の迷い



コンコンと控えめなノックがされ、ドアが静かに開いた。
、入るぞ。」
は、ベッドの上で壁によりかかりなががら本を読んでいる。
顔をチラとあげると、また本に目を落とす。
国光は、部屋に入るとベットの上に座り、
「話がある。」
そうはっきり言った。
国光は、の方を向きじっくりと見つめる。
「何?」
は本を閉じると、サイドテーブルの上に置く。

国光の目は、見透かすような透明な目で、は俯いた。
「今日のことなんだが・・・。」
「何かあったっけ?」
「・・・・・・。」
言葉を探そうとしている国光を見て、はため息を吐いた。
「冗談。気にしなくていいよ。」
忘れてよ、という言葉の裏を、国光は理解しなかった。
国光は、もう一度話を切り出す。
「今日・・・どうして帰った?」
「・・・いつもと変わらないけど。」
「ごまかすな。」
国光は、ピシャリと、跳ねつけるように言う。
瞬間、空気がピンと張り詰める。
国光が本気で問うているのを感じた。
まるで睨みつけているような眼差しを、国光はに向ける。
けれど、他に言い様もないは、肩を竦めた。
何て答えれば納得してくれるの?
「ねぇ、私に何を言わせたいの?」

国光は、一度躊躇ってから、まっすぐに核心を突いた。
。おまえ、テニスやりたいんじゃないのか?」
は、何も答えない。
「俺には、おまえが、何を恐れているのかわからない。」
は目を伏せたまま、床をじっと見つめていた。

目を見て話さなければ、と国光は思った。
。俺を見ろ。」
国光は、指先での顎を持ち上げる。
双方の目が、かち合う。
の瞳は、はっきりと恐怖の色をたたえていた。
「何を怖がっているんだ?」
は、唇を噛んで、体が震えそうになるのを堪えた。

まるでそれは、が雷や地震を怖れるのと同じように見えて
国光は、を腕の中に収めると、あやすように言う。
「もう大丈夫だ。大丈夫だから・・・。」

国光はとても優しい。
問い詰めている時でさえも、こうして落ち着かせてくれる。
吸い込まれそうになった国光のその透明な瞳に怖れを感じているだなんて。
言えない・・言えやしない・・・と、堪えきれない想いが、こみあげてくる。
「ごめん・・・、ごめんね国光・・・。」
は、謝りながら嗚咽をしゃくりあげる。
申し訳なさと情けなさがどっと押し寄せてきて、は自分を責めた。
大丈夫、そう耳元で囁きながら髪を撫でる国光の暖かさが、余計に拍車をかけた。

「声を殺して泣くな。」
国光の言葉が、涙腺をさらに押した。
回された腕の力が増し、それはに安心感を与える。
流した涙は、心を空っぽにしていった。



「ねぇ、国光。・・・・・・明日・・試合やろうか。」
国光は、信じられない言葉に驚愕の眼差しを向けた。

は、覚悟を決めた。
何もかも捨てる覚悟を決めた。

後に残るものが絶望だけであっても、私にはどうすることもできない。
運命だと諦めてしまえば、楽になれる。
それとも、すがりついて許しを請えば、未来は変わるだろうか。
未来を変えたい。
だけれど、その方法がわからない。
期待を持つのは、罪だろうか。
スモッグに覆われた都会の夏の夜空から、澄んだ輝きを放つ冬の星々を見つけ出すのと同じくらい、ありえない夢でしかないのだろうか。
星の光が届くには何万光年とかかり、頭上に見える星は、今や消滅しているかもしれない。
時ばかりが過ぎて、二度と同じ輝きを見ることはない。
そうして自分も消滅することができるのなら、と望んでしまうのは愚かだろうか。

