の迷い



部活に行くと、今日はランキング戦だとかで、誰も相手をしてくれない
はコートの外の、隅っこの方で、一人ポツンと眺めていた

「先輩。」
声をかけられたような気がして振り向くと、いかにも苛めやすそうな荒井が立っていた。
いつもは、俺を巻き込まないでと遠巻きにする荒井だが、なんだかんだいって構ってもらえることが嬉しいし、この関係が気に入っている。
あわよくばお目当ての手塚先輩に近づきたいという下心は、はじめこそあったものの今では薄れてしまっていて、いつもいつもジュースばかり奪っていくし、もはや諦めている。
最近ではそんな「先輩のお気に入り」であることが特別のような気がして、またそれを自負し、強調することで同じスタートラインにいる者たちから優位に立とうとしているが、ことごとく失敗している。
自己主張することを覚え、またそれを自負している荒井は、下手をすれば嫌われ役に大ハマリだが、どこか憎めないところが可愛らしかった。
「あぁ、なんだ。荒井かぁ。」
は気のない返事を返す。

「先輩・・・?」
荒井は不安にかられておぼろげな声を出した。
「ん?」
返事が返ってきたことに荒井は、安心した。
だが、先輩は、いつもと様子が違う。
「・・・大丈夫ですか?」
は、訳がわからず、目を大きく開いた。
「何が?」
「悲しそうな顔してますけど。」
荒井に神妙な顔でそう言われたは、ぽかんと口を開けた。
はすぐ我に返ると、面白そうに問う。
「そう見える?」
「はい。」
「荒井もそんな風に見えるよ。」
荒井は大口を開けると、すぐに笑い出した先輩の様子を見て、目を泳がせた。
・・・そんな顔してただろうか
気分屋のは、また表情を変える。
口を尖らすと、荒井よりも年下のように思えた。
「だって、みんな忙しいんだもん。」
は拗ねるようにして、気付かれてはならない感情を表に出さないようにごまかした。

は、コートをじっと見つめている。
頬を膨らませたを見ていた荒井は、巧妙に隠されたその裏に、いつもの元気がないみたいだ、とだけ気付く。
「あぁ、相手してくれる人がいなくて寂しいんですね?」
「くーのーやろー。」
は、荒井の首を軽く絞める。
「や、やめてくださいよぅっ。すいませんでしたっ。」
はパっと離すと先ほどとは手の平を返し、荒井にねだるようにゴロゴロしはじめた。
今日はジュースないのかと聞いたら、ありませんと一蹴される。
「荒井は、今、暇なの?」
は遊び相手を探していたが、今のところ、他に暇そうな人間が見当たらない。
「手塚先輩とこのブロック、見に行きませんか?」
「うぅ〜ん・・・。そうだなぁ・・・。」
そう言いながらも、は荒井に着いて行った。




荒井の話題といえば、手塚以外にない。
今日も例に漏れず、荒井は移動する間、常に、手塚のなんたるかを説いていた。
時折、感嘆を交えながら、とても楽しそうに、手塚について語っている。
想い入れが強いことがよくわかる。
言われれば言われるほど、美化300%ほどに膨れあがった手塚国光像に、興味が湧く。
「それにしても荒井、あんたほんっとに手塚好きなのね。」
が含み笑いを浮かべると、荒井はそこに何らかの意図を感じ、慌てだした。
「ごっ、誤解しないでくださいよっ。」
「何を?」
「お、俺、一先輩として好きなだけでっ。」
「わかてるよう」
目を細めて答えたに、荒井は少々不安になる。
「ほんとですか?」
は、背筋を伸ばして、近くなってきた国光を見る。
「綺麗なフォームしてるからね。国光は。」
「そっ、そうですよねっ!あのへんとかこのへんとかここいらへんとか・・・。」
荒井はあちこちの部位を差しながら、萌えている。

呆れたようには荒井に言った。
「・・・・ほんとに手塚好きだよねぇ。」
たしかに手塚国光は魅力的だ。
の国光好きは、荒井にも負けないという変な自信がある。
「あ、あのっ。」
「褒めてつかわす。」
「・・・はぁ。」
「それだけわかってるってことはだね、基本がわかってるって証拠だよ。上手くなるよ、君。」
「あ、ありがとうございますっ。じゃぁ俺、もっと練習してきますっ!」
そう言って荒井は、どこかへ行ってしまった。
手塚先輩とやらを見にきたはずなのだが、褒められて忘れてしまったらしい。
後姿は、とても元気だ。
「頑張れ・・・。」
は、小さくなった荒井の背中に、そんな応援の言葉を呟いた。




