白の死神 |
は当たりを見渡したが、ヒゲオヤジの姿はどこにもなく、ベンチに入浴剤の入ったコンビニ袋が置かれてあった。 はそれを引きずって、肩で呼吸を整え砂を払う石田に近づく。 「君は・・改造魂魄?」 「クマの」 「熊野さん」 「ボケ、カス。とお呼び」 「・・さん。・・・は、黒崎一護のアレの同類なんだろう?」 「アレって?」 「らいおん?」 「私はクマ」 は、コンビニ袋をがさごそ漁る。 「のらクマ?」 「ん〜、野良、かな。主人がいるわけでもないし。それよりこれ」 「これは・・」 「あかぎれしもやけひびわれすりきず、効くって書いてあるよ」 「・・・ありがとう、さん。いろいろと」 「おなかへった」 「・・・・・?」 「おなかへった」 「・・ああ、そうだね。お礼、するよ」 そういえば、さっきコンビニで見たぬいぐるみだな、と石田は思う。 あっ、と石田は声をあげた。 コンビニで買った弁当が遠くのところで潰れている。 石田は小さく溜息をついた。 「そうだ。君の、いや、さんのそれも直すよ」 は自分の体を見て触って、半泣きした。 「それにずいぶん汚れてしまったようだし、洗わないと」 「これ、ほんとに治るかなあ・・」 ショックだった。 ずたずたになっていて、かなり落ち込む。 大事なフェルトがはみ出していたりして、超かっこ悪い。 しょんぼりするに、石田は柔らかく声をかけた。 「少し難しいけど、大丈夫。直せる」 「ほんと?縫い目見えたりしない?」 「滅却師の名にかけて」 「なんかそれ違うけど。見えなくなるならいいや」 いつのまにか、外灯のあかりがつき、夜の星が見えていた。 人目のあるところでも、は悠々と歩いていた。 石田はそれを嗜めたが、不思議に、道行く人はその存在に気づいていない。 「君は、いや、・・さんは僕以外に見えない?」 「そんなことないよ。みんな見えてるけど、気づこうとしてないだけ」 視覚防壁がついているのかという石田の予測は外れた。 「それは、どういうことなんだ?」 「通りすがった人の顔を覚えてないように、なんとなくそこにあるって認識するだけ」 「クマのぬいぐるみが、歩いているのに?」 「敏感な人は、そうやって気づくね」 「普通気づくよ」 「気づかない人も多いんだよ。気配を消すってことは、それが生きてるようには見えない、ってことになるの。音たてたり声を聞かれたりすると、注意をひいちゃうからダメだけどね」 「そうか・・」 家につくと、石田は風呂に湯を張って、ある程度溜まるのを待った。 その間に、用の洗浄グッズを並べて用意する。 は、お風呂の湯かさが増すのをわくわくしながら覗き込んでいた。 石田は聞いた。 「温泉、入る?」 「治る?」 「それは治らない」 「でも入る〜」 「あ、だめなんだ」 「えー、なんで」 「さん、ぬいぐるみだろう?」 「そりゃそうだけど」 「入浴剤の成分吸い込んだらまずい。それに生地が傷んでしまうし」 「む〜」 「ふわふわに仕上げてあげるから」 は優しく丹念に洗われて、まるでマッサージ中の極楽気分を味わった。 天、ってこういうところかなあ、と思う。たぶん、まったく違うと思うけれど、そう思いたかった。 淀んだフィルターがどんどんすっきりしていって、はいい気持ちで蒸気を浴びる。 ただし、体は湯を含んで重い。 湯を含んで重い体は、いちいち動くのが大変だったが、ザルと桶に入れられて水切りしていくうちにどんどん軽くなっていく。 自分で自分の体を押すと、じゅわっと水滴が出てくるのが面白かった。 足元まで水が溜まって動いたは、桶を倒して転がり落ちる。 笑った石田に、は頭を振って水滴を浴びせた。 ざるの上によじのぼる。 「手伝おうか」 「一人でできるもん。それより石田くんもお風呂入った方がいいよ。頭すごいよ」 「洗いたいけど、女の子と一緒は・・」 「あちこち触っといて何言ってるの」 「え、・・あ、いやっ、クマだし!クマのぬいぐるみだよ!」 「力説しなくても」 「それじゃ場所交代してもらおうかな。水が溜まったら言って、棄てるから」 石田がシャツを脱ぐと、それと一緒に砂もバラバラ落ちた。 「石田くん、先に洗っとけばよかったね〜」 「いや、湯冷めするのも困るし、時間の節約にもなるよ」 ズボンを脱いだ石田はパンツ姿での入った桶を遠ざけて、シャワーから湯を出した。 石田が頭を洗う間、はざるの上で飛び跳ねながら、水を切る。 