の瞳に映っているのは、深い哀しみの色だった。
張り詰めた緊張感に、国光は体を強張らせる。
の笑顔は、明らかに無理をしていて、痛くて見ていられない。
「無理をするな・・・。だから、そんな悲しそうに笑わないでくれ。」
そんな顔に自分がさせてしまったのだと知った国光は、自分に対する情けなさに舌打ちをする。
は涙の痕を拭いながら答える。
「国光は・・・自分・・のことだけ・・・考えてよ・・・。でないとやれない・・・。」
「いい・・・。そんなことは、もうどうでもいい。」
国光が一歩退いた。
預けた体に空白が生まれる。
刺激を切望しているはずの国光だけに、その柔らかくも毅然な言い聞かせに、は戸惑いを隠せない。
「国光・・・。」
「・・・それに、焦る必要はない。」
は驚いたような顔で、目を見開く。
「じゃあ・・・まだ諦めてないんだ・・。」
「ああ。俺は諦めが悪いんだ。」
は、嬉しそうに、軽く笑った。




「ね、国光さ。テニスやるのにどれくらいお金がいるのか知ってる?」
唐突に振られた話題に、国光は不思議がる。
「テニスやっていくにはさ。お金沢山かかるんだろうなぁ・・・。」
「いきなり何だ?」
「今、私、国光と同じ学校通っているでしょう?」
「それが何か関係あるのか?」
「何でだろうと思って・・・。彩菜さん、私を青春学園に入れたでしょ?あれってやっぱり、国光と同じ学校に通わせてくれたんだよね。一人にならないように配慮してくれてさ・・・。」

質問が、噛み合っていない。
まるで独り言のようだと思った国光は、に好きなだけ話させようとした。

「国光はおばさまと似てるよね。優しいところも、少し強引なところも。」
は思い出し笑いをしながら、話続ける。
「すごく感謝してる。でも・・・そこまで私の面倒を見てくれなくてもいいと思う。」

国光は、から一度、家を出るというような話を聞いたことがある。
の口調は、まるで、結論を出したというような雰囲気だった。
国光は、恐る恐る尋ねる。
「・・・迷惑、ということか?」
はパチクリと瞬いてから、慌ててかぶりを振るう。
「迷惑をかけてるのは、私の方。これ以上ないってくらいの環境が整ってる。でも、いくらなんでも、これは甘えすぎじゃないかって思ってる。だから、戸惑ってる。」
それを聞いた国光は、ひとまず安堵する。

「戸惑う必要などない。は普段甘えなさすぎなんだ。」
「私は、分をわきまえているの。」
それが遠慮だというんだ、と国光は思う。
国光はそう言ってやりたかったが、はそれを素直に聞かないだろうと思えた。

はここに来たときからそうだった。
贅沢をせず、何も欲しがらない。
『贅沢は敵だ。』祖父の受け売りかもしれないが、は額面通りに受け取った。
与えられた小遣いは、必要最小限の範囲内だけに留めていた。
欲しいものがあると言う様になったのも、人を頼るようになったのも、ここ最近のことだ。
部活の連中も総動員して説得し(不二の貢献は大きいだろう)、ようやくここまでくるのに長い時間を要したと思う。

言い方を変えるべく、国光は言葉を選んだ。

「俺は、が来てくれてよかったと思っている。学校も以前より遥かに楽しいしな。連れてきてくれた母に感謝している。それに、この家は、が来てから変わった。もちろん、いい方向にだ。祖父も楽しそうだ。」

それは感情であって、現状ではない、とは思う。
ここは、もう、の第二の故郷のようなものだ。
父がいて、母がいて、祖父がいる。
けれど、には、本当の父が母が祖父が、いるのだ。
今はもう生きてはいないけれど、胸の内に住んでいる。
ここの家族としてやっていくには、胸の内にあるものと共存させるのが難しいのだ。
ふとしたときに、生を頂戴した家族が既にない、と改めて気付かされることは、辛いことでもあった。

