白の死神 |
スタミナドリンクを飲んで隊舎に戻ったは、意気揚々と障子を開いた。 「終わった〜?」 「おせえよ!」 恋次が少々怒っていて、は何に怒っているのだろうかと悩む。 「えーと」 「もうとっくに終わってるぜ」 「終わったら帰るものじゃないっけ」 「待ってたんだろーがっ!」 「・・・私を?」 宴会、というキーワードが浮かんだ。 「よーし!飲むかあ!」 「ちっげえ」 「じゃあ、何」 「これから、出張」 「はあ?何が悲しくて仕事なの」 はとても不機嫌そうに言った。 お怒りモードがに飛び火しそうだった。 「ちげえよ。おまえ、現世行きたい行きたい、言ってたろ」 「え。・・・行けるの?」 はきょとんと目を丸くする。 「どーだ、嬉しいだろ〜」 「白哉は?」 「ああ、隊長は今ちょっと出かけてる」 「そうじゃなくて。白哉が許可出したの?」 「いんや?」 ぬか喜びですか、とはアホらしく思う。 恋次は己のうちをさらけ出すように言った。 「今度のことで身に染みたんだ、俺は。俺は強くなりてえ」 「白哉に届かなかったこと気にしてんの?」 それならちゃんと届いている、とは思う。 勝敗ははっきりと分かれたけれど、白哉は恋次を認めだした。 「・・もあるけどな」 黒崎一護、と恋次はその名を持つ人を見すえるように言う。 「あいつは強くなる。だから俺も負けてらんねえ」 「負けそうな気がしてるの?」 「てめー、話聞いてねえのかよ!?」 「や、言ってみただけ」 「実際隊長には適わねえけどよ。多少は近づけたと思う。それに、俺には俺の戦い方があるってな。死神だ人間だ、なんてそんなもん関係なく、あいつはでけえ奴で、まだまだ強くなる。俺もまだまだ強くなれる。そう思うと疼いて仕方ねえ」 「・・・疼くんだ」 「揚げ足とんなよ。バカみてえに聞こえっかもしんねえけど、俺様本気だ。今すぐ飛び出していきてえんだよ。隊長の補佐に体張るつもりだったんだが、それだけじゃ足りねえ。俺は俺で、でっけえ男になる」 「独立したいとは違うの?」 「バッカ。あくまでも目標は朽木隊長。だが、超える。そんために、外に行く。現世に行く」 「戦いが俺を待ってる」 「あん?」 「そんな風に聞こえるけど、いいんじゃない?行ってきなよ」 「アホ。おめーも行くんだよ」 「・・・何しに?保護者が必要なわけでもないんでしょう?それか、一人じゃいけないとか、さみしいとか」 「ば、ばかっ。んなわけあるか」 戦いが私を呼んでいるなら、いつだって行く準備はある。 けど、呼ばれていないんじゃないかと思う。 長いこと現場から離れすぎて、忘れてしまった熱い思い。 それを今、自分ではなく恋次が持っている。 「悔しいなあ」 「てめーはてめーの望みがあるんだろうが。いつまでも朽木隊長におぶさってていいのかよ」 「・・・・・」 依存している。 たしかにそうだ。恋次が言っていることは正しい。 だけども、それがなければ生きていけないと最近そう感じ始めてしまっている。 以前は全く考えたことない自分を振り返り見て、矛盾する自分自身に縛られる。 側にいたいのか、離れたいのか、よくわからない。 夢、というものが色褪せてきてしまったように思う。 何を望むのか。何のために生きていくのか。自分に自信が持てなくなった。 「行きたい。だけど・・」 「なんでためらう必要があるんだ?」 現世は戦いのチャンスが多い。だから行って、その空気に触れたいと思う。 だけど。 白哉を置いていっていいんだろうか。 それが望みの一部なのだろうか、とは悩む。 「そんなんだから、いつまでたっても側付きなんだろうが。一歩踏み出してみろよ。頼りねえかもしんねえけど、俺も力貸してやる。だからこの機会に、いっぺん離れてみようぜ。そうじゃねえと、見えるもんも見えなくなるって言うしな。つーことで、気合いれっぞ」 は考え込んでいて、恋次はそんなを無理やりにでも現状の立場から引き剥がそうと力をこめた。 白哉が戻るのを待って、恋次は話を切り出す。 