ゆうた 3



裕太っていうのは、すごく真面目な少年で、周助にとても似ていた。
雰囲気だろうか、性格だろうか。うまくいえない。
物事に前向きな姿勢とか、誰に何を言われても自分を持つところとか、それが似ている。
国光ももちろんそうなのだけれども、それとは違って、周囲に溶け込み、馴染みやすい面がある。これは、不二という血のなせる業なのだろう。

本人はちょっと抵抗をしているようだが、血に流れている本質は、そうそう消えないものである。
本人が嫌だといっても、それが長所として表れる。
は少なからず驚いた。

嫌よ、嫌よも、好きのうち。
・・・まるで裕太を指しているかのような言葉である。

ただ、周助とちょっと違うのは、手探り状態での探究心と、後先を考えない向こう見ずな冒険家というところがあって、迷いやすいという側面を持っていた。

周助よりも親しみやすい。
それは、構いたくなる幼さゆえだろうか。
野心を持たない純粋さゆえだろうか。

裕太が通っているクラブは、学校や家から、近いとはいえない距離にあった。
どちらかといえば離れている。
おそらく、裕太は、意図してそういう場所を選んだのだろう。

学校やその他諸々の悩みやしがらみを、ここに辿りつくまでに置いてきたような開放感があり、はそれに引っ張られるように、受付の看板に目を向けた。

「レンタルできるんだね・・・。」
は、やってこうかな・・・、とふとそんな気分になった。
呟いた言葉を、裕太は拾う。胸の内だけであったはずの言葉は、声に出ていたようだ。
「テニス、教えましょうか?」
猜疑心よりも親切心が打ち勝った裕太は、にそんなことを言ってくれた。
「あー・・・ありがたいけど、私、入門者じゃないし。」
「でもさっき、できないって。」
「うん。ちょっと怪我してるだけだから。」
「平気なんですか?」
裕太の不安そうな表情は、周助によく似ていて、ここまでくるとクリソツだとか思えてくる。
「左手が使えないだけだし。軽くやってこうかと思って。」
遠い距離にあるこの場所は、の本音を触発させるに充分だった。
「じゃぁ、申込書の書き方教えましょうか?」
「うん。ありがとう裕太。ついでにテーピングあったら欲しいんだけど。」
「ありますよ。あとで出しますね。」
それに、裕太は周助よりも、断然素直であった。
ここまで来る道中で、裕太と周助の微妙な関係を、さすがに少々察することができた。
触れられたくないというのも、さすがにわかった。
あの兄にして、この弟あり。逆もまたしかり。
やっぱり兄弟だな、とは密かに思う。
は、そんな裕太がほほえましいと、苦笑した。


は、懇切丁寧な説明をする裕太の話を聞きながら、申請欄を埋めていった。
提出するとき、受付のおじさんにこう尋ねた。
「壁打ちのできるパートナーも、お願いできますか?」
「お嬢ちゃん、運いいよ。今日はランカー(全日本ランキングを持つ実力者)が来てるんだ。指名料でちょっと高くなってしまうけど、どうするかい?」
「うーん。そんな本格的でなくていいんですけど。」
「めったにないから、お願いしておけばどうですか?」
正直なところ、放っといてくれ、というような気分であるが、親切心からきている行動にケチをつけるわけにはいかないだろう。
タチの悪い人間にはなりたくないので、は適当な断り文句を考えた。
「ハードヒッター(強打者)じゃない方がいいんだよね・・・。」
「ああ。怪我あるんでしたっけ。だったら俺が相手しましょうか?」
裕太は、またもやの呟きを拾う。
・・・裕太って地獄耳かもしれない。
「裕太は裕太の練習あるでしょう?」
「はぁ・・・。」
「じゃあ、普通のコーチで良いのかな?」
「そうしてください。お金ないし。」
「ははは。わかったよ。」
「じゃあ、俺、先、着替えてきます。」
裕太は更衣室に消えると、しばらくしておじさんがいろいろ用具を持ってきた。
その中には着替えも含まれている。
「手ぶらで来る子ってのは、珍しいねぇ。」
スコートよりトレーニングパンツでいいのかな、とおじさんは物珍しそうな顔だが商売面の笑顔の質問には頷く。
トレーニングウェアは、クラブ名が書かれてあってちょっとダサイ。
でもまぁ、レンタルだからしかたない。
なんでもいいですと、それを受け取り、も更衣室に向かった
着替え終わってでてくると、裕太がテーピングを持って待っていた。




裕太は、を見て、一言
「レンタルってダサ・・・。」
「だよねぇ・・・。」
やはり、万民が思うほど、ダサいのだろう。私のセンスは正しいようだ。
見かねた裕太が、ナイキのウィンドブレーカーを投げてよこす。
いいの?と目で合図をすると、裕太は素直な感想を漏らす。
「なんかこっちの方が恥ずかしいんで。それよりテーピング、どこに巻くんですか?」
「左手首。」
「俺、やりますよ。手、出してください。」
は素直に左手を差し出した。
裕太は遠慮なしにきつく締める。
その衝動で一瞬痛みが全身を駆け抜けた。
「っつぅっ。」
「少しきつかったですか?」
「いや、こんくらいでいい。」
「利き腕、左なんですか。」
「あ、うん。そういえば、裕太も?」
は裕太が左手を自在に動かしていたのに気が付いた。
「はい。でも大丈夫なんですか?こんな怪我してるのに。」
「テニスは右でやるから。」
「器用なんですね。俺には無理です。」
「慣れだよ。それにいつも右しか使ってこなかったし。」
「へぇ〜。俺もやろうかな。」
左手が利き手の人間は、たまに矯正されてしまうことがある。
おそらくそんな成り行きなのだろう、と裕太は思った。
裕太は、素直さで埋め尽くされた人畜無害な純情少年であった。
だからこそ、その身にかかる負担は大きいらしい。

