白の死神 |
「反則だろ!」 「るっさいなあ〜。入ッちゃったもんはしょうがないじゃない」 浦原商店ご用達の商品はなんだか怪しげなので、はショッピングにでかけたのだった。 本気でやんのかよという視線を向ける恋次に、できなければ飾ればいいしとぬいぐるみが沢山並ぶ店を見つけて物色していたところ。 コレダ、とぴんときたものの中に入り込んでしまったのだった。 どうやって入ったのかいまいちわからないは出ることができず、恋次に買って買って買えよこのやろうと、支払わせたのである。 「値札外してもらえますか、なんて。恥ずかしかっただろ、畜生!」 犬の予定がクマになった。 潤おしい瞳を向けるクマ。 「かわいいけど・・、かわいいけど中身別もんだろ!戻ったら金払えよ」 「うんうん」 クマは恋次の体をよじ登って、頭の上にちょっこり座る。 「このヘア、セットに時間かかるんだぜ。崩すなよ」 「わかーってるって」 ぽふぽふと頭を叩くクマのぬいぐるみは、周囲の視線を集め、注目を浴びる恋次はなにげに気分がいい。 どう考えても有り得ない奇怪な出来事にも、だんだんと慣れてきていた。 恋次はもともと環境適応能力に優れているのが特徴だった。 「で。どうなんだ、ぬいぐるみになった感想ってやつは」 「うん。それがね。吸い込まれた直後は窮屈だったんだけど、霊体でうろつくより、断然過ごしやすい。空気もいい」 「へー。そりゃよかったな」 「なんかねえ。なにげに動きやすいよ。着ぐるみ着てる感じかな。あったかくて気持ちいいし。霊力も使えそー、なんてね」 恋次はを見上げ、動いた頭から放りだされたは、くるくる回転して体操選手のように着地する。 「身軽なクマだな・・」 「あぶないでしょ、恋次」 「わりいわりい。けど、鬼道使えたら、さすがにやばいよな」 「やってみる。・・えいっ、えいっ」 は腕を振ったが、それらしきものは湧いてこない。 「ぶはは。なかなか可愛いんじゃねえの?ぬいぐるみらしいぜ」 「あ、そうか。今、クマなんだ」 「指がねえもんな〜・・・って。え?」 恋次の笑っていた口が、開いたままになる。 クマの周りを包み込むような霊圧が現れて、小さな風が巻き起こった。 「破道の一。とりゃっ」 えんぴつ大の大きさの閃光が、クマの口から放たれて、恋次はとっさにそれを避けた。 どごん。 と恋次の後方の壁に、わずかにひびが入っている。 「いきなりびっくりすんだろーがっ!」 しゅぅん、と霊圧が絞り込まれる。 「でた!」 とはクマの口を借りて言う。 「すごいね〜。きもちい〜!」 「驚かせんなよ。しょぼすぎだ」 「もう一回。はどうのいち〜」 は狙いを定めすます。 あーんと開いた口から、すぽーんと勢い良く閃光が走る。 どっかん。 と、新しいひびと一緒に側面がパラパラと崩れ落ちた。 「いい感じいい感じ」 は感じを掴んだのか、霊圧を仕舞いこむと、拳らしきものを作ってポーズを決めた。 「しかしよ〜。目からビームならわかるが、口からってのは何なんだ。や、どっちもこええよ」 「目からビーム・・、はできないなあ」 キラキラ輝く瞳は、丸くて愛らしい。 「戦うぬいぐるみって、正直どうなんだ」 は嬉しくて、道路の真ん中でくるくる回って飛び跳ねた。 霊力を使うときの、胸につっかえるような感じが、まったくなかった。 自分で自分を押さえ込み保護する役目を、周りの柔らかい素材たちが担っているような気がしていた。 そういう特殊結界の中で、は精度は低いがのびのびと自由に力を使うことが可能だった。 愛くるしいクマの姿に、感涙して飛び掛った浦原はクマパンチをモロに受けた。 「クマァー」 「クマ、勝利っ。カンカンカン」 クマの手のひらには、霊力が集まっていた。 