白の死神 |
「私・・・行く」 引きこもって、答えを出せずにいるよりは、いくらかでも前に進みたかった。 悩みに悩みぬいた末の結論を感じ取った白哉は、それを誤魔化すことができなかった。 「確かめたいというのなら、許可しても良い。だがそれ以上のこととなれば、見過ごすことはできぬ」 は霊力の制限をかけられて、あれよと言う間に見送りだされた。 は何度も振り返る。 暗い顔をするを横目で見る恋次は、 「らしくないぜ」 と明るく背中を叩いた。 「・・いたい・・」 「土産のことでも考えろよ。ちったあ、気分も晴れるだろ」 は、最後にもう一度振り返ったが、白哉の姿はもう無かった。 どんよりとする現世の空気に、息がつまるかと思った。 「これは・・」 は見渡して言った。 話には聞いていたが、本当に、違う。 聞いた話と符合する点が山ほどあり、符号しない点もまたあった。 目にしてみると、その異様さがわかる。 空気の質が、まるで違っていた。 「住みにくそうだね」 「そうかあ?」 「建物が増えて、せせこましいよ」 流魂街とどちらが住みやすいだろうと思ったりした。 「んだよ。来たことあんのか」 「・・・ずっとずっと前にね」 緑が減って、冷たさに似た温度を感じ取る。 けれども空気は生暖かくて、気持ちが悪い。 の魂魄の状態は、恐れていたよりもだいぶ良く、直接的な体への影響はなさそうだった。 ほんの少しの安心。けれどそれを上回る不安が、この目にしたものからもたらされて心が晴れない。 まずは巡回して地形を叩き込み、戦場に適当な広い場所を捜し求める。 ありあまるほどの念の量が都会には満ちていて、虚の発生が多いことが頷ける。 そうして思ったのは、まず違和感。 念がこれだけあるのに、下級霊の姿が見当たらない。 公園の数よりも、学校の数の方が多く、道は狭く自然に反した画一的な建物の配置。 人の流れが不自然で、超自然的な場の力が弱まっていて、人の力に押されるように、空間を歪めている。 その歪みは、霊的なものを昇華できずに溜め込まねばならず、ぽつぽつと間隔を置くそれらが刺激し影響しあって、全体的に霊気を引き寄せる磁場を高めていた。 「ここが、空座町」 霊的なものが集まりやすい重霊地だという恋次の説明に、なるほどこれはとは思う。 「黒崎一護がここに住んでるっていうのも、良し悪しだよな」 「なぜ?」 「あいつ、霊力垂れ流しておいて、自分でそれに気づいてねえんだよ。何度も言ってんのによ」 それは、虚を引き寄せるだけではなく、長時間にわたれば磁場を強くしてしまう。 一帯の場の力が上がれば霊気の密度が増し、純粋なその力が強まることで成長を促進、虚化や虚の巨大化など悪循環をもたらし、魂の生態系を崩す。 けれど、良い面もある。 ひとところに集中させることによって、効率的に除去に専念することができる。 専門の隊を送り込んで集中的な除去作業に移るには、まだ時期尚早かとは思った。 「義骸を預けてあるからそこに行く」 「行ってらっしゃい」 「てめーも行くんだよ」 「義骸なんていらない」 「いらなきゃいらないでいいけどよ。拠点を決めとくべきだろうが」 「恋次って、恋次なりに考えてるよね・・」 「バカにしてんのか!」 気乗りしないを、恋次がひっぱる。 空座町から少し離れたところの、空き地にそれはあった。 「浦原・・商店?」 とてつもない勢いで扉が開き、建物が揺れる。 入り口に立つ、帽子と羽織りを着た体格の細い主人が、顔を隠すようにしてこちらを眺めている。 唐突に、飛び掛るようにして、雄たけびをあげた浦原の行動に、恋次はぎょっとして身を引いた。 「来てくださると思ってましたよ〜お」 「会いに来たわけじゃないんだけど」 浦原はに抱きつき、すりすりと頬をこすりつけ、ちょっとした変態オヤジ化していた。 「浦原さんっ!」 何してんすか、と恋次が引き剥がす。 渋々離れた浦原は、「いたの」の恋次をちらと見て言った。 「ささ。大歓迎っすよ〜。入っておくんなさい」 浦原は促しながら覗き込み、は視線を合わせないようにした。 その昔、と浦原は、魂魄に関連する知識を一部共有していた。 「ああもう。この目で見るまで、信じられませんでしたよ。本当に、本当にお元気そうで」 浦原は、ほろ苦い涙を浮かべては、ハンカチでそれを掬う。 「私もまだ生きてるのが不思議でしょうがない」 「運命って信じます?」 