第四話 予感


昨日の編入試験合格の知らせが届いた
その知らせに一番喜んだのは本人ではなく母でもない
今日は赤飯だと一番はしゃいでいたのは祖父である
赤飯を知らないは始めて見る食事にただ目を丸くさせていた
祖父に勧められおずおずと食すのを俺は見守る
はじめての赤飯の感想は微妙に甘いと
くるしげな顔を見るからにあまり好ましくないらしい
俺は本来赤飯が好きではないから無理に食べさせるのはどうかと思う
黒豆もチャレンジしていたが結果豆は食べられないということになった
食卓に残されたのは大量の豆料理
珍しく母さんが気落ちしていた
すると残った料理を消費させるため俺の弁当に入れようという
さすがに弁当に赤飯など入れたくはない
なんとかその提案を逃れてきたわけだが、かわりに朝から疲れてしまった
は祖父が柔道を嗜んでいることを知って飛び跳ねていた
師匠と侍とか武士の鏡だとか持っている知識を総動員して褒めていた
あいつが来てからうちの家族は雰囲気が明るくなった
あの人当たりの良さには敬服する
それにしても何の脈絡もない会話には笑えてしまう
柔道空手剣道をやる人間はすべて武士で侍なんだそうだ
どこをどう訂正すればいいのかわからないが
ただちょんまげという言葉だけは間違いを指摘できた
きっとあれらの言葉を教えたも相当なものだろう
わからない事を聞く回数も減ってきた
日本の生活にも少しは慣れてきたのだろうか




学校に行くと廊下で菊丸がウロウロしていた
菊丸は数名の女子に囲まれている
俺をみるとすぐさま駆け込んできた
「手塚〜、ちょっとこっちこっち〜。」
そういって腕をぐいぐいひっぱって連れ去られた。
腕をつかむ菊丸の手に力がこもる。
加減を知らないのか腕が痛い

「昨日ちらっとの話をしたんニャ。」
「誰に?」
「クラスの子。それでどんな子かってきくから正直に答えた。」
「そうか。」
「そしたら今日、もう質問攻めだよ〜」
・・・・・・なぜそうなるんだ?
菊丸は何がいいたいのだろう
「二人とも朝から大変だよね。」
「大石おまえもなにか用か?」
「僕も今日かなり聞かれたよ。菊丸と手塚のどっちの恋人かってね。」
なぜいきなりそんな話がでてくるんだ
どこからそんな話がでてくるのか
とりあえず菊丸はその類の質問攻めにあっているのだな
「この間話したばかりの相手になぜそんな話になる。」
「菊丸のクラスの子が話した内容がファンクラブで歪められたみたいだね。
だいぶその噂広まってるみたいだよ。」
「・・・・・・」
女は噂が好きらしいからな
だがこれはどうこうできる問題でもないだろう

「手塚ごめんニャー」
「なぜおまえが謝る必要がある。噂は俺達の責任じゃないだろう?」
「そうじゃないよ、手塚。英二が謝ってるのはにだよ。」
「ならばあいつに謝ればいいだろう。」
「そりゃそうだけど、手塚と仲いいじゃんか。
本人ここにいないしそのぶん先に謝とっく。
でも俺、手塚にも謝っときたい。」
「なぜ。」
「手塚もきっと聞かれるニャ。」
それはあの質問ということか?
「英二があんまり誉めるからだよ。」
「うにゃー!綺麗で可愛いって言っただけなのにー。」
「英二はのためをおもってやったんだと思うけど。」
「どういうことだ」
「すぐになじめるようにと思って話をしたみたいなんだ。」
そうなのか?あいつはすぐになじめると思うが
・・・・・・いつもおちゃらけているが菊丸は友達のことになると
熱くなるタイプだということを失念しかけていたな
「あんまり心配するな。」
「二人とも今日は一日大変だよ。」

に怒られないかなぁ。」
「英二、友達になったんだろ?それならわかってくれるって。」
「俺はそうニャ。はわからんけど。」
「あいつは会ったばかりのやつを友達だと断言するほどだぞ。
それに本気で怒るのを見たことはないから安心しろ。」
「そっかぁv」
というのも俺が経験したことなんだがな
そういえば本当に一度も怒るのをみたことはないな
くだらない怒りは何度も見たが
まあその事には触れないでおこう
「ところで試験は受かったの?」
「ああ。昨日聞いた。」
「受かると思わなかったみたいだね。」
「・・・・・・・」
落ちても文句は言えないからな
結局気付かれなかったのか
「気をつけないといけないね」
「ああ・・・・」
そうだな、バレたら退学にでもなるのだろうか
せっかく受かったのにな
いや今はその話をしているのではない
ファンクラブの話をしていたはずだ
そのはずだ
「部長があの噂を聞いたら驚くだろうなぁ。」
「・・・・・・・」
ファンの話をしていたはずだ、多分
自信がなくなってきた
頭の中では試験の時の事件でいっぱいだった


