白の死神


30




病気だな、と思えるとき。
後光が差しているように見えるとき。・・・背景に華が見えたりする。
こいつこんなに格好良かったっけ、と思えるとき。・・・背が高いなとかまつげ長いなとか思ってしまう。
何を言われても耳にはいらないとき。・・・目を細められてもそれがまたツボにくる。
「いて」
「・・何なのだ」
「鼻つままないでよ」
「ぼーっとしている方が悪い」
「病人はぼっとするのが仕事なの」
「えらく控えめだな」
「熱なんかないって」
「寝言で呼び、それ以来、袖を握られたままなのだが」
「あ、ごめん」
「謝る必要はないが、これほど寂しがるのは予想外だ」
「てへ〜。心が弱気になるとすがるものも欲しくなるってね」
「どこが弱気だ」
「全部。ちゃんと捕まえててくれないと、どっかいっちゃうよ」
頬に滑らす指先は、口付けのサイン。
唇に潤いをもたらされると、ほっとする。
口端をなぞる指先には、色香があった。
「最期に触れたのはいつのことかと考えていた」
「色魔?」
「専属のな。・・・気を削ぐには不適当な言葉だ」
「別のバージョン考える」
関係は元に戻ったようにみえ、進歩しているようにもみえた。
数十年前に比べれば格段の違いがあり、少しずつの変化を楽しむべきだと白哉は思う。
「・・・息・・できないっ・・」
「何も考えられぬようにしてやりたいものだ」
「・・あの・・あのねえ・・・」
「またそれは自身がそうなりたいと望む証でもある」
茶器の端を拭うように、白哉は自分の口元を親指で拭い取り、その姿がやばいほど妖艶では目を逸らす。
「つまり仕事に飽きて相手をしていると」
「それは違う。別の問題だ」
「どうだか。怪しいですよだ」
「見返りのない愛を捧げたことのないそなたにはわからぬ」
白哉はの手の甲に口寄せる。
はっきりいって、当たっている。
白哉は、が知る以上に自身を知っている。
「そーゆーとこが悔しいんですけど。むかつくったら」
白哉はの手を両手で包み込み、布団の中へ隠し入れる。
「皆目見当が付かぬ」
「しらじらしい」
「素直に受け取ることを覚えてはどうだ」
白哉はまっすぐに瞳をぶつけてきて、はたじろいだ。
「朽木隊長も大変そうですが、さんも大変そうですわね」
救世主、現る。
お邪魔でしたかしら、と卯ノ花は言う。
白哉は軽く頭を傾けて、返事をしない。
「あまり無理をなさるようなら、退院許可が出せませんわ」
卯ノ花は言って、の脈を図る。少し早いと自覚しているそれは、見透かされそうな具合である。
体を任す救護専門の隊長に貸しのある者は、それが彼女の役目とはいえ卯ノ花に頭が上がらない。
「お薬の方は飲まれました?」
「ああ、うん。花太郎が朝早くに持ってきてくれて、薬草畑も手入れしてくれてるようで、とても助かってる」
「一度覚えればきちんとこなす子です。その花太郎のことですが、現世に派遣されるルキアさんの様子も気になりますし、そちらに回そうと思っているのですけれど」
「私のことなら気兼ねしなくて構わないから」
「そうですね。しばらくの後、送り出そうと思います。ところで朽木隊長、まだ副隊長はお戻りにならないのですか」
「務めを果たした後に戻るであろう」
「お一人で大変かと思いますが、無理をなさらぬよう、させぬよう」
「言われずとも承知している」
ちょっとした火花が見えたような気がした。
卯ノ花の忠告を聞いたは、ほんの少し心配になって白哉の袖をつまんで引き寄せる。
「ちゃんと休んでよ。忙しいのはわかってるんだから」
白哉はふと少し微笑んで、ばらけた髪を軽く耳元にかけなおしてから、腕を組んで仕事に戻っていった。
「・・わかってんのかなぁ・・」
「逆効果かもしれませんわね」
「それは困る・・」
「たまにはお倒れになった方がよろしいのかもしれませんよ」
「やだよ。大木の看病なんて」
「朽木隊長が我を失くされたらどうなるのか興味がありますけど」