はただ、黙ってじっと恋次の申し入れを聞いていた。 まばたきひとつせず、うつむいていた。 「も一緒に」 そういうフレーズが出ると、白哉は理解できなさそうに眉をしかめた。 「連れて行かせたいんです。いい経験になるだろうし、こないだなんか全然出番なかったし。このまま功績あげずにいるよりずっと」 「黙れ」 白哉は恋次の口を閉じさせ、不可解そうに言う。 「・・・。その話はすでに話をしたはずだが。なぜ、顔をあげぬ」 先行き心配な話の流れにそわそわした恋次は仲介に入ろうと必死だ。 「は、我を押し通していいのか、踏ん切りがつかないだけなんっす」 「貴様が語る必要はない」 普段より強く言われて、恋次は身を竦ませた。 まず、他人を介したことが気に入らない、と白哉は思う。 「・・・・・ごめん」 ようやく、は呟き、白哉は様子を見た。 「わからなくなった・・自分がどうしたいのか。・・・・行きたい・・気もする」 「消極的だな」 が自身に戸惑っているのを知った白哉は、普段見せない自信のなさに怪訝に思う。 ぼんやりとした瞳は、覇気がなかった。 「決定は私が下す。異論はないはずだ」 「・・はい」 「の現世行きは認めぬ。恋次、貴様は好きにするがいい」 恋次は焦った。 「ちょ、ちょっと待ってください。朽木隊長」 「まだ何かあるのか」 「納得がいきません。せめて認められない理由を教えてください」 「貴様に関係あることなのか」 「は俺にとっても部下です。隊長のモノじゃありません」 「くだらぬ。貴様はの何を知る。知っていて現世行きを薦めているとは到底思えん」 「隊長は個人的すぎます!」 「・・・私は条件を元に公正な判断を下しているつもりだ。わかれとは言わぬ」 跳ね除けられて、後味が悪いと恋次は唇をかみ締めた。 白哉は例年にないほどのひどく大きな溜息をついた。 朽木白哉は、何においても、理由を必要とする。だから、尋ねた。 「、現世に行きたいと思うに至る理由は何だ」 白哉がの現世行きを反対するのは、反対する理由があるからだ。反対に、恋次の場合には反対する理由がない。 「・・戦いたい」 「それだけではないはずだ」 もしも、もしも以前の自分なら、ためらいなく白哉に手合わせを申し込んで望むものを勝ち取ろうとした。 なぜ。どうして、その一歩を踏み込めないんだろう、とは思う。 実力を知るだけなら京楽との一件でもうすでにわかっていることで、固執して現世行きを望む必要があるのかどうかも疑わしい。 行きたいのに、行かなくてもいい。 そばにいたいのに、離れたいと思う。 「自分を取り戻したい・・。行きたいと思うのに、行きたくないとも思う。その理由がはっきりしなくて、どうしたらいいのか・・」 わからない、とは自分の情けなさに頭を抱える。 どれが本当の自分の気持ちなのか、わからないでいる。 白哉がすっと立ち上がった気配に、恋次はふと顔をあげた。 白哉はの後ろに回ると、力の抜けたその方を抱き寄せる。 「もう良い。一度に考え込むな」 安心させるような声色を、恋次ははじめて耳にした。 は落ち込んだ瞳を見せ、白哉は声とは裏腹にひどく心配そうな表情をする。 恋次は、立ち入れなかった。 修練だけなら、瀞霊廷内でもできることだとは思う。けれどその度に白哉の邪魔が入るだろう。 問題はそこじゃなくて、修練以上のものを欲しているかどうかだ。 「戦うことが、少し、怖くなった。死ぬのが、怖い。生きることも怖くて・・」 自分に自信がもてないのは、生まれ変わった自分を認めきれていないからかもしれない。 「無理に己を形作らずとも良い。型にはめれば苦しむだけだ。仮に偽りであろうとそれでも構わぬ」 「だけど・・」 「少し休め。でなければ体が持たぬ」 恋次には、わからなかった。 本人たちこそ、最善の道は何なのかわからないに違いなかった。 抱えるものが大きすぎて、リスクを追う何もかもを恐れた。 |
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