コートの手塚は、敵無しといった感じである。
視界の端に、を捕らえたからか、コースは厳しくなっていた。
サーブを打つ前の、呼吸を整える時点で、は手塚と目が合った。
厳しい表情の手塚国光は、広いコートの中でもスポットライトを浴び、際立って目立っている。
なんでもないような試合の流れの中で、痛い視線をこちらに投げかける。
注意をこちらにチラと向け、あまり集中していないように思えた。

―― そんなところで何をしている
―― おまえがいるのは、其処ではないはずだ
―― 俺では不服か

そんな声が聞こえてくる
私は無意識にかぶりを振った

そんなを不思議そうに見ながらやってきた桃城一年生が問う。
「先輩、参加しないんすか?」
「あ、桃ちゃんか。もちろん参加しないよ。」
「何でですか?」
「私はもう補欠に入ってるから必要なくってね。」
部長から、試合では補欠人員担当、ということになっている
「へー。そうなんスか。」
しかしそれは単なる言い訳で、ラケットを持つのが怖いのだ

桃城いるところ、海堂有り。
「フシュー。」
「あ、薫ちゃん。」
「なんだよ、オマエこっちくんなよ。」
「フッ、シュビ〜。」
薫ちゃんの息は、微妙にトーンが変わっている
「シュッシュッシュ〜」
よくわからないが、薫ちゃんは何かを訴えているようだ
クイッとジャージの袖を何度か引っ張る
「こんなところでボーっとしてないで、俺らに教えてくださいよ、・・・って言ってマス。」
通訳を通した薫ちゃんは、頷いている
は、薫ちゃんに引っ張られる格好で、連れられていった









一年生にとって、とは、とても話しやすい先輩だった。
青春学園という名の元に集まった来年のレギュラーを目指す一年生は、上級生が、どこか神がかり的な存在として、憧れる存在として瞳に映る。
それだけに、距離感を感じてしまい、なかなかに近づけない。
だけれど、は今年入部したばかりであったし、他の先輩達よりは近い距離にいた。
にとっても、一年生は、ゼロから始める者同士という仲間意識があったし、ついつい声をかけたくなってしまう。
実際、そうであったのだ。
テニスに触れたくない反面、友達同士で和気あいあいに楽しく学校生活を送りたかった。
青春学園では、どこかしらの部活に所属しなければならず、これといって魅力を感じる部活は他になかったし、文武両道を唱える学校生活であったからこそ、はテニス部に所属したといえる。
幽霊部員でも構わないという宣伝文句は、を惹かさせるに十分な内容であったけれど、にとってその環境は、苦しさもまた充分に植え付ける内容だった。
できるだけ部活に参加したくないが、テニス部員ばかりの友人に囲まれていては、そうもいかない。
「今日はあれをやってこれをやって」と部活動の内容に目標を設定し、上手くなりたいと願う友人に、「今日は付き合ってほしい」と頼まれれば断ることができない。また、それを断る理由もなかった。
気分によって参加を決めることは、誠実さの欠けた自分を見直すことにもなり、それが苦しかった。
また、同い年のテニスプレイヤーにアドバイスする行為も、負けず嫌いが根底にあるには、願わずばしたくない行為であったし、願われてもその確立しはじめた自尊心を傷つけたくはない。
中途半端な自分にアドバイスを貰うことにどれだけの価値があるのかと思うと、情けなさが先に立った。強くさせる・・・自分よりも強いテニスプレイヤーにさせる行為に抵抗がある自分に気付くと、やるせない思いが募る。そんなことで友人といえるだろうか。結果は否を見るより明らかだ。
要するに、嫌われるのを怖れているのだろう。
非難されてもいい。ただ、嫌われたくない、と純粋には思っていた。
たったひとつの小さな喧嘩でさえも、できないような気がした。
部活中には、同学年のレギュラーを無意識に避けてしまう。

