白の死神


33




「どうだろう。井上さん」
石田は、が現世に来た本当の理由を井上から密かに聞いてから、毎日コツコツと夜なべをしていた。
素材選びから慎重に熟考し、そしてそれはとうとうついに出来上がった。
「かわいい〜、かわいい〜、かわいい〜っ」
ぽかーんとしばらく口をあけてみていた井上は、目の色を変えてハートマークを飛ばしまくった。
石田は仕上がったワンピースの感想を聞いたが、あまり参考にはならない答えが漠然と並ぶ。
「たつきちゃ〜ん。見てみて、可愛いよねえ〜」
「手が込んでるね。ゴスロリにしてはそんなに目立つ方じゃなさそうだけど」
パステルカラーの水色の落ち着いた色合いと風合いが目に優しいフェミニンなそれは、レースをふんだんにあしらってあるが華美すぎず、基本をしっかり抑えたままのシンプルさと兼ね合いスポーティにも見える。
「織姫、即席のお嬢様になるんじゃ。意外といけそう」
「私のじゃないの〜」
「織姫のじゃないの?まさか石田、とうとう女装趣味に」
「違うっ」
井上織姫は、ハンガーにかかったそれを自分の体にあてて、長さや揺れ具合など確かめている。
「どう、どう?」
そういって、楽しんでいる。
たつきは、
「織姫のじゃないんなら、本人に着て確かめてもらえばいいじゃない」
と言った。
「え〜っと、とっ、遠い親戚に送るんだよ。ねっ。もうすっごく、これっくらい遠いの。ねっ」
どれくらい遠いんだか、とたつきは呟いて。
「サイズとか聞いたの?」
「細かいサイズはわからないから、井上さんを基準にやや小さめにした」
「・・・織姫サイズ教えたんだ」
「たつきちゃん、着てみてっ」
「はあっ?やだよそんなの」
「言わないで〜。私じゃ胸が入らないんだもん」
「似合わないとか言わないでくれる?」
「それはもちろん。渡したい人のイメージで作ったものだから」
たつきはしぶしぶながらそれを着た。
「たつきちゃんかわい〜」
「似合ってないのはわかってるから、織姫、黙って」
「少し大きいね」
たつきは胴回りの横を摘むが、胸からすとんと落ちるようなそれがフリーサイズなのだと知る。
裾のひらひらが気になった。頼まれても着る機会はない服を仕方なしに着用したが、意外に肌触りは良い。
「かかとをあげてもらえるかな」
たつきは机に片手を置いて、つま先で立つ。
石田は膝を床について、裾丈を調べている。
教室の後ろからガタン、と音がして、顔を上げ、振り見てみれば、黒崎が後ずさるように心底驚いている。
「あんた、今、何か言ったら殺す」
ギロリと睨まれた黒崎は直視できずに、何も見なかったように目を逸らした。
「ねえねえ、黒崎くん。似合うかな、きっと似合うよね」
「・・・・」
黒崎は感想を言うのを控えた。言葉が思いつかなかっただけなのだが。
「一護も知ってるんだ?石田の遠い親戚」
今度は石田にギロリと睨まれた黒埼は、あ、ああ・・、と話を合わせる。
「ああっ、もしかして、あいつの。なんだそっか、あいつのか」
黒崎は感想を言わずに済み、ちょっとだけほっとする。
「ふ〜ん。一護も織姫も知ってるんだ」
たつきは、ほんの少し、自分が蚊帳の外に置かれていることを思う。
「あ。いや、偶然会ったっつうかなんつうか。まあ、ちょっとな」
石田がもういいよと合図をして、たつきは暑苦しそうにそれを脱いだ。
「重さはどうだろう」
「ん〜、さほど、かな。こういうの着ないからわかんないけど」
さつきは用を終え部活に行った。
姿が見えなくなったのを見計らい、黒崎は言う。
「それあいつのだろ」
「何か問題でもあるのか」
「や、そうじゃなくてよ。恋次に聞いた話じゃ、こっちにはもうこれねえだろうって」
