白の死神


19




「集金です」
「うわああああああ」
のっそりと現れたに対し、浮竹は金切り声をあげ、は自分の耳を塞いだ。
「声でかいよ、浮竹」
「お、驚かせるね、。一体どこから・・」
「普通の扉から。で、集金にやってきたんだけど」
浮竹はがま口の財布の中を目を凝らすように覗き見て、それからパチンと閉じて、溜息をついた。
「まけてくれない?」
情け声で、浮竹が言うので、は聞いた。
「・・どのくらい?」
浮竹は財布を押し付けるように寄越し、は中を確かめる。
「半分にも満たない・・」
「このとおりっ!」
浮竹は、目の前で両手を合わせて仏に拝んだ。
たしか・・、とは思い出したように呟く。
「たしか、先月も溜めてたはずなんだけど・・。証文燃やすかわりにこの部屋焼こうか」
「や、やめて?」
「帳簿見せて」
おずおずと取り出す浮竹は、警戒している。
何度もそれを見たことがあるは、慣れたように後ろの方をめくっていく。
数日前の日付の欄に、見慣れないものに、見慣れない額が記入されている。
その項目は仮払いになっていた。
つまりは、隊のお金ではなく、浮竹自身が用立ててその費用にあてたということを示す。
「何、これ」
「双極の一件で、いろいろあったからね。その補修費用と手間賃」
もっともらしい理由だなとは思う。
あえていうと、そのもっともらしさが匂うんだけども。
「ねっ。だから苦しいんだよ」
「浮竹って他のところで借金してる?」
「まさか〜」
「たまに借りることはあるけど、相当大きいもの以外は大抵流れちゃうし、ケースバイケース」
借りたら貸し、貸したら借りる、を繰り返してバランスをとるそうだ。
「隊長なのに、なんでそんなのしてるんだろうね」
「朽木くんのところは特殊だよ。彼は、元手になるお金を当主業で賄える立場なんだし」
大金となると、隊のお金からさっと出す、というわけにはいかないものだ。
貯金をしている死神は、下層の死神以外にあまりいない。
死神業には、老後という概念がないからだ。
いかに華々しく散るか、というのと、今をどれだけ楽しむか、の二派に分かれる。
や白哉は特殊で、の場合急を要するときのためにせこせこ溜め、白哉は宗家と分家といったあまりの家族の多さに財産を蓄えることを余儀なくされている。
白哉はをそういう家族の一員とみなしているふしがあるが、家の僅かなプライドを持っている。
あまり頼りすぎたくないが、朽木家は先代から寄付という名目で家存続に力を貸していたりなんかする。
先日用意してもらった薬の材料代にしても相当な金額が動いているはずだ。
「たしかに、あの資本力は凄いけど、家と隊で混同してるところなんか見たことないよ」
「さすがだ、朽木くん」
「溜め込むの上手いんだよね」
だって、かなり溜まってるんじゃないのか?」
浮竹がこれまで支払った分だけでも、相当の金額になるはずだった。
「それなら集金なんかきませんて。利子つけて踏んだくる方が効果的でお得だし」
「えっ、それじゃあ、はそんなに何に使ってるんだい?」
「薬草代が大半で、あとは治療費にどかんと消えちゃいます」
「ああ〜、そうかあ〜」
浮竹はの病に関して思う。
朽木ほどの資産があれば、どんな難病でもサポートできる。
けれども、朽木自身がそれを良しとしているのだから、不思議なものである。
人は見た目では判断できないと、彼を見ているとそう思う。
妻のこと義妹のこと真友のこと。理解はできなくても、彼の行動には彼なりの筋があった。
ルキアを席官にしないよう頼み込まれたこともあった。
即戦力にはならないけれども能力と素質のあるを戦場に駆り出さないのは、何のためか言わずともわかる。
「死なせたくなくて仕方ないんだろうなあ・・」
「・・はい?」
意外と寂しがりやだと浮竹は思う。けれどまた、自分もそうだとを見て思う。
「いや、何でもないよ。それよりどうしようか。来月もちょっと不安なんだけど」
「もちろん差し押さえ」
「え」
「冗談ですよ。でも、いただくものは、いただいてきます」
は隊の金を数え、帳簿と見合わせると、目を細めて浮竹に問う。
「・・足りて・・いませんが?」
「あ、いや。うん。ちょっとそこにはかけない・・、なんていうのかな」
「そういえば、最近新しい読本を買ったとか・・」
「し、知ってたんだ。そこをなんとかっ」
「隊のお金に手をつけた隊長は・・」
「ほっ、ほら福利厚生とかさっ」
「どこで覚えてきたんですかー」
は、帳簿を操作して埋め合わせ、浮竹の手持ち金を増やしたそこから押収した。
給料日前に給料を抜かれて、肩を落とす浮竹が買った本は、春の読み物である。
出し渋る浮竹から、受け取って目を通したは、驚きつつそれをめくる。
「こんなことされたら普通死ぬって」
「や・・それはそうだろうけど・・」
「趣味?」
「って女性の読むものじゃないから」
それもそうだと、は静かに閉じた。
「女性用ってないの?」
「ロマンスになってしまうだろうね」
「春画集とかでもいいな。浮竹、出す気ない?」
「なっ、なんで」
「売れそうだし」
は、あれこれと思い浮かべたあと、ピンときたそれに顔を赤くする。
「今、誰を考えたんだい?」
「狛村さん」
「犬か!犬に負けたのか!」
「浮竹が肌露出すると、おかまにな・・いや、健康度がアップしそうでイメージ崩れるから、出すなら普通の写真集かな」
「なんかひっかかるけど、・・今、舌打ちが聞こえたよ」
「だって惜しいじゃん。チラリズムが最高の萌えなのに」
「年甲斐なくチラリねえ・・。非難轟々になりそうな気がするんだけどなあ」
もしも白哉の春画集がでたりなんかしたら、全力で買い集めに走るかもしれないとか思う。
それで増刷されたりなんかしたらどうしようなどといらぬ心配をしてみたりする。
ちょっとだけ、不安になった。
浮竹は、こちらを見て不思議そうな顔をした。