よろけた浦原は、額をさする。 「・・鬼道っすか」 「なんかもう俺、ならなんでもありな気がしてきたな」 恋次は傍観の構えである。 「クマックマァ〜」 しゅっしゅっ、っと右パンチ左パンチを繰り出すクマは、回し蹴りまで行える。 「か、かわいい・・」 浦原は、目から鱗を落とした。 「ちょっと疲れた。義骸とは違うか、やっぱり」 霊圧を完全に消して、テクテク歩くクマのは、帰り道の中でクマ状態の体の使い方を会得していた。 「ここまでやるとは正直期待してなかったんすが」 体長50cmくらいのクマは、ガッツポーズをする。 「お茶飲んでもっかい練習する〜」 「そういや、ぬいぐるみ姿で茶とか饅頭とか煎餅、食ってなかったっけ」 「飲み食いできるの、この義骸!?・・義骸じゃないか」 「まあ、あんま細かいことは気にしなくていいんじゃねえの、もう」 恋次はそういって、すでに悟った気がしていた。 浦原はに言う。 「あの〜。おやつの前に、一旦、くま脱いでくれませんか」 「いやあ〜。えっち」 「ぐへへ。じゃなくってっすね。義骸風にアレンジして、霊力回復機能つけようかと」 「クマっぽい人とか、人っぽいクマとか、嫌だよ」 「ああ、はいはい。霊子の注入するだけっすよ」 「できるの?」 「やってみますよ。スムーズに動けるようになるといいんすけど。ところで自分で脱げます?」 「えーっと、クマじゃなーいクマじゃなーいクマじゃなーい。・・・・・」 「ダメみたいすね」 浦原はさっとスプレーを吹きかけた。 「うにゃっ」 ぼふんと出てきたは、不快そうな顔をする。 「うわ、空気悪い・・」 ぬいぐるみの中にいた間、外界のよどんだ空気のことをすっかり忘れていた。 それだけ快適だったということだろう。 「お目が高いですよね。このクマ。結構したんじゃないんすか?」 「あ、、金返せよ」 「プレゼントしようっていう心意気はないの?」 「食券やりまくりだろっ」 「あ、じゃあ。私がプレゼントしてもいいですよ」 「ほんと〜?やった〜」 「お祝いしましょう〜」 恋次は、皆に甘いな、と思う。 またそんな自分も、に甘いことを知っていた。 は霊力を使える理由をこんなふうに言い表した。 「箱の中に死神が隠れていて、隙間から片手を出して力を使っているような感じ、かな」 感覚的に、ぬいぐるみは隠れ蓑としての役目を持っていて、その物体に念を取り付かせるようなイメージで霊力を纏うという。 つまり、ぬいぐるみ=、ではなかった。 ぬいぐるみに義骸としての役割(霊力回復機能の追加)を持たせるためには、それをイコールに限りなく近づける必要がある。 義骸風ぬいぐるみなのか、ぬいぐるみ風義骸なのか、だんだんわからなくなってきた。 それほど、浦原は発想力と応用力に優れていた。 研究者同士の話し合いは、可能性とリスクの限界を追求する。 の魂魄は生まれたときから完全体になく、強度が低くなっていく病に冒されている。 しかしそれは、器以上の霊力を生まれつき持ったために、魂魄という器が耐えられなくなっていくということでもある。 そんな中、が器を取り替えたと告白して、浦原は驚いた。 死に損ない生を取り戻したは人生の折り返し地点に立ち、これまで生きた年月分寿命の心配をせずにすむと笑う。 あのはかりしれない濃密度の霊力をどう封じ込めたのか、のポテンシャルは非常に高い。 ぬいぐるみにとりつくことができたのは、魂魄自体の柔らかさが要因だという推測を、浦原は改める。 もちろん一端としてあげられるがそれ以上に、限界まで耐えようとする魂魄の意志の強さとその柔軟性からくるものだろう。 ・・魂魄の意志。本当にそんなものがあるのだろうか。 しかし、その疑問はすべなく、取り消される。 