白の死神


23




死神姿では微弱な霊力を、ぬいぐるみ姿では大きな霊力を扱える、というのが特徴といえた。
ぬいぐるみの方が強いんじゃないかということは一概にはいえない。
基本的に使う能力は同じで、裸の方が集中力が勝り量の調節や圧縮をすることもできるが、フィルターをかけたぬいぐるみ姿では、正確性と体格面でやや劣る。
要は用途による、と思いながらも、住み心地のいいぬいぐるみ姿をは愛し重用した。
何よりこの開放感。爽快感。空気清浄機のような澄み渡る息吹と、ひなたぼっこをしているときのような気持ち良さ。
「最高だねっ」
「だね、じゃねえ」
むんずとつかまれたは、やっと帰ってきた恋次の顔色を伺った。
「仕事しろ、仕事。俺とは別に指令が出てるんだろ」
「ああ・・、指令ね」
といっても、白哉から直に通達された正式な命令は、お買い物、である。
温泉の素でも買ってこいと言われているだけ。
「ごろごろしてねえでさっさと行ってこい」
「恋次は〜?」
「俺はっ、いまっ、帰ってきたとこなんだよっ」
「じゃあ明日・・」
は締め出された。
「ぷんぷん。怒らなくてもいいのに」
は温泉を探せばきっと売っているだろう、と安直に思う。
浦原商店を出て、公園を目指した。
散歩がてらいろいろ見ながら歩いていると、犬に遭遇した。
牙を見せて、唸っている。
は霊力を抑えて完全に気配を消したが、犬はぬいぐるみに警戒を残したままだ。
右手を上げてみればぴくっとするし、左手を上げてば、びくくっとする。
は縛道で動きを封じ込めて、その背中に乗った。
犬はなすがままで、抵抗できないと知ると諦める。
「よしよし。偉い偉い」
左に行ってみようか、右に行ってみようか、とうろうろすると迷子になった。
しばらくそのまま迷子を続行すると、広い場所に行き当たる。
視点がものすごく低いからかなり広いと感じるけれど、ここは公園でなく学校だとは看板を見て思う。
「学校より広い公園ないかなあ」
犬と意志疎通はできないので、軽く諦める。
伝令神機から虚の出現を知らせる機械音が鳴って、ひどく驚いた犬を安心させてからは音量を小さくする。
「わんわん、少し走ってくれる?」
お尻を叩いたら、犬はきゃいんと走り出した。


向かっている間にランプが消え、走らせていた足の速度を落とす。
「倒されちゃったみたいだね〜。クマパンチ使ってみたかったんだけどな」
犬は見上げて、くぅんと鳴いた。
「ありがとう、ごめんね」
は犬から降りて、縛道を解く。
力の抜けた犬は腰を抜かし、撫でようとすると降参したように手足をあげた。
が触れるのをやめて歩きだすと、犬は力を取り戻して遠くへ逃げるように走り去る。
「しかし、ここはどこなんだろ」
現在地がわからないから、浦原邸宅までの帰り道がわからない。
石田くんの家も行けない。
「やっぱり温泉探ししかないよねえ・・」
温泉を探すには、地脈を辿ればわかるが、地中に何も埋まっていない広い場所でなければならない。
つまり、大きな公園が必要だった。
学校でもできないことはないのだが、あそこは人の集まる場所で、人がいなくなっても未発達途上の多数の念に邪魔されてしまう。
は右へ左へ歩いたが、どうも見つかる気配がない。
十字路の真ん中でキョロキョロしていると、声をかけられた。
「どうかしたのかい?」
はクマの耳をピコンと上げた。
「助けてくださいぃい。公園を、探してるんです。石田くんを、探してるんです」
はヒゲオヤジに泣きついた。
「おお、よしよし。可哀相になあ。迷子か。その石田くんとやらとはぐれちまったのか」
頭を撫でるヒゲオヤジは、少々煙草くさい。
「公園か、石田くんを、探してるんです。どっちでもいいんです」
「といわれても石田くんとやらは知らんから、公園でいいのかい?」
「大っきな、公園が欲しいです」
「おっきな公園・・ねえ。買ったりはできねえけど、連れてってやるくらいならできるぞ」
「やったあ」
「お嬢ちゃん、探してる石田くんは公園にいるのかい?」
「いないと思うよ。温泉探しに行くの」
「公園に行くと温泉があるのか?」
「ないよと思うよ」
「じゃあ、どうやって温泉探すんだ?」
「企業秘密なの」
「そうか。じゃあ、温泉探してから、どうするんだ?」
「温泉の素を買うの」
「温泉の素を買うだ?」
「おつかいを頼まれたの。おじさん、いくらくらいするのか知らない?」
「・・・お嬢ちゃん。温泉の素は、わざわざ温泉に行かなくても手に入るんだぞ」
「ええっっ!?ほ、ほんと?」
「入浴剤って言ってな。お家のお風呂にそれを混ぜると、温泉になるんだな」
「おおおー、便利。欲しいっ欲しいっ」
ヒゲオヤジは、ふむ、と納得したように顎を触ると、しゃがみこんで言った。
「お嬢ちゃん、コンビニって知ってるか?」
「なにそれ」
「そうだなあ。いろんなものを沢山売ってる店なんだが、たぶんあると思うぞ」
「近くにあるの?」
「いろんなところにあるぞ。ほら、すぐそこにある」
「看板にはコンビニって書いてないよ」
「あれは店の名前で、コンビニってのは、そういう種類のことを指すんだよ」
「おじさん、ありがとう。じゃあ、買ってくるね」
「まてまて、お嬢ちゃん。人形が店うろついたら変だろう?それに、お人形に商品は売ってくれないと思うぞ」
「・・あ、そうだった。それじゃあ、レジで支払うのやってもらってもいい?」
「ん、ああ。乗りかかった舟だしな」
「やったやった」
は、スキップして店の扉に駆けつけ、あんぐり開いた口から財布を取り出した。
ヒゲオヤジはやや愉快そうに笑って、ごと拾う。
「あんまり声たてたらダメだぞ。バレちまうからな」
「はーい」
は、ヒゲオヤジがボタンを押して扉を開けるのを見て、ボタン式もあるんだなと学んだ。
技術開発局のエレベーターみたいだと思う。
「どこどこ。どれどれ。一杯あってわかんない」
「ええと、これとこれと・・このあたりの6つだな」
ヒゲオヤジは一列の棚を指した。それらは、どこどこの湯、とかなんとかバブと書いてある。
「どれがどう違うの?」
「基本的には香りだけだ」
「おすすめは?」
「そうだなあ。ヒノキの香りか」
「ヒノキいいねえ」
物色中のそれを、石田がちらと目視して店を出ていったのを、は知らない。
4種類の入ったセットに決めて、レジの間は口を閉じ、体も固くして人形になりきった。
「ようし。えらいぞ。買えたな」
「ありがとう〜」
は財布を飲み込んで仕舞いこみ、購入した入浴剤を口に入れようとしたが入らなかった。
「ちょっと大きいからな。無理だろ」
仕方ないので、はそれを袋に戻し、ずるずると引きずる。
「ひきずったら、袋に穴が開くぞ。抱えたほうがいい」
「わかった〜。ポケットほしいね。おじさんみたいなの」
「そうだなあ。あると便利だが、可愛さが半減しちまうんじゃないか?」
「うっ・・・。それはいや」
「女の子はおしゃれに命がけになるからなあ」
「そうだね〜」
瞬間、虚の気を感じて空を見上げた。おじさんも感じたようで上を見上げている。
ピピピと伝令神機が小さく鳴って、おじさんはを見る。
「なんか鳴ってないか?」
「うん。でもへいき〜。っていうか、おじさん霊とか見えたりするの?」
「ん、ああ。ちょっとな」
「そっか。気をつけてね。最近変なの多いらしいから」
「ありがとな、お嬢ちゃんも気をつけるんだぞ」
あとは探している石田くんにどう会わせるかだな、とヒゲオヤジは言ってしゃがみこんだ。
「もしかしたらとは思うんだが、その、な。その石田くんは、大人だったりするかい?」
「大人・・、になりかけ?大人と子供の中間くらいだと思うよ」
「そうか」
ヒゲオヤジは、おそらくその石田は滅却師一家のことだろうと見当をつけていた。
大人でないとすると、その息子である可能性は高い。
ところで、虚の気配がまだ続いている。伝令神機のお知らせ音は消えたが、まだ誰も退治していないらしい。
「気になるなら行ってみるかい?」
「うん」
「だけどあんまり近づけないぞ。おじさん怖いからなあ」
「へいき。おじさんはちゃんと守るよ」
「・・・そーかそーか。守ってくれるのか」
ヒゲオヤジは間に合うように走ってくれた。
虚は公園で、ぶんぶんと手を振り回していた。
ネズミを追うように、ちょこまか動く人を襲っていた。