「知っている。だからこれで終わりにする」
「終わりって、石田くん・・・」
「彼女は恩人でもある。だから望みだけは叶えてあげたい。黒崎、またあの死神仲間に会ったら、僕が彼女に渡したいものがあるといっていたと伝えておいてくれ」
「・・・ああ」
生活を共にした居候が突然いなくなってしまったときの気持ちは、黒崎には痛いほど理解できる。
クラスメイトはルキアがいたことも忘れ、何事もなかったかのように、時は進んでいく。
石田との間には、密約が交わされていたわけではないようだが、確実に石田はあのとき言葉も笑顔も多く、楽しんでいた。
何かしてやりたいと思うのは当然だし、そうすることでいくらかでも気持ちが晴れるならと黒崎は思う。
その日、石田はもう一度だけ針と糸を手に取った。
何度着てもいいように、何度洗ってもいいように、ほつれたりしないよう心をこめる。
あの子は汚すのが得意なようだから、耐えられるよう念入りに。
置き忘れていった温泉の素を補充して、ぬいぐるみ専用の洗剤とふと立ち寄った店で購入した香り袋も追加して、箱に詰める。
いろんな思いが走馬灯のように思い出されて、石田は閉じたそれをガムテープで括るまで、しばらくの時間を要した。




「黒崎くん、黒崎くんっ」
いいこと思いついちゃった、という顔をする井上の言うことは、滅多にいいことではない。
「私も何かプレゼントしたいのっ」
「・・別に親しいってわけでもないだろ」
「そうなんだけど、そうなんだけどねっ。私もほらっ、助けてもらってちゃんとお礼できてないし、それから朽木さんにも〜」
「・・なんでルキアに・・?」
「私、一度お中元ってやってみたかったの〜」
「・・・・」
「いいよね、黒崎くんっ」
「倍返しとか期待すんなよ。向こうにそんな習慣あるか知らねえし」
「気持ちだよ〜。それに朽木さん、まだ調子良くないのに見送ってもらっちゃったし、そのことも気になるからっ」
「あ〜、それもそうだな。んじゃあ、茶渡も呼んで何か用意しとくか」
黒崎は石田も呼んだが忙しいと却下され、仕方ないので3人で選ぶことにして、駅前で落ち合うことにする。
はじめに到着して待っていたのが、茶渡。
次に、手を振ってついた井上。
時間をやや過ぎてやってきた黒崎は、出掛けに虚退治済みである。
「念のため、こいつ連れてきたの正解だったな」
黒崎は、鞄を背負っている。
もぞもぞと動くそこから、じゃっじゃーんとコンが飛び出すと、街行く女性を食い入るように見つめて品定めをしだす。
「おおっ、こっ、こんなに近くにっ」
結局コンが飛びついた餌は井上のもので、茶渡がベシリと払い落とした。
「むむむ・・・。あいや〜ん。でもっ、あの子もこの子も、ぐぅっっど。ベリィナイス。ミラクルここは天国〜ハーレム〜」
ナンパしたがるそれを、黒崎が足蹴にして留める。
井上はしゃがんでコンに話しかけた。
「これから朽木さんへのプレゼント選びにいくんだけど、一緒に選んでくれる?」
「なにっ!一護てめえ、抜け駆けしようとしたなっ!」
「・・・つれてきてやっただろ」
「何買うんだよ〜。姐さん、気難しがりやだぞう」
「朽木さんってどんなものが好きなの?」
「キュウリ」
「・・・・それはちょっと」
「あと白玉だなあ〜」
「・・それも・・・難しいかなあ」
コンの自信ありげな情報は、いざというときに役に立たない。
茶渡は連想して言ってみる。
「白玉が好きなら、あんみつとかか?」
「おいしそ〜。ぜんざいとかもいいかも〜」
きょとんきょとんとするコンだが、そういえばスーパーで見かけたと思い想像する。
「姐さんのスプーンであ〜ん・・・ああっ、いいっ!いいなそれっ、それでいこうっ!」
