白の死神 |
「ルキア・・」 はポツリと呟いた。 「第一声がそれか」 「います!ここにいます!」 白哉とルキアの声がした。 「・・・ここは・・・」 そこは奇妙な空気の中だった。 近くにルキアがいて、隣のベットに白哉がいて。 取り囲むように護廷十三隊の面々が揃っている。 「あ〜、何の集合写真・・?」 体を起こそうとしたら、力が入らず、力を入れようとしたら、激痛が走った。 「さん、動かないでください。といっても動けないのでしょうけど」 「筋肉痛・・?」 「に近いですね。明日も治療が必要ですから、ベットから降りないよう」 「・・・生きてるんだ・・・」 背中が痛い。手足が痛い。ふしぶしが痛い。動きたく、ない。 卯ノ花はの上半身を起こして言った。 「見舞いの方々が食料持ってきたそうなので、召し上がるとよろしいですよ」 何人かが果物を見えるように持ち上げ、ルキアが背中に枕を何重にも詰め込んでくれる。 痛みにしかめた顔が落ち着いて、ほっとした。 「バナナ」 そう言ったら、めったに顔を合わせることのない檜佐木修兵の持参品だった。 ルキアがそれを受け取ったが、すぐに額に冷や汗をたらした。 「てめえ、せっかく俺が持ってきてやったんだ。林檎、食え」 更木の申し出に、やちるは付け足した。 「剣ちゃんねえ。こうやって手のばして、ん〜、って、とってきたんだよ。新鮮なんだよ〜」 「余計なことしゃべんな」 「だって、とっても心配したんだもん〜。だからコマコマのお家に行って、ん〜、って、やってきたんだよ〜」 「いつのまに・・」 不法侵入された狛村は驚きながら、場合が場合だとしぶしぶ認めて、みかんを出した。 籠一杯のりんごに、籠一杯のみかん。ルキアは顔を青くしながら受け取って、棚に置いていく。 「これも早いとこ置かせてくれ」 両腕に一杯のお菓子を持った日番谷は言い、浮竹が言った。 「あっ、それは日番谷くんにあげたのに」 「もらったもんを、俺がどうしようと勝手だろ」 「そうだけど〜・・」 口を尖らす浮竹と日番谷の間を縫って、はいはい、と乱菊が声を上げる。 「私からは、お酒〜。隊長にはやめれって言われたんだけど、これしか思いつかなかったしぃ〜。快気したら、一緒に飲むってことで。で、あとこっちが隊長の用意した、ミネラルウォーター」 ん〜、重かったぁ、と乱菊は手渡すと凝った肩を回した。 「砕蜂隊長」 「あ、ああ。気に入ってもらえるかわからないのですが、これを」 牛乳だった。 目を細めた朽木白哉。 「ただのみるくではなく。大前田」 「はっ」 副隊長の大前田が差し出したのは、イチゴのパック。 「いちご・・みるく・・」 「練乳もついているのだ」 ありがたく受け取ると、砕蜂はほっとしたように胸を撫で、狭い部屋の密集地に隠れるようにして後ろに下がる。 さすが隠密機動。忍びの板がついた行動だ。 京楽は懐に手を入れて、隣の七緒がその手をぺしぺしと叩いている。 「つまらないもんなんだけどね。七緒ちゃんはよせって言うけど、使い勝手があるからねえ〜」 「隊長、思い浮かばなかっただけじゃないんですか・・」 「バイト代もしっかり入ってるから、あとで覗いといてよ。んで、涅は手ぶら?」 涅マユリは、何だね、といい、涅ネムは横目でそれを見る。 「何だね何だね。なぜ私が持ってこなければならんのだね」 「やー、そういうと思ったけどさあ。何しに来たのかわかんないじゃないの」 「ネムがどうしてもというから来ただけであってだね」 「おもしろそうだから来たわけではありません。・・とのことです」 「今日の翻訳も順調だねえ〜」 は少し笑おうとして、むせた。 咳が止まらない。 「まだ充分な回復をしているわけではありませんから、皆さまこのへんでお引取りを」 卯ノ花は背中をさすりながら言い、出入り口の扉を視線で指した。 ぞろぞろと連れ立って出て行く中、日番谷は出がけに一歩後退して、深呼吸をするの注意を引いた。 「で、やりあった理由は何だったんだ」 は白哉を見る。白哉は外を眺めてこちらを見ない。 「・・・何だっけ。やってるうちに忘れてった。たぶん、痴話喧嘩だったと思うんだけど・・」 「痴話喧嘩だあ?そんなんで本気になんなよ。まじでヤバイとこだったんだからな」 「心配、かけました」 「まあいいけど。何事もなく無事に終わったみてえだし。そんじゃ無理すんなよ。飯食えよ。あと寝ろ。三拍子揃えばすぐ治るだろ」 言いながら日番谷は、副隊長クラスと誰かが言っていたのを思い出す。 目の当たりにしたそれは、それ以上だと思わざるを得ない代物で、だけれど隊長としてはちょっと頼りない微妙なライン。 だけれどもあの殺気は本物だったと考える。 それは、あいつも。