白の死神


32




日常生活に問題ないほど回復して隊務に戻り、しばらく立つとマユリに呼ばれた。
見た目は全く変わらないクマのぬいぐるみだが、ふくよかさと弾力性が増していて、床に落としてみると軽く跳ね返る。
中に入ってみようとすると、すんなりと簡単に入ることができる。
しかも、霊子密度がさらに高まったのか通気性がよく、何かを被っている感覚がほとんどない。
肌着一枚の薄さにも思えるそれは、摘まんでみれば程よい痛みもあって、神経連絡がすみずみにまで行き届いている証拠だった。
「おー、すごい」
手のひらからわずかな霊気を放出してみれば的に当たる。霊体で過ごしているときとほぼ同じくらいにまで操作性が向上している。
「けど、こんなんで現世の空気遮られるのかな」
「この私が開発したモノに不備はナイ!」
と豪語したマユリの言うとおり、4次元ポケットがついていて、お腹をひっこめようとするとそれが出てくる。
中を探ってみれば変なものが入っていた。
「これは?」
「ソノ携帯吸引機で、衣内を瞬時に空気清浄スル」
後ろに控えていたネムが携帯用スクリーンで、喘息の薬と使用例を挙げていた。
「ふ〜ん、それで楽になるんだ」
「フーン・・ではナイ!崇拝したまエ」
「この吸引機、どのくらい持つ?」
「半永久ニ」
「うそだ〜。薬ならそんなに持つわけないじゃん」
「薬など入ってはおらぬのダヨ。凡人とは頭のツクリが違うネ。壊したリ紛失したリしても二度と作ってあげナイヨ」
「じゃあさっそく分解して・・」
「オヤメ!研究の横取りは許サナイヨ」
「作ってくれないなら自分で作るしかないじゃん」
「・・ネム」
ネムはざっと両手にスペアを抱える。
「・・・用意がいいけど・・、半永久的に使えるならこんなにいらないよね・・」
「作りすぎたのダヨ!ダレカのセイデ!ダレとは言わないガネ!」
ネムはくすっと微笑む。
はスペアを一つだけ貰って、念のため使用してからポケットに仕舞った。
次第に、はその効果とやらを実感した。
森の中にでもいるような、染み渡る清浄感。
「・・・マユリちゃん、天才!」
は清々しい爽快さに感動した。
「当然ダヨ」
しかも、さらに。
魂魄への負担無しを限界まで極めたとして、霊力を最大限に挙げることが可能、と言われ、さっそく実践してみたは、涅マユリに思い切り蹴飛ばされた。
「ここでヤルンジャナイ!」
壁にめり込んだは、ぱらぱらと砕けるそれと一緒に床に落ち、そして跳ねた。
「意外と・・そんなに痛くない」
むくりとは立ち上がる。
「生身のダメージを半分程度に抑えるヨ」
「きゃっほ〜っ」
はくるくる回って最高の余韻に浸る。

マユリがマユリスーツを着るように、はぬいぐるみを被る。
そう言ったら笑われたが、どこでもクッションは便利で実用的だった。
しかも、霊力を一定以上に上げなければ、病の時間進行もない、というデータが出てきたのには驚いた。
「落ち着きがないな」
はちょろちょろと白哉の周りを動き回る。
「喜びはわかるが、はしゃぎすぎると疲労が溜まるぞ」
「これっくらいっ、何でもなーい。・・うおっ」
むんずと捕まれて、座らされる。
はパタパタと手足を動かす。
「動きたい〜」
「仕事を手伝おうという気は」
「むりむり〜。筆持てな〜い」
「ならばじっと見ていろ」
「じとーー」
は数分耐えて飽きた。