黒崎は踏みつけたままのそれをさらに踏みつける。
「食い物は賛成するけど、日持ちするもんじゃねえと向こうが困るんじゃねえか。食い方も知らねえだろうし」
「それじゃあ、缶詰セット!桃缶とかお見舞い向きだし!」
「缶切りもつけておかないといけないな」
「そうだねっ!じゃあじゃあ、色選んでもいいっ?」
井上のモチベーションの高さは一定で、話はどんどん進んでいく。
もう一方のに対するプレゼントはというと、
「石田くんレース使ってたから、それに合わせよっ」
「レースって、ハンカチとかか?」
「いいねいいねっ」
「リボンなんてどうだ」
「決まり決まり〜。日傘もつけよっ」
質素な缶詰セットと華やかな嬢様セット。
妙な差があるな、と黒崎は思いつつ、本当に食い物じゃなくていいんだろうかと一抹の不安がよぎる。

数日もしないうちに、黒崎はアロハシャツを着た恋次と出会った。
配達を頼むと、めんどくさそうにしながらも不承不承頷いた恋次。
「石田の分と、俺たちの分と、一緒に持ってってくれ」
「直接俺が手渡すわけにゃいかねえが、届くようにしといてやるよ。んで、その荷物ってのは?」
「ああ、家に置いてある。コレが結構重かったりするから、石田のを預かってからでいい。それより恋次、ソウルソサエティには戻らないのか?」
「まあな。いろいろあんだよ」
「もしかして、白哉に見限られたとか」
「・・・・」
ざくっと言葉の刃が恋次の胸に突き刺さった。
「・・おい。冗談で言ったんだ」
「わかってんだよ。まあ、それどころじゃねえっつうのが本音だな」
「んだ?さっぱりしねえな」
「隊長にゃ、のこともあるし、ルキアのことだってある。手一杯なんだよ。俺はせいぜい、黙って仕事するくらいなもんだ」
恋次はそう思いたい。
隊長からの連絡が全然ないのがほんの少しだけ心配でもあるが、何事も無い良い知らせと思いたい。
まさか忘れられてる、とか、ありえそうなだけに不安だったりもする。
「石田がずいぶん心配してるからな。何か知ってんなら、教えてやってくれ」
「残念だが。俺はなあにも知らねえ。知らされてねえ」
はっはっは、ざまあみろ、と自嘲するように恋次が笑い、黒崎は不審そうに首を傾げる。
「んだよ。俺だって少しは心配してんだっ。悪いかっ」
「悪かねえけど・・」
「部下なんだよ、あれでも!この俺のっ!」
少しくらい近況報告があってもいいだろ、と恋次は誰ともわからぬ者に向かって切なそうに呟く。
その相手は、決して朽木白哉などではない。
「何も知らない・・か・・」
黒崎は考え込むようにこめかみに触れる。
「とにかく心配はいらねえよ。のことは隊長に任せとけば問題ねえ」
「自信たっぷりだな」
「大丈夫だっ。万一死に掛けても、隊長がなんとかする」
「・・万一?」
「っだー。何度も言わせんな。おまえが思うほど朽木隊長は情のない人じゃねえ。隊葬の連絡もねえんだから死んじゃいねえよ」
黒崎は最近過剰に心配性になりかけている気がする、と恋次は思ったし黒崎自身も感じていた。
「それじゃ、荷物の方頼む。夜でいいよな。石田の住まい、知らねえんだけど」
「一度行ってる。忘れちまったけど別にいい。霊絡辿る。あいつのはちょっと特殊だしな。すぐに見つかる」
「見つかる?霊力がないのにか?」
「使えねえだけで、霊力は持ってるよ。てめーみてえにでかくはねえけど」
「じゃあ、石田はまた霊力が使えるようになるのか?」
「知らねえよ。俺らとは出所が違え。まあ、けどよ。経験から言えば、いつ能力が戻るかは誰にも分からねえんじゃねえか。残魄刀もそういうもんだしよ。命に近い残魄刀でも、無しでやっていける死神もいるわけだ。なんとかなるだろ。そう悲観的になるこたねえよ」