一年生は、あらゆる意味で、話しかけやすい存在だった。


声もかけやすいし、その性格からも親しみやすい。それがという人物への評価だった。
話かければ答えてくれるし、難易度レベル1のサブイジョークにも笑ってくれる。
部長を負かすほどに強いらしいが、そこのところは、まだ球拾いばかりの一年生にとっては実感の湧かないことであったけれども、先輩達が口を揃えて『多分強い』というからに、その実力は想像上のものであったが保証されている。
皆がとやりたがったが、はそれらの一切を断り、球出し程度の練習に付き合うことはあっても、それ以上の練習に付き合うことはなかった。

は、それを避けるように、一年生の指導に回ることがほとんどだった。
意識してそれをしていたように思う。
けれども、それは本人にしかわからないことである。
今はまだ気付かれなくても、それはいつかバレてしまうだろう。
一年生に教えることがなくなるのも、時間の問題である。
だが、それを不安に思うには、まだ早い。

「手首を柔らかく持って。」
「そう。ゆっくり丁寧に。」
「いいよ。その調子で続けて。」

ここの部活は、褒められることに、慣れていないらしい

「うん。いいね。さっきよりだいぶ良くなったよ。」
「「ほんとっすか?」」
桃ちゃんも薫ちゃんも目を輝かせて喜んでいる
いつもは相反する二人だが、褒めることによって暴走は食い止められている
その証拠に、二人は仲良くワンバウンドラリーを続けている
ラリーといっても、試合でのような激しいものではなく、パスである

褒められて有頂天になった二人は、熱心にラケットを振っている

「コンタクトポイントをしっかり見て。コントロールもしっかりつける。」
「「はいっ。」」
「どこに飛ぶのか考えて。」
「「はいっ。」」

二人共、たいした練習でもないのに、楽しそうに汗を流している。

「じゃぁ、そのまま頑張って。」
「「はいっ。」」




頑張る一年生に感化されたのか、は、無性にテニスがしたくなった。
国光がいるコートに戻ってくると、一試合終わっていて休憩時間になっていた。

国光は、近づいてきたを見て、少しばかり首を傾けた。
やや暗い表情するを見るのは、あまりないことで、珍しかった。
「どうした?」
は、しばらくの間何も答えず、少し考え事をしている様子だ。
そうして、顔を上げた時、ようやく近くに国光がいることに気が付いた。
は、我に返って一度驚いた表情を見せたが、すっと顔から色を消した。
「今日ラケット何本持ってきた?」
「3本だが・・・。」
国光はごく普通に答えを返したが、内心、動揺していた。
いつもは笑っている、という印象がある。
けれど、今のは無表情である。
家以外で、このようなを見るのは、初めてだと国光は感じた。
は、自分で言い出したことであるのに、ふと言ってしまったことに驚き、後悔した。
そして、返答に苦しみ、迷い、言いよどむ。
「・・・・。」
は、貸して、と言いそうになった自分を我慢する。
それを知ってか知らないでか
「ラケットいるのか?」
と、国光はそう言うと、一本、に差し出そうとした。
「・・・いや、どうしようかと思って・・・。」
は躊躇しながらも、受け取らなかった。
それに、どうせ、今、利き腕は使えない状態だ。

。やりたいのか?」
目を逸らすは、隠し事をしている状態に酷似している。
国光の勘のよさに、狼狽しながら、は答える。
「や、そんなことない。」
にそれ以上を言わせずに国光が畳み掛ける。
「俺でよければ付き合うぞ。これが終わってからになるが。」
休憩時間もそろそろ終わる。
国光は、コート全体を眺め、状況を掌握する。

「・・・・・・やっぱなんでもない。今日、悪いけど、先帰る。」
っ。」
国光の声は、に届かず、はコートを去っていった



―― 逃げてるんじゃないのか
責めるような声が脳裏の奥に響いた。
・・・かもね
―― 似合わないな
・・・らしくない・・・か
―― おまえはおまえで構わない
・・・これも私だよ

は、自嘲に近い笑いを漏らす。
目尻には涙が微かに滲んでいて、それを隠すように、目を伏せて、は歩いた。

帰り道の風景はほとんど覚えていない。
どこをどう帰ってきたのかすらも記憶にないが、気付けば玄関の前に立っていて、体が覚えていたかのように、玄関のドアノブに手をかけていた。

何も考えず無心になって、爺さんに柔道で投げ飛ばされたい、と体が心が願っていた。










あとがき

いつになったらシリアス突入するんだろう・・・
ってこれがシリアスなのかもしれない(笑)
なんだか手抜きのような気がするのは、気のせいではないらしいが、これが精一杯だったりする(爆)



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