「白哉あんまり喜んでないみたい」
「・・・手放しで喜べはしない」
「なんで?」
「頼るものを見つければ、自身の管理を怠るだろう」
「今までどおりちゃんとお薬は飲むよ」
「私がそなたにしてやれることは無くなった。せいぜいクマにすがるが良い」
「・・・・・・・・・・・・・」
あたふたとは焦り、頭を抱えて部屋を一周してから、障子を大きく開けた。
「身投げする。白哉があんまりさみしいこと言うから、傷心自殺なのだ」
飛ぶよ、投げるよ、と言ってみるが、白哉は目を細め、無言で返してきて。
「うわ〜ん。ズタズタです、先生っ」
は駆け戻ってその膝の上に寝転がり、それでも反応をみせない白哉によじ登って、その胸元を剥ぐ。
ちょっと驚きを見せた白哉にしめしめと思いつつ、はそこに収まろうとしたが、入りきらずに落ちる。
もう一度試してみたがダメで、は肩を落として諦めた。
触れようとした白哉の指をかじり、は涙交じりに宣戦布告する。
「お世話になりましたっ!お達者でっ!」
追いかけてくる気配はなく、は本気で泣けてきた。
つまづいて地面を転がり、心が痛んだ。
はもう転ばないよう一生懸命歩きだす。




はしくしくと六番隊にほど近い五番隊に潜入した。
隊長不在かつ副隊長昏睡で、ほとんど機能していないそこは出入りし放題である。
時折びくっと体を強張らす者はいたが、すすり泣き歩くぬいぐるみを見て、その場で失神。
は誰も来ないところまで来てしゃがみこみ、慰めてくれる人もいないとつまらなさそうに泣き止んだ。
「あれ・・、ここは・・」
五番隊の資料室。本当は入ってはいけない場所だった。
事件があってから監査が入り、その後の出入りは禁じられているはずだが、誰も見張りがいない。
一度だけ立会人をつけ調査の手伝いをしたことがあるが、大量の情報に埋もれかけそうになった。
よくみれば、埃っぽいその部屋に、埃を被っていない箇所がある。
は不審に思い、近づこうとして迷う。
それが罠なら、吹き飛ぶことだってあるかもしれない。
いいや、そうなったらそうなったで。と、はヤケになる。
不思議と頭の中は冷静だった。
ほんのかすかだけれど、その近辺から気を感じる。
霊気とまではいかず、結界のようなものでもない。
ある意味、念に近いと思えた。
もしかしたら。
いや、その念の持ち主が藍染惣右介のものとは限らない。
は手のひらをあてて、どの本がそうなのか、念に近いものを感じるのはどれかと探る。
本当にわずかで、集中しなければわからなかった。目に見えるほどの強さを持っていない。
「これだ!」
は開いた瞬間にその本を叩き落した。
「春画かよ!」
はははは、と藍染がこちらを見て笑ったような気がした。
「興味なさそうな顔しちゃって。そう言う奴が危ないんだ!」
一瞬だけ浮竹の顔が浮かぶ。
「や・・よく考えたらモロにそういう顔してるような気がしてきた」
浮竹より悪趣味っぽい、とは藍染のことをそんなふうに考える。
眼鏡外すとナルシストに豹変だからねえ。
は本棚から飛び降り、春画本を一ページ目からめくってみる。
いや、興味があったわけではない。決してそんな興味があるわけではっ。
至って普通のおもしろくもなんともなさそうなその内容に、はがっかりしつつも逆に興味が湧いた。
「誰だろ、こんな三流のくそ本に念なんてかかるほど執着した奴は」
おまえか、市丸ギン!
