白の死神


31




卯ノ花はまず、に関する権限を持つ朽木白哉に話を通した。
目的は伝えなかった。おそらくその判断は正しかったと思う。
使用していた物の公式的な判断を客観的に知りたいとして、朽木は分析を黙認する。
また現世に行きたいから、なんて言ったら、絶対にその場で引き裂かれたに違いない。
行きたくなくても行かねばならないこともある。したくなくてもやらなければならないこともある。
やるなら前向きにそれを楽しみたい。
卯ノ花に渡したそれは、命綱でもあり、希望でもある。
にとってそれは人質でもあって、ベットで大人しく過ごす交換条件でもあった。

涅マユリを動かすのは、案外難しい。
挑発に乗ったように見せかける彼は、それが一番面倒でない方法だと知っている。
数十代に渡る家の膨大な記録資料から、涅の知的好奇心はある程度満たされている。
しかしもっと掘り下げたところに、家の真髄があった。
氷山の一角でしかないオープンソース。
付け足され、改変され、蓄積された知識の山が、家の資料庫に埃を被って眠っている。
知識を求めるあまり重大な犯罪者を出したこともある一族は、それを恥とは思ってはおらず、それがかえって人々を遠ざける結果にもなったが、内なる結束は深く塗り固められた。
多方面で行脚する専門家や研究者の集団を統括する一族の当主は、生き字引きと呼ばれることもあり、社会的に認められ珍重された。
大抵の学問書を監修し、子供にでもわかるような読本にさえなる、それらの体系的な知識は「理」と称され、数百年たってもバイブルとして取り扱われていたりもする。

涅もまた、そういった家流の基本的知識をベースに、今の研究者としての立場がある。
浦原もまた、かつてそうだったが、研究者というよりは発明家だ。
魂魄も、義骸も、ぬいぐるみも、涅の専門外である。はっきり言えば眼中にない。興味がないから手もつけない。
ただ、人体の改造には多大な興味がある。
「コレ。それに勝手に触るナ」
「おやりにやらないのでしたら私が・・」
「ネム。余計なことをするナ。ソレは私直々に任されたものだからネ」
ネムは指示を待った。
「ネム。は今どこにいるのだネ」
ネムは記録を調べた。
「まだ、四番隊隊舎の総合救護詰所の病室内にいらっしゃるようです」
「おかしいネ」
じっとしていられない気性を知るマユリは不審に思う。
監視カメラを覗いたネムは、とある画面をじっと見つめた。
「マユリ様。無能とは何ですか」
「能無しのことダヨ。私は、天才だがネ」
「そうですか」
涅マユリ無能疑惑、とでかでかと書かれたタイトル。
ネムはスクリーンボタンをぽちっと押した。
マユリは目を見開いて凝視し、身を乗り出してそれを拡大する。
挑戦状叩きつけられるるも、初代局長の作品の謎を解明できず。
A子さんの証言。興味のないことはやらない人ですが、実はわからないだけなんです。可哀相な人なんです。
「初代だっテ?そんな古い相手に負けるはずナイじゃないかネ。今証明するヨ」
そして、バカナ、を連発する。現世の物質が、開発局のデータとヒットするはずがなかった。
やる気になった涅マユリ。ここからが本領発揮である。