「たまった〜」 「え、もう?」 眼鏡を外している石田は距離感がつかめないのか桶を倒し、はまた水浸しになった。 「あああ、ごめん」 「いいやもう。いつか乾くでしょ」 石田が温泉に浸かり、の水切りが落ち着くまで、思ったよりも時間がかかった。 は石田が固定したドライヤーと呼ばれる小型暖送風機の風に吹かれながら、しっとりの水分の残るそれを丁寧に縫われていた。 「痛くはない?」 「うん、かゆいけど」 テーブルに並んだ裁縫道具は多岐に渡っていて、ともすると手術台のそれに近い気もする。 縫い目に毛が重ならないように細心の注意を払いつつ、手早く完璧に仕上げてくれた。 「やっぱり上手だね〜。ホツレとかないし偏ってたりもしない」 ドライヤー音が収まってから、は良い香りを漂わせながら、そう感想を言った。 「手芸部の部長だからね。多少の自信はあるんだ」 毛並みを整えてもらって、縫い目が隠れたは言う。 「見えなくなった。石田君の偏り具合の方が目立つね」 「かすり傷だよ、こんなの」 「お肌の大敵なんだよ〜」 「それは紫外線とか睡眠とか」 「今度は私が直すの」 「治療の能力もあるのか?」 「ないよ。消毒消毒〜、治療箱どこ〜」 部屋の中を走り回りあちこちめくったり棚を開くに石田が箱を差し出してみれば、はぱああっと華やいだ瞳で箱を覗く。 は消毒薬を両手に挟んで持ち上げ、蓋を外してと催促すると、あたり一面に振りまいた。 「染みた染みた?」 「全然」 「・・・・・」 他の箇所やろう、とが急いでみると、塗れたテーブルの上で滑って転んだ。 「いたぁ」 「・・・痛くはないかと」 「そうだった」 今度は、石田が黙る番だ。 「・・・・・」 頭をさするのをやめたは、 「絆創膏、絆創膏」 と忙しそうに言って、箱を探して、取り出すのを催促する。 クマがどうやってそれを取り付けようというのか石田が黙って見ていると、は粘着剤にくっついた手を半泣きで差し出した。 至って原始的だな・・と石田は気が遠くなるように思う。 結局自分で必要ないと思いながらも絆創膏をつけた石田は、思い出して言う。 「そうだ。食事、するんだったね」 はすばやく頭を上下に動かして、お弁当を置くスペースをとる。 「お箸は・・使えないか。フォークでいい?」 ケーキ用のフォークで、クマのは焼肉弁当を突いた。 「あとで染み抜きしないといけないかな」 あんぐり口をあけて、たれをたらしたは、汗をたらす。 「切ってきて、刻んできてっ」 「はいはい」 ぬいぐるみの口サイズに2センチ角でおかずを切ってきた石田は、小皿を移し変えて食べやすいように小分けし、汚れをふき取った布巾の上で待つに差し出した。 「ありがとうっ」 「改造魂魄は、食事も睡眠もいらないって聞いてるけど、食べることは食べるんだ」 「力使ったから。食べたら寝る」 「ここで?」 「うん」 は一生懸命はぐはぐと食事を口に運んでいて、石田はいろいろ疑問はあったが自分も食事を進めることにした。 どこに胃袋があるのか大人一人分の弁当の中身を空っぽにしたは、部屋をうろちょろ歩きまわる。 何をしているのかと石田が見ていると、は台所から湯のみを持ち出し、自分でお茶を入れてすすり満足そうに息を吐く。 「は、どこから来たんだ?」 は上を指差した。 「天?・・・ってことはソウルソサエティか」 「うん」 死神に作られたのは間違いない、と石田は思う。 「黒崎一護のところから来たのなら、明日送り届けるけど」 「ソウルソサエティから来たんだってば」 「・・・逃げだしてきたとか?」 もしそうなら、また何かに巻き込まれるんだろうかと石田はやや不安になる。 「やだな〜。ちゃんと許可もらってるよ。温泉の素、買って帰るのが使命」 「おつかい・・か。ソウルソサエティもいろいろあるんだな。って、ひとつ、開けちゃってるんだけど・・、入浴剤」 「あと7つもあるよ〜。明日は違うにおいのやつ使おう〜」 「えっ・・と、明日もいるの?」 「4種類全部使ってみる〜。だからあと3日はかかるねー」 変なぬいぐるみだ、と石田は思う。 すでに呼び方も、さんづけで敬意を払うことも忘れていた。 はパッチワークで覆われたベットによじ登り、眠そうに目をこすってポフっと倒れた。 |
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