ゆうた 2



一人、感慨にふけっていたのだが、
「あ。」
同じくコートを見つめていたらしい男の子がこちらを見た。

「あ?」
が情けない返事をすると、その男の子はこちらにやってくる。
「あの・・・、今日はすいませんでした。」
男の子は突然の前で、深々と頭を下げる。
「・・・・何が?」
「あ・・・、えと、今日ぶつかっちゃって・・・。」
「ああ。あの時の男の子?」
「はい。そうです。怪我なかったですか?」
「うん。平気だよ。」
男の子は、それを聞いて安心したように、ふっと息をついた。
その男の子が、テニスバッグを持っていることに、は気付く。
だから、テニス部員なんだろうとは判断した。
部活で見かけたことはないが、最近まともに参加していなかったし、新入部員かもしれないな。
「えと・・・、サボリ?」
「何がですか?」
は、チョイチョイと、男の子が背負っていたラケットバッグを指差した。
「あ、俺、ここの部員じゃないです。」
はとても興味が湧いた。
「これから?」
「はい。」
「着いてってもいい?」
「え?」
「なんか、今、ここのコート見てたくなくて。」
男の子は突然の申し出に、一度コートを見ると、しばらく考えてから返答した。
「・・・・・・いいっすよ。」



名前を教えあって、は裕太の隣を歩いて行く。
「裕太ってテニス上手いんでしょ?」
「俺なんかまだまだです。」
「謙遜?」
「違いますけど。どうしてですか?」
「小さい頃からやってるわけだよね。なら、学校でやらないってことは、実力がある証拠でしょう?」
「俺の場合、学校でやりたくなかっただけです。」
質問されることに慣れていない裕太は、少し苛々しはじめた。
・・・なんでこんなん連れてきてしまったんだろう
そんな裕太の様子に気付き、説明不足だと思ったは追加する。
「だからさ。学校なんかでお遊びしてるよりも、外でやった方がよほど真剣で合理的だって言いたいんだけど。」
「うちの学校のテニスをお遊びだと思ってるんですか?」
は裕太を褒めているつもりだったのだけれど、肝心の裕太には逆効果だったようだ。
なにか言葉を取り違えただろうか・・・。
「一般論だよ。青春学園はそれなりに頑張ってはいるけどさ。実際、強さ的にはたいしたことないわけだし。」
「っ!バカにしないでくださいっ!」
裕太は憤慨している。
には、その理由がわからなかった。
「や、なんでそこで怒るわけ。」
「うっ、やってみなけりゃわからないじゃないですかっ!」
「そりゃそうだけど。裕太は、テニス部員じゃないでしょう?」
ムキになる裕太を、はあっさりとかわした。
今のは、相手の感情に付き合う余裕がなかったのである。
「うっ・・・。」
裕太はうめいている。
は裕太の心情を考えようとはしなかった。

は、淡々と話続けた。
「全国全国って騒いでるけど、実際それがナンボのもんよ。」
「は?」
「だから。日本一位はそりゃ強いかもしれないけどさ。世界は広いよ?こじんまりとした世界で満足するのもどうかなって思うわけよ。」
「それは飛躍しすぎですよ。」
「だから一般論だって。」

上には上がいるのだ。
日本は、テニスで世界と比較すれば、無名のようなものに近い。
日本でトップクラスの人間が、世界で通用するかといえば、それは、NOだ。

付き合いきれないと思ったのか裕太はスタスタと早足で歩き出し、は裕太を追いかける
「待て待てって。」
突然、裕太は足を止めて、を振り返ると、キっと睨んだ
「そんなに言うなら、さん、俺と試合します?」
は突然のことに目を丸くした。
「それは無理。テニスできないし。」
「なら、そんな偉そうな事簡単に言わないで下さい。虫唾が走ります。」
裕太は、そういうと、またスタスタと歩いていく

は、あまりの話の通じなさに、頭をかきむしりたくなった。
ディベートをするなら事実を並べるだけでは成立しない。
ましてや話相手はそれに対して何らかの思い入れがあり、それを聞き入れた上で返事を返さなければならない。
だが、は一方的に話し、相手の追従を許さなかった。
非は自分にあるのに、は、それに気付こうとはしなかった。
ただ、言ってみた、だけだった。
「あーもー、テニス部員じゃないって言うから言ったのに。」
「俺の兄貴が、あそこのレギュラーなんです。」
「レギュラーなら知ってるけど・・・は?・・・裕太のアニキ?」
裕太はしまった、というような表情をした
しかしは、不思議そうに裕太に問う
「アニキってなに?」
「バカにしてるんすか?」
「だからしてないって。日本語わかりませんのです。」
「は?」
オウノウ、ワタシニホンゴワカリマセン、ジェスチャーを交えながらも
本気で日本語わからないという女に、裕太は目を丸くする。
「日本語わかんないって言ってるじゃんカ。日本に来てまだほんの数ヶ月なのよ。」
「それだけしゃべれれば、楽勝だと思うんすけど・・・。」
「だいたい日本語難しすぎるのよ。で、アニキって、何?」
「えと・・・、兄貴っていうのは、お兄さんのことですネ。ハイ。」
「ふ〜ん。で、裕太のアニキはあの中の誰なのよ。」
「不二周助ってヤツ。」
「へぇ〜・・・・周助なんだ。」
この女、日本語がわからなくてもアニキのことは知っている
そりゃそうだよな、アニキ、超有名人だし
こんなとき、たいてい、不二の弟、という言葉を投げかけられる
けれど、その言葉をが口にすることはなかった