浮竹隊舎のあとは、卯ノ花隊舎に行った。
確実に支払ってもらえると思ったら、卯ノ花は外出中だった。
「めずらしい・・来ると大抵いるのに」
「ふらりと出て、ふらりと帰ってくるんですよ」
「居場所つかめないと大変じゃない?」
「それがですね。大事の前には必ずいるんですね」
「ってことは、今は大事じゃない・・と」
丁重に迎えてくれた副隊長の虎徹は、あれこれと部下に指示をしつつ会話する。
「忙しいみたいだし、帰ろうか」
「いやいやいや。ここで返しては叱られます」
ついでなのでと、定期健診を受けさせられた。
卯ノ花隊舎は、実は、情報の倉庫だとは思う。
あちらこちらで治療を行うので、隊全体の行動範囲はとてつもなく広い。
「瀞霊廷の騒動の一件でうやむやになってしまいましたが、現世に向かっていた調査隊の一部は消息不明だそうですよ」
「ほうほう」
「噂じゃ飲み込まれたんじゃないかとか。虚の巨大化もあちこちで見受けられるようですし、なんだかいやな予感ですねえ」
「卯ノ花さんは何か言ってた?」
「忙しそうなことですこと、と。お茶をすすりながら」
「想像つくね」
「舌だしてください」 耳の奥、目の奥、鼻の奥、口の奥、照らされるライトで覗き込まれて、何かの確認をどんどんされていく。
「へその掃除ってしてます?」
「へそ?」
「これが結構大事なんですよ」
「見る?」
「いやいいです。項目無いんで。血液とります」
虎徹は注射針を見て、手を震えさせた。
「だれか来てっ!」
は反射的に叫んだ。
「そんな・・・きっとやれます!」
「と〜め〜て〜!」
注射針は、ぐっさりと深く突き刺さった。
「す、すいません・・」
「確かにこれでも血はとれるけどさ・・」
は、ぶら下がるそれを自力で抜くと、血液のシャワーが噴き出した。
コップ一杯程度、すぐに溜まり、は自分で傷口に結界を張り止血した。
「さすがですっ」
「見てないで治療してよ・・」
は軽く溜息をつく。
「す、すみません。あまりに久々だったもので」
「現場を離れて相当長く経ってそう・・・・」
うぅ、っと虎徹は顔を両手で覆った。
そんな場面に、
「あらあら、にぎやかですこと」
と楽しそうな声色で、卯ノ花がやってくる。
「あまり叱らないでやってくださいまし」
「怒ってはいないけど」
「そうですわね。小さなことでガタガタ申すようでは殿方に負けてしまいすし」
ちくちくする、とは思った。
悪いことしてないよ自分、と不満に思う。
「虎徹、下がっていなさい。こんなもの軽く治るのですから」
ちくちくちく、とむずがゆかった。
虎徹と交代した卯ノ花は傷口付近に両手を当て、は指先で結界を取り払う。
包み込むような暖かい光の中で、流れ出る血液の量は次第にゆっくりとなり、手を伝った。
「思ったより深いようですね」
「もう少しで貫通するとこだったし」
「あら、残念。アクセサリーも良いかと思いますのに」
「卯ノ花さん、今日はとげない?」
「いいえ〜、そんなことは」
完全に傷がふさがって、は腕を動かしてみる。
後ろに控えていた虎徹は、が集金に訪れたことを伝えると、卯ノ花はわかったわと言って虎徹を仕事に戻らせた。
「お体の調子はいかがなのです?」
卯ノ花のその質問が魂魄に関係するものだと知るは、それを考慮に入れて答える。
「いい方、だと思うよ。少しずつ、良くなってく気もするし」
「そうですか」
治ることのない病は、今以上に良くなることはなく、それは生命を終えるまで永遠に続いていく。