だけれど、この生活を手放したいとも思わない。
ここの家族を大切にしていきたい。
この家を出たとしても、どんなに離れた所からであっても、一生涯愛していくだろう。

「家族の一員として迎えてくれるのは、ありがたいと思ってる。でも、私立よ?・・・いくらなんでも中学で私立はないでしょう?・・・公立でもよかったのに。」
国光が私立だったから、も私立に入れた。
単純に考えて、それだけのことであるが、はそうなった理由が気になった。
もし国光と別の学校に通ったとしても、は今と同じように手塚家と良い関係を結べただろうと思えたからだ。
「案外、を俺の傍に置きたかったのかもな。」
「・・・なんで?」
どこからその発想がきたのだろう、とは不思議に思う。
彩菜さんが通わせたいと思ったから通わせた、ということなら単純明快である。
「・・・・・・。」

国光は、無言である。
目を合わせないことから察するに、言いにくいことらしい。
そこからある答えが導きだされる。

「ああ、無愛想だから?」
「・・・はっきり言うな。」
要するに、彩菜さんが国光の無愛想による学校生活を心配して、私を通わせたがった、ということだろうか。
国光は気にしすぎだ、とは思う。

表情の堅い奴なんて、巷にはゴロゴロしている。
は多国籍な国で生まれ育ったため、そういった者に慣れすぎて麻痺している。
わかりやすくいうと、例をあげれば肌の黒い人種が挙げられる。
表情筋の動きが見えずらく、笑っているんだかニヤニヤしているんだか見分けがつきにくいだろう。
加えていうと、黒人は陽気な人種だとは考えている。
しかも、はっきりいって、黒人より白人の方が表情の堅い人間がはるかに多い。
彼らは意識して豊かな表情を表現している。その差の現れでもあった。
国光の気にしている・・・え〜っと・・・無愛想は、超冷酷な無表情よりよっぽどマシだ!

は国光に言い聞かすように言う。何度目になるだろう。
「そんなことないでしょう?国光が無愛想だなんて、言葉間違えてるよ。」
「なら、何なんだ?」
は、顎に手をあてて考える。
「・・・んーと・・・眉動かし名人。」
「・・・・・・。」
国光は、不満げに目を細めた。

正直な感想であったが、あまりフォローになっていない。

「国光は自分が思うほどに、無愛想じゃないよ。絶対に無表情じゃない。かえってわかりやすいくらい。」
「・・・そうか?」
「うん。周助だって、そう言うと思う。」
「不二が?」
「うん。だって、周助も国光と同じだもの。」
「俺と不二が?」
まったくわからないというように、心外だというように、国光は目を細める。
は、構わず説明した。
「もし国光を無愛想と表現するなら、周助も無愛想よ。それもかなりの確率で。二人共、親しくなさそうな人に対する接し方がサッパリしているから。あ、周助の方が酷いかも。笑顔の形ではいても、完全に切り離してるみたいだし。いつもは、オーラというか雰囲気でわかるけど、ときどき、よくわからなくなることがある。トラウマじみた笑顔っていったら周助、口もきいてくれなくなりそうだけどね。」
「・・・まぁ、そんな感じではあるな。」

国光が少しは納得したところで、はそれた話を元に戻す。

「え・・・と、どこまでいったっけ・・・。」
「公立がよかったというところからだ。」
・・・国光は記憶力がいいのか悪いのか、よくわからない
「言ってないもん。えっと・・・つまりさ。私立にも通わせて貰って、食事にも、住むところにも困らないし。・・・要するに、贅沢っていうことなの。充分すぎて、これ以上望めない。」
は上手く説明できなかった。
「この家が変わったのは言ったな。皆、喜んでいる。それじゃあ、ダメか?」
「ダメじゃあないけど・・・。」
「なら、それでいいだろう。あまり考えすぎるな。」

は、はじめに言おうとしていたことをコロっと忘れた。
言いたかったことの一つも伝えられなかったように思う。
・・・日本語って難しい、とは改めて感じた。

そうして、はじめに持ち上がった話題はうやむやになったまま、一日は過ぎた。









あとがき

・・・アレ?アレレ?
思ってたのと違う展開になってしまったナチキショ・・・ガビチョーン
あああ!大事なセリフがあったのにぃっ!
入れるトコない・・・オロオロ

シリアス〜な〜のに〜・・・・(ちょっと自信ない、涙)



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