「俺の事は、知らなかったんですか?」
「一度も会った事のない人なんて、知るわけないだろうに。」
「それはそうですけど・・・。」
噂でだけでも知らないことに、裕太は驚いたが
自分を知らない人が校内にも居ることを知って、そして安堵した。
それどころか、は、裕太を疑っていた。
「ほんとに周助?」
「そうですけど・・・。」
裕太は、姉貴以外に、兄貴を呼び捨てにする人物がいることにも、驚いている。
「っていうか似てないね。」
「似てたらイヤです。」
「そう?それもそうかもね。」
きっと今ごろ、あの独特オーラを出しているかもしれない、とは思った。




――『姉さんと弟がいるよ。』
は周助の言葉を思い出した。

周助はとても複雑な性格をしている。
それは家庭環境にあるらしいと気付いたのは最近のことだ。
だが、それだけではないだろう。
周助は人の心に過敏だ。それは相手の心だけでなく自分の心にもそうであった。
それから下手に心に深入りしない勇気を持っている。
憶測をせず、程度というものを知っている。
直感を信じ、それを元に慎重に選択をしていくタイプであった。
彼の中に、あまり計算はない。
間違っていれば、すぐに修正し、自分流に変えていく度胸がある。
そこには環境を変え、自分自身をも変える意味も含まれている。
カメレオンのように、類稀な適応能力と協調性に秀でている。
それは自分自身を見失う危うさと紙一重だが、彼は自分の確固たる世界を持ち、そこから飛び出そうとはしない野性的な勘がある。
だから、安心して見ていられる。

だが、ここのところ、少々不安定だ。
気分に左右されているわけではない。環境を変えるつもりでもなさそうだ。ということは、自分自身を変えていくのに、迷いを感じていることになる。
その彼に迷いを生じさせるものとは・・・。
気になるといえば、気になる。
だが、聞いてはならないことだと思えた。
周助がそれを拒否しているという理由もあるが、周助はそれを自分の力で乗り越えようとしているような感じがした。
神経を研ぎ澄ます周助の邪魔を決してしてはいけない。
周助は自分を見つめている最中だ。
横ヤリが入れば、彼はいくつもの感情に混乱するだろう。
私にできるのは、張り詰めた空気から彼を穏やかな環境に手招きし、直感を感じる余裕を感じさせることだけだ。

は、このときはじめて、裕太という人間を想った。
兄弟という絆を私は知らない。
だから少し羨ましい気がする。
私は見ていることしかできないが、彼はその中に入っていくことができる。
兄弟だからといって、侵入してはいけない領域はたしかにある。
だが、拒否されても、絆を失うことはない。

国光という特別なものが居ることが、奇跡に思える。
どれほどありがたいことかを、は知っていた。

今ごろ、周助は笑っているだろうか。
笑っていてほしいと思う。
疲れたときはやつあたりをしてもいいから、笑って機嫌を悪くしてほしい。

裕太は私の知らない周助を、どれだけ見てきただろう。
無茶をやっても、バカをやっても、周助は周助で、どこ吹く風で。
そこに彼の強さが垣間見える。


負けたくない、とは思った。


はふと気付いたように言う。
「あぁ、それで裕太、学校ではテニス部に入らないのか。」
「・・・・・・。」
「いいんじゃない?」
身近に乗り越えたい人がいる
一緒にはやりたくない人がいる
敵として相まみえたい人がいる
ならば場所を変えるのもいいだろう

あともう少しで何かが見えてきそうな気がした。

「何がですか?」
裕太のコンプレックス、それは兄貴
そこまではわからなかったけれど
「避けて通るのも、またいいんじゃないかな。」
はそう言った

周助は、それが本人の出した答えなら、どんな答えだとしても、受け入れるだろう。
迷いも、無様な姿も、どんな形であっても、ただじっと見ていてくれるだろう。
人が人たらんとする感情的な人間臭さや本能を、彼は知っている。
肌で感じてくれるだろう。

「俺、逃げちゃいませんよ。」
「だったら・・・尚更、いいんじゃないかな。」
はそう繰り返すと、裕太は唖然とした表情になった。

ごめん、周助。
迷っている周助を見守ることが必要なのに、今はそれをすることができないでいる。
なぜなら私自身も迷っているからだ。私はもう、自分自身を見失いかけている。
どうか、そこに私がいないことを許して欲しい。







あとがき

不二周助、解釈論

ほんとかよ。(爆)






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