白の死神 |
「ほんとに・・、ほんとに。学校までついてくるつもりなのか?」 毛糸の玉の入った紙袋に、は入り込んで、顔だけ出して言う。 「これなら、わからないよ」 「まあ・・、不自然ではないけど・・」 帰り道に襲われても、タッグを組めば倒せる。 ということで、石田は不承不承それを連れて行った。 「本当に、声だしたりしたら、怪しまれるから」 はビシっと手を出してポーズを作るが、指がないのでよくわからない。 石田は朝の挨拶を軽く済まし、はその学校の雰囲気にドキドキした。 懐かしいけど、新鮮だった。 その昔は、真央霊術院に忍び込んで授業を盗み聞きしていた。 こんなに堂々と受けられる日が来るとは、とは思う。 少しずれているかもしれないが、学生気分を味わうのは初である。 「おはよう、石田。へ〜、かわいいの持ってるじゃん」 「触らないでくれ。まだ未完成品なんだ」 石田は多くの人にそっけない態度だった。 教室に入ると、見知った顔がちらほらいた。 「あ、旅禍だ」 どすん、と石田が机の上に紙袋を置いて、注意を促す。 「ご、ごめんなさい・・」 は紙袋からにょっきりと顔を出す。 石田がぬいぐるみを持ってきていることに対して、別に誰も不審がらない。 は、人徳だ、と思ったりした。 周囲とは少し違う、尖った視線を後ろから感じて、はそれを死神代行の黒崎一護と確信する。 その視線はすぐに逸れ、はほっとした。 なんで安堵するのだろう、とは思いながら、気配をきっちり消しておかないとと改めてそれに努めた。 一時限を過ごしたは、黒板が見えないと訴えた。 紙袋ごと、後ろの棚の上に置かれて、は見晴らしの良いそこを気に入る。 授業は難しかった。思ったより、とてもとても。 よく考えれば、死神より人間の方が頭が良いんじゃないかと思ったりする。 賢いし、それに器用だ。死神は単純だからなあ、とは思う。 ちらっとこちらを見た黒崎一護と目が合って、黒崎一護は信じられないものを見たと不可解そうに頭を抱える。 黒崎一護は気になってしかたないのかちらちらと振り返り、はじめは我慢していたも面白おかしさに口元が上がってきて、口端をピッシリ引き伸ばしてそれに耐えた。 動いた、絶対動いた、と黒崎は見なかったフリをするように校庭に向かって呟く。 旅禍の女の子が怪訝そうにそんな黒崎を見やり、は冷静に元の顔を取り戻す。 休み時間になると黒崎は我先に動き出し、紙袋を持ち石田の目の前にかざす。 「おまえこれ」 乱暴に扱うその仕草に、は紙袋からはみ出して、机にぶつかり床に転がり落ちた。 痛い・・と思いながら、はぬいぐるみに成りきる。 「勝手に触らないでくれないか。品性を疑う」 石田はを拾うと、奪い取った紙袋に仕舞いこむ。 片方の眉をあげた黒崎一護に対し、石田は冷酷にその横を通り過ぎた。 険悪な空気、漂う。 はじっと大人しくして、時が過ぎるのを待つ。 「もういいよ」 そう言われて顔をむっくり出したところは、屋上だった。 「・・・休み時間、すぐ終わっちゃうよ?」 「お昼だよ」 「お昼といえばお弁当」 「いや。パンを買い損ねて、これだけ。昨日、買っておいて良かった」 石田は、なにか小さい箱のようなもの幾つか持っている。 「それは何?」 「これが栄養補助食品で、こっちが飲み物。の分もあるから」 石田はストローを突き刺して、パックのジュースを地面に置いた。 「両手で押したら中身が出るから、気をつけて」 石田は箱からビスケットのようなものを取り出した。 は飲み物の箱に触れないように気をつけて、ストローから吸ったら吸いすぎてむせた。 「平気?」 「なんか、コツがいるね、これ・・。でも美味しいよ」 はつま先たちで吸うのをやめ、パックを抱え込むようにして、まったりと少しずつゆっくり口にする。 ばーんと勢い良く扉が開いて、はぬいぐるみに戻る。 「いたいた、石田く〜ん」 旅禍の女の子が石田の目掛けてやってきて、その勢いっぷりに石田が身を引いた。 「井上さん・・」 「あっ、クマのぬいぐるみっ。かわいい〜!どうしたのどうしたのこれっ。石田くん、こんなにかわいいのも作れちゃうんだ」 へえ、すごい、と感心しながら井上はぬいぐるみに没頭モードだ。 「すごいすごい、目はうるうるしてるし、口元なんか、きゅっって感じでかわいいし、ふさふさでいい香りがする〜」 大きな胸と腕にぎゅっと強く抱きしめられたは、つい、げっぷがでた。 「そんなことより石田くんっ」 井上は何も気づかず、ぬいぐるみを抱いたまま、石田に詰め寄る。 「黒崎くんと何があったの?