はどんなぬいぐるみにでも入れるわけではなく、自分をクマと思い込み暗示することでとりつくと知る。 「ああ、それで・・、クマじゃない」 「うまくいかないんだよね・・。なんかいい案ない?」 「と思い込むなんてどうでしょ」 「う〜ん」 、というイメージが固まらずに集中力が散漫するらしい、と浦原は思う。 ぱっと誰かを想像したりするのは比較的簡単だけれど、自分をイメージするのは難しいのだろう。 「まあ、そのうちできるようになるんじゃないっすかね」 は、自分というものを知らないことの証のような気がしていた。 指令の連絡が入る伝令神機が鳴った。 浦原商店の霊波探索機も作動した。 「あれ、行かないんすか?」 「ん〜、なんかめんどくさいし」 「でもやっぱ、とらないとまずいんじゃないっすか?」 「う〜ん」 は、鳴り続ける伝令神機を眺め、仕方なしにとった。 恋次は鳴った瞬間にどこかに飛び出していて、姿も無い。 「この番号は、現在使われておりません」 「・・・・・」 「はい。ごめんなさいっと」 は浦原の機会画面を眺めて虚の位置を確認した。 「ああ、、いたいた」 「え?」 浮竹の声にやや驚いていると、ふっと、虚を示す赤信号が消えた。 「現世行ってるって聞いたから、ちょっと電話してみたんだけど。調子どうかな」 「あ、うん。裸で過ごせないほどじゃ、ないみたい」 「それはよかった。あんまり朽木くんが黙りこくるもんだから、確かめたくなってね」 「荒れて、ない?」 「そこそこかな。でも心配いらないよ。じつはルキアくんがさっき遊びに来てね。そっちにちょっと気をとられてるんじゃないかな」 「あー、そう」 ルキアの心配して、私の心配なしか、とは少し複雑に思う。 「できれば僕自身がそっち行って血色確かめたいところだけど、長距離すぎるんだよなあ」 「大丈夫だよ、ほんとに」 「だめだめ〜。前のときは3日でダウンしたろう?徐々に、が怖いんだから。副隊長付きで多少は安心はしてるけど」 恋次の姿が今ない、と言ったらどうなるんだろう、とは少しだけ思う。 それより、と浮竹は区切って、 「石田なにがしとかいうらしい子の居場所を、ルキアくんが伝えて欲しいって言っていたんだけど」 お、とはすっかり忘れていた現世でやりたいことのひとつを思いだす。 「地図を送るけど、あまり無理しないで。上から監視がついてる今回は、早めに帰ってくるんだよ。現世暮らしに不都合ないとわかれば、次から行きやすくなるだろうし」 「うん、わかった。2、3やることやったら帰る予定だから」 「・・・。きをつけて」 相互連絡モードを切ったは、監視つき、という初耳の情報について考えた。 白哉の指示か、それとも、総大将の指示なのか。 どちらでもいいか、とは思う。 危険因子が現世に赴いたことで、隠密機動が動くのも仕方のないことだろうと思う。 「そういえば浦原さん。夜一さん、どこ行ってるんです?」 「さあ〜。そういえば来ませんね」 浦原はクマのぬいぐるみを真剣にいじっていて、どこからどうみても何かのオタクに見える。 「定着させる霊子は、さんのものを使った方がいいですよねえ。ちょっとばかりしんどいですけどいいっすか」 新鮮な接着溶液を浸らせたぬいぐるみに、は霊気を集め圧縮させて自身のそれを少しずつ送り込む。 1時間もすると、一点から放出し続けていた指の経絡がしびれた。 「いやあ〜お疲れ様です。あとは乾かして完成ですね」 フェルトの隙間に霊子を付着させたクマのぬいぐるみに、は両手をかざした。 濃密な霊子を逃がさないよう、は守るようにそれを留め、浸透するまでそれは続く。 「手伝ってくれてもいいんじゃないの〜」 「そうしたいとこですが、使用者の霊気が何より勝りますでしょ〜」 「はあ・・、疲れてきたよ」 原始的な方法は、時間がかかる。