結局今日は一日質問攻めにあった。
手塚国光はぐったりしている。
休み時間に人がひっきりなしにやってくるとは
いいかげんにしてほしい
かなりウザい
さすがにクラスメートは俺の現状を見て気の毒だと思ったらしい
昼休みの開き教室を教えてくれた
なんとか放課後までもちこたえると、部活でもおなじだった
部長が代表で聞いてくるほどだ
ギャラリーいつもより多くないか?
菊丸はなぜあんなに元気なのか
部長に話すとそうかとひとことだけ残してギャラリーを散らしに行った
何をしたのかはわからないがみごとにギャラリーは消えた
部長はいつも冷静で尊敬する
これ以上騒ぎが大きくなるのを警戒して居候のことは言わなかったが
菊丸も大石も知らないのでちょうどいい
どうやらこの選択は正解だったようだ





家に着いたのは8時前
夕食の支度が整っている
がいないのでどうしたかと聞いてみれば母さんいわく出かけたそうだ
食事を済ませて部屋に戻り今日出た課題に向かう
やることもなくなりとりあえずリビングへ飲み物でも
母さんが電話で楽しそうに話している
ちゃん、そっちに国光さんを迎えによこすわね」
電話の相手は

時計を見るとそろそろ10時で確かに遅い
母さんは電話を切ると地図をとりだした
「国光さん、ここへ行って頂戴。」
渡されたのは一枚の紙切れで住所が載っている――“スタジオJACK”
さんったら人気者で帰って来れないみたいなの。
12時になったらひきずってでも家に帰ってきてね。」
はここで何をしてるんです?」
「行ってみればわかるわ。あんまり久しぶりだから楽しんでるみたいね。」
母さんも楽しんでいないか?
たぶんあの人当たりの良さで足止めでもされてるのだろう
母さんの井戸端会議を止めるのは俺の役目だからな
だから俺が呼ばれたのだろう
「国光さん、それからTシャツも持っていってくださる?」
Tシャツ?一体何に使うのか
まあいい、さっさと持っていくか
とりあえずタンスの中でも調べるか

の部屋に入ってタンスを開けてみたが入っていない
ほんとになんにも入っていない
真ん中の段にも入っていない
空っぽだ
こうきたら下の段にも入ってないだろう
とりあえず開けてみるが片手で開かない
おもい…。
……どうしてだ?
どうしてこんなところに飲み物が?
2リットルのウーロン茶ペットボトルが5本
洋服は一体どこにいったんだ?
押入れか?
押入れを開けたら正解だった
Tシャツはあるにはあったが、なにかがおかしい
Tシャツ一枚とジーンズが一枚しか置いていない
他の洋服はどこにあるんだ?
しかもこれはセットで持っていけと?
考えるのはもうやめよう
言われたのはTシャツだけだ
これだけ持って行ってしまおう




写した地図を見ながら探すと、そこには大きなビルが建っている
案内板にたしかにスタジオJACKの文字がある
行ってみると入口に受付があった
のことを聞く前に、近くにいた外人が話しかける
「君は手塚さんでしょう? の所行く?」
英語で話すしかないかと内心思っていたのでかなり驚いた
案内されたところで数人の外人と が話し合っている
「プリンセス、お迎えがきたよ」
「国光ちょっとまってて」
プリンセス?どこの世界の人間だ
童話の国じゃないんだぞ

しばらくして がきた
「わざわざ悪いね。おばさま何て言ってた?怒ってなかった?」
「12時までに帰れと言っていた。そのうえ楽しそうにしていたぞ」
「シンデレラ、時間まで楽しみましょう。」
「OK」
さっきから甘いセリフばかりだな
外人とはこういうものなのか?
俺には真似できないが
それにそろいもそろって汗だくだ
「ここで何をしてるんだ。」
「ダンスしてる。見てくでしょ。それともやる。どっち?」
「見ていく」
俺はダンスに興味がないんだが
やっぱり強制的だな
「じゃああの辺でみててよ。」
「ジャック、今度は観客がいるんだから気合いれてね。魅せるよ。」
「OK」
の目が変わった。

達が位置につくとその場の空気が一瞬で変わった
音楽がかかるととジャックの存在感が増す
美しかった
ただただ美しかった
の言葉通りに魅せられた
二人の体から熱を感じる
その熱がみているだけのこちらまで熱くなる
感動した
凄かった
ここはまるで舞台だ
自分がここにいることも忘れた
そして自分が自分であることも忘れ
俺はその舞台にすいこまれていった
いつのまにか舞台は終焉していた


「国光どうだった?」
「まるで……テニスの試合でスーパープレイを見ている感じか」
言葉がすらすらと出てきた
だがまさにそんな感じがしていた
試合を見たあとの余韻に似たものが胸に疼いている
他にも言い方があるだろうにと気付くと恥ずかしくなった
テニスバカと笑われても仕方のないことだろう
しかし は俺がどう感じたかすべてを察した様子だ
「国光がみてたからね。あの舞台は国光のためのもの。」
照れもせずにそう言って笑う
その言葉に俺は不思議と頷いた
「クールダウンしてから着替えてくるわ。もう少し待ってて。」
「着替え持ってきたぞ。風邪をひくまえに持っていけ。」
「あいあいさー。」
服をもって音楽をかけに行く
音に合わせてゆっくりとが動く
発せられていた熱がしだいに引いていく
それに反応したのか俺の熱も消えていった