互いに、殺し合いを、望んでいた。 病人に対して何考えてるんだか、日番谷はそう思いつつ打ち消して、 「今度みかけたら問答無用で止めに入るからな」 言い残し、手を振った。 入れ替わりに涅ネムが走って戻ってきて、両手を合わせていたそれを足元の上で開き、逃げるように去った。 飴玉が数個。 それらは少し暖かく、ずっと持っていたんでしょうと卯ノ花は微笑んだ。 はそれをひとつルキアに放り込んでもらって、白哉に言った。 「白哉・・、引き分けだよね」 白哉は微かに吹き笑いして、困ったように髪飾りのない前髪をすき、ベットに横になるまでの方を向かなかった。 一体何がと戸惑うルキアに、は何だこの味、と試すように飴玉を勧めた。 不可解な味が口に広がると、なんだかもうどうでもよくなってくる。 それが、ネムの常用している精神安定剤入りのものだとは、後々まで気づくことはなかった。 花太郎に薬をとってきてもらい、ルキアにぬいぐるみをとってきてもらい、白哉はみかんの皮を筋まで丹念に剥いている。 「ねえねえ。誰も仕事する人がいないと、隊ってどうなるの」 「自習だ」 「えーと、それはー・・自由行動?」 「総大将の監督下に置かれる」 「うは。それで山本先生、顔見せてなかったんだ」 こわいねー、おそろしいねー、は感慨無く言ってみかんを口に運ばれる。 「なんでりんごじゃだめなの?」 「柔らかいものからだ」 「んでも、あんまり柔らかいと逆に気になるっていうかさあ」 「反省している」 反省とは縁もゆかりもなさそうな声で、白哉は言うが、心底そう思っているのだろう。 私は、というと、多少は申し訳ない気持ちはあったが、もうどうでもいい、の気持ちが勝り先に立った。 そんなことより、薬草畑が花太郎によって手入れされていることの方が驚きで、嬉しかった。 現世に行ったとき、そのことにまるで興味を向けていなかったため、一日サボると半壊するそれは全滅しているとばかり思っていた。 それを指示したのは当然白哉で、他に誰もいないのだけれど、白哉はそういうことを言ってくれないし、聞いても答えない。 いつも影で支えられていて、毎回思うが、嬉しいのに悔しいと思う。 完全に敗退。 「遅いよ、剥くの」 「ならば自分でやれといいたいところだが」 腕はまだ動かない。 暴走を回避したときに起きた機能の停止が元のようになるまでに、まだ数日かかる予定だ。 「じゃあお酒」 「・・・」 「じゃあ、お猪口に水」 気分だけ味わってみても、中身は水で虚しさを思う。 「ホロウ・・ホロホロぅ・・、なんちゃって」 「もう一度旅するか」 「スイマセン」 「数日の我慢だ。だが治ればすぐに酒に手を伸ばすのだろうな」 「だめ?」 「当然だ」 「酒は妙薬っていうのに」 「度も過ぎれば、毒薬だ」 は改まって言った。 「毒薬っていえばさあ・・・体の中で分解されて元が判明できない毒って知ってる?」 「そんなもの私が知るはずがない。分解されれば毒も毒でなくなるとでもいいたいのなら、お断りだ。酒は、隠す」 「ああ、頭いいね。賢い、白哉」 「・・・その毒が何かは知らないが、私にでも飲ませる予定があるなら、先に言え」 「そんなこと言ってないじゃん」 「心の準備さえ整えばいつでも受ける」 「言ってないって!」 疑り深いなあ、とは思った。 「ならば何なんだ」 「そうじゃなくてルキアちゃんにさあ」 「懸命ではないが」 「言ってないからっ!」 「方法としてはアリだ」 「マ、マテ。シスコン兄様どこいった」 「守るがゆえに私が飲む。結局私が飲むことになるのだが・・ふむ」 「ふむじゃねえー」 「そうなれば、そなたも飲み下せばよいことだ」 「心中はしない」 「・・・・」 「・・何?」 「いや・・そなたといると飽きぬ。この先も同じだと思っただけだ」 「・・・書類仕事は飽きるよ。恋次、早く戻ってくるといいね」 軽いあくびと一緒に小さな涙が出る。 それを合図に会話は止んだ。 こちらを見る視線を感じながら、どこか安心したように、意識が飛翔した。 治療に来た卯ノ花は、みかんを食べる朽木白哉にいつごろ退院しますかと健康体に向かって聞きつつ、返事を期待する。 アフターケアの一部としてもうしばらくいるべきだと卯ノ花は思うが、朽木白哉はの唇のあたりが気になっている。 「それであの・・、お、お姉様は・・・」 「・・え」 ルキアの物言いに、はギョッとした。 「へ、変でしょうかっ。やっぱりあのっ、そういうことに、なる、のだと、思うのですが・・」 「や、普通でいいんだけど・・」 白哉のいない隙を狙ってルキアは言う。 「お、お姉様っ!お姉様っ!」 