「あ、石田くんだ」
「あれが石田くんなのか。あちゃ〜。ちょっと危なげな様子だな」
「そうだ、石田くん、霊力がなくなったって聞いてる。おじさんおじさん、私、石田くんも守らなきゃ」
はヒゲオヤジの肩をぽんぽん叩いた。
「私を石田くんのとこにおもいっきり投げてくれる?」
「それだけでいいのか?」
「うん。おじさんちゃんと隠れてね」
「おうよ。行ってこいっ」
ヒゲオヤジはクマの足を取って、逃げ惑う石田めがけて投げつけた。
どこにそんなパワーがあるのか人間並み以上のスピードで直進する。
「なっ」
思わぬ方向から飛んできた謎の物体に、石田は気を取られた。
軽い衝撃に足を滑らし転んだ石田の前に、は立ちはだかるようにして両手を挙げた。
「石田くん守るの。傷つけるの良くない」
大きく振り上げられる虚の爪から、は盾になって石田を守る。
「な・・んで僕の名前を・・」
「そんなことより考える。倒すか時間稼ぎか、それとも逃げるか、頭使って考える」
はっとして、はじけるように石田は言った。
「逃げるわけにはいかないっ。滅却師の誇りにかけて!」
吐き出すような石田の台詞に、誇りの戦いなら手が出せないとは思った。
「それじゃあ、私は盾になる。私は私の誇りにかけて、全力で時間稼ぎするっ」
クマのぬいぐるみのテディベアは、目に見える濃い霊力のオーラを纏う。
「時間稼ぎって・・」
「そのうち死神がくるはずだし」
「そんな悠長なことは言ってられないっ」
「じゃあどうす・・」
ふとが目をそらした隙に、何かがあたって、は吹っ飛ばされた。
「はにゃっ」
ぼふぼふと木にぶつかり落ち、顔を上げてみれば石田は格好の狙いどころにある。
は、あんぐり口を開けてスーパービームを飛ばす。
急所に当たらなかったが虚の動きを緩めることはでき、瞬歩で駆けつけたは、虚の次の攻撃に備える。
「今のもう一度できるか?」
と、石田は問う。
「防御しながらはできない」
「僕は上手く避けるからやってくれ」
「なら投げて」
石田はをひったくると、タイミングを見はからって虚に投げた。
外れそうもない目前の距離から、は頭に向かってビームを放つ。
石田は、あちこちに擦り傷を作り、生き残った。










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