卯ノ花は治せぬ病を前にすると、人の限界を思う。
未熟なころは自分がしていることを、治療師と患者の関係と思っていた。
それは正確には正しくなく、対等な関係にあるとを知って思う。
は知識に貪欲だった。そして自らの命にも貪欲だった。
それらは自身を無茶な行動に駆り立てて、身の破滅をも覚悟する。
破天荒だが信念があり、それは誰にも邪魔することはできない領域にある。
「記憶、はすべて取り戻されたのですか?」
「・・・どうだろう」
難しい質問だと思った。
魂魄という器を移し変えたときに流れこんできた記憶を眺めてみても、人生のすべてを手に入れた気はしない。
もっと細かな感情や出来事があってそれに至ると思うのに、知る手段は何もなく、与えられたものをただ処理していくだけの単純作業のようにも思える。
けれども私は、かつて、私だった。今と同じとは言えなくても、根本となる自分を持っていた。
「ご自分ではわからないことでしょうけれど、違和感があればおっしゃってください」
「今のところは、覚えているはずなのにというような場面には遭遇してないよ。ただ」
「・・ただ?」
「置換の際に流れ込んできたときほどの量を、今は持ってない。って気がする」
「思い出せといわれて思い出せるものでもありませんわ。食事のメニューをすべて覚えている人がいないのと同じでしょう」
「長く生きすぎた、ってことはないのかな。こんなの、白哉には言えないけど」
「記憶も、寿命も、曖昧で不確かなものでしょう。ご自分一人で抱えられては疲れてしまいますよ」
「いつからだろうなあ。そういう話をしなくなったのって」
「朽木さんとですか?」
「そう。言い合いになって、堂々巡りで」
「それもよろしいのでは」
「よくないよ〜。本当に全然よくない。言い負かされたら悔しいし、その反対でも哀しいし、結局虚しい」
「ぶつかりあえるのも生きている証拠です」
卯ノ花はややきつめに言って微笑む。
「お姉さんだなあ、卯ノ花さんは」
「お兄さんはどなたなのでしょう」
「えー・・、誰だろ。浮竹とか?」
たぶん、私は、瀞霊廷の皆が家族なのだと思う。
たくさん家族がいすぎて、どこにどうあてはめたら良いかわからないけれど、あえて母親の名前をあげるとしたら、そこにぴったりはまりそうなのは朽木白哉だけだとは思う。
父親の背中に似ているのに、母親の面差しを持っているような気がして、はとても不思議に思った。










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