけて惹かれあうのかもしれない、と酔った勢いで言ったことがある。
確かにそう思えた。
けれど、は譲歩するばかりで何ら得をしていないそんな関係を見ていると、フェアじゃないと思えて仕方がない。

信用のおける者を下に置きたいという気持ちはわかる。
けれど、見返りは何なのか。どういうつもりで束縛をしているのかと問いたくなる。
無茶な酒の飲み方をして、死神をやめたいともこぼしていたは、異動の許可も貰えない不満だらけの立場にいる。

俺なら。
部下の希望はできるだけ適えたい。
それが親友なら尚更だ。

それが普通の、一般的な考え方なんじゃないのか、と言いたくなる。
部下じゃなくても親友ならば、誰だってそいつの意志を尊重してやりたいと思うだろう、と問いかけて、日番谷は唇を噛んだ。
他人のことを言えるだろうかと、日番谷は友人を危険に晒した経験を踏まえて思う。
あのとき本人の意志にまで頭が回らなかったが、考えるべきだった。
本当に守るつもりで、近づかせないと決めていたなら、尊重すべき意志を無視してでも閉じ込めておけたはずだ、と今なら思う。
そして、そう思う自分と、朽木白哉がシンクロした。

朽木はを認めている。それは確かだろう。
そして縛り付けている。それも確かだ。
そういう道を選んだんだろうかと、日番谷はふと思う。
義妹にあたるルキアの処刑に関しても素通りできたのは。
恨まれても、嫌われても。そういう沈黙を守り続けているのだとしたら。
だとしたら尊敬する。

ありえねえ、と日番谷は笑った。
それこそ人間技じゃねえ。
だいたい、あれほど人に関心のない奴など見たことが無い。
それでも妻がいたというから驚き通り越して呆れてしまう。しかもその妻は流魂街出身で、家の反対を押し切ってまで決行したものだったという。大波乱の大恋愛など想像もつかないが、信じられなくとも、人らしい感情があるにはあるのだろう。
もしかしたら、妻を亡くしてああなったのかと思ったりもした。

つうか、なんでこんなこと考えてんだ、俺。
と、日番谷は浮世離れした突拍子もない思考に走る自分自身に苦悩する。

雛森の意識はまだ回復の兆しが見えていない。
いつ戻るかは誰にもわからないが、目覚めれば精神的な地獄が待っている。
見たものすべて忘れていればいいが、と望むのは浅はかだろう。
できるだけのことをしてやれればとそう願うが、何をしてやれるのか見当もつかないでいる。



はテーブルに向かいながら、珍しく眠くないな、と思った。
沢山寝すぎた、というのもあるけれど、白哉がいる、のも大きいのだろう。
戻ってから会話一つしていない。
数ある用事をこなしつつ、心落ち着けるための深呼吸をする。
「白哉」
が声をかけると、白哉は何だと静かに返してくる。
「大好きだよ」
その広い背中を見つめて言った。
白哉は反応に迷ったように、少しだけ振り返るように視線を向けると、また前を向く。
「・・・私もだ」
一度止まった筆はまた淀みなく動き出して、はその置かれた間の長さに拳を作って喜びを表す。
はもう何十年も見てきた見慣れた背中の光景に新しい感想を持つ。
白哉がシスコンだとしたら、はファザコンかもしれない。
記憶には残っていないけれど、雰囲気は似ているような気がしてくる。
照れ隠しの背中は少しだけ強張っていた。
「頑張ってるのを見ると、肩たたきしたくなるね」
「・・・労いなら充分だ」
「もっとがんばれ、とかは?」
「・・・善処する」
「けど、あんまりがんばらなくても終わりそうな量だね」
はすっと背中に近づいて、覗き込んでみた。
朝に来たときも想像より少なすぎると思っていたのだが、気分転換から戻ったときもまた、目に見えて減っているような気がしていた。
人が居ない間にかなり頑張ったのだろう。
「えらいえら〜い」
ペースを守れば、定時には余裕を持って終わる気配が見えていた。
は、小さく白哉の頭を撫でる。
白哉は動きを一旦止め、筆先を整える。
「明日はお休み、なんてないよね」
「休みたいのか?」
「うん」
「却下する」
「早いよ。せめて何するか聞いて」
「横になって終わる予定なら、ここでもできる」
「そーだけど」
「病欠が押した分、恋次の休日を増やさねばならぬ」
「ああ・・そっか」
「あれにはよく働いてもらった」
「飴と鞭だねえ」
「報酬だ。そのかわり、の仕事量が増えるのだが」
「もう全部恋次に任せちゃってもいいんじゃない?」
「そういうわけにもいかぬ」
「温泉行きたい。日帰りでいいの」
「療養にならぬ」
「う〜ん・・白哉と行きたかったのに」
「・・あまり私を喜ばすな。当分無理だが考えてはおこう」
残念そうな空気が、ぱっと明るい色になった。
手の甲に口付けてみれば、照れくさそうに笑って、幸せそうな表情をする。
男は女のそういう顔が見たいがために、日々忙しく働くのかもしれない。
は気を散らせたまま、仕事がはかどっていない。
女はそういう時間を使って自分を磨き、美しさを育むものでもあるので、白哉は甘くなりがちだ。
たまには追い立てられるような熱心な姿もいいが、それが続くと体の心配をさせられることになるので強くは言えなかったりする。
ただ、目の届く範囲にいてさえいてくれれば安堵できると、白哉が期待しているのは仕事に対する期待ではなかった。










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