クマの漂う霊圧を見るは、自分の姿を見ているような心境だ。 効果はあった。義骸のそれにほど近いぬいぐるみが完成した。 出入りも動作もスムーズに行えて、文句のつけどころがない。 さらに。 クマの手のひらから、鬼道が発射可能になっていて、その連絡度の高さはまさに一体化したもののようで自分で自分に驚く。 疲労を回復しつつ、霊力を使えるなんて、鬼のようなスーパー義骸だとは思った。 浦原を相手に稽古をしてみれば、多少威力は劣るもののスピードはそれなりで、対等にやりあえる。 「え、まじですか」 という浦原は、心底驚いている。 「やばいね。このクマ。だけど、決定打がないなあ」 武器が欲しい、と指のない手を見ながら思う。 「何かつかめるといいんですけどねえ」 「破道の一」 むきき、と霊力を溜め込んで、がばっと開けた口からはスーパー砲弾が飛び出して、浦原は、え、と半ば放心する。 「お待ちくださいよ。私も無事に地上に戻りたいっす」 広い地下練習場は、周りを気にせず動くことができる。 浦原は斬魄刀をすらりと抜いた。 「アブネっ。反則だよ、浦原さん」 「クマがそんなにすばしこいのも、反則ですよ」 「切れたらどうしてくれるのさっ」 「大丈夫ですよ。縫い直しますから」 「痛いもんは、痛いんだからっ」 「でも死にませんでしょう〜?」 「ひぇっ」 避けられないそれをガードすると、ガキン、という音がして、は吹っ飛ぶ。 地面に激突して、ポテンポテンポテン、と跳ね転がるはそのぬいぐるみ素材によって衝撃を吸収している。 「毎度のことながら、霊力の扱い方がお上手で。腕あげました?」 「身長差は克服できないものか・・」 腕と足のリーチに差がありすぎて、動きを読まれてしまう。 指があればなんとかなるのに、と思ったり思わなかったり。 懐に入る、ただそれだけを目標に戦闘に身を投じた。 長丁場になると、浦原は不利になった。 ただでさえ、のぬいぐるみは、自身の霊力を回復する。 霊力を一点に集中させて戦うは無駄がなく、使用する霊力量がその回復量をほとんど上回らない。 いくつかかすり傷はつけたが、本体に影響がないので、動きは止まない。 スピード勝負に根を上げた浦原が、霊圧の全開放で力勝負に持ち込むと、はその場でポテリと倒れた。 「あれ。まさかあたっちゃいました?」 ぽふぽふとは地面を叩いて、降参する。 「いや、まさか。霊圧の開放なしでなんで持ちこたえてるんすかね」 浦原は近づかず、は舌打ちしてむくりと顔を上げた。 「なんでバレた?」 「や。なんとなくっす」 「勘がいいな」 砂を取り払って立ち上がったは、よくみれば気配を消すとき同様、表面に結界を張り、ぬいぐるみ内の空間で霊気を圧縮して対抗していた。 「恐ろしい子」 「でも、卍解やられたら耐えられないけどね」 「やってみます?殺すつもりはありませんが」 「いやだー!刻まれる〜!」 「また新しいの買いましょうよ」 「いーやーだぁ〜!」 の咎が外れた。 直情的な霊力の塊が、浦原を襲った。 詠唱無しの鬼道に浦原はそれを受けたが、半分ほどしかいなせず力負けして半身が痺れた。 「やめましょう。ともすると私が死にかけっす」 限界以上の放出を一度にしすぎたはぽふっと仰向けに倒れ、爽快そうな息を吐いて徐々に霊圧を仕舞いこむ。 浦原は残魄刀を杖に戻して微笑んだ。 霊力による魂魄への負担は、ほとんどないようである。 おそらくこの状態であれば、残魄刀の使用も可能だろう。 刀を持てないぬいぐるみの手を見ながら、浦原はそれでいいのかもしれないと思っていた。 |
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