白の死神 |
に、逃げられた。 恋次は頭を抱え込む。 「あいつ、一体、どこ行ったんだよ!」 は石田竜弦の家に居た。 どういう経緯だったか、帰りたくないという一心で、隙を見せた恋次を蹴り飛ばして、すたこら逃げたところ。 一度拾われ、それは人から人へ、人からさらに人へと怨嗟のように辿りついた、空座総合病院、院長室。 ものすごい笑顔で受け取ったくせに、今はもう見る影もない。溜息ばかりついている。 あげくの果てに、ごみ箱に捨てられて、けれど気が変わったのか、また拾う。 どっちかにしてくれと思っていたら、家までお持ち帰りされてしまった。 机の上に乗せられて、手足をもてあそぶことまでしておいて。 たばこの匂いがきつくてくしゃみをしたら、窓から放り投げだされそうになった。 「何者だ」 「」 「・・・何なのだ。この私に一体何の恨みがあるという」 「ないない」 はもう一度くしゃみをして、院長は机からマスクを取り出して押し付けるようにぬいぐるみにかぶせつけた。 邪魔くさくて外そうとするに、院長は言う。 「ばい菌を移されては人の命に関わる」 自分の身を振り返ったは、ばい菌、と心当たりありまくりな正論を言われてショックだった。 「うわあ〜ん。お風呂に入る〜!」 は涙を拭いて、あちこちの扉をあけたりしめたり。 見つけたお風呂場で湯を出して、行水のように頭から湯を浴びる。 目一杯重い体は、一通り洗い流せた証拠のはずだった。 ふと、雨竜に教えてもらったことを思いだしたは、水浸しのまま脱衣所からクリーニング剤とかいうものを探す。 棚をあちこち開けるは、どれだかどれなのかよくわからなかったが、やわらか仕上げというキーワードに惹かれて、説明書きをじっと眺めた。よく、理解できなかった。 はそれを持って、濡れた体で院長のところに行った。 「何をしている」 その不機嫌そうな具合は、白哉のそれととてもよく似ていた。 やや驚きながらも、は両手で持ったそれを、院長のところに持っていって掲げる。 「何だ」 「お風呂入るの。これ合ってるの?」 「・・・・洗濯用だが」 「ぬいぐるみ洗える?」 「・・・おそらくは」 「蓋あけて」 蓋を取ってやった院長は、机に肘を突きながら、廊下が水浸しになっているのを見詰めた。 両手で持ち上げたは、湯船に投げ入れるなと院長に差し止められた。 「洗濯機かと思えば、風呂場とは・・。それから湯を流したままにしたり散らかしたままにするんじゃない」 は怒られてしょんぼりする。 ところが。 何においても徹底するのが好きな竜弦は、煮沸消毒に限ると言い出して、は思い切りキックして逃げ出した。 バシャバシャと川面を歩くように、音と水しぶきをあげては走った。 重たい足はもつれやすくて、何度も転んだ。 はどんどん汚れていった。 どぶに体をすべらしたんじゃないかと思うほどである。 当然が向かった先は、雨竜の自宅。 雨竜はその凄惨な有様に酷く驚いていて、あとをつけそれを見届けた竜弦も驚いていた。 石田雨竜は、洗い甲斐がある、と言って励ましてくれる。 ドライヤーを浴びながら、ふわふわする触り心地が戻ってくるとやっと安心した。 「みんな、心配してたよ、本当に。どこに行ったのかと」 「逃げても、いいことなかった」 はしみじみと言う。 「は、ソウルソサエティには戻りたくないんだね」 「・・・うん」 「だけど、帰還命令が出てる」 どうするつもりなのか、と暗黙に言われたは言った。 「もうすぐタイムリミットだから、お別れするね」 疲れた、とは思う。 本当はもうずっと眠くて仕方が無いくらいにへとへとだった。 誰かに見られていたりとか、もうそんなものはどうでもよくなっていて、気配を隠すことも忘れた。 疲労で霊圧を完全に消すことができないし、街中を平気で走り抜けてきたから、それを辿ればすぐに見つかる。じきに見つかる。 白哉が来るんだろうか、とちらと思う。 もしそうなら、嬉しいけど、会いたくないとも思う。 白哉のことを忘れていられた。 ずっとずっと一日中考えずに済むから、残りたいとも思う。 けれど、会ってしまったら、きっと捕まる。また時間が止まってしまう。 鍵のついていない監獄に入れられるのを、本心では喜んでいる。 生まれついての災いの元はどこに行っても迷惑をかけるだけで、一番安全で監視してもらえるそこにいるのが一番いいことだ。 