死ぬほど沢山寝たは、全身がスムーズに動作するようになったことを確認して、酒に手を伸ばした。数秒持ったが、元に戻す。
以前もあったことだが、機能の停止から回復すると、酒の味もいまいちわからず、酔い止めの効果も薄い。
はお猪口を手に取った。
指先の微かな震えで揺れるそれは、ミネラルウォーター。
こぼさないように気をつけながら口をつけ、早く家に帰りたい、とは思う。
腹持ちしない菓子類を頬張り、涅マユリの遅すぎるアクションに待ちくたびれたはベットから足を下ろした。
「もう動かれていいのですか?」
「外の風に、あたりたくて」
「肩を貸します」
「いえ、いいの」
は檜佐木修兵の気遣いを断る。
「それより何か話しがあったんじゃ?」
「・・いえ、またにします」
「いいよ。屋上いくから、そしたら聞く」
檜佐木修兵は、虚圏に向かった東仙要の隊の副隊長で、現在隊長不在である。
同じく隊長不在の副隊長吉良イズルから相談事をもちかけられることが多くなったは、アドバイザー的存在だ。
しかし、檜佐木と吉良は違う。
吉良は隊長がすべき仕事に手を出さなかったが、檜佐木はやれるものはやらされた。
ぶらぶらと歩き回るのが好きな楽観主義の隊長と、正義感あふれる教育大好きな隊長、が後に残したものの違いは大きい。
どちらもかなり苦労させられていたのだが、集団を纏めそれを動かす采配の能力は、客観さを持った檜佐木が明らかに上である。
は、檜佐木がいずれそのまま隊長に据え置かれるのではないかと思っているが、本人にその気はなさそうだった。
「ふぅ。・・やっぱり風は気持ちいいね」
ささやかな風の流れは、見ているだけでも気持ちいいが、感じればさらに心地いい。
ぐっと背中から空にむかって手を伸ばし、体を伸ばす。
檜佐木は胸元から巻物を取り出して、腕を下ろしたの前にそれを広げた。
相談を持ちかける檜佐木は、自分の考えに自信が持てない様子である。
説明を聞きながらは、檜佐木が東仙要の隊として扱いまだ補佐していることを知った。
茶々を入れたいところだったけれど、それは控えた。ひきずるのとは少し違い、一線を引いている。
自分の立場を明確にしておきたいという気持ちは、自分も同様であり理解できる。
は自分ならこうするという主観的なものを一切いれずに、経験として注意が必要とされる箇所に具体例を挙げる。
檜佐木は飲み込みが早かった。
「参考になりました」
「お疲れ様。ほんとに大変そうだね、これを全部こなすのは」
「あまり暇すぎても何をすべきかわからなくなります。迷わずに済むほど、忙殺されているくらいが丁度いいのでしょう」
そう言って、檜佐木は巻物をするすると元の形に戻していく。
「吉良に聞かせてやりたいよ」
「三番隊もそうですが、五番隊も気になりますね」
覚醒した後の雛森がどんな反応をみせるかで、五番隊の行方は左右される。
忘れていれば良し。忘れていなければ・・。理解できるか、できないか。
起きたことは仕方ないとして、それを受け止められるかどうかで、雛森の器が問われる。
各隊の隊長と副隊長の絆は思うより深く、隊長の謀反を間に当たりにした当人の気持ちはにも共有できない。
吉良は、錯乱してもおかしくない、と懸念していた。
「吉良と檜佐木さんが、彼女の立ち直るキーになる、と私は勝手に思ってるんだけど」
「どうですかね。俺の場合は、自分の隊長の行動に納得してますから」
「それはそれで問題?」
「少しは」
「思い込み激しかったからねー、東仙隊長」
と檜佐木は、少し笑って、同時に扉の方角を見る。
静かに開いた扉から涅ネムが顔を出し、檜佐木は礼と挨拶をしてから入れ替わるように去っていった。
「マユリちゃんの調子どう?」
「不機嫌、です」
「やっぱり」
は小さく溜息をつく。
「まさか、チジヂリの粉々に破壊されてたりしないよね」
「食い止めました」
「さすが、ネムっち。助かるよ」
「録画しておきましたが、見られますか」
「助かるよ」
携帯スクリーンに映し出される映像。
3倍早送りの音声つきで、マユリダイジェスト版をはとくと見た。
バカナバカナと叫ぶマユリは、動揺からか帽子が頻繁に動き、食い入るようにデータを眺めるマユリは、ふと、何か呟いて、突然その解析データを床に投げ落とすと、これでもかというほど憎らしげな表情で踏みつける。
「あ、今、何言った?」
マユリは少しばかり巻き戻し、通常速度に切り替える。
「コンナモノ、コンナモノっ」
「もうちょっと前」
「ソウカ!・・・・・逆転の発想。さすが私は天才ダネ。・・・・ッ、バカにするナ!」
視点を変えれば、あまりに単純な仕組みになっていることに気づいたマユリは、騙されたようにぶち切れる。
「進めていいや」
「こんなものに手を煩らわしたナド・・エエイコンナモノ!」
ぬいぐるみに手をかけて千切ろうとするマユリをネムが冷静に食い止める。
ひと悶着を起こすその映像を見ながら、は静かに言う。
「それで、何も発見はなかったの?」
「といいますと?」
「義骸といっても義骸じゃない。それに似せたもの、ってのは、作った本人がよく知ってる。そんな物の構造を知ったからって、マユリちゃん、いいとこなし。ただ気づいたってだけじゃ困る。私の体質に合わせて考えてくれないと。これじゃマユリちゃんに任せる意味ないっぽい」
はネムに録画を要請し、マユリに話しかけるように言った。
「それを改造できるのは、マユリちゃんしかいないと思ってる。マユリちゃんのスーツみたいに性能のいい着ぐるみにしたい。病はなおせないけど、カバーはできる。絶対。難しいと思うけど、期待してる。完成したら尊敬しちゃうかも。あ、でも、形変えないでね。マユリちゃんの趣味が入ると、マユリちゃんJrみたいな格好になりそうだし。真似されるの嫌でしょ」
は手を振って、通信を終了する。
「これでいいかな」
「マユリ様はおやりになると思います」
「等身大のクマとか、止めてね。可愛くないから」
ネムが伝言録画を持って帰ったあと、は屋上から自分の家のある方角を眺める。
霊子に包まれた瀞霊廷内は、現世より空気が澄み渡っていて、やはり過ごしやすい。
もしも、と思って、やめよう、と思った。
あれこれ考えるのは悪い癖だ。
自分に関わらないものまで思考を広範囲に持っていくのは、無意味なことだと思う。
今という瞬間を生き抜くことに全霊を賭ける。
寿命という一線を越えた者に、死に方を夢見る資格はないのかもしれない。
恐怖というものが抜け落ちている自分に気が付いて、それをずっと不思議だと思いながら眺めていた。










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