なんで喧嘩しちゃっているの?もしかしてこのぬいぐるみが原因なのねっ、そうなのねっ」 改造魂魄の器となるぬいぐるみを奪い合っているんだ、と井上は自分の思い込みに突っ走る。 カチャリと静かに開いた扉から、今度は茶渡が現れて、石田は軽い溜息をつく。 この様子だと黒崎も現れて、お昼どころではなくなるんだろう、と思う。 「井上・・」 言葉少ない茶渡は、井上に声をかける。 「茶渡くん」 「井上、黒崎が・・」 「えっ、何何?」 「・・そのぬいぐるみがおかしいと言っている」 「コンみてえな奴なんだろ、そいつ。四六時中ずっといるから、見りゃわかんだよ」 中に何か入っている、と気づいたのは、黒崎一護だけだった。 「えっ、えっ、そうなの?名前、何て言うの?」 高い高い、と井上に持ち上げられたは、石田に尋ねる。 「・・しゃべってもいい?」 「うわっ、うごいたっ」 井上は、動いてしゃべるぬいぐるみを落として、は画面から床に当たった。 「いたい・・」 「ごっ、ごめ〜ん」 は当たった箇所と違う頭をさすって、てくてく石田に近づくと、そのあたりに倒れたジュースのパックを起こした。 石田がその少しこぼれたあたりをティッシュをふき取って、はジュースを抱えて座る。 「です。挨拶終わり」 はちゅうちゅうとストローを吸って、一点に視線を浴びた。 「石田。おまえがそんなもん持ってるなんて、どういうことなんだ?」 不審さを隠さず黒崎一護は石田に言う。 「君には関係ない」 石田は、いつもどおり返事を返した。 「関係なくねえ。浦原さんが何企んでんのかわかんねえ以上安心できねえ」 「安心してもらう必要はない」 「ま〜って。ま〜って、二人とも。喧嘩しちゃだめだよっ。ぼこぼこになってばこばこになって、そういうのしちゃだめだよ」 してないけど、と二人は思ったり思わなかったり。 「しゃべっていーい?」 変な雰囲気の中で、は再度聞いた。 「浦原さん、関係ないよ。そりゃこの体の手伝いしてもらったけど。石田くんとこ行くって知ってるのルキアちゃんくらいなもんだし」 「おまえ、ルキアの知り合いか?」 黒崎は目を丸くして、尋ねる。 「つうか、ルキアのぬいぐるみがなんで石田んとこに?」 石田もちょっとばかり驚いていた。 ルキアの使いだとは思っていなかったからだ。 「ないしょ〜。男の子には教えな〜い」 がもったいぶったように答えると、井上が目を輝かせて身を乗り出す。 ワンピースを作ってもらいに来たの、とワクワクしながらはひそひそ伝えると、井上は意を得たというように、と同じように輝かんばかりの光の空気に包まれながら妄想に入った。 井上は天秤がちょっとだけ石田に傾いた、と乙女の勝手な勘違いを働かす。 別の意味で危なそうだけど、と黒崎は二人を見て思ったがルキアの手の者と知って一応安心する。 くるくる踊るは、ぱっと動きを止めた。 「みつ・・けた・・・」 すごい形相をした恋次が、 「!てめえ、こんなところにいやがったのか!」 は、つばを飛ばす恋次から隠れるように、石田の足元に回りこむ。 「ぬいぐるみの分際で、気配消してんじゃねえ!すっげえ大変だったろうが!」 そういって恋次はを捕まえようとするが、ちょろちょろ動き回って人の足元をかいくぐる。 「へたくそへたくそ〜」 はそういって、恋次はプチンと切れた。 「げ」 恋次が義骸を脱いだ。 魂魄刀を持ち出した恋次を、黒崎は止めようとしたが、 「咆えろ、蛇尾丸!」 とまで言う。 「やめろ、恋次!本気になるな!」 焦ったは、あろうことかぬいぐるみ暗示モードが解除されてしまい、蛇尾丸の力押しにガードを外された。 瞬間的に放たれた殺気に我を戻した恋次は、が力なく吹き飛んだのを見て、クリーンヒットしたのかと焦り返す。 「ちょっ、冗談じゃねえぞ!」 蛇尾丸を地面に突き立てた恋次は、 「今更おせえ!」 と、肉体を抜けた黒崎が横切って瞬時に蛇尾丸の上を駆け抜けるのを見る。 間に合うかどうかわからないが、ばさばさと風に浮かんで揺れ落ちる黒い死装束に届けと黒崎は念じた。 そうしてなんとかを捕らえた瞬間、ピリっとした静電気のような刺激を黒崎は感じる。 は黒崎から離れるように腕を押すと、うずくまるように背中を丸めて体を細かく震わしながら縮こまり、その霊圧が不安定に揺れだしていた。 「おまえ・・」 抑え込むようには内なるものと戦っている。 と、黒崎には感じられた。 |
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