「信じない。特に浦原とは」 「あは。あっさり言われちゃいましたねえ〜」 「だけど、会えて嬉しいと思う」 「・・ええ。本当に・・」 二度と会うことはないと思っていた顔を見るのは、複雑な心地がする。 感慨深そうな浦原の姿に、恋次はそれをどう受け止めていいかわからなかったが、の顔の広さは瀞霊廷内でも充分に周知していたので追求するのはやめた。 茶をすするに、浦原は尋ねる。 「あなたがこちらに来たのは・・。いえ、詮索無用ですっけね」 は腕に、白色の特務の腕章をつけている。その標は、干渉不要を現していて、めったに発行されるものではない。 「今回は、お一人で?・・って、これも聞いたらまずいっすかね」 おい、と恋次は突っ込む。 「俺は、透明かっつうの」 「これが世話係なんすか?」 浦原は恋次を指差し、恋次はこめかみを動かした。 「よくみろ、これを〜っ!」 恋次は、自分の腕章を見せびらかし、自分が優位にあることを指し示したが、 「頼りなくないすか?」 と、あっさり言われて肩を落とす。 病による霊力の暴走が起きた場合、それを止められる者は数限りないと浦原は知っていた。 「さん。ちょっと思いついたことがあるんすけど、時間いいっすかね」 「・・・?」 浦原は、義骸に関して話しだした。 「さんに合う義骸がない以上、他の方法を考えないといけないわけですが、実はちょっとおもしろいことが判明してまして」 「おもしろいこと?」 「改造魂魄、義魂丸がぬいぐるみにとりつくんすよ」 「ぬいぐるみ・・って」 「ええ。完全にこっちの物質でできてるんすけどね。踏んでも蹴られても引きちぎられても、縫えば完全復活するんすよ」 はピンときた。 布とフェルトという柔らかい物質でできたそれは、外界の物理的影響を内に連絡しない。 それは魂魄への負担が少なく、義骸で生活ができるということだ。 「考えられる条件としては、目、鼻、耳、口、動物の形をしていて、内側に取り込むスペースとその出入り口が必要かと」 「仮に可能だとして、内から外の影響がどこまで」 「ええ。当然未知数ですね。ですが一般の義骸のような緻密な霊子構造と違って、義骸との連絡法が単純です。そこを突きます」 恋次がぽかんとする間に、専門用語が激しく飛び交う。 「出入りの際にどれだけ負担がかかるかわかりませんが、中はいたって過ごしやすいはずです。もしかしたら、干渉を受ける霊体の姿でいるより、自然かもしれませんよ。いままでさんがご自分で行ってきた、結界のようなものだと思うといいですよ。ぬいぐるみにその役目を任せれば、開放感が味わえると思います」 「一番心配なのは、同調しすぎないかなんだけど」 「大丈夫ですよ。改造魂魄くんも長いこと入って平気みたいですし。ライオンになったつもりで女子の胸に飛び込んではいますが」 コンのことだ、と恋次は気づいた。 「あー、そう。じゃあ、肝心の出入りは」 「入れたら出れますね。安易っすけど」 「出るほうの心配はいらないよね。強制排出グッズも置いてるだろうし」 「ああ、ありますあります。そうすると入るときだけですねえ。問題は」 「グッズ使って入るのは勘弁」 「そのへんはおまかせしますよ」 恋次はようやく、二人が何をしようとしているのか呑み込めた。 へえ・・、じゃなくて! 「死神がぬいぐるみに入るなんて、無理っ、ぜってえ無理っ!」 「義魂丸にできて本物の魂魄にできない、ってのもおかしな話じゃありませんか」 「や、だから、俺ら魂魄じゃなくて霊体だからっ!」 「確かに定義は違えど、根本となるものは同じなんですよ。霊体も魂魄も一個人。言うなれば魂魄は霊体が眠った状態なんす」 「つっても、魂魄なんて目に見えるもんじゃないじゃないすか」 「どう思います、さん」 「へ?」 浦原に話をふられたは思う。 「うん、なんかできそうな気がしてきた」 「希望のタイプとかあります?取り寄せますけど」 「犬。絶対ふわふわの犬。さわり心地がいいやつ」 「羽毛タイプですか」 「カシミアで」 「それ、むずかしーっすねえ」 「やるからには本気で」 「成功すれば、限界まで、病の進行を遅らせることができますから。頑張りましょう」 恋次は話についていけずに気を失いかけた。 |
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