ガバリと覆うように抱きつくルキアは全体重かかっていて、 「イタイイタイよ〜」 「もも申し訳ありませぬっ」 「ルキアちゃん、聞きたいことあったんじゃないの?」 「えと・・、あの・・・、殿はお兄様がお嫌いですか?」 「・・え。なんで」 「あれを見てしまったあとでは、相当に嫌だったんだろうなあ・・と」 「確かに相当ね・・」 「・・・では・・・、承知なさらないおつもりなのですか?相手はあのお兄様ですよ?あの!」 「ルキアちゃんもだいぶわかってきたみたいだね、白哉のこと」 「・・え・・と・・」 「白哉の望むものは意外と大きい。言わないくせして期待をかける。それがどうも気に食わなかったりするのよね」 「そう・・かもしれませんが・・」 「だけど、最近少し違ってきたかな、とも思う」 は天井を仰いだ。 「白哉は形を好むからね。そんなものに縛られたくないな、と思ってたわけだけど、正直よくわからなくなった」 「そう・・なんですか・・。私は・・ずっと長いことお兄様を誤解してましたから、今の兄様が兄様なのだと思えます。私など・・」 「ルキアちゃん。昔の家族も今の家族も、ルキアにとって本物の家族。こちらが構えれば、相手も構える。今のあなたならわかると思う。白哉のことだけじゃなく、恋次のことも」 「殿も、そう、なのではないのですか。・・・あ・・」 ルキアは謝ろうとして、はそれを止めた。 「そのとおりだよ。だけど白哉は、いくら壁を作っても、突き破ってくる。女なんて追われれば逃げ出すもんなのに、知っててやるんだから、たいした人だと思う」 「・・・嫌では、ないのですか?」 「嫌なときもあるしそうでないときもある。だけど白哉がそうしてくれると、私にも家族がいることを思い出せたりもするんだよね」 「殿は・・」 「その昔、よき遊び相手だってことで婚約の申し出があったけど、あのときは同情されてると思った。友達もいなかったし、家族もいなかったし。都合がいいはずだ、って言われて蹴飛ばした。財産によろめきそうになったこともあるけど、一人で生きていけると思いたかった。恥だね、こうやって振り返ってみると」 ルキアは懸命に首を振る。 「私にとって、朽木家は大きなものだけど、それ以上に自分の家の存在が大きい。だから捨てられない。いくら私が白哉を慕っても、白哉と朽木は別個のもの。私が朽木に名を連ねたとしても、私にとっては利用するだけの姓になる。それが嫌だから」 「それは・・兄様を失っても尚気にするほどのものなのですか」 「ルキア・・」 ルキアは一度伏せた顔を、あげてまっすぐ見る。 「殿の兄様のことを聞いたとき、驚きました。正直、信じたくはありませんでした。姉がどういう立場にあったのかはわかりませんが、そのこととは別にして、殿は幸せになる努力をすべきだと思います」 「・・幸せに・・?」 「はいっ!兄様とどうなろうと、朽木がどうなろうと、殿は好きに生きるべきです。私のことなども構いませんっ。殿はっ、らしく生きるべきですっ」 「・・ルキアちゃん、私の味方してくれるの?」 「いえっ!どちらかというと、お兄様の味方をします」 「・・・・・・」 「でも、殿も好きです。というか、すでに家族の一員だと勝手に思うことにいたしました」 「・・・・ルキアちゃん、面白いね・・」 「ですからっ、留守の間、お兄様をよろしく頼みます」 「は?・・あ、え?家あけるの?白哉に言った?」 「はい、すでにっ。殿が回復した折は、現世に派遣されて良いことになっています」 「えっ、また現世行くの?」 「はいっ、残魄刀も復帰しましたし、存分に戦いますっ」 「えっ、ずるいよ、いつのまにっ。私の残魄刀なんて行方不明だよ」 「はっはっはっ」 「笑えないけど、まあいいか。気をつけてね、ルキアちゃん」 「ばっさばっさと切り倒してまいりますっ」 「大木じゃないんだから〜。ああ、そうだ。石田くんによろしく」 「お会いできたのですか?」 「うん。肝心のワンピース頼むの忘れたけどね〜」 「じゃあ、せっついておきます」 ルキアはいきいきとしていた。 若さも、美貌も、これからのもので、とても羨ましくほほえましく思えるだったが少しばかり不安がある。 若さゆえの冒険より、死神であるからこそ悩む恋愛観や世界観に、適応できればいいけれどと思う。 自覚してはじめて得る感情は、それに振り回されるように、自身の意志から飛翔していって落ち着かないものだ。 山本先生は、愛あればそこに憎しみあり、と言い、喜あればそこに哀しみあり、と言う。 本当に表裏一体の、人の理。そこに定まった形は何もなく、目覚めれば世界の色が変わり出す。 |
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