と思ったり思わなかったり。
マイナーなものが好きそうで、だけど最低限のレベルは必要そうでもあり。ハズレかな、とは思う。
は、もう一度本棚にのぼって調べてみたが、他に関係していそうなものは無かった。
「よしっ。持って帰ろう」
はそれを抱えて、窓から飛び降りた。感じた高さに躊躇なくそうしたことで、ふと白哉が言っていたことに思い当たる。
何でもできてしまうような気がすることは、実は危険なことなのかもしれない。
六番隊隊舎を通り過ぎ、七番八番と通り過ぎた。
種類が種類なので、女の子のいるところは避けた方がいいし、人目につかないところが良かった。とりあげられても困るし・・。
読みふけるのに格好の場所なのは、やはり浮竹のところだと確信する。

「浮竹あけて〜。ドアノブ届かない〜」
ガンガンと叩いてみれば、やや少し顔色の悪そうな浮竹が出てくる。
「あ〜、。小っちゃくなっちゃって・・ごほっごほっ」
「へーき?」
「や、ちょっと咳が・・ごほっ、止まらなくてね・・ごほほっ」
「お部屋の隅っこ貸して。静かにしてるから」
「ん・・、いいけど・・・。ごほっごほっ」
浮竹はを招き入れ、布団に戻ると上を仰いで、落ち着いたようにひゅう〜と喉から音を出した。
は手に持っていた本を布団の下に一応隠して、4次元ポケットをまさぐった。
「これ、使ってみる?」
は、浮竹に吸引機を渡した。
「ちょっと埃落としてくる」
は言って、一旦外に出て、体を叩いた。
戻ってくると、浮竹は不思議そうな顔をしていて、「なんだか少しすっきりしたけど。これ、何の薬だい?」と問う。
「喘息の薬?よくわかんない。マユリちゃんのお手製だから。合いそうならあげるよ。スペアまだあるし」
「いや、やめとくよ。それより、何の本持ってきたんだい?」
「えろ本」
「・・え。いや、うん。悪くはないけども」
「一緒に読む?」
「えーと・・興味はあるなあ」
「あんまり期待しないでね。おもしろくなさそうだから」
「面白くなさそうなのに、読むのかい?」
「うん」
「ん・・まあいいか」
前と同じで途中で飽きるだろう、と浮竹は思っていた。
は浮竹の布団に入り込んで、浮竹を背もたれにするようにして本を広げる。
浮竹はほんのちょっと、朽木が羨ましく思えた。
子供に読み聞かせるように、浮竹は本をめくる。
内容は春画と物語付きの本であるが。
「・・・面白い?」
「面白くないけど読む」
「ふむ・・」
その物語は、いちゃつくばかりで出来事というものがなかった。
たしかにエロはエロで、そういった表現が多々出てくるものの、艶がない。色気やムードが漂ってこなかった。
「タイトル何だったかな。ちょっといいかい」
「うん」
「これ、隅にスリルとサスペンス、って書いてあるね」
「スリルとサスペンスなエロなんじゃない?」
「どちらかといえば、ほのぼのだよね」
「どちらでもなくて、ほのぼのだよ」
「三流作者もいいとこだな。聞いたこともないし」
「マイナー?」
「ん〜・・、マイナーというよりも素人?」
「へ〜、私じゃこんなに書けないけど」
「書けなくて普通だから」
「こういうのが好きそうな人に心当たりは?」
「・・・?いないよ?」
「そっかあ」
「どこで拾ってきたんだい?」
は浮竹を見上げる。
「内緒にしてくれる?」
「・・・ああ、もちろん」
「五番隊」
「藍染?副隊長・・は寝てるし」
は肩を竦める。
「持ち主が誰かはわかんないけど、藍染がこういうの好きってありえないよね」
「そうだなあ・・。表面的なものとあわせれば、ないこともないけど、ずばり趣味、というわけではないと僕も思うなあ」
「じゃあ東仙要の線は?」
「んん〜。平和主義者ではあるから条件には見合うけど、可能性でいえば狛村くんの方が強くないかな」
「狛村隊長かあ・・」
「あくまでも可能性の話だよ。たしか彼はロマンス小説の愛読者だったはずだし」
「む〜、・・わからなくなってきたあ」
「だけども、あまりこういった類を詮索するのは趣味がよくない」
「・・ま・・ね」