黒崎の重い荷物は浦原商店に運ぶようにさせ、恋次は石田のところに向かった。
黒崎の様子をどことなく怪訝に思いながら、友達思いってのもありすぎても問題だな、と思ったりする。
恋次にとって、本当に大切なものは、それほど多いわけではない。
1にルキア、2にルキア、といった具合ではあるが、優先順位はつけておかなければ迷いを生む。
あまりに守るものが多いと、本当に守るべきものを見失うことになる。
それより不思議なのは、なぜ数日しかいなかった現世でがこんなに慕われてるのか、だ。
まったく変な奴だよな、と思いながら、の周囲に集まる人数の多さを思う。
果たしてが本当に大切に思うものは何だろうと考えつつ、黒崎もまた同じようにその周囲に人を集めていると思えたりした。

黒崎が重たい荷物を息を切らせて浦原商店に運び込むと、浦原は妙な顔つきになった。
「はあ。朽木さんとこにですか」
「や、だからルキアのと、とかいうやつの。あとそいつの分で、恋次が追加持ってくる」
「はあ。ですから、朽木さんとこで一発っすよ」
箱に貼り付けた白い紙に、朽木白哉宛とでかでかと書いた浦原だった。
ルキア用、用、と小さく書く浦原はごく当然そうにそれを眺めた。
「や、ルキアは同じ家だろうけど」
「朽木隊長の親友なんすから、家に届けば自然に届きますって」
「っは?・・うそだろ」
「嘘言ってどうするんす。あ、もしかして、朽木隊長さんに友達いるのか疑問っていうアレですか」
「あ、いや・・、ちょっと」
「正直っすね。けどまあ、それがおかしいってことになると、アタシも猫の親友がいるのがおかしいことに」
「や、そっちは見慣れてる感じあるし。あんま想像できねえっていうかさ」
「アタシと夜一さんもそうっすけど、彼女と朽木隊長さんも古い付き合いのはずっすよ。なんせ朽木さんが隊長になられてすぐ、さんは引き抜かれてますし。って、阿散井さん同様同じこと聞きにきたんすか?」
「同じって?」
「いえね。さんがもともと体弱いこと、阿散井さん知らなかったらしくて」
「そうなのか?」
「そうらしいっすよ」
「・・そ・・っか」
それで自己嫌悪してたのか、と黒崎は思う。
「それじゃ、俺は帰る。早くしねえと、晩飯間に合わなくなるしな」
「詳細とか、聞いていかないんすか?」
「聞いたところで、どうすることもできねえし」
浦原は少しだけ驚いたが、冷静に答える。
「そうっすね。コレ、お預かりしときます」
「恋次によろしく」
浦原は黒崎の深く立ち入らない様子を見て、大人になったのかまだまだ子供なのか、判別できなかった。
「黒崎一護じゃろ」
奥から出てきた夜一は、黒猫姿のままで言う。
「やけに、気が弱っていたな」
「そう見えましたか」
「・・目の前で見たんじゃろうが」
「いえねえ。不安定だな、と思ったくらいっすよ」
「まあ、気にしても始まらん」
「そうっすねえ〜」
夜一は荷物のあて先を覗き込み、ほほうと呟くとおもしろげに台所に向かって足を伸ばした。
「アタシも何か送りましょうかねえ〜。何がいいと思います、夜一さん」
「酒でいいんじゃないのか」
「酒ですかあ。重くなりそうっすね」
「それか、ツマミかのう。ワシからの分で詰めといてくれ」
「軽い方選びやしたね」
「送料かかりそうだしの」
「そっちは阿散井くんが何とかするんじゃないすっか〜」
「なら、重くしてやるかな」
夜一は愉快そうに、いひ、と笑った。










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