「やめといたほうがいい〜。注文多いよ」
「楽しそうですね」
「卯ノ花さんなら軽くいなせそう」
「私相手に熱くなってくださいませんから」
魂魄の状況をみる卯ノ花の検診に、は脂汗を浮かべて伴う痛みに耐える。
卯ノ花が言わずとも、触れられた感触で、だいたいのところの病の進行度というものはわかるものだ。
「あとどれくらいもつかな」
「・・さあ。あと100年か、200年か」
は微かに笑って、1年の長さと短さを思う。
寿命より心配なのは、あと何回満足できる戦いが可能かということ。
死神の人生はすべてがそこに集約される。誰を幾人救ったか、ではなくて、誰と幾度戦ったか、でもない。
ああ、でも。
白哉となら、100回やって100回とも満足できそうな気がする。
「楽しそうですね。何を考えているのですか?」
「早いとこ体を治して、鍛錬したいなあって」
「朽木隊長は心配させられっぱなしですね」
「それが隊長のお役目。私は、心配させるのが、仕事なのかも」
「愛情の裏返しですか。それはまたうまい言い訳を考えられたようですが」
「ちょっとだけわかってきた気がする。死神の生き方っていうのが」
戦いの空気に触れると、本能が戦いを求めだす。
いい戦いをするために、体を作り、鍛錬に励む。
飽きるまでそれを繰り返すことが自信に繋がり、それを発揮できる場所を探し続ける。
「鍛錬は、当分の間なさらないようにしてください」
「・・・・・なんで?」
「想像以上に魂魄が柔らかすぎるのです」
「そうかなあ・・」
「腐食の進行より懸念されます。自覚なさっておられないのなら、余分に慎重になられるべきですわ。強度が元に戻るまで、退院させられないというのが私の診断です」
「・・・・・・2、3日もすれば」
「ひと月はかかります」
「・・・・・」
「先日診たときより、わずかに良くなっているくらいですから、本当に時間がかかるでしょう」
「そんなに待てない」
さん。このことについては、朽木隊長に報告致します。絶対に、勧められません」
「そうじゃない。そうじゃなくて」
はかぶりを振った。視界には、空座町の光景が広がっている。
「現世で変化が起きておかしくないころだから。だから、本当に時間がない」
「・・・治療法はありません。待つ以外に、あなたのできることは何もありません」
は目をつぶり、苦しそうに天井を仰ぐ。
台風の目のように、その中心地となる一帯に下級霊が存在していない、ぽっかりと浮き出た地。
尋常でない重霊地の広さを思い、その深刻さにようやく思い至る。
「それにたとえ変事が起きたとしても、あなたに極限の戦いは、体がついてゆかないでしょう」
現世で過ごすのに必要な、特製の義骸をは見る。
「魂魄自体に重き枷をはめられている以上、それも用を為しませんわ」
犠牲を払ってから登場するヒーローなんて、本当は格好悪い。
もったいつけて登場して、そして負けたら、無様である。
「・・・それはわからない」
命をかける、なんて、本当はとても意味のないことだけれど、そうせずにはいられない。
さん・・」
は人差し指を立てた。
「いい。卯ノ花さんのいいたいことは良くわかってる。だけど忘れないで欲しい。私は、これでも死神なの」
「・・・すみません」
「至急、頼みたいことが」
は卯ノ花にクマのぬいぐるみを渡し、涅マユリ率いる技術開発局に分析にかけるように頼んだ。
データを収集し、そこから何かを得る。
できなければ涅マユリを無能と呼ぶつもりだ。浦原に劣る二番煎じの代理局長として、その座からひきずり落とす。
ありったけの覚悟と尊厳を詰め込んだ命綱を渡された卯ノ花は、それを受け取らないわけにはいかなかった。
同じ、死神として。人、として。
卯ノ花は苦笑しつつ、ぬいぐるみに向かって頑張ってくださいましねと生真面目に話しかけた。










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