がいなくなるとさっきのジャックが声をかけてくる。
「シンデレラは凄いね。まさかああくるとは思わなかった。」
「ジャックさんも凄いです。不思議な体験をさせてもらいました。」
「はじめてかい?」
「ええ。」
「一度彼女と本物を見てきなよ。迫力が断然違うから。修行が足りないな。
それに今日はワタシも彼女に教えてもらってばかりで驚いた。」
「どういうことです?」
「彼女は上手い。僕には彼女の実力はわからないけどプロ並かもね。
しかし手を抜かれて悔しいよなぁ。でも貴重な経験させてもらったよ。
ところで君は何かスポーツやってるだろ?」
「テニスをしていますが。」
「なるほどーどうりでいい体だ。テニスといえばダンス界に伝説の人がいるよ。」
「伝説?」
「アレクという人は何度か舞台で成功してるんだけどね。
有名な振付家が彼をプロにしようとしたんだけどテニスやるって断ってるんだ。
最優秀賞とかいろいろ獲っておいて同じ理由で辞退して騒ぎになった有名な話。
ダンサーなら飛びつくほどのおいしい話なのにね。まあ、真実は闇だけど。
何度誘ってもOKでなくてしまいには行方不明で懸賞金がかかってるらしいよ。
はテニスしてないの?」
「見たことありませんが」
「そっかー。ならは知らないかもなぁ。アメリカではかなり有名だけどね。」
ふいにの声が聞こえた。
「国光帰ろうか。ジャックありがと」
「おつかれさん〜」






帰り道にアレクの話をした
その話を知っているかと聞くと、懸賞金なんて初耳だと笑われた
朝の噂話を振り返ってみると噂はやはり噂なのだろう
スタジオでのと今隣にいるはまるで別人の様だった
そういえば髪が湿っている
いつのまにシャワーまであびてきたのか
こういうところは抜け目ないな
ちゃっかりしている
ぐったりしながらもとても楽しそうにしていてくだらない話をしている
この時はじめてを可愛いと感じた
家に来たのがで良かったと俺は思う


はあのスタジオにまた行くのだろうな
また迎えにいかねばならないが仕方のないことだろう
イヤではない
「国光なんか嬉しそうだね。」
そうか?
疲れてる時に迎えにいかなければならないのは面倒だが
また見てみたいとは思うな
嬉しいというより楽しみな心境だ
「あー思いだし笑いしてる〜。なんか楽しいことでもあったっけ?
それより今日はわざわざごめん。迷惑だったしょ。」
「そんなことはない。」
「街で偶然ストリートやってるジャックに会ってさ。
仲間に入れてもらったらあそこに連れてかれちゃったんだよ〜。」
知り合いじゃなかったのか?
「知らない人についていくのはだめだと教わらなかったか?」
「ああよく言われたけど話が盛り上がっちゃって。断るに断れないっていうか。」
「断れ。」
普通断るだろう?
ジャックさんがいい人そうであったから問題はなかったが
切り裂きジャックだったらどうするんだ?
「日本ってさ。治安すごくいいね。
だってもう真夜中なのに女の人一人で歩いてるよ。
向こうじゃ襲ってくれって言ってるようなもんだよ。」
おまえも似たようなものだろう
人のことは言えないぞ

「今日は汗かいたなー」
「そういえば他の洋服はどこにあるんだ?」
「持ってない」
それはかなり足りなくないか?
「明日にでも買いにいけ。」
「金ないよ」
「金がないならもらえばいいだろう。」
それくらいならだしてもらえる
「悪いからいい」
「よくなどない。」
だったらかわりに俺が言ってやろう
「そんなことないよ。学校までいかせて貰ってるんだから当然でしょ。」
「おまえは遠慮しすぎだ。家族に遠慮してどうする。」
生活に必要なものくらい遠慮せずに買ったらどうだ。
「家族か〜。その話は断ったんだよ。私はただの居候さ。中学でたら家でるよ。」
「俺は家族だと思っているがな。家をでてどうするんだ?」
「働く」
「高校くらい卒業しないとまともな仕事にありつけないぞ。」
「そうなの?向こうじゃなんとか食べていけたけど?」
どこか抜けてるな・・・。
それともただ知らないだけなのか。
一体どんな生活をしてきたんだ
「何の仕事してたんだ?」
「ないしょ。」
「だいたいおまえはおかしいぞ。」
ペットボトルはタンスにしまうものではないぞ
なにかあったらちゃんと言え
あそこにいくなら着替えは絶対必要だぞ
しかしその日以来 があの場所に行くことはなかった
というのも祖父による門限が設定されたからだ




次行ってみよー



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