「どうする?最期まで読む?」
「うん」
「了解」
浮竹はまだるっこしい甘さとほろ苦さにいち早くリタイヤした。
恋愛小説か何かならまだ楽しめるのにと思う。
「お茶でも飲むか」
は真面目な顔で本を読んでいた。
といってもぬいぐるみの顔だから、細かい表情の変化はつかめないのだが。
お茶をすすった浮竹は、ふと感じた気配に振り返る。
、朽木くんが来るよ」
は腕を組み、何か考えごとをしながら本と向かい合っていて、浮竹は本を閉めての注意をひく。
「こういう本を読ませていたと思われたら、何を言われるか」
「そうだね。ごめん。迷惑かけに来たわけじゃないんだけど」
「構わないよ、僕は」
は本を丸めてふと現れたお腹のポケットに詰め込み、浮竹はどこの空間に仕舞ったのかと思う。
ほどなくして来訪したノックの音に、浮竹は腰を上げた。
がこちらに伺っていると聞いたのだが」
「ああ、来ているよ」
「迎えが遅くなってすまない」
白哉は気配に語りかけ、奥から出てきたは白哉を見上げた。
「見るだけでむかつく」
は言ってその足をぽかすか蹴り、白哉はその膝を落とした。
しりもちをついたを掬うように両手で持ち上げた白哉は、すまなかったともう一度言い直して詫びる。
は口を尖らして、浮竹はそんな二人を見ながら首を傾げる。
「また何かあったのかい?」
「ささいな行き違いがあった」
「ささいー!?」
は文句をつけるようにじたばたと手足を動かす。
「・・と言ってるけど」
「話し合わねばならぬため、これで失礼する」
「・・うん・・まあ、あまり怒らせないように」
相性がいい、と浮竹は二人を見送りながら思う。
本当にささいなことで痴話喧嘩をしはじめることができる関係は、希少であり本物だ。
たまにやりすぎることもあるようだが、二人はバランスを取り合って関係を保っていると、浮竹はそんな気がする。
いや、は皆とバランスをとって生きている。
幼少の頃より病にかかわずらった浮竹は、爆弾をかかえる者の恐怖や絶望、そのための渇望を理解することができる。
深刻になって話し合ったことはないが、そういう気配を感じ取ることが互いにできた。
慰めあったことはなくとも励みになる存在であるのは確かで、そんなをサポートしてくれる者がいるのが嬉しいと思う。
余裕があるときには、こちらのサポートに気を回してくれて、いつもそれがありがたかった。
浮竹はそう思いながら、仲直りしてくれるといいけれどとかすかに微笑み、逆の方向から言い合い罵り合いながらこれまた相性の良いといえなくもない部下たちに困ったように眉を下げる。
心配してくれるのはありがたいのだがと浮竹は小さく溜息をつく。
「言い過ぎたと反省している」
「本当にっ?」
「ああ。動揺していたのだ」
「もう少しで辞表書くとこだったよ」
「仮にそうしたとしても、受理はしない」
は大げさに溜息をつく。
力を抜いたを白哉は持ち直してじっと見つめる。
「何ですか」
「・・ぬいぐるみとはいえ、この小さき生き物に口付けるのは気がひけるのだが」
「しっ、しなくていいしっ」
またじたばたと暴れだしたを手の内に見つめ、白哉は静やかに胸中を告げる。
「せめて自宅に戻ったときだけは、離脱してくれないか。これはこれで愛らしいのではあるが、観賞用としてが一番良い。触れるならば、直接触れたい。手近なところに、確かな感覚がなければ、落ち着けぬのだ」
「わかった・・私もこのぶらり持ち上げられてるの落ち着かない。抱っこ。仕事終わったなら、お家帰ろ」
は大切そうに抱えられ、家路に着く。
「久々に散歩をするか」
「・・おさ」
「無しだ」
「お、お散歩って言おうとしたかもしれないじゃん」
「無いな」
卯ノ花のお墨付きが出るまでは、あれもこれもそれも無碍なく却下される。
許されているのは、ご飯とおやつとお茶。それでもなんとか、幸せだった。
お酒があればもっと幸せだと思った。










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