「嬢ちゃん、準備いいかい?」
「あ、はい。OKです。」
「紹介するよ。こちらが今日パートナーを務めてくれるコーチだ。」
さん、こんにちは。」
コーチと呼ばれるこの人は、とても人の良さそうなおじさんだった。
「それじゃ、よろしく頼むよ。」
そう言って、受付のおじさんは、席を外す。
「じゃあ俺も行くから。」
そうして、裕太も消えた。

さん、今日は、壁打ちのパートナーを探してたんだってね。」
「はい。お願いします。」
「初めて見る顔だけど、初心者じゃないのかい?」
「一応違いますが、今日はボールに慣れたいだけなんで、軽くでお願いします。」
「そうか。わかったよ。コートは向こうだよ。」
コーチに言われるままに、指定されたコートには向かった。




芝生ではないが、ハードコートのしっかりとした地面。
緑にオレンジのゴムチップが敷き詰められている。
足を踏むと、少し沈む弾力性を備えている。
「準備運動は済ませたかい?」
「あ、まだです。」
「それじゃ、やろうか。」
そして、コーチの真似をしながら、は丁寧にストレッチをした。
ストレッチひとつとっても、だいぶ苦しい。。
先に済ませたコーチが、まだ半分も満たないを感心しながら待っている。
「君はずいぶん柔らかいんだね。」
「ええ。柔軟している時って、リラックスしませんか?」
「ああ、精神統一ってことだね。」
「それが結構好きなんです。」
は柔軟だけでうっすらと汗をかいた。
「さて。僕はどの辺に立っていればいいのかな?」
「ベースラインにいてください。」
「わかったよ。」
コーチは自分のポジションに移動した。
もサーブポジションに着いて、ボールを弄んだ。
あぁ、とても懐かしい風景だ。
久々にコートに立ったは、泣きそうになった。
地の柔らかさが膝に心地よい。




第1球目
はサーブを打った時、違和感を感じた
サービスコートには入らず大きくアウト

第2球目
サーブは、サービスコートには入らない

第3球目
またもやサービスは入らない
どんまい、という声がかけられる

は持ち球が無くなったため、新しいボールを持ち直す。

第4球目
またまたサービスは入らなかったが、わずかに反れた
惜しい、という声がかけられる

第5球目
緩やかなカーブを描いて、球はサービスコートのど真ん中に入っていった
向こうから球が返される
はそれを無視して、動きを止めた

・・・・・・この違和感は何だろう

は基本に立ち返った。
球を地面に跳ね返して、ゆっくりとは集中しはじめた。
ポン・・・ポン・・・ポン・・・。
はその球を空に上げる。
丁寧に、打点を意識し、ラケットを球にかぶせる。
球はライン上に伸びて、コーチの手で跳ね返される。
ナイスサーブ、という声が聞こえる。
返ってきたボールをバウンドさせてから、丁寧にクロスする。
それをまたコーチが返す。
ラリーが続いた。

はふと、この違和感が何なのかに気付いた。
自分の腕が落ちているのだ。
やればやるほどよくわかる。
威力がない スピードがない 重さがない
・・・・・・ ブランク

痛い言葉だ、と自嘲した。
コントロールだけは体がしっかりと覚えている。

はグリップを何度も握り直した。
思い出さなければ
ボールの感触、自分のテニスの感触
思い出せ
そして、テーピングで巻かれた左手を、ラケットを持つ右手に添えた。
腰のバネを使って球を返し、そこに全体重を追加して振り抜いた。
グンッ、と球は伸びて、トップスピンの回転がかかる。
テーピングの巻かれた左手が少し痺れた。
コーチは後ろに少し下がってウォッチする。
アウトになると判断し、ボールに手を出さずに見送った。
しかし、球は深くきわどいライン上に跳ね返る。

「ごめん!オンライン!ナイスショット!」
コーチはそう叫んだ。

まだ少し左が痺れている。
しかし忘れないうちに数をこなしておきたかった。

そうするうちに、はだんだんと思い出してきた。
グリップの持ち方から、右手の手首のスナップの利かせ方。
腰の使い方から、腕や足の使い方。
左手を離しても、コントロールは安定した。
深く吸い込まれるように、きわどいコース。
完璧にではないけれど、懐かしさを感じた。



一つ一つの球を追求する。
どんどん上がってくる威力に、コーチの方が、先に音を上げた。
「きゅ、休憩にしよう。」
「あ、はい。」
ラリーを続けるということは、無酸素運動を続けるようなものである。
息ができなければ、どちらかが先に参る。
「コーチ、あとは軽く乱打でお願いしたいんですが。」
まだそれほど足を使っていない。
コーチもも、ある一定の位置から動いていないからである。
コーチは大きく息を吸ったり吐いたりしている。
「僕にはちょっとハードだでね・・・。」
まだ30分と経っていないのに、コーチは息も絶え絶え、大汗を掻いている。
見た目若く見積もって、40代後半と察する。仕方ないだろう。
「そうですか・・・。」
残念そうな表情のに、コーチはある提案をする。
「あ、そうだ。できそうな奴連れてきてあげよう。彼なら現役だから。」
「あの、軽くでいいんですけど・・・。」
「いやぁ。さんの球、結構重くってね。」
「・・・・すいません。」
「いいんだよいいんだよ。今、呼んできてあげるからね。」
そういって、コーチは深呼吸をすると、建物の中に消えていった。







あとがき

安易だなぁ・・・、と思ってしまったのは、私だけではないハズ(!?)



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