そんな言い訳をつけてみて、自分の本当の気持ちを知る。 自由に、なりたい。 けれどそれはどうしてもできないことだった。 すべてを忘れることができても、白哉を忘れることはできなくて、そんな白哉はまたすべてを思い出させてくれてしまう。 きっといつまでも続くもの。切っても途切れないそれは歪みの修正に似ていて、どんどん大きくなっていく。 スパイラルを描くようだとは思った。 戻りたい。何も無かった幼いころのように。 時間が、きた。 ベランダに現れた恋次。石田はガラス戸を開いた。 「罠があるかと思ったら、なかったな。拍子抜けしたぜ」 恋次の元に行こうとしたを石田は手のひらで止めて言った。 「死神の世界は僕に関係のないことだが、彼女に咎めはないんだろうな」 は、顔を見上げた。 「・・・ねえよ。特別、法に触れてるわけでもねえし。こっちが必死になんのは、こいつの具合のことがあるからだ」 誰に聞いたんだろう、とは恋次の言葉を聞きながら思う。 「。そろそろ覚悟決めて、隊長と話せ。ルール度外視して、あんま迷惑かけんな」 「うん・・」 は恋次の足元にひっついて、石田を振り返った。 「ありがとう、石田くん。楽しかった」 「・・・僕も、楽しかったよ」 は照れくさそうに笑って、恋次を見上げる。 むんずと捕まれたは、 「もうちょっと優しく」 と文句を言ったが、うるせーぬいぐるみ、と言われて諦めた。 小さくなっていく石田の姿を見ながら、ベランダから飛び降りて走る恋次には聞いた。 「どこ行くの?挨拶回り?」 「隊長が迎えに来てんだよ」 それを聞いたは、気分が欝になりかけた。 しかし、疲労の波が、それを上回りはじめる。 「眠いよ。早くして」 「投げ飛ばすぞ、オラ」 他人のことに関心を持たない朽木白哉が、校庭に佇んでいる。 おそらく、の使った霊力の痕跡を調べて霊査しただろう。 恋次は、隊長は自分に関係することならば相当な関心を寄せる、と確信を持つ。 複雑すぎて今まで全然わからなかったが、少しずつわかるようになってきた。 それは、を相手にしたとき、特に顕著に現れる。それでもやっぱり、わかりにくいんだけどな。 の持病のことは別にして、現世は長居するもんじゃない、と恋次も思う。 あまり長くいると、どちらが自分の世界なのか、わからなくなってくる。 もう少しで、は現世を選ぶことになったんじゃないかと、出所のない勘も働いていた。 ソウルソサエティと現世の時間の流れは違っている。 1000年死神が生きるとしても、それはソウルソサエティにいるからのことであって、現世で1000年生きられるかどうかは誰も知らない。たぶん、生きられないと恋次は思う。 現世では、死神も人と同じように年を取り、100年生きられないんじゃないだろうか。 間隔は違っても、時間の流れ方が違っていても、別の世界なのに相対して、同じだけの魂の燃焼を起こすんじゃないだろうか。 そうなれば、ソウルソサエティと現世の違いは曖昧だ。 違いがあるから、別の世界だと思うことができる。 そうでなければ、自分のいるべきところというのは、ひどく見つけにくいと恋次は思った。 「・・・、か」 月明かりの下、朽木白哉はひと目でぬいぐるみの正体を見破った。 差し出す手は、渡せと言っているようにも見え、居場所を定めているようにも見える。 は、その手のひらに飛び移る。 「・・心配かけてごめんなさい」 うな垂れるの耳。 「もう良い。無事であればそれで」 白哉はとても静かだった。 心配や不安、怒り喜びを全てを消した静寂に、安堵だけが残る。 「眠ると良い。すぐに楽になる」 頬を撫でる指先に誘われるように、はうとうととしだす。 もぞもぞと動いたは、位置を決めたように体を傾けて、暖かさを得るように丸まった。 どれだけ時がたったか、見入っていた恋次は、体を翻した隊長に向け、我に返ったように質問する。 「隊長。はどのくらい悪いんですか」 の意識はすでに無い。 「・・・この程度であれば問題ない。三日眠ればまた走りだすだろう」 手に取るようにの体調を知る白哉に、恋次は己の未熟さをまた悟った。 長い付き合い、深い付き合い、どちらが欠けても相手